ころされた~ | こんけんどうのエッセイ

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  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 二十代のころから、老けて見られてきた。だから服装や身嗜(みだしな)みには、それなりに気を遣っている。年を取ったら相応に見られるだろうとガマンをしてきた。ところが、加齢とともに頭がハゲ出し、後続とのキョリがますます広がるばかり。気がついたら、すでに独走態勢に入っていた。人生とはままならぬものである。

 転勤で室蘭に二年間いた。そのころ、週に二度は銭湯通いをしていた。あるとき番台の婆さんから、唐突に「お客さん、何歳?」と年齢を訊かれた。ふだんは口を利かない婆さんである。五十二歳だよというと、「あら、やだ」と恥ずかしそうにした。(あらやだ)はこちらのセリフ。ババア、何でオレの年を訊いてきたんだ? と不思議に思った。婆さんは八十代である。

 帰り際、銭湯の入り口に貼り紙があるのに気がついた。そこには、「本日敬老の日。六十五歳以上入浴無料」と雄渾(ゆうこん)な字で墨書されていた。

 札幌に異動になって十年になる。脳梗塞を患った母は、実家を引き払い、札幌で妹と共に暮らしている。休日は二人を車に乗せ、買い物がてらドライブに連れ出すのがお決まりになっている。

「年齢証明をお持ちですか」

 とあるミュージアムで受付嬢が微笑んだ。高齢者割引があるという。あいにく何も持っていなかったのだが、生年月日を言ってくれればそれでいいという。綺麗なうえに優しい女性である。母が生年月日を言うと、

「はい、いいですよ。それではシルバー二枚、大人一枚ですね」

 と朗らかに言われた。

 四年ほど前、出かけたスーパーで、母たちと同じマンションの上階に住む年配の男性に出くわした。私は初対面である。妹が親しそうに話をしていた。そのとき、私はいつものように母の車椅子を押していた。その男性は、とても生真面目で優しい人だということだった。

 昨年の秋、マンションン階下の掲示板に遺品整理業者の貼り紙があった。「荷物の搬出があり、ご迷惑を……」というもの。母たちと同じ階のご主人が亡くなり、その遺品整理のようだった。個人情報もあり、部屋番号の記載はなく、階数だけが記されていた。ワンフロア―、三世帯のマンションである。

 数日後。ゴミ出しに出た妹が、上階の男性に出くわした。おもむろに近づいてきた男性、神妙な顔でかしこまり、

「お父様、亡くなられたのですね。気づきませんで、申し訳ございませんでした……」

 深々と頭を下げられたという。

「いえ、いえ、あれはうちじゃないんです……。お隣のご主人ですよ」

 そう言いながら、(お父様?……)と思った瞬間、妹はピンときた。とんでもない間違いをしてしまったと思った男性、気の毒なほど慌てふためいていたという。あのとき一緒にいたのは兄だという説明も、上の空だったとのこと。

「あんた、とうとう殺されたわ」妹から嬉しそうな電話がきた。

 四年前の私は五十九歳。母は八十四歳だ。妹と私は一歳九か月違いである。一体、私はいくつになったら、年相応に見られるのだろうか。

 

  2023年1月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

 

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