冬の初めに | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 十一月二十日、今年最後の雨が降り出した。夜半には雪に変わる雨だ。このまま順調にいけば、来年の二月下旬まで雨を見ることはない。だが、今年も暖冬に違いない。雪の上に思いもかけぬ雨が降るのだろう。

 冬の到来を喜んでいるのは、元気な子供と犬くらいなものだ。いや、いや、むかしのように「庭駈(か)けまわる」犬はもういない。防寒着を身にまとった室内犬が、冴えない顔で散歩をしている。

 「北海道の冬」といっても、地域によって大きなバラツキがある。太平洋側がマイナス一〇度のときに、内陸部ではマイナス三〇度に達している、そんなことはザラだ。二〇一三年三月一日付の異動で、私は室蘭市から札幌市に転居した。そのとき、札幌の積雪が一三〇センチで度肝を抜かれた。室蘭はゼロだったのだ。特急で一時間半の距離である。だから、「北海道」と一括りにしてしまうのは、乱暴なことなのだ。

 本州の地図に北海道を重ねてみると、知床半島が福島県にあるとき、もう一方の西の端、函館のある渡島(おしま)半島は紀伊半島をすっぽりと覆っている。その時、道南のえりも岬は伊豆半島にあり、北の果て稚内は、能登半島の遥か沖合に位置する。北海道はデカい。

 テレビの気象情報で、

「……北海道では、現在降っている雨も、夜半には雪に変わるでしょう」

「……北海道では、大雨による土砂災害にご注意ください」

 などと平気で言うものだから、本州の友達がそれを真に受け、

「もう、雪なの? さすがは北海道だな」

「雨、ひどいようですね。気をつけください」

 といったLINE(ライン)が送られてくる。勘弁してくれよ、と思う。

 

 冬の初めは苦手である。

 毎年、十月下旬から十一月中旬にかけて、ナイフをちらつかせながら冬が近づいてくる。その気配を感じると、暗澹(あんたん)たる気分になる。長く閉ざされる冬の始まりだと思うからだ。東京感覚でいうと、札幌の十月中旬から四月中旬までが冬だ。つまり、一年の半分が冬ということになる。この時期は、まだ寒さに身体が順応しておらず、冬への覚悟が決まっていない。これが根雪になってしまえば諦めもつくのだが、それまでが大変なのだ。

 札幌が初雪をみるまでには、一つの定点通過のような流れがある。

 まず九月下旬、「大雪山系旭岳に初冠雪」というニュースが流れる。北海道に冬の到来を告げる第一報だ。富士山の初冠雪とほぼ同時期である。

「えっ? 北海道、雪だってよ」

 東京にいたころ、そんな驚きの声を何度も耳にした。紅葉の上に雪が積もっている映像を眺めながら、私自身も驚いていた。長く北海道を離れていると、北国の季節感覚がわからなくなる。

 その旭岳の二週間後、札幌近郊の中山峠に雪が降る。それから十日前後して、朝、カーテンを開けると、ひんやりとした空気が流れてきて、見上げると手稲山の山頂付近が白くなっている。我が家から手稲山は望めないが、イメージとしてはそんなところだ。その一週間ほど前には、旭川市内に初雪がある。手稲山から数日後に、私のマンション前のドウダンツツジが真っ赤に燃え上がる。そこに雪が降りかかるのだ。その赤と白のコントラストに一瞥(いちべつ)をくれながら、ジャンパーのファスナーを首元まで締め、会社へと急ぐ。

 旭岳初冠雪に始まった雪は、中山峠、旭川市内、手稲山を経て札幌市内の初雪となる。ほぼ一か月のストーリーだ。現在の札幌の初雪の平年値は十一月一日である。根雪となるのは、十二月中旬、十四日の赤穂浪士討入りあたりである。イブの夜はホワイト・クリスマスという設定は、しっかりと守られる。

 そんな雪に風情を感じるのは、せいぜい正月三が日あたりまでである。それ以降はうんざりしながら雪を眺めている。最高気温が氷点下という真冬日がこれでもかと続き、毎日毎日雪が降る。降り込められるという表現がピンとくる。

 三月の雨は長く閉ざされた氷雪を解かす。それゆえか、どことなく温かみを覚える。だが、十一月の雨は、耐えがたいほどに冷たい。雪を誘う雨は、ときおり霙(みぞれ)となって冬への覚悟を迫ってくる。すっかりと葉を落とした冬枯れの街路樹が、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしている。

 年々、冬の初めが億劫になってきている。年を重ねるということは、そういうことなのである。

 

   2023年11月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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