思いを届ける | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 私は手紙を書く機会が多い。できるだけ手書きを心がけてはいるが、場合によっては、どうしてもパソコン打ちになることがある。簡単で、なにより時間がかからない。

 だが、手書きの手紙や葉書をもらうと、その味わいに圧倒される。とりわけ、年配者の書きなれた方からの便りには、まったく手も足も出ない。先日もそういう手紙をもらった。短冊形の便箋に、「前略」も「怱々(そうそう)」もなく、いきなり始まる本文。惚(ほ)れぼれするほどの流麗な文字に、思わずため息が漏(も)れる。ブルーブラックの万年筆が、味わいに深みを添える。やっぱり手書きだよなと思う。

 好意を寄せている人から、思いもかけずラブレターが送られてきたとする。それがパソコン打ちだったら、興醒(きょうざ)めだろう。いくらグッとくる内容でも、心に届かない。単なる文書と同じだ。悪筆でも、手書きには温もりがある。なにより、心がある。

 わかったようなことを言っているが、はたして今どきの若者は、ラブレターのやりとりをするのだろうか。すべてはラインで事足りる? 便箋に文字をしたため、封筒に宛名書きをし、切手を貼ってポストに投函。手紙が届くのは、その翌日か翌々日だ。そんなことをするか? ふと疑念が頭をもたげた。

 

 二〇二〇年、私は六十歳で会社を定年退職し、引き続き嘱託員として再雇用されている。パートに毛の生えたような給料をもらいながら、老齢年金の支給年齢まで頑張らなければならない。そんなサラリーマンである。

 えみ子に出会ったのは、二〇一六年秋のことだった。

「けんちゃん、いい人いるんだけど、会ってみない?」

 幼なじみからの紹介だった。私は離婚、二歳年下のえみ子は、パートナーと死別していた。お互いに成人した娘がいる。

 つき合い出して五年目の冬に、改まってえみ子に手紙を書いたことがある。恥ずかしさを振り捨てて正直に話す。それは、クリスマスイブの夜だった。自分の思いをきちんと伝えることも必要かな、と思ったのだ。ふだん、彼女には何もしてあげていない。イブの夜は、やはり普通の日とは異なる。そんな特別な日に、手紙を思いついたのだ。

 私のところからえみ子のマンションまでは、七キロほどの距離がある。彼女とは週に一度、土曜日に会うことにしている。日曜日は、母の介護をしている私の妹のところへいって、スーパーでの買い出しなどを一緒に行う。平日のえみ子とのやり取りは、もっぱらラインである。お互いに電話が苦手なので、ラインは好都合なツールなのだ。

 クリスマスイブといっても、特別なことはなにもない。いつもよりほんの少し、艶(あで)やかな夕食をするだけだ。この日は平日だったが、仕事が終わってからえみ子が私のところへきて、夕食を共にした。

 食事が一段落した頃合いを見計らい、意を決して、

「手紙、書いたんだけど……」

 と切り出した。えみ子は「何が起こった?」という顔をした。潜(ひそ)めていた封筒を取り出し、彼女を正面に見据えて手紙を読み始めた。

 

  えみ子へ

 人を好きになるって、こんなにも幸せなことだったんだね。すっかり忘れていたよ。心がほんのりと温かい。

 (略)

「おはよう」「おはよう」

「帰ってきたよー」「お疲れさま」

「寝るよー」「うん、おやすみ」

 こだまが返ってくる。いつもえみ子がいる。

 えみ子と出会って、五度目の冬がやってきました。

  「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

 ボクは俵万智(たわら まち)のこの歌が好きです。

 (略)

 えみ子、君に出会えてよかった。本当によかった。

 

 大まじめに読んで顔を上げると、えみ子は涙を流していた。微笑む私に、

「なんでさ、急に。もう……」

 泣き笑いで私の肩を打(ぶ)つ。そんな彼女に、

「実はさ、これもあるんだ」

 と言って、私は小箱を取り出した。えみ子は息を呑(の)んで目を瞠(みひら)いた。リングケースの中の指輪を見た彼女の目から、大粒の涙がこぼれた。その涙は、あとからあとから溢(あふ)れ、嗚咽(おえつ)に変わった。

 えみ子の指のサイズは、彼女の長女に頼んでそれとなく訊(き)いてもらっていた。その指輪は、ハゲた六十歳ジジイが恥ずかしさで耳の裏まで赤くしながら、札幌・三越のティファニーで求めたものだった。

 

  2023年12月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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