これまでの人生の中で、こだわり続けてきたもの。
その中の一つを手放してしまった事は、いつぞやの記事でカミングアウトした通り。
それは・・・
焼き鳥だけは炭火だろうと。
炭をおこす気が無いなら、焼き鳥は焼かねぇし食わねぇよと。
そう公言し、実行していた男の成れの果て↓
ガス!
炭火へのこだわりは何処へ行ってしまったのだろう?
こんなことなら文明の利器なんて手に入れるんじゃなかった。
こんな器具(イワタニ 炉ばた焼き器・炙りや)さえ手に入れなければ、俺は今でも炭火にこだわっていたはず。
そして、こんな器具を使って部屋で焼き鳥を焼くことも無ければ、部屋で焼き肉をすることも・・・
ましてや部屋で鮎を焼くことも無かったはずだ。
俺はいったい、何処へ向かっているのだろう?
炭火で焼くべき物をガスで焼き、何か物足りないと思いながらも結局は満足している。
本当にそれでいいのだろうか?
自問自答を繰り返しても、答えはいつもあやふやなもの。
ついでだからもう一つ、この機会にカミングアウトしておこう。
ストックしていた焼き鳥が無くなったので各部位を買い出しに行ったのだが、その全てをカットしただけで串には刺していない。
だってもう、どうせガスなのだから・・・
網焼きでいいじゃん。
答えはもう出ているのかも知れない。


