孤高の一本松 ~ あんぽんたんの木 ~ | こんけんどうのエッセイ

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  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 クロマツの木が道路の真ん中に立っている。歩道ではなく、アスファルト舗装された車道のど真ん中である。しかもその木は見上げるほどの大木で、場違いな場所にも関わらず、正々堂々と立っている。

 この木は明らかに通行の妨げだ。現に、幹の下部に樹皮の剥離(はくり)が見られる。以前に、車がぶつかった痕跡(こんせき)なのだろう。だが、そんなことにはお構いなしに、飄々(ひょうひょう)としている。室蘭市知利別町(ちりべつちょう)にあるこのクロマツは、いつしか「あんぽんたんの木」と呼ばれるようになった。あんぽんたんな場所に立っているからである。

 近所の中学校の運動部は、長年この木を折り返し地点に定め、走り込みを行ってきた。この木までの一往復を「一本松」、二往復を「二本松」と称し、クロマツにタッチして戻ってくる。この木を目指して走った日々、日が暮れるまでこの木の下で友と語らった日、様々な想い出が人々にはある。

 大きな勇気をもらう人。「お前もガンバレ!」と励まされる人。いつも自分を見守ってくれていたと感じている人。何年かぶりに帰郷して「お前はまだここに立っていたんだ」と懐かしい思いでそっと幹に触れる人。そんなふうにして人々は、このクロマツに思いを寄せてきた。

 クロマツは、この地に生まれ育ち、暮らしてきた人々を数世代にわたり見つめてきた。街が大きく移り変わる盛衰も。そのクロマツが、伐られる危機に直面した。平成二十九年(二〇一七)夏のことである。

 この場所での宅地開発が決まった。道路の拡幅に伴い、クロマツが伐採されることに。関係者が集まり、神職によるお祓(なら)いも挙行された。

 伐採を目前にして、「何とか残せないものか」「お願いです。伐らないで……」そんな市民の切実な声が室蘭市に届いた。伐採は見送られた。

 かつて、この一帯には日本製鐵㈱(現日本製鉄㈱)の社宅があった。それ以前は、栗林商会の牧場で、明治三十九年(一九〇六)の牧場造営に際し、栗林五朔(ごさく)が斜面に植林を行っている。

 昭和十五年(一九四〇)に日本製鐵のゲストハウス、知利別会館が建設された。その時、正面玄関から道道(どうどう)に接続する道路が造成されている。クロマツは、当然、伐られるはずだった。しかし、伐採を免れている。恐らく、伐採を阻害する「悪しきこと」が、出来(しゅったい)したのだろう。そして今回、クロマツは再び命を繋(つな)いだ。

 住民票の交付こそないが、クロマツは「あんぽんたんの木」として市民権を得た。あんぽんたんな場所にあって、それを許容している室蘭市の大らかさが好ましい。単なるあんぽんたんの木ではない。立派なあんぽんたんである。

 あんぽんたんの木は、この地域の象徴、ランドマークである。この木は、ここで暮らす人々、ここで暮らしたことのある人々の心の拠(よ)りどころである。つまり、街の財産だ。

 歳月とともに街の風景は変わっても、この木は変わらずに立ち続けていくだろう。これまでがそうであったように。そして、これからもずっとそうであるように。そう願ってやまない。

 

  2021年11月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

 

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