ベースが脱退してしまい、活動が暗礁に乗り上げてしまったバンド、ハウス。
この休暇期間中、俺はハウスの新たな世界に心血を注いでいた…というのは、あくまで建前の話。
実はこの期間、オレはこっそり別のバンドに参加していたのだった!
みんなで「ハウスだけに尽くす!」という誓いをたてていたので、メンバーにはとても言えなかったが、やはり止まることなくプレイしていたいのがミュージシャン。
それに好奇心もあったし、俺は親しかった女友達の紹介で、ある長髪系ロックンロールバンドに、「ハウス活動休止期間中限定」で加入することになった。
そのグループは「プッシー・ジャック」と言って、ガンズンローゼズ、エアロ、ニューヨークドールズ、ハノイロックスなどから影響を受けてる…、いわゆる、当時バッドボーイズ系と呼ばれていた、長髪グラム系ハードロックンロールバンドだった。
俺にそのような好みがあるのを知っていた彼女が、熱心に紹介してくれたのだ。
俺は彼らと演奏するため、毎回浦和のスタジオに通った。
彼らとやってみてまず驚いたのは、演奏のあまりのヘタクソさと、それを感じさせないボーカル「トミー」の、実に堂々、カリスマ然とした立ち振る舞いだった。
彼らと一度、野外の特設会場フェスティバルに出演したことがある。
そのライヴのトリは、レベッカのドラマーがサイドプロジェクトとしてやっていたバンドと、ソニーかどこかからレコードデビューしていた女性バンドという豪華な顔ぶれだった。
本番前、炎天下の野外ステージ周りをふらふらしていたら、いきなりそのレベッカのドラムが、フェラーリーで乗り付けてきた。
「うわー、フェラーリだよ!売れているバンドのメンバーって、やっぱり金持ってるんだなぁ…。」
悠然と車を降りる、テレビで度々見たなじみの彼をみながら、俺は何だかため息が出た。
やがてフェスがはじまり、俺達の出番が来た。
しかし、ボーカルトミーがどこにも見当たらない。
イベンターにせっかれて、あわててステージにあがったが、ボーカルなしでどうしろというのだ。
俺は一人あせったが、その直後トミーがいきなり客をかき分け、センスの悪い改造原付でど派手に飛び込んできた。
「またせてわるかったぜぇ~。」
おまえはマンガか、と俺はあきれて突っ込みたくなったが、ジョリーには無いユーモアとスター性に目を奪われた。
ライブは飛び入りもあり、その日一番の盛り上がりで終了!
彼らの面白さに、俺はこのままここでやろうかなと、ふとした誘惑にかられることもあった。
メンバーも「このまま正式にやっちゃおうぜ!」としきりに言ってくれるし…。
だがやはりハウスとそのファンは裏切れなかった。
俺が始めたグループでもあるし、それにやはり自分の作った曲をやりたい。
ジョリーとの現状などを考えると、とても理想に向かってるとは言い難いし、今思えば本当はここでもっと柔軟になるべきだったのかもしれない…。
しかし、この時はクソ真面目にそう思った。
俺はやがて未練たらたらでプッシージャックを抜けた。
トミーは今、どうしているのだろうか?
一方、ハウスの方だが、メンバー募集が三ヶ月後にようやく掲載された。
しかし、ベースはそもそも絶対数が少なくてほとんど来なかった。
たった一人だけスタジオに呼んだ記憶もあるが…、あまり覚えていないから、相当いまいちだったのだろうと思う。
俺達はまたまた途方にくれた。
俺は以前タイバンして以来仲良くなり、たまに連絡をとりあっていた、あのキッドナップのカツミに連絡を入れてみた。
ふと、顔の広そうな彼なら、誰か暇なベーシスト知っているかもしれないと思ったのだ。
カツミは「いろいろ考えてみるよ…」と言ってくれ、その日は一度電話を切った。
そして数日後すぐ連絡をくれ、「いいベーシストいたよ!!」と言ってきた。
「どんな奴??」
「ああ、俺だよ、俺!」
「…」
俺はこいつ何を言っているんだと思った。
カツミはキッドナップのボーカリストで、ベーシストでも何でもない。
俺がそう指摘すると、彼は「いや、あのバンドはもう解散したよ。だから今フリーだし、俺はおまえらに良い印象持ってるから本気でベースやってやるよ! 俺、歌う前はベースやギタリストやってたりしたんだぜ!」と答えた。
なんだかいきなりの事で、俺はそれにどう答えれば良いのか戸惑った。
だがこっちは再開したくてうずうずしている身。
もう多少弾ければ誰でもいいよ、みたいな気持ちに半ばなっていて、結局は彼のその希望を有難く受けることにした。
俺は早速ジョリー達に連絡を入れ、事の顛末を話し、風間の車で川越にあるカツミのアパートに向かった。
カツミの部屋にあがると、中は足の踏み場もないくらい崩壊していた。
あちこち脱ぎ捨てられたままの洋服に、おびただしい数のレコードの山…。
「まあ、楽にしてよ!」
どこで楽にせい言うんじゃ…。
とにかく俺達はごみの山に腰掛け、その驚くべきレコードの数々を手にとった。
「ザ・モッズ」「ARB」「シーナ&ロケッツ」「ルースターズ」「ラフィンノーズ」、
他は全く名前すら聞いたことの無い、「あぶらだこ」や「フリクション」など…。
どうやらカツミは、熱心な日本のロックマニアのようだった。
特に、鮎川誠や森山達也などに代表される、九州は博多発のめんたいロック好きで、プラス、コアな日本のインディーズパンク・マニア…というか、レコードコレクターのようだった。
そんな、莫大な枚数の日本のロックに交じって、何故かとってつけたような、真新しい、
「ビリー・ホリデー」や「オーティスレディング」、「ウィルソン・ピケット」はたまた、「エラ・フィッツジェラルド」や「アレサ・フランクリン」など、アメリカの古いソウルやブルースのレコードがパラパラとあった。
だが不思議なことに、音楽好きには最も一般的だと思われる「ビートルズ」や「ストーンズ」、「ツェッペリン」や、「セックス・ピストルズ」など、オーソドックスなロックは1枚もなかった。
また当時巷で話題だった、「BOOWY」や、「ユニコーン」など、そうしたメジャーなバンドのレコードもほとんどなかった!
俺が見てみた限り「ブルーハーツ」と「レッド・ウォーリアーズ」が一枚ずつあるだけだ。
最近「ARB」や「ザ・モッズ」などの、「メンタイ系ロック」にドップリはまっていたジョリーは、興味深そうにそれらのレコードを眺めていた。
風間はただただしきりに感心して、「いやぁ、カツミさんて、jagちゃんに負けず劣らず、凄く音楽に深いんですねぇ!」と繰り返す。
カツミはその中から一枚、ソウルシンガーのレコードを取り出すと、プレイヤーにのせ針を落とした。
そしてタバコをくわえると、いきなりとうとうと音楽論について語り出した。
「やっぱこれからの時代のロックってのはさぁ~!」
俺は別にこれらのうんちくをどうとも思わず、内容は右から左状態で聞いたが、今までそのような音楽論を語れるメンバーが一人もいなかったので凄く頼もしくも感じた。
一方ジョリーと風間は、ただでさえレコードで驚いてる上、そのような論理を展開され、まるで彼の生徒になったかのようなしいおらしい態度で「へぇぇ…、なるほど」と聞き入っていた。
そんなカツミの加入はハウスの歴史で、最も大きく、エポックメーキングな出来事であった。
彼は俺達三人より幾らか年上で、天性のリーダーシップがあった。
ジョリーも、最初にレコードと音楽論でビビらされていることもあり、俺との時のように何か発言するたび反発することはなく、彼のアイディアや感想は素直に受け入れた。
またカツミは真面目一方では全く無く、風間などともふざけて「アイドル」談義に盛り上がったり、酔っ払って裸になって叫んだりする、おバカな面があった。
ジョリーも、今までのカッコつけは何処へやら、そういうベタな芸が実は誰より大好だったようで、カツミの加入で全てにおいて一番変化したのは、このジョリーだったかもしれない。
彼は俺にまでしょうもないギャグや芸でからんでくるようになり、俺がそんな彼ら三人を白い目で見るというのが、ハウス日常の流れになった。
池袋で練習した後、俺達は、いつも川越のカツミの家に行っては、朝までドンちゃん騒ぎした。
そしてその後に、彼女と同棲を始めた埼玉は鴻巣へと帰宅する。
これがオレのルーティーンワークとなった。
↑ カツミ加入前後のライヴより。