ハゲ薬のリスク | こんけんどうのエッセイ

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  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 バカにつける薬がないのと同じく、ハゲに効く薬もないと思っていた。「ハゲを治す薬ができたら、ノーベル賞モノだぞ」、そんな言葉を耳にしたこともあった。育毛剤、増毛剤は昔からよく聞くし、テレビでも宣伝している。だが、その効果については、ホントかな、という疑念が払拭(ふっしょく)できない。塗るのか振りかけるのかは知らないが、髪の毛がボウボウに生えてきたという話は、聞いたことがない。

 ハゲが気になるのかと訊かれると、さほどでもない。だが、毛は、あるに越したことはない。ハゲは見た目が悪いし、どうしても嘲笑(ちょうしょう)の対象となる。ハゲた高倉健を観たいとは思わないだろう。なにより、毛があると若々しく見える。毛が生えていた松山千春と、現在の千春では、まるで印象が違う。別人だ。

 私の場合、幼なじみと数十年ぶりに会う機会があっても、

「えーと……、誰だっけ?」

 私を見た誰もが首をひねる。

「ほら、オレだよ、オレ! わからない?」

 私の顔をまじまじと見て、周りと相談するが、見当がつかないと言われる。これまでに、私の名前を言い当てた者は一人もいない。札幌でイタリアンレストランをやっていた幼なじみ夫婦も、三十数年ぶりに訪ねてみると、

「あの……、失礼ですが、どちら様でしょうか」

 と真顔で言ってきた。ヨメの方は遠い親戚筋であり、中学時代、彼女は私が所属していた野球部のマネージャーだった。

 私たちは北海道の小さな田舎町に暮らしてきた。なので、幼稚園から高校までは、一貫教育を受けて育っている。高校から都会の学校へいった者も若干はいたが。それだけ、私の外見が変貌を遂げたということだ。毛があるのとないのでは、雲泥の差がある。

 

 数年か前から、‶薄毛はお医者さんに相談〟というCMをテレビで目にするようになった。「え? ハゲは病気なのか?」、愛煙家がニコチン依存症患者だと知ったときのような、新鮮な驚きを覚えた。だが、こちらもまた、劇的に生えだしたという話を聞いたことがない。そんなわけで、改めて調べてみる気にもなっていなかった。

 近所のスーパー銭湯へいったときのこと。露天風呂の縁(へり)に腰かけた二人の男の会話が漏れ聞こえてきた。一人は薄毛で、もう一人はツルッパゲである。二人とも六十歳前後のように思えた。本当は五十代前半かもしれない。ハゲは、どうしても老けて見える。

「オレさ、ハゲの薬、処方してもらってるんだよ。ほら、あそこの○○スキンケアクリニック。効くかどうかわからないけど、試してみようと思ってさ。で、それが、なかなかいい感じなんだよね」

 薄毛がツルの耳元で囁(ささや)いた。

「えーッ、ホントかよ。……オレもやってみっかなー。(値段)高いのか?」

 身を乗り出したツルを制するように、薄毛が一段と声を潜めた。

「この薬はよ、副作用がヤバイんだ。個人差はあるけど、あっちがダメになるんだよ」

「あっちって……、こっちかい?」

 ツルが下腹部を指差した。大きく頷(うなづ)く薄毛に、

「それなら大丈夫だ。そっちはもう何年も前に卒業してるから」

「バカだな、オマエ。そっちは、自分だけのモノじゃないんだよ」

 薄毛が意味深なことを言った。

「ちゃんとヨメさんと話し合わないと。うちのババアと違って、オマエんとこは、まだ若いんだから……。卒業じゃないだろう、無期停か?」

 そうか、自分だけのモノじゃないのか……。この二人の会話、近年にない衝撃と受け止めた。私はタオルを頭にのせ、のぼせ気味になりながらも、二人の会話をしっかりと傍受していた。

 

 自宅に戻ってさっそく調べてみた。ハゲの病名は「AGA(男性型脱毛症)」だという。なんだかコーヒーギフト(AGF)のようなネーミングである。AGCという会社もCMでよく耳にする。日本人男性のAGA発症率は三〇%で、男性ホルモンが関与しているというのだ。

 薬は二種類あった。いずれも弱みにつけ込むいい値段である。それぞれの副作用は、ED(勃起不全)、リビドー(性的欲望、性衝動)減衰、精液減少とあり、もう一方の薬には、射精障害もあった。

 この薬でハゲが治ってしまったら、カツラ屋にとっては会社存亡の危機、大問題である。だが、薬の服用は厳しいものである。究極の二択だ。ハゲを選ぶか不能のリスクを負うか。つまり、AGAかEDかの選択だ。ボウボウにはなったが、あっちがダメだというのでは、ボウボウになった甲斐がない。毛が生えてきて女性にモテ出したら、どうするつもりだ。そんな心配は杞憂(きゆう)か。

 お前はどうするんだって? 私には「ハゲるものならハゲてみろ」という気概がある。正々堂々、泰然としてハゲてみせ、周囲を大いに笑わせ、楽しませる、そんな開き直りにも似た諦念(ていねん)の境地にいる。カッコイイもの言いだが、いい薬が出てくるまで、服用は見合わせたい、というのが本音だ。現在の薬の副作用は、男の沽券(こけん)ならぬ股間(こかん)にかかわる大問題である。

 ノーベル医学生理学賞に燦然(さんぜん)と輝くような、そんな薬の出現を期待している。副作用もなく、飲んだらほどなくボウボウになるヤツだ。やがてはそんな時代もくるのだろうが、それはまだまだ先のことなのだろう。

 

 追記

 最近のクリニックでは、「生やして、勃(た)たせる」をキャッチフレーズにしているところも見受けられる。正々堂々としたものである。そして、「薄毛、抜け毛は手遅れになる前に」とつけ加えている。つまり、ツルッパゲは、すでに手遅れのようである。

 

  2024年1月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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