ドラマ周りの人が人の噂をしたりいろいろ騒いだりしてるのを見て私はやっとこう思えるようになった。「ドラマが好きなんですねそのドラマ、全部自分たちで選んで作り出してるんですよ」って。私は前よりはずっと色々な事を客観的に見れるようになったけどそれでも私のどこかでは「ドラマ」を楽しみたい私がいて私はまだまだこの世界から抜け出したくないんだなって。この「ドラマ」は楽しいもの。だけどね、私はこれからは楽しい「ドラマ」だけを見てたいわ。
愛が欲しいの私の中のこの悲しみや孤独は私をもっと愛してっていう私の叫びなんだ。私はいつでも、他人に愛されたい。それが親でも友達でも同僚でも誰にでも、どんな人にも愛されたい。誰かが知っている人を悪く言ったりしてるのを聞くと、私はこの人よりは私は愛されてるってそう思って安心してしまうんだ。だからその人から愛がもっと欲しいから一緒になって悪口を言ってしまったりしてたんだ。本当はその人の事嫌いでも何でもなかったんだ。全部全部、私が愛が欲しいがためだったんだ。なんてこった!私はそこまでしても愛が欲しかったんだ。そんなことして貰う愛なんていらない。どうして気づかなかったの?大丈夫。そんなこと、これからしなくても私はたくさんの人にちゃんと愛されてる。本当の私はちゃんと私を愛せる事を知っている。それをちゃんと覚えていればこれからはきっと大丈夫。愛が欲しくてたまらない私がでてきてもこれからは大丈夫。私はちゃんと愛されてる。
私次第状況が問題なのではなく、すべては私の心のありかたなんだ。私は素敵なおまじないの言葉を手に入れた。私が彼女に嫉妬してしまうのは彼女の態度が私に対して冷たいと感じてしまうのもすべては私の心が生んだ感情。私は彼女の事が嫌いなのでもなんでもなく私に冷たく接する彼女に私が勝手にもっと私を愛してよって求めてるだけ。周りの人が彼女と仲良くしてるのをみて嫉妬するのも全部、同じ感情。私はただ愛が欲しいだけ。そんな私を認めて抱きしめてあげよう。私は彼女が嫌いでもなんでもない。私の心を彼女を通して見てるだけ。そんな事に気づかせてくれた彼女に私は感謝しなければいけないね。すべては私の心のあり方しだい。全部私しだい 。私のおまじないを忘れずにね。