先週は小学生のある授業でこんな質問をしました。
「親や先生に、成長したね!って言われたらどう思う?」
皆こう答えます。
「嬉しい」
さらに質問をします。
「じゃあ、成長したね!って言った親や先生はどんな気持ちだと思う?」
そこで大抵の子は悩みます。
「怒りながら、成長したね!って言わないよね。悲しそうな顔でも、成長したね!って言わないよね。成長したね!って言っている親や先生はどんな顔をしていると思う?」
「嬉しそうな顔をしてる!」
そうなのです。
成長というのは、本人にも、周りにも喜びを感じさせてくれるものなのです。
「成長って何だと思う?」
「できないことをできるようになること」
「そうだね。じゃあ、初めから何でも完璧にできたら、成長の喜びは感じられると思う?」
「何でも完璧にできる人なんていないよ」
「それはそうだね。でももし居たら、成長したね!って周りの人たちは言ってくれるかな」
「言ってくれないかも……」
「うん。天才だね、とは言ってくれるかもしれないけど、成長したね!とは言ってくれないかもね」
成長を感じられると、周りも自分もハッピーになる。
できないことがある、というのはその分だけ成長の喜びを感じられるチャンスでもある。
もちろん得意なことをどんどん伸ばしていく中でも、成長の喜びは感じられます。
成長は、得意なものでも、不得意なものでも、運動でも、勉強でも、コミュニケーションでも、精神面でも、どんなジャンルにもオールマイティーに感じられる、喜びなのです。
何でも完璧にできる子が仮に居たとして、どこかで躓いて、できなくなったら、周りとその子はがっかりするかもしれません。
またできる自分でいたいという気持ちから、その子は頑張ることはできるかもしれません。
けれども、「周りの同年代よりできる自分」を誇らしく思っていた子が、「周りの同年代よりできない自分」を受け入れ、向き合っていくのには、かなりの心労と心の痛みを伴うでしょう。
成長は、周りと比べても感じられるものですが、基本的には自分の中で比較をして感じていくものです。
「1か月前の私はできなかったが今はできた」
「一週間前の私に比べて、できるようになった」
「一日前より、今日の自分の方が、良い気がする」
もちろん、過去の自分より悪い日もあるわけですし、なかなかできるようにならならずに同じ失敗を繰り返すことも多いわけですから、階段を上るように順調に成長を感じられるわけではありません。
成果を感じられているもののずっと気を張って勉強をして疲れたり、反対に伸び悩んだりして、頑張ること自体が息苦しくなってきて、全てを放り出してスライムのようにだら~としたい、という時もあるでしょう。
勉強面ではだらだらすることは、退化しているように思えます。
けれども、自分の心のケアをしている、と考えると、オンとオフの切り替えや、さじ加減を見極めること、自分を適度に緩めることは大切な学びだったりします。
初めはさじ加減がうまくいかずに、長めにだらっとしてしまう子も、「できるようになりたい」という前向きさがあれば、少しずつ、自分と仲良くなっていけるかと思います。
色々御託を並べましたが、生徒さんにはこのようなこねくり回した話はせずに、
「成長がいっちゃん楽しいんだから、できることは、たくさん伸ばしていけばいいし、苦手なことも、成長の伸びしろがたくさんあるってことだからね!」
と伝えました。
成長が一番楽しい。
それは、大人になっても、変わらないでしょうし、
きっと老人になっても、精神面での成長があると考えると、
まだまだこの喜びを味わえる余地があるのでしょう。
日々疲れないためには…?
息苦しくならないためには…?
自分と仲良くなるためには…?
大切になってくるのは、「楽であること」「楽しめる部分を探すこと」と「心が元気で健やかあること」だと個人的には思っています、という話はまた後日。
<塾講師の信頼関係を築くための試行錯誤コミュニケーション>
大切なのは子どものとの信頼関係だ……!と最近特に感じている小学生の数学塾講師Mは、
自分の受け持っている授業で「お話をする」時間を取るチャレンジを新たに始めました。
当企画では、そこでのお話を、ご紹介できたらと思います。
寺子屋アテネは三重県桑名市で75年以上続く、老舗の個人塾です。
