予期せぬ涙 | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 年を重ねてくると、予期せぬ涙に慌てることがある。涙腺の根元が、経年劣化により弛(ゆる)んでしまっているのだ。水道のパッキンのように、交換できるものならしたいのだが。そんなこともあり、できるだけ危うい場面は避けるようにしている。

 娘がまだ就学前のこと。娘の友達と三人で近所の区民館へ子供映画を観にいったことがあった。妻が風邪をひき、前からの約束ということで、急遽(きゅうきょ)、代役を引き受けたのだ。

 区民館の小さなホールは、就学前後の子供と母親で満員だった。映画は「アルプスの少女ハイジ」。まいったなあと思いながら、三人の席を確保した後、私ひとり上映会場を抜け出した。子供の映画など観ても仕方ないと思ったのだ。

 しばらくロビーでコーヒーを飲んだりして時間をつぶした。それでも時間をもてあました。あまり居心地のいいロビーではなかったので、仕方なく上映中の会場に戻った。少し眠りたいと思ったのだ。

 目を閉じて眠ろうとしながら、ついつい観入ってしまった。途中からなので、話の筋はわからない。だが、薄目を開けて観るハイジが、小さな体を一生懸命に動かして仕事をしている。その姿が健気なのだ。明るく振舞えば振舞うほど、切なさがこみ上げてくる。自然と涙が溢れ、もはや眠るどころではなくなっていた。娘とその友達は、椅子から身を乗り出し、食い入るように観入っていた。

 東京出張の帰り、羽田空港でのこと。私の乗った飛行機が駐機場を離れ、ゆっくりと動き始めた。外の様子を何とはなしに眺めていた。三人のグランド・スタッフが横一列に並んで、手を振る姿が見えた。空港ではよく目にする光景である。

 だが彼らは、仕事上の決まりだからやむなく手を振っている、というふうには見受けられなかった。全員が微笑みを浮かべながら、こちらに向かって手を振っている。作業服の中年男性に混じって、白いつなぎの作業衣姿の若い女性もいた。そんな彼らの前を、機体がゆっくりと通っていく。

 仕事とはいえ偉いな、と思いながら眺めていると、彼らはそれまで振っていた手を下ろし、通り過ぎる機体に向かって一斉に頭を下げた。三秒、四秒、五秒……深々と頭を下げる姿が次第に遠ざかっていく。それでも彼らは頭を上げない。その姿を見ながら、「ああ、日本人でよかった」という思いが胸にこみ上げた。なぜそう思ったのかは、わからない。この気持ちは、日本人にしか理解できないだろうと思った瞬間、ワーッと涙が溢れ出た。

 隣の席のサラリーマンが気になり、チラリと目をやると、すでに目をつぶって微睡(まどろみ)の中にいた。東京でのひと仕事を終え、疲れが出たのだろう。私はホッとして涙を拭った。

 今までに何度も目にしていた光景が、特別に映るときがある。油断も隙(すき)もあったものではない。

 

  2023年4月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

 

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