前回のブログではコミュニケーション育成指導の振り返り面接の内容について書きました。

 

普段生活する上で「そろそろ限界かも」とか「むしゃくしゃする」と思ったときはすでに遅く、自分がそうなってしまうパターンを(スリップしそうになるきっかけを)あらかじめ知っておくことで、そうならないように努めていこうという内容です。

 

 

以前のブログで、約18年間依存し続けた睡眠薬の減薬を医務に申し出たと書きました。

そのブログはこちらです↓

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12607919298.html

 

 

 

私は昔から睡眠に対してかなり貪欲で、妨害されるととてもイライラしてしまいます。それは現在でも変わらず、就寝時は耳栓をして寝ています。

 

ひとりっ子で幼いころから自分の部屋を与えられ、睡眠を邪魔をされるということがなかった影響が強いのではないかと思っています。

 

 

立川拘置所で減薬した結果、物音で目が覚めたりなかなか寝付けなかったり、はじめのころはそれが本当に嫌で嫌で仕方がありませんでした。

 

人間は習慣の動物です。慣れてしまえば難しいこができるようになるし、逆にできることができなくなってしまう場合もあります。

 

 

『良く変わるのが鍛錬、悪くなるのが麻痺である』

とある本の一文です。

 

 

はじめのうちは睡眠の浅さや物音で目が覚めてしまうのが嫌で嫌で仕方がなかったけれど、それを続けていくと「こういうものなのかも…」と考えられるようになってくるから不思議です。

 

この調子でもう少し減薬してみよう!そしてこの受刑生活中に絶対に断薬してやる!

 

医務にもう少し減薬したい旨を申し出ます。

 

 

↓は2016/4/21の矯正指導日のノートです。この日は作文が課題だったようで、私はこのように書いています。抜粋していきます。

 

私の眠りは本来こういうものなんだと思うことにした。19年前の眠りを(睡眠薬を飲んでいないころの眠りを)すっかり忘れている。睡眠に対して完璧を求めすぎていたんじゃないか?

 

薬をやめる(減らす)→眠れない→イライラ・不満→やめられないという悪循環。

 

この受刑をきっかけに薬をやめて健全な身体になってから夫のもとへ帰る、それが散々薬で迷惑をかけた夫への償いになると信じている。

 

しらふで生活し、薬を飲んでいたときに気付けなかった“もの”をいっぱい感じて、マイナススタートだけどこれからは自分の欲望のために生きるのではなく、夫のために頑張っていこうと思っています。

 

 

とても前向きな考え方になっていますよね。今の自分が読んでも「あの頃にここまで考えていたなんて超がんばったね!すごい!」と思います。(笑)

 

 

 

私は依存症になる前の自分を取り戻したいとずっと考えていました。

 

母に暴力をふるったり、夫を金ヅル扱いしたり、嘘をついたり人をだましたり…

それは薬のせいでそうなっていただけで、本来の私はそんな人間ではないと思っていたのです。

 

 

高校時代からの友人男性にこのブログを始めたことを伝え、厳しくても構わないので感想や忌憚のない意見を聞かせてほしいとお願いしました。

 

彼は私が援助交際をしていたことや自殺未遂をしたことを知りません。彼の知らない私がブログに山ほど書いてあるわけです。私の見てはいけない過去を見ているようで複雑な気持ちだと言いました。

 

彼とはたまに任天堂switchのスプラトゥーンというゲームを一緒にプレイしたりするのですが、何の気なしに会話した内容が忘れられません。

 

 

「睡眠薬を飲んでいたころの自分があまりにもクソな人間すぎて、本来の自分がどうだったのか分からなくなってるんだよね」と言うと、

「それも本来の自分なんじゃね?酒飲んで人が変わるっていうのも同じで、それがそいつの本性だったりするわけじゃん?」とサラッと言ったのです。

 

 

このとき自分の考え方が覆されたというか、なるほど!!!!と思ったのです。

 

嘘をついて人を騙して、母に暴力をふるって夫を金ヅルだと思った自分も、認めたくないけれど“本来の自分”なんだということを理解できたのです。

 

 

 

自分はいい人間でありたい、それは誰もが思うことです。

 

どす黒い感情が渦巻いたとき、こんな考え方をするなんて…こんなこと思うなんて…って自己嫌悪に陥りますよね。

 

最近の私は“本来の自分”に気付くことができてラッキー♪くらいの気持ちで毎日を過ごしています。

 

他人に「わたしは酷い人間だから!」とあえてふれ回る必要はありませんが、そのくらいの心持ちで生活していたほうが私は気が楽です。

 

前回のブログでは、札幌刑務支所とNPO法人リカバリーが始めた新しい取り組みについて書きました。

 

 

立川拘置所での生活に話を戻します。何度も脱線してしまってすみません。

 

 

立川拘置所で生活するようになって9ヶ月目が経過しました。

 

コミュニケーション育成指導を担当する教育の先生と1対1でお話をする機会がやってきます。振り返り面接です。

 

コミュニケーション育成指導を受けてどう思ったか、何を感じたか、これから先のことをどう考えているか質問をされます。聞かれたことに正直に答えます。

 

 

この振り返り面接で忘れられないやり取りがあります。

 

自分の考え方が悪い方向にいかないように気を付けたい、薬に頼りたいと思わないように生活したいと言うと、先生はこうアドバイスしてくれました。

 

 

悪い方向に向かっているかもと思ったときはすでに遅い。

自分がどうなると悪い方向へ行ってしまうのか、それを今回の受刑生活で見つけよう!

 

 

ハッとしました。

悪い方へ向かっていると気付いたときじゃもう遅いんだ…。

 

 

今までの人生で“悪い方向へ向かってしまったときのパターン”を思い出してみよう。

 

そのパターンが理解できれば、そもそも悪い方向に考えが向かないはず!

 

 

 

振り返り面接後のノートです。「どうなったらダメになるのかこの中で考えよう」と書いてありますね。

 

この時点では確固たる理由はまだ見つかっていません。

 

「暇だから」とか「やることがないから」と書いてありますが、これは表層的なもので根本の理由ではありません。今読むと笑ってしまいます。楽しみが無かったんですね、私。(笑)

 

 

 

私は刑務官と会話をする機会が他の受刑者より多かったと思います。

 

刑務官が「○○にならないように気を付けてね」と発言するということは、裏を返せば○○になって刑務所へ来てしまう人がとても多いということです。

 

時に更生の意欲満々で出所していった人がまた戻ってきてしまったり、はじめから更生を諦めてしまったり…

 

 

そういう人たちを何人も見てきた刑務官の言葉にはかなりの重みがあります。

 

 

私が出所して思うことは、刑務官が話をしていた内容は現在の生活でもかなり応用が利くということです。

 

この振り返り面接は、受刑中に自分の弱点を何としても見つけ出さなきゃ!という思いにさせてくれた大切な面接でした。

 

 

前回のブログでは、刑務所の矯正教育が受刑者全員に行われているわけではないこと、自分を深く掘り下げないと受刑するようになった(依存症になった)きっかけは見つからないということを書きました。

 

刑務所で依存症を学ぶ教育をもっとやったほうがいいのに…そう考えていた私の目にこのような記事が飛び込んできました。

 

2020年8月12日、埼玉新聞の記事です。

 

札幌刑務支所とNPO法人リカバリーが連携し、女子受刑者が出所後も孤立しない環境で継続的サポートを受けられるという全国初の取り組みを始める、というものです。

 

 

女性の薬物依存は男性よりも複雑です。

 

付き合っている男性に覚せい剤を勧められてそのまま依存症になってしまうのは本当にあるあるで、それがシングルマザーだったりすれば子どもがどうなってしまうか…皆さん想像がつきますよね。

 

以前のブログに書かせていただいたAさんが典型例です。

そのブログはこちらです↓

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12616636977.html

 

 

Aさんはそうではありませんでしたが、付き合っている男性が日常的にDVを繰り返すような人だと女性の逃げ場はなくなってしまいます。

 

そんな男とは別れればいいのに!と思う人が多いと思いますが、そういう場合のほとんどが共依存の関係になっているので、簡単に関係を断ち切ることはできないのです。

 

 

女子依存症回復支援センターが具体的にどんなことをするのか調べてみたところ、以下のような内容でした。

 

 

私が注目したのは刑務作業で、これも後のブログで詳しく書いていきますが、“土に触れて植物を育てる”というのは精神的にとても良いのです。

 

コアプログラムには「あなたがここにいる理由」とありますが、これは自分を深く見つめる授業になるのかなと勝手に想像しています。

 

NPO法人リカバリーのホームページはこちらです↓

http://www.phoenix-c.or.jp/~recovery/

 

 

私はブログをアップすると、Twitterから投稿したことをお知らせするようにしています。

私がフォローしている人は依存症の方、元受刑者の方が主です。フォロワーさんにもそのような方がほとんどです。

 

私のフォロワーさんから、前回のブログ「刑務所の更生プログラム」に対してこのようなリプライ(返信)がありました。

 

 

刑務所には職業訓練というものがあり、受刑態度が真面目な人が受けることができます。受刑者の希望制で刑務官の審査を通って初めて受講可能です。

 

私が服役していた刑務所では美容師免許や介護士の資格、フォークリフトの免許が取れますが、美容師などは受刑期間がそこそこ長くないと受けられません。介護士もそうですね。

 

刑務所によって取れる資格が違うのと、男区の方がもっとたくさんの資格が取れると思います。

 

Twitterでこのような返信をいただいて、ある程度自分で道を切り開く力のある受刑者は職業訓練を受けられず、申し訳ないけど自分でなんとか更生してくれということなんだと思いました。

 

 

現在の刑務所はただ受刑させるだけで、これといった教育がされていないのが現実です。

 

そんな中、札幌刑務支所の取り組みは本当に素晴らしいものだと思います。

 

全国の刑務所にこうなってもらいたいし、私自身もこのような取り組みに参加できるよう自分を成長させて力をつけていかねばと思いました。

 

 

返信いただいた犬耳さん、大分洗濯連合さん、そして私のためにこの記事をコピーしてくれたMさんに心から感謝します。どうもありがとうございました。

 

前回のブログでは工場の先生に衛生係になりたいと言ったこと、それについてアドバイスをもらえたこと、他人の意見に耳を傾ける姿勢は大切だということを書きました。

 

 

刑務所で実際にどんな教育が行われているか、皆さんはご存知でしょうか?

 

その人の罪名に沿って矯正教育をしていると思っている人が大多数だと思うのですが、実際はそんなことはありません。

 

窃盗で服役した私が実際に経験した教育と、薬物で服役したAさん、殺人で服役したHさんでみていきます。

 

罪名が3つ挙がっていますが、私が服役していた刑務所で「その罪名の受刑者全員」に教育が行われていたのは、Aさんの薬物のみです。

 

私がとても意外だったのは、殺人でもこれといった教育や指導を刑務所側から積極的に行わないことです。

命の大切さとかご遺族の想いとか、そういう勉強や教育を受けるんだろうと勝手に想像していたので、何もなかったとHさんから聞いたときにとてもびっくりしました。

 

 

後のブログに書いていきますが、私は刑務所の中を比較的自由に歩き回ることができる作業に就いていました。どんな教室や部屋があって何をしているか、ある程度わかります。

 

字が書けなかったり計算ができない受刑者に対して、学校のように読み書きや計算を教える授業をしているのを見たことがあります。

 

物を盗むことに快感を感じたり、盗むことに依存してしまうことを窃盗症やクレプトマニアと呼びますが、何度も窃盗で服役する人にはグループミーティングのようなものをやっていたと思われます。

 

私は窃盗で初めての服役でしたが、窃盗に関しての教育は一切受けたことがありません。「指導」という名のつく教育を受けたのは、以前ブログに書いたコミュニケーション育成指導のみです。

コミュニケーション育成指導のブログはこちらです↓

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12612678025.html

 

薬物事犯の人には水色のバインダーが渡され、「薬物依存離脱指導」というものが行われます。薬物依存症は病気だということは教えてもらえるようです。

 

 

依存症は色々なものと併発することが多いです。

 

私がその最たるものなので分かりやすいですが、違法薬物・処方薬・窃盗(クレプトマニア)・ギャンブル・自傷や整形等の自分を傷付けることへの依存・買い物です。

 

摂食障害の人にクレプトが多かったり、アルコールとギャンブルだったり…依存症という病気は他の依存症とかぶることがとても多いです。

 

私の場合は窃盗よりも薬物への依存が強く、薬物依存へのアプローチをしないと窃盗も回復しないということに立川拘置所で気が付きました。

 

 

物事にははじまりがあります。

 

はじまりのきっかけはなんだったのか?

なぜ自分が○○依存症になってしまったのか?

その根底にあるものは何なのか?

 

自ら深く深く掘り下げていかないと、表面だけの回復では根本からの解決にはなりません。

 

 

出所してから刑務所の教育に対してそれはおかしいよね?と思うことが増えました。

 

依存症の人を刑罰で拘束するだけで、何も勉強させることなくそのまま出所させてしまえば、また戻ってきてしまうのは火を見るより明らかです。

 

少年刑務所では更生に力を入れているのに(若くて未来があるから)、成人が行く刑務所では教育がおざなりというか、とりあえず作業しておけ感が否めません。

 

法務省も受刑させることで精一杯、出所後のことまで考えていられない、依存症の受刑者が増えすぎてどう対処していいか分からず、困り果てているという感じでしょうか。

 

そして言い方は悪いですが、反省もせずまた堂々と刑務所に戻ってくるような受刑者に教育を受けさせるだけムダ、となってしまうのも仕方のないことかなと思います。

 

それならば反省をして真面目な受刑態度の人に教育を受けさせる機会を与えよう、となるのも理解できます。

 

 

刑務所で1年間に1人の受刑者に使われる金額は300万円とも言われています。

 

依存症で刑務所へ来てしまった受刑者にもっと勉強をさせたほうがいいのに…そうすることで再犯が少なくなるのに…

 

 

そんなことを思う私に、ある新聞の記事が飛び込んできます。

 

 

刑務所の更生プログラム #2 へ続きます

前回のブログでは向精神薬の服用をしている人の特徴と、ベゲタミンという薬で私の人生が狂ったことを書きました。

 

 

今日は立川拘置所に服役していたころに話を戻します。

 

立川拘置所の女区の作業は4つありました。

 

・受刑者の食事の配膳や衣類の補綴、材料を配ったりする衛生係(4人)

・紙袋を作る工場(8人)

・紙袋を作る通役(4人)

・居室でチラシ入れ(?人)

 

刑務所では1工場につき1人の刑務官が担当します。女区では刑務官のことを先生と呼びます。

 

立川拘置所はあくまで拘置所です。一時的に受刑者を留め置く場所なので、女区の場合は衛生係以外の受刑者は全員刑務所へ移送されます。

 

私は居室内でチラシ入れをする作業から通役になり、その後工場へ配役されています。

 

工場ではコミュニケーション育成指導という教育を受けることができました。

そのブログはこちらです↓

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12612678025.html

 

 

刑事施設では報奨金の確認をするときに指印を押します。

 

このころの私の1ヶ月の報奨金、1563円。

 

刑務所とは無縁の人に報奨金の話をしたことがありますが、もっと貰えると思ってたと言われたことがあります(笑)

長く受刑している人はそれなりに等工が上がるので、これよりは多く貰えるはずです。

 

↓3月15日のノートです。

 

工場の先生は指印を押す際に「何かある?」と聞いてくれます。

 

このころの私は衛生係などの経理係を目指すと決めていました。1日も早く「類」と「種」を上げて電話面会をしたいと思っていたからです。

 

衛生になりたいんですがどうやったらなれますか?と先生に聞きました。

 

先生は驚いた顔というか、意表を突かれたような顔をして「衛生になりたいんだぁ…」と言いました。

 

私は何かおかしなことを言ってしまったのかと思いましたが、先生は少し考えてから話をしてくれました。書き出していきます。

 

・刑務所にいることで受刑者は世間から守られている、このことを忘れるな

・外であなたの帰りを待っている家族が、あなたのせいで色々なことを言われていることも忘れるな

・チャラついているようじゃ衛生係なんてなれない

・ここにいる時間を無駄にしないように

 

この時に先生が驚いたような顔をした理由ですが、衛生なんてキツい作業に自ら志願する人がいるんだ、という意味だったんじゃないかなと思います。

 

経理係は結構な力仕事&重労働です。健康な人じゃないと務まりません。

 

 

先生からのアドバイスをしっかりノートに書き留めます。

 

 

私は刑務官に本当に恵まれていたと思います。

 

累犯からは意地の悪い先生もいると聞いていましたが、私が接した刑務官にはそんな人は居ませんでした。

 

刑事施設の刑務官は、どんな受刑者にも区別することなく同じように接しているはずです。

 

累犯は受刑するたびに同じことを何回も聞かされるので、意地が悪いという印象になってしまうんじゃないかと思います。

 

私は初めての受刑生活だからこそ、先生からの話にしっかり聞く耳を持ってたくさんのことを吸収できたのだと思います。

 

他人の意見に耳を傾けるのは、どんな世界にいても大切なことです。

前回のブログでは気付きを得ることの難しさについて、不自由な状況に追い込まれないと人は自ら何かを変えようとしないということを書きました。

 

 

新しいテーマ『向精神薬の恐ろしさ』を作成しました。

今日は私の人生を狂わせた向精神薬について書いていきます。

 

 

今から3ヶ月前、依存症子のアカウントを立ち上げたばかりのころのブログです。↓

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12595576385.html?frm=theme

 

私は1日に大量の精神安定剤と睡眠薬を服用していました。オーバードーズ(OD)です。

 

 

これはもはや私の特技といえるかもしれませんが、人と少し話をすれば精神薬を飲んでいる人かどうかすぐに分かります。ツイッターを見ていても気付いたりします。

 

 

私は現在月1回メンタルクリニックに通っていますが、先月こんなことがありました。

 

このブログを読んでくださる方は、少なからず心療内科やメンタルクリニックに一度は行ったことのある人だと思います。精神科系のクリニックは混雑していない日はありませんよね。

 

私が通っているクリニックはとても良い先生がいらっしゃるので大人気です。待合室もいつも混雑しています。クリニックにかかってくる電話はひっきりなしです。

 

受付の方の対応から、相手がどんなことを話しているのか分かります。

「お薬だけの処方はできないんです、先生の診察が必要なんです」、何度も受付の方がそう言っているのに食い下がる人がいました。

 

この日はいつもより忙しく、待合室に座れない人がたくさんいました。受付の女性は2人しかいません。会計をしながら次回の予約を取り電話対応をします。見るからに超忙しいです。

 

電話をかけている患者さんにはクリニックの忙しさは分かりません。

 

受付の方だって人間です。忙しい中何度も同じことを言われて、疲弊しないわけがありません。

 

その患者さんは「薬だけの処方はできません」と何度も断られているのに、“自分の行動がクリニックに迷惑をかけているかもしれない”ということに考えが及ばないのです。

 

 

向精神薬を服用している人は、自分で気付かないうちに他人に迷惑をかけていることが多いです。私自身がそうだったからよく分かります。

 

・とても感情的、情緒不安定で自身のコントロールができないばかりか、自分の意見を押し通し相手のことが考えられなくなってしまいます。

 

・話のつじつまが合わなくなり、本人は嘘をついている自覚はないけど、嘘をついているんじゃないの?と勘違いされてしまうことも度々あります。

 

・ろれつが回らず、まるで酔っているようです。

 

特に何種類も同時に服用されている方は、この傾向が一層強くなります。

 

向精神薬を服用されている方は、他人に迷惑をかけるような行動や言動をしていないか、感情的になったときほど立ち止まって一呼吸おいてみてください。

 

向精神薬を飲むことを否定しているのではありません。

向精神薬のODで自分を見失い、刑務所まで行った私からの前向きなアドバイスだと思っていただければ嬉しいです。

 

 

 

タイトル回収していきます。ベゲタミンという薬を皆さんご存じでしょうか?

 

ベゲタミンAは赤いので赤玉と呼ばれ、ベゲタミンBは白なので白玉と呼ばれていました。

エリミンを赤玉と呼んだりもしますが、王道の(?)赤玉はベゲタミンAだと思います。

 

 

 

現在は供給停止になっていますが「飲む拘束衣」と呼ばれるほど強力な薬でした。

 

私はこの薬を1日4錠飲んでいました。とんでもない量です。普通に失禁します。

 

薬は1錠でも十分効いているんです。効いているんですが、中途覚醒すると「なんで目が覚めるの!?全然効かないじゃん!」とイライラして薬を足すようになります。

 

このほかにもサイレース、ハルシオン、アモバン、ベンザリン、デパス、レキソタン、ワイパックス、ソラナックス、セルシン、セパゾン、リボトリール、メイラックス…薬の名前を忘れちゃうほど大量の薬を同時服用していました。

 

今つくづく思いますが、あんなにODしていたのによく生きてます。(笑)

 

デパスは甘くて美味しいのでフリスクケースに詰めて持ち歩き、気付くとお菓子のようにパクパク食べていました。

結婚前の夫は「この子フリスク好きなんだな」と思ったそうです。それほど自然にお菓子のように食べていたということですね。

 

 

ブログの前半に向精神薬を服用する人の特徴を書きましたが、私の場合はあんなにかわいいものではありません。

 

昨日言っていることと今日言っていることが違う→嘘つきだと思われる→人が離れていく→感情的になり怒る→急に泣いたり怒ったり感情のコントロールができない→自分のやっていることは棚に上げる→次の日にはそんな事があったのをケロッと忘れる→約束を覚えていない→なおさら人が離れていく

 

↑こんなことが15年以上続きます。15年です。

思考がおかしな方へ向かい、スリルを求め窃盗をするようになります。結果刑務所へ行くことになったのです。

 

 

向精神薬はあなたが生きやすくなるよう、生活しやすくなるように“補助”してくれるアイテムです。

 

私はそんな補助アイテムに依存して人生が狂ってしまいました。

 

現在向精神薬を服用されている方は、人を思いやる気持ちを忘れないように、自分の意見を押し通そうとしていないか、今一度自分を振り返ってみてほしいです。

 

前回のブログでは、依存症の回復は自分を理解することから始まると書きました。

 

 

私が自分を理解しようと思ったきっかけは刑務所へ行ったことです。

 

二度と刑務所に戻らないために累犯をひたすら観察しました。

 

累犯からいろいろな話を聞いていると、家庭環境に問題がある人、もともと精神疾患を患っている人(うつ、双極性障害、摂食障害、解離性障害の類い)、他人から何か頼まれると断れない人、流されやすい人が多いことに気付きます。

 

自分との共通点をたくさん見つけます。

 

わたし…このまま変わらなかったら累犯になっちゃうんじゃないの?

ただダラダラと時間が過ぎるのを待っているだけじゃ、きっとまた刑務所に戻っちゃう。

 

それに気付いたとき、自分の置かれている状況がもう崖っぷちというか、背水の陣というか…

 

とにかく自分を変えないと、出所後に決して幸せになれないと思ったのです。

 

 

私の場合は刑務所へ行ったこと、後がない状況へ追い込まれたこと、母に捨てられたこと、夫が依存症への理解を全く示さなかったこと、面会へ一切来なかったこと、出所後に母が亡くなったことが自分を変えるきっかけになったのです。

 

ではAさんはどうでしょう?彼女は覚せい剤の累犯で受刑は2回目です。

自分の子どもを児童相談所に持っていかれ取り返すために努力したけど、結果また刑務所へ戻ってしまいます。

 

この差は一体何なのか…いまだに私も答えが出せずにいます。

 

Aさんの中で、刑務所へ行くということに慣れてしまったというのはあるでしょう。

自分が依存症だと分かっていても、どんな病気かしっかり理解していなかったのです。

 

受刑中に覚せい剤を使わなかったんだから大丈夫という勘違いが起こり、出所後に依存症の治療に真剣に取り組まなかったというのもあると思います。

 

 

このブログを読んでくださる依存症者の家族の方、たくさんいらっしゃると思います。


ご自身の大切な子ども、夫、妻、友人に、

「あなたは依存症で、私はあなたの依存行動で迷惑しています。あなたの身体を心配しています。だから依存症の病院へ行ってくれませんか?」と伝えたとして、どれだけの人が納得してくれるでしょうか。

 

私が違法薬物やODばかりしている時に(逮捕前に)こう言わたら、間違いなく「は?何言ってんの?」となると思います。

 

私自身の経験からはっきり言えますが、人は自分が不自由な状況に追い込まれたときに多くのことを考えるのです。

ガンや難病の闘病生活から生還された方にパワフルな人が多いのは、闘病生活中に色々なことに気付いたからだと思います。

 

逆に、不自由な状況に追い込まれなければ何も考えません。改善しようとしません。

 

子供部屋おじさん、おばさん、引きこもりは、それ自体の良し悪しは置いといて、その環境に不自由していないから存在すると私は考えます。

 

 

誰かが何かを与えてくれる、その現状に満足し、改善しようという考えを起こさせない。

 

 

あなたが何かを与える前に、それを与えることで相手がどうなるか考えてみてください。

 

 

受刑中の私に夫から「症子の帰りを心から待っているよ、愛してるよ、症子には俺がついてるよ、大丈夫だよ」という手紙が頻繁に届いていたら…?

 

「この人は私を捨てない、まだ私の駒になる」と思って反省などしなかったでしょう。

 

 

これも何度もブログに書いていますが、優しさと甘さはイコールではありません。

 

私に優しい人ほど時に厳しいことを言い、突き放します。

自ら考え答えを出すんだと、自立を促してくれます。

 

 

私がここまで這い上がるのに、とんでもなく遠回りしました。

そしてかなりの時間がかかっています。幼少期から遡ると38年です。

 

とても長い戦いになります。そして家族のかたちは様々です。

 

依存症者、依存症者の家族ともに、

 

失敗→気付き→自分を見つめる→改善→失敗→後悔→新たな気付き、これを繰り返していくしかないのです。

 

 

前回のブログでは、出所直後は子どもを児童相談所から引き取ろうと頑張っていたAさんが、2ヶ月経過すると気が緩んで自分の欲に走ってしまったと書きました。

 

 

前回のブログを見ていただいた方はもう気付いていると思いますが、Aさんとお父さんは共依存の関係にあります。

 

Aさんには「お父さんは何があっても最後は私の力になってくれる」という甘えがあります。

お父さんは「私のせいでAがこうなってしまった、Aを支えて孫のためにも何とか更生させなければ」という思いがあります。

 

結果Aさんは好き放題、M君のことや面倒なこと、尻拭いは父親任せになります。

お父さんは自分の生活がままならないのに、Aさんの尻拭いを続けます。

 

こうして文字に起こすと何もかもが悪循環なことが分かりますね。

 

 

依存症者とその家族の考え方の違いをまとめたブログです。

これを参考にしながら、出所後のAさん家族・私の家族の考え方を見ていきます。

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12615165845.html?frm_src=thumb_module

 

 

 

↑Aさんとお父さんの考え方・感情・行動で、あてはまるものを青字にしています。

↓依存症子と夫の場合で、あてはまるものは赤字です。

 

 

依存症者側から見ていきます。

 

Aさんは極度に楽観的なことが多く、誰かが何とかしてくれる、助けてくれるという甘い考えがなかなか抜けません。まだ若いせいもありますが、切羽詰まった感じは一切見受けられませんでした。

 

私は母が自分を捨てて出て行ったこと、出所後に亡くなったことで「夫にまで捨てられたくない、失いたくない」という思いが出てきます。二度と刑務所へ戻りたくない、失敗したくないという思いも強くあります。

 

 

血のつながった家族とそうでない場合の違いも見えてきます。

 

夫は私の機嫌を取るようなことはありません。だって私がいい加減な人間のまま更生しなければ(成長しなければ)離婚すればいいのです。

 

ですがお父さんの場合は実の娘です。借金も何もかも、Aさんが放り出せばすべて自分のところに連絡が来ます。世間の目もあり縁を切ってはい終わり、というわけにはいきません。

 

 

 

私はもう大切なものを失わないように、目標をもって生きるという道を選びました。

昔の自分のように苦しんでいる人の助けになるんだと決意しました。

昔の自分のように苦しんでいる人の家族の力になるんだと決意しました。

 

こんなに偉そうなことを書いてるし言ってるけど、私は現在も依存症で回復中です。

いつスリップするか分かりません。でもいま間違いなく言えるのは、

 

私が私自身の目標を諦めない限り、見失わない限り、スリップはしないということです。

 

 

前回のブログでAさんがスリップしてしまった原因を“環境が悪かった”と“自分を見誤った”と書きましたが、どういうことか私で例えていきます。

 

・私は自分が依存症だという自覚があるので、そういったモノがあるような場所には近付きません。

仮に水商売や風俗をやればそこには高確率でヤクザが居て、ヤクザに群がるコバンザメのような人たちがいます。彼らがどうやって何で稼いでいるのか、愛人だった私にはとても良く分かるから、今後絶対に自ら近付くことはありません。

 

・パチンコ屋さんはたまにトイレを借りに行く程度ですが、財布の中には現金を入れずに生活しています。もし入っていたら「1000円くらいいっか…」となるかも知れません。カジノがあるような場所にも近付きません。

 

・服の買い物も、「これってずっと着れる?本当に心から欲しいかな?」と何回も何回も自問自答します。結果、ほとんどの物が自分に必要ないと判断できたりします。(笑)

 

・嘘をつかないように、そういう状況にならないように、夫と会話する時間を意識的に作っています。こういうことにお金を使いたい、何をしたい、こうして欲しい、こう思っている、考えている、すべて隠さず伝えます。

 

 

自分を理解できれば、無茶なことはしないのです。

自分を大きく見せる必要もなくなるのです。

 

 

“自分を理解して、もう大丈夫と自分で判断しない、勘違いしない”

“自分が流されそうな環境に近づかない、身を置かない”

 

これができなかったからAさんはまた刑務所へ戻ってしまったのです。

 

 

ただ刑期が過ぎるのを待つだけでは、出所してもまた同じことが起こるでしょう。

受刑中にいかに自分を見つめるか、自分の弱点を理解するかが本当に大切です。

 

何度も言いますが、どんな人も自分の過ちや弱い部分など見たくありません。

ですがそこに向き合わないと永遠に解決などできません。

 

自分で自分を理解することから回復が始まる、私はそう考えます。

 

 

 

 

 

前回のブログ Aさんから学ぶこと はこちら

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12616636977.html

前回のブログでは留置場・拘置所・刑務所と一緒だったシングルマザーのAさんが、出所後に一緒に頑張ろうと固く誓い合ったにもかかわらず、また刑務所に戻ってしまったと書きました。

 

 

これからAさんの行動を振り返りながら、私自身の経験も含め、依存症者がどんな行動をするか書いていきます。

 

依存症者のご家族の参考になればと思います。そして現在依存症で苦しんでいる方は、こういう考え方になっていないかご自身を振り返ってみてください。

 

 

私は現在も回復を続け前向きに生活を送っていますが、なぜAさんはスリップしてしまったのでしょうか?

 

「環境」が悪かった、自分を見誤った、この二つに尽きると私は考えています。

 

 

Aさんは逮捕前は愛人生活を送り、水商売や風俗で稼いでいました。昼間の仕事に就いてお金を稼ぐということが当たり前ではありませんでした。

出所後はその現実に向き合い、生活レベルを下げなくてはいけないことを自分でも分かっていました。

 

 

出所後のAさんは新宿でテレフォンアポインターの派遣アルバイトを始めます。

 

私はAさんに勤務地は自宅から近いほうがいいし、高時給はそれだけ求められるものが多くて大変だから、そこそこの時給の仕事にしたほうがいいとアドバイスをしました。

 

ですが彼女は頑なに“新宿勤務”と“高時給”という条件にこだわりました。

  

出所後にインスタを見ると、仲の良かった子がクラブで楽しそうにしている、幸せそうにしている…いいな…羨ましい…。

自分が二度の懲役で無駄に過ごした時間をなんとかして早く取り返したい、そんな思いがAさんにはありました。そして早くM君と一緒に暮らしたい。

 

ですがその気持ちは空回りします。依存症に焦りは禁物です。

 

もともと水商売や風俗で休みグセ、怠けグセがある人が、週6で往復80分の通勤を続けられるわけがないんです。

 

 

私はAさんのお父さんに何度かお会いしています。

私の名前・住所・電話番号をお伝えし、実際にお父さんの目で私を見ていただき、Aさんが私と会うときに無用な心配をしないようにするためです。

 

私とお父さんがつながる前は、お父さんがいろいろうるさい!とかこんな酷いことを言うんだ!とか、自分の更生を父親が邪魔をすると訴えていたAさんですが、

実際に私とお父さんが連絡を取るようになってから、Aさんの隠しごとや嘘がどんどん明るみになります。

 

 

依存症者の家族からすればまた嘘をついてるんじゃないか…薬物に手を出しているんじゃないか…そう疑って当然です。

 

だって何度も裏切られているんだから。何度も嘘をつかれているんだから。

 

 

お父さんは私に繰り返し言いました。

「今度こそ更生してほしいんです…。Mの母親だという自覚を持ってほしいんです。今度は信じたいんです…」

特にAさんの場合、次再犯すればM君が里親に出されてしまいます。かわいい孫に二度と会えなくなるのです。そりゃ口うるさくもなります。

 

 

私はお父さんに、ご自身の育て方が間違っていたから今のAさんになったことを忘れないでください、とはっきり言いました。

 

子どもの頃に金銭的な贅沢という間違った愛情を与え、あらゆることの尻拭いをお父さんがずっとしてきたことで「誰かが何とかしてくれる」という甘い考えをAさんが持つようになったのです。

 

ですがそんな人生に甘えて、何も努力せず生きてきたのはAさんです。一番悪いのはAさん本人だけど、Aさんだけを責めるのは違いますよという話もしました。

 

 

お父さんはご高齢で足が悪く、病院とデイケアに通われていました。生活がままならなくなり、生活保護を受給することになります。

 

生活保護を受けながら働くのはとても難しいです。Aさんは自分が余分に稼いだ金額を国に返さなくてはいけないことに理不尽を感じていました。

 

Aさんは生活保護を受けても自由に使えるお金を増やすため、テレアポの派遣バイトだけではなく水商売も始めます。水商売で得た金額はもちろん役所には申告しません。

 

 

もう皆さん想像がつくと思いますが…出所したばかりで昼職の経験がない人間に、仕事の両立など不可能です。

テレアポのバイトは朝起きれず休むようになります。休むことでなおさら仕事に行きにくくなり、自然と水商売に重きを置くようになります。

 

 

水商売は見た目がどうしても派手になります。他のキャストがかわいいネイルや髪の色をしていれば、私もやりたい!となります。あの頃のAさんにその欲望を抑える精神力は備わっていません。

 

AさんはM君をダシにして言い訳をするようになります。

Mを児相から引き取るためにお金が必要、水商売やるのは仕方ないじゃない!Mのために売れる必要がある、それにはネイルも髪もある程度のお金をかけなきゃダメなんだよ!

 

これでは本末転倒です。

 

私は言いました。「それってAちゃんが、自分が着飾るための言い訳にM君を使ってるよね?着飾らなくても別に水商売はできるよ?」

 

Aさんは本心を見透かされたことにとても驚いた顔をしていました。

今まで厳しいことを友人にも親にも、誰にも言われたことがないのです。本心を誰にも悟られたことがないのです。

表面的にはとても人あたりの良い、素直な子だから。

 

 

私にはAさんの行動や言動が手に取るように分かりました。

どんな行動をするかも予想できました。

 

 

なぜなら、Aさんは私の若いころに考え方も行動もそっくりだったからです。

 

 

 

 

Aさんから学ぶこと #2へ続きます。

 

 

 

 

前回のブログ 「母」と「女」の葛藤 はこちら

https://ameblo.jp/izonshouko/entry-12616166284.html

前回のブログでは私が子どもを作らない理由を書きました。

 

 

今日は留置場から立川拘置所、刑務所と一緒だったAさんの話をしていきます。

 

 

彼女は今年30歳で小学校5年生の男の子が居ます。(男の子をM君とします)

M君の父親は元ヤクザです。覚せい剤で服役しますが、出所して足を洗ったと聞いています。Aさんは離婚をしてシングルマザーになりました。

 

元旦那に覚せい剤を勧められ、自分も薬物依存症になり結果服役することになります。

Aさんはひとりっ子で母親は韓国人、父親は日本人、両親は彼女が大学生のころに離婚して母親は韓国へ帰っています。

 

 

彼女が服役することでM君は児童相談所に預けられます。それまで彼女の父親が頑張ってM君を育ててきましたが、体力的にも金銭的にも面倒をみるのは難しかったようです。

 

 

M君を児童相談所から引き取るにはとても高いハードルがありました。

 

彼女の罪名は覚せい剤で、しかも累犯です。依存性が高い薬物事犯を犯した親の元に、刑務所から出てきました、はいそうですかと子どもを返すわけにはいかないのです。

M君を引き取るためにしっかり仕事をして収入を得て、薬物依存症を治療するためにグループミーティングへ通わなくてはいけませんでした。

 

 

二人で色々な話をしました。

私は夫のために頑張るんだ、AさんもM君のために回復し続けていこうね!

症子さんと一緒に頑張る、私はMを児相から取り返して絶対に一緒に暮らすんだ!

 

私は児童相談所の制度に詳しくありませんが、今回Aさんがしっかり自立してM君を引き取れない場合は、里親に出すことになるという話でした。

そうなったら二度とM君とは会えない。何処に行ったのかも教えてもらえない。

 

彼女は必死に頑張りました。私も彼女の話を聞き、できる限りのアドバイスをしました。

 

 

結論から言いますが、彼女は私から離れていきました。

そして恐らく、刑務所へ戻ってしまったと思います。

 

 

Aさんは私と似ているところが多かったです。

ひとりっ子、背中に大きな刺青、水商売、風俗、ヤクザの女、愛人生活…。

幼少期はお金に困らない生活を送り、両親から金銭面で甘やかされて育った所までそっくりでした。

 

 

Aさんは出所から2ヶ月は真面目に生活をしていましたが、3ヶ月目あたりからあまり連絡が取れなくなります。

私は彼女のお父さんと実際にお会いしたこともあったので、最近のAさんの様子はどうですか?と電話で聞いてみました。すると、彼女の生活は滅茶苦茶になっていました。

 

お父さんは自分の娘の受刑歴や薬物依存について誰にも相談できないので、せきを切ったように私に話し始めます。

 

どこの誰だか分からない人から宅急便がしょっちゅう届く、M君との面会があるのに朝起きない、仕事に行っている様子がない、お金が無いはずなのに髪やネイルがどんどん派手になっていく、家にほとんど帰ってこない、嘘ばかりつく、暴言、物にあたったり暴力をふるうようになった、依存症子さん以外の刑務所仲間と連絡を取っているようです。

 

 

こう聞いたとき、もうだめだ、と思いました。

宅配便の中身について、悪い予感しかしませんでした。

私はお父さんに、その中身はきっと良くないモノですとはっきり言いました。

 

娘宛ての郵便物や宅配便を勝手に開けるのはいくら家族でも…という思いがありながら、お父さんは箱の中身を確認しました。

 

箱の中には注射器が入っていました。

 

Aさんは勝手に自分宛ての宅配物を開封したことに怒ったそうですが、注射器は人に頼まれたものだと言ったそうです。彼女やお父さんは糖尿病ではありません。注射器を使うような病気は患っていません。

彼女の言動や行動から、また何かしらの違法薬物に手を出しているのは明白でした。

 

 

私自身の経験から“類は友を呼ぶ”ことの怖さをAさんに伝えていました。

 

「おかしな人たちが寄ってくる」んじゃなくて、気付かないうちに自分から近付いちゃってるんだよ、だから私から離れないで、これからも回復を続けていこう!

 

私の言葉が段々耳障りになってしまったのでしょう。

私があまりにも彼女の行動を見透かすから、思っていること、考えていることを当てるから怖くなったのでしょう。

 

 

受刑中と出所直後は、更生したい気持ちとM君に会いたい一心で頑張ることができても、実際にM君に会って気が緩みます。

 

「ずっと不自由な思いをしてきたんだから、ちょっとくらいいいよね」と。

 

私たち依存症者には、あらゆる意味で「ちょっと」なんて無いんです。

 

その「ちょっと」のコントロールができるなら刑務所には行きません。逮捕もされません。家族や他人に迷惑をかけることもありません。

 

 

Aさんは「母」よりも「女」を取ってしまった、今日はそういう悲しいブログです。

 

 

 

 

前回のブログ 私が子どもを作らない理由 はこちら

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