ふと思ったのですが。


辛いことがあったとしても、

世の中には優しさがあふれているな、と。


こう気付けたら救われるのでしょう。


ただ、その優しさに報いることが jac には出来ません。


詰まるところ、後悔なんだな。


やれやれ。



昨年、大切な友人を亡くし、早くも1年が過ぎました。

今も喪失感は埋まることはありません。


彼よりも1つ歳をとってしまったなぁ、という思いを感じますね。


昨日、友人と彼の家を訪ね、お参りをさせてもらいました。同級生数人とご家族と話していて、確かに彼の存在を jac はその場に感じました。オカルトや非科学的なことには懐疑的な jac ですが。


この1年、武漢ウィルスに苛まれた世の中でしたが、そんなことどうでもいい、と思えるほど彼の死はまだ jac の中に重く暗い塊のように澱んでいる感じです。


が、しかし。

日常は流れていくわけです。

ネガティブな気持ちに蓋をして、やり過ごすしかないんですね。


本当に、後悔だらけの人生です。




jacはもうJA職員ではありません。
タイトルに偽りあり、なんですがお許しください。

で、今働いてる会社には数十人の外国人が派遣社員として籍を置いています。

同じ部署で働く日系外国人、山城さん。3月で辞めてしまうと聞いて大ショック!ホントにいい人で、何でも出来て、信頼出来るサイコーな同僚だったな。
あー、辞めて欲しくない。
本人もすごく悩んだようだけど。

3年以上いてくれたんだから、ウチの会社で正社員として採用してくれたらいいんだけど、してくれない。頭が硬いよ、外国人は正社員として採らないなんて。違法じゃないか?

コロナの影響と昨年の法改正で、残業が大幅に減ったことが退職の1番の理由だとか。
かく言うjacも、収入減。
許せんぜ!武漢ウィルス。いや、誤解を恐れずに言おう、ウィルスを拡散させた中共CCPのせいだ。

こんなこと書いたらアカウント凍結されるかなぁ。

山城さんの前途に幸あれ。
また会おう。



前回の投稿の続きなんですが。

自分の弱さに驚いております。



多分これ、友人ロス症候群だなぁ。

今日一日、仕事でミスばっかりしています。
ぼーっとします。
フラッシュバック。
頭で考えてることと行動が乖離してます。

いかんです。

男は強く。
武士は食わねど高楊枝。

そうあるべきと思って生きているのに、
何と無様なjac。

平気と思っていても、どこか打ちのめされてるのかなぁ。
いや、自分でも信じられない。




ええぃ、大の大人がそんな弱音ばかり吐きおって!
明日は治すよ。
きっと大丈夫🙆‍♂️。(と自分に言い聞かせる)



ほとんど読んでくれる人がいないと思うので、
備忘録がわりに書いてます。

今日、本当にほんとうに大切な友だちが亡くなりました。
中学生時代の同級生です。
大人になってからもよく遊んだ、地元の友だちってやつです。
彼は仲間内のリーダー的な存在で、明るく前向きな本当にいい奴でした。
およそ死というものからは最も遠いところにいるようなイメージで、活力に溢れていました。

それが突然死んでしまったのです。

いきなり訃報が回ってきて、まったく信じられず、冗談だろ、と思いました。

まだ受け止めきれない。

病魔と戦っていたことを、友だちの誰にも告げずに逝ってしまいました。

死を予感させるほど弱っている自分を見られたくない、そんな気持ちは分かります。jacにもあります。
だけど、キミの死を受け容れる準備期間が欲しかった。病気だと教えて欲しかった。

かなりキツいよ。


齢50を過ぎてくると、人の死というものがだんだん身近になってくるのは仕方ないと、頭では分かっています。
生きていくということは、他人の死を見続けるということ。

あらためて覚悟しなければならないと思いました。


いつ死んでもいいと思っている自分がまだ生きていて、まだまだ生きたいと思う人が早死にする、
そういう理不尽な理りにも負けないようにならなければ。


ひとつ、一生後悔するであろう心残りがあるんです。
昨年の12月に、なぜか突然LINEしたくなって連絡したら、彼らしくもなく、
「体調には気をつけてよ」
って返信が来ました。
健康のありがたみを身に染みて感じていたんだろうと。
どうしてその時にもっとしっかり話さなかったのか、今となってはもう取り返しはつきません。


自分も死んだ方が楽だな、と不謹慎なことを思ってしまうことを、今は許してください。