時代にしがみつく | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 私はひどい機械オンチである。昨年、テレビが壊れて買い替えるまで、自宅のビデオの録画もできなかった。自分のテレビが不調なのに、マンションの集合アンテナがダメになったと大家に連絡し、電気屋が点検にくるという騒ぎを起こした。新しいテレビは、録画機能が内蔵されており、ボタンを押すだけで録画が可能になった。妻と別れ、北海道で一人暮らしになって十年、録画とは無縁の生活を送っていた。だが、不便を感じたことはなかった。

 娘が中学生のころだから二十年も前のことになるか、通っていた学習塾からケータイにアンケートがあった。返事が返せない。やむなく無視を決め込んだ。二週間ほどの間に三度も同じメールがきた。そのうち若い女性事務員から電話がかかってきて、なぜ、アンケートに答えてくれないのかと言う。

「ゴメンなさい、私、メールできないんです」

 との私の答えに、電話口の女性がフリーズし、放免となった。女性は「メールができない」という答えを、まったく想定していなかった。そのうろたえ方が気の毒なほどだった。

 困ったのは、東日本大震災のときだった。私はすでに北海道にいた。東京の娘への安否確認をしなければならない。電話がつながらないので、会社の女の子に頼んでメールを打ってもらった。私はケータイをトランシーバーに毛が生えたようなもの程度としか考えていなかったのだ。

 四年半前、幼なじみのさとみから、えみ子を紹介された。その少し前、

「あんた、まだラインもやってないのかい」

 と言うなり、私のスマホをひったくったさとみは、あれよあれよという間に、ラインを開通させてしまった。えみ子とつき合うようになって、えみ子はラインでメールをよこし、私の方はフェイスブックのメッセンジャー機能を使って返事をしていた。パソコンからキーボードを使って打っていたのだ。ラインとメッセンジャーでのやり取りである。テニスのラケットと卓球のラケットをそれぞれが持ち、互いに違う球を打ち返しているようなものだった。そんなチグハグなことをしばらくしていたが、たまらず私の方がテニスのラケットに持ち替え、同じ土俵に上がった。今では、パソコンとスマホの二刀流でラインをしている。私たちは互いに電話がダメ、音波による会話が苦手だった。最初のころは慣れないツールに、何度かハートマークの付いたメールを娘に送った。そんな誤爆のたびに、

「キモイんだけど」

 というメールが返ってきた。

 えみ子も機械には強くはないが、私ほどの底抜けではない。なにより彼女には、二人の娘がサポーターとしてついている。私も今では、スマホでラインもするし、フェイスブック、インスタグラム、ツイッターにブログ、そしてティックトックと、SNSを縦横に駆使している。

 私は、二〇一三年五月にマイカーを持った。札幌への転勤を機に雪解けを見計らって購入したのだ。私は、クルマの運転もダメだった。ゆえにクルマへの興味は皆無だった。北海道では、クルマなしでの生活は考えられない。しぶしぶの購入だった。

「どうせ、半年くらいで大破させちゃうんだから、刑事コロンボみたいなクルマ、どこかにないかな」

 と車種の選定を同僚に丸投げした。えみ子と知り合ったのは、二〇一六年九月である。

「ナビも他人任せで選んだから、テレビも映らないよ。ちょっと失敗だったな」

 そんな会話をしながら、二人で休日のドライブを楽しんでいた。ある日、えみ子がCDを持ってきた。帰り際、そのCDが入れた穴から出てこなくなった。どうしても取り出せず「また来週聴くわ」と言って彼女は帰ってしまった。

 数日後、なんとかCDを取り出したいと思った私は、あらゆるボタンを片っ端から押しまくった。すると、ナビの画面にいきなりテレビの映像が映った。それは、私が人生で何度も経験したことのないような、強い驚きだった。二〇一七年春のことで、クルマを購入してから四年もの間、私はラジオだけで過ごしていたのである。自分のクルマでテレビが観られるとは、まったく思っていなかった。

 現在、二人で遠出をするときは、えみ子のスマホとカーナビをブルートゥースでつなぎ、音楽を聴いている。もちろん、私には操作できない。

 とにかく新しいツールが次々に出てくる。二〇一六年、私はマイナンバー制度のスタートと同時にマイナンバーカードを作成した。これまでマイナンバーカードは、住民票や印鑑証明の取得だけにしか使っていなかった。要は、ほとんど使っていなかったのだ。

 今年はコロナ禍とも相まって、マイナポータルに登録して確定申告の完全電子化に挑戦した。何度もくじけそうになりながら、そのたびに自分を奮い立たせた。なんとか申告・納税にまで漕ぎつけた。

 厚生労働省が行っているコロナ陽性者との接触アプリも、間髪入れずに入手していた。「だいじょうぶだ」「今日もセーフ」最初のころは毎日のようにこのサイトを眺めていた。だが、最近になって、プログラムの不具合で四か月もアプリが作動していなかったことをニュースで知った。この四か月は何だったんだと、石川啄木のようにじっと手を見つめた。

 クレジットカードで身に覚えのない商品代金を引き落とされたり、アンチウィルスソフトをネットで購入したつもりが、それが詐欺だったということもあった。これまでに二度、まんまとダマされた。だが、幸運なことに、クレジット会社から返金を受けることができた。

 私は一九六〇年生まれである。私の年代では、SNSとは無縁な者が大勢いる。そういう世代なのである。これから、加速度的に様々なツールが登場してくるだろう。なんとか時流にしがみついて、乗っかっていたい。力尽きて、それを諦めたとき、私は本当の年寄りになる。

 

  2021年5月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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