✿ 日々是好日 ~ 降っても晴れても ~ ✿ -32ページ目

✿ 日々是好日 ~ 降っても晴れても ~ ✿

勤労学生時代から30年“喜怒哀楽”のサラリーマン人生を経て独立。数十店舗の外食企業が上場し全国700店超になるまでを経験。飲食業で育てられた男が、今度は “厳しくも愉しいホテル経営” に挑戦!「無常迅速、時人を待たず」を我が肝に銘じ。

 

 

和水町には ″八つの神様ご利益めぐり ″というのがある。

 

 

① 目の神様 ② イボの神様 ③ 胃の神様 ④ 性・腰の神様

⑤ 歯の神様 ⑥ 命の神様 ⑦ 耳の神様 ⑧ 手足の神様

 

 

金栗四三ミュージアムから生家記念館まで車で約10分。

途中の道路沿いにあった ④ 性・腰の神様へ立ち寄ってみた。

 

 

「七郎神」

 

 

 

 

「こんにちは」と、おもわず声を掛けてしまいそうになったが・・・

 

近づいてもピクリとも動かない!

 

 

そう、この方々も案山子。

 

 

 

 

 

 

正治2(1200)年、この地方の坂梨家の祖、坂梨弥五助が土地鎮護と農耕開拓の守護神として、肥後一の宮 阿蘇神社本宮より、御分霊を戴き

この村に下り、山森阿蘇神社を創建したと言われている。

 

その時、供養者の一人として同行してきたのが坂梨七郎右衛門。

この塩井谷に住居を構え、農耕技術を普及したと伝えられる。

 

村人達は、七郎右衛門の地域では、毎年農作物の豊作を祈願し

種の繁殖・増強とともに、生むは産むに通じ

子孫繁栄・安産・夫婦和合の神様として

陰茎弱き人、子宝に恵まれない人縁遠き男女

夜尿症、足腰の病等に悩む人々それぞれに霊験があるという。

 

 

 

 

現に受児除災、陰茎弱き人、足腰の病等著しき御霊験を受けて

歓喜している事実がある。

 

信仰・祈願する人は、作り物の男根を奉納する習わしがあり

御願成就のあかつきには

男は白色、女は赤色の住所に・氏名・年齢をを書いて

お礼参りをする風習があるらしい。

 

 

 

 

顔をしかめる方もいるかもしれないが

藁にも縋る人たちの気持ちは至って真剣なさまなのだ。

 

 

 

 

 

 

亀吉も こっそりお参り ・・・ シラー 

 

 

 

次回はお隣の玉名市へ!

 

 

 

 

 

 

本日は以上です。

 

熊本県の北西部に位置する玉名郡和水町(なごみまち)。

 

菊池川や緑の山々など、豊かな自然に囲まれた人口1万人程の

小さな町で、平成18年に「三加和町」と「菊水町」が合併し

 ″和 ″ と ″水 ″の文字をとり、「和水町」となる。

 

 

2019年NHK大河ドラマ 『 い だ て ん ~東京オリムピック噺~』

主人公の一人

金栗四三(かなくりしそう)1891~1983 が生まれた町である。

 

日本人初の五輪選手で「日本マラソンの父」と呼ばれる人物だ。

 

1月、大河ドラマ放送開始に合わせ、出身地である和水町に

生家記念館と、ゆかりの品々を展示した

金栗四三ミュージアムが開館され、先日足を運んでみた。

 

 

 

 

 

三加和温泉ふるさと交流館近くに新設されたミュージアムには

四三が着用したユニホームなど多くの遺品のほか、パネルやCG映像を

使い、当時の時代背景とともに、その功績を伝えている。

 

 

 

亀吉夫婦も一緒に走ってパチリ!カメラ

 

 

「体力 氣力 努力」

 

 

オリンピック史上最も遅く、類を見ない大記録 ~マラソン55年越しのゴール~

 

金栗は世界陸上競技史に類をマラソンの大記録の持ち主です。

1911年国内大会(25マイル)で、当時の世界記録を27分も上回るタイムを出すも

オリンピック初参加となった翌年のストックホルム大会では

レースの途中、暑さのため意識を失い、完走できませんでした。

月日は流れ、金栗が76歳となる1967年(昭和42年)。

ストックホルム大会開催55周年を記念する式典が開催されました。

当時の記録を調べていたスウェーデンのオリンピック委員会は

金栗が棄権の意思が運営側に届いていなかったため

「競技中に失踪し行方不明」となっていることに気づき

金栗をゴールさせようと、記念式典に招待しました。

金栗はそのことに感激し、喜んで参加しました。

記念式典では、大観衆の競技場を金栗が走り、テープを切ったとき

「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム54年と8か月6日5時間32分20秒3

これをもって第五回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」とアナウンスされました。

これに金栗は「長い道のりでした。

この間に嫁をめとり、子ども6人と孫が10人できました」と答え

会場は大きな感動の拍手と歓声に包まれたそうです。

館内紹介文より

 

 

ゴールの瞬間

 

 

なんとも ″粋な計らい ″である。

 

 

 

 

 ミュージアムから車で10分ほど走った和水町中林(旧春富村中林)に

金栗四三が生まれ育った生家が記念館として残されている。

 

 

 

 

出迎えてくれているのは

 

田んぼの奥に見える人も

 

これぜ~んぶ ″案山子 ″だ。案山子

 

 

人が少ない田舎も賑やかになっていい!

 

 

 

 

こちらが築200年以上たった今でも現存している生家!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、金栗家は代々地域の庄屋をつとめる家系で

造り酒屋を営んでいた。

 

明治24年(1891)8人兄弟の7番目に生まれた四三は

父信彦が43歳の時に生まれたため、四三と命名されたそうだ。

 

 

 

 

「いだてん」のロケは、この生家でも行われた。

 

 

 

 

館内には家族が「学校部屋」と呼んだ四三専用の勉強部屋や

幼少期のエピソードをパネルと映像で紹介している。

 

 

 

広い土間と上を見上げれば黒光りしている大きな梁が・・・

立派な家であったのが分かる。

 

 

 

 

住居の隣にある小屋

 

 

大河ドラマ「いだてん」の紹介パネルも・・・

 

 

 

 

往復三里を韋駄天登校

 

四三は明治34年からの4年間、隣り町(現南関町)の

玉名北高等小学校に毎日走って通学した。

このかけあし走行により「スッスッ、ハッハッ」の呼吸法も習得し

のちにマラソンの基礎は

この小学校時代に往復3里の通学を行ったことであると語っている。

 

往復12キロの通学路は「金栗四三ロード」と呼ばれ

起伏に富むマラソンコースとして近年親しまれているそうである。

 

 

 金栗家のシンボルツリー「シナモンの木」

 

 

 

長兄を中心とする家族の温かい教育のもと、勉強・スポーツに励み

東京高師(現筑波大学)で生涯の師となる嘉納治五郎に出会い

日本で最初のオリンピック選手になる。

しかし、オリンピックに3度出場するも良い結果を残せなかった四三は

その悔しさをバネに日本スポーツ会を発展させるため

マラソンシューズの開発や箱根駅伝の創設

女子体育の振興などさまざまな試みを行うことに。

 

生涯走り続けた距離は25万キロ。

 

その生涯は「体力 氣力 努力」の言葉と

晩年の穏やかな表情に表れている。

 

四三のマラソン人生の基礎を築いたスタート地点

それが、この生家だったのである。

 

 

 

 

 

 

本日は以上です。

 

 寒い日は温泉へ!

 

熊本は温泉の源泉数及び湧出量は全国5位。

 

 

家族湯(風呂)なるものも多種多様。

家族風呂とは文字通り、家族やカップルなどが利用

もちろん一人で独占浴もOK!

温泉の効能はもちろん

個室のお風呂を貸切で利用できる温泉施設のことだ。

 

離れのような戸建の豪華な家族風呂からシンプルなものまで

各地域にさまざまなタイプのものが点在しており

ドライブの途中、気軽に立ち寄ることができる。

 

 

寒い冬の日は温泉で心も身体もポカポカに!おんせん。。

 

 

この日は初めて訪れた施設。

熊本市北区にある植木温泉は

七水木温泉郷にある家族温泉「はなみずき」さんへ。

 

 

田舎の広域農道を走り、田んぼの先にポツリ!といった場所にある。

 

 

 

 

 

全10室の家族風呂。(1H¥2100)

家族風呂(貸切風呂)の利用は1時間が基本で

延長料金を払って長くも利用できる。温泉

 

 

 

 

 

造りは半露天のシンプルなもの。

 

 

 

 

湯上りは温泉特有の身体の芯からぽっかぽか 風呂

 

 

寒い冬は、それぞれ個性あふれるお風呂を探して

湯めぐりドライブを楽しむのもいい。 温泉  車

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は以上です。

 

 

 

超高齢化社会が加速する日本で

高齢者ドライバーによる悲惨な交通事故が後を絶たない。

 

そういった事故のニュースを目にするたび

不安が脳裏を過ぎって来たのは85歳になる父親のことであった。

これまでも幾度となく免許証の自主返納を説得して来たが

運転歴67年、毎日車に乗って来た父にしてみれば

老いたとはいえまだ車の運転には自信があったのだ。

 

 

車に乗れなくなる寂しく辛い気持ちもよく理解できる。

公共の交通機関もない田舎では買い物や通院等

やはり車がないと至極不便だし、普段の生活の愉しみの一つが

夫婦で出かけるプチドライブになっていたからだ。

 

 

そんな父が今年に入り、やっと愛車の運転を止め

売却を決意してくれた。

 

 

しかし一昨年の足の手術以来、普通に歩きまわることも困難。

それで買ったのがこの電動カート!

 

 

 

 

 

 

当然ながら車の替りとは全くいかないが

″取り返しのつかない事態 ″になるよりかはいい。

ガマンしてもらうしかない。

 

 

その代わりということでもないが

父が2~3ヶ月前に買い換えたばかりだというガラケーガラケーの携帯だが

lineなど利用して孫とのトークやひ孫の動画等を愉しめるように

シニア用スマホに買い換えてあげた。IS03

 

 

問題は果たして使えるか・・・?だがあせる

実はスマホやPC、亀吉も苦手で今だかってまだ上手く使えない叫び

しかし父にもボケ防止のためにも頑張ってもらおう!

 

 

 

一方母親はまだ身体が丈夫!

昨日は自転車が壊れて乗れなくなったというので

さっそく実家に帰り、新車のママチャリを ママチャリ 

 

 

親が年老いていろいろと大変にはなってくるが

少しでも元気で愉しい生活を送ってくれればと

願っている。

 

 

 

 

 

 

 

本日は以上です。

 

 


 

 

 

この2ヶ月半後、まさかあの恐怖の「熊本地震」が発生するとは

 

 

この時知る由もなし・・・

 

 

 

 

3年後の冬、熊本はまったく雪など降る気配なし!

 

 

暖かな冬。

 

 

 

 

我が家の町内にある萩尾のため池

 

 

 

 

 

 

本日は以上です。