情けない男 | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 ウイスキーのボトルを眺めている。「まだ、半分ある」と思うか、「もう、半分しかない」と考えるか。

「大変、もう半分も飲んでしまった。どうしよう……」これが、私だ。

 総じてものごとを楽観的に捉えられない。どんなときでも「どうしよう……」が枕詞のようにつきまとう。なにごとも悪い方向にしか思考回路が作動しないのだ。

「誕生日、おめでとう」

 と言われ、表向きは嬉しそうな素振りをみせる。だが、一方で「人生の残り時間が刻々と削られている。死へのカウントダウンだ。どうしよう……」と考えている。三十代の後半から、オレはもうすぐ死ぬんじゃないかと、常にビクついてきた。

 高校時代、帰省の列車の中で旧国鉄の幹部職員と相席になったことがあった。その人は、若いころ高名な漢学者の門下生となり、住み込み生活の中で姓名判断を学んだという。このままではあなたは四十代で命を落としかねない。名前に「一」を加え画数を増やせ、と言われた。以来、数十年、私は「健一」と称していた。私が二十三歳の時、父が五十一歳で病死した。この二つの出来事が、ただでさえ情けない男をよけいにビビらせた。

 できれば、この性格を何とかしたい。だが、性格というものは実に堅牢な殻で鎧(よろ)われており、何が何でもビクともしない。自分で自分の性質に疲れ果てる。

 そんな私の対極にいるのが、相方のえみ子である。私とはまるで正反対で、違う物質でできているのではないかと思うほどだ。

 えみ子はクヨクヨしない。ウジウジもしない。もちろん、人並みに心配事は抱えている。平均以上かもしれない。だが、潔くバッサリと斬るのだ。負の回路を一定のところで遮断する。それ以上考えてもどうしようもないことは、いつまで悩んでいても埒(らち)が明かない。だから考えない。スカッとするほど単純明快だ。男らしい女なのだ。だが本人、心配事と認識していない向きもある。悪く言えば「能天気」だ。かといって、決して深慮に欠けているわけではない。この点に関しては、私より数段優れている。太刀打ちできない。

 煮え切らない不完全燃焼男と能天気な女がコンビを結成して四年が過ぎた。石橋を叩いて渡る男が、力あまって石橋をたたき壊し、呆然(ぼうぜん)と行く手を眺めている。その男の背後で、天真爛漫(てんしんらんまん)な笑い声がする。そんな極端な二人だが、なんとなく互いに補完し合い、ゆるく噛(か)み合っている。いがみ合うこともないし、ケンカにもならない。

「しかたのねえヤロウだな」

 口には出さないが、互いにそう思っている。言葉とは裏腹にひそかに尊重しあっている部分もある。ウマが合うのは、その辺の均衡が絶妙に保たれているからなのだろう。この年になると、お互い大きなハンディを背負っている。二人とも二十年を超す夫婦生活を経験している。私は離別で彼女は死別だ。お互い、娘を持つ。

 私たちは六十歳を挟んでプラス・マイナス一の年齢である。それゆえ若いころの恋愛とは違い、妥協の範囲がハンパではない。ハゲていようが、シワだらけだろうが、腹が出ていたって、そういったものすべては、ストライクゾーンの範疇(はんちゅう)なのだ。眼も霞んでいるのだから、少しぼやけているくらいがちょうどいいのだ。凄まじい寛容さである。お金があればそれに越したことはないが、大切なのは‶やさしさ〟だ。互いに思いやり、いたわりあう気持ちを持続できる関係であれば、それでいい。他人の幸せを羨(うらや)まない。自分たちの幸せの形を見つけ出せばいいのだ。カネがないことをごまかそうと、片っ端から拾い集めた理論をこれでもかと塗り固めていく。

 二〇二〇年一月、私は六十歳に到達し、定年退職を迎えた。引き続き嘱託で再雇用されている。そのまま辞めてしまう手もあった。だが、例のごとく将来への不安を払拭できず、ズルズルと留まっている。何歳で死ぬのかはっきりとわかれば、そこから逆算して計画を立てられるのだが……。相変わらず、アホな思考回路が作動している。再び石橋を叩き壊そうとしているのだ。冒険のできない、つまらない男である。

 さて、これからどうするかだ。いくら煮え切らない男とはいえ、いつまでも今の状況を続けているわけにもいかない。近い将来、どこかの時点でえみ子と生活を共にする。そのためには、クリアしなければならない課題がいくつかある。若いころのように、「好きだ、結婚しよう!」という安直な方程式は成立しない。

 とりあえず、年末ジャンボ宝くじは購入した。五億も十億も必要ない。だから「ミニ」の方にした。当たりくじも多い。連番十枚、バラ十枚と、緩急をつけた。大晦日、それがハズレてもショックを吸収できるよう、初夢宝くじも購入している。その辺はぬかりない。

「ケツの穴の小せぇヤローだなぁ」

 そんな声が降ってくる。なんだかな……、やっぱり情けない男だよ、お前は。

 

 え? それで宝くじの結果はどうなったかって? もちろん両方ともカスリもしなかった。

 

  2021年1月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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