前回のブログでは、前々回のブログのコメント抜粋と、これまで自分がやってきた事を腹落ちさせないと、前向きに人生を振り返ることはできないと書きました。

 

前回のブログでもコメントをたくさんいただきました。どうもありがとうございます。今後も定期的にコメント抜粋をしていこうと思います。

 

進藤さんのニュースレター、刑務所伝道ミニストーリー113号に寄稿させていただきました

想いが溢れた結果、ものすごい長文になってしまいました。ニュースレターに載りきらないので、進藤さんのブログに載せていただくこととなりました。

 

私の過去から現在まで、文春オンラインに掲載された内容+αが書かれています。読んでいただけると嬉しいです。

 

頑張って!と言われたら苦しい

 

「頑張ってなんて気安く言わないで欲しい」というような内容を、何年か前からTwitterで見かけるようになりました。

 

これに賛同する人も多く、その気持ち分かる!簡単に言わないで欲しい、言われたら苦しい、言われる方の身になって欲しい、そういう意見が多いことに、大きな違和感を感じていました。

 

それと同時に、「頑張らなくていいんだ!」みたいな人もどんどん増えていきました。

 

アメブロでも、「あなたは頑張って生きてきました、解放されましょう」系のブロガーさんがとても多く、そういう人たちからしょっちゅうフォローが来ます。(因みに依存症子は、そういったフォローは自らバンバン削除して行くスタイルです)

 

 

私が今、特に困ったこともなく、うつでもなく、死にたいと思うようなこともなく、精神衛生が良い状態だから、それらの声に違和感を感じるのだと思っていました。

 

ですがやっぱりちょっと違う、ということに気が付きます。

 

そのことに気付かせてくれたのは、こちらのツイートです。

 

 

 

依存症者、受刑者、元受刑者はむしろ頑張れ!

 

依存症者、受刑者、元受刑者は、甘えたことを言っている場合ではない。厳しいですが、私はそう考えています。

 

特に受刑者、元受刑者は、刑務所にまで行くようなことをやらかしたのです。

 

その現実を見ず、投げ出して、「頑張れなんて気安く言うな」は、自分のやったことを棚に上げている以外の何物でもないと思います。

 

ときには逃げたっていい。でも投げ出しちゃダメ。

これは私のモットーで、一生自分に課して行くことだと思っています。

 

これを忘れてしまったら、いつか私は転落します。転落しないように自分を戒める、自分に課題を与え続ける、これが私の人生を良くする一つの方法です。

 

優しい言葉、耳障りのいい言葉は、頑張っていない人に刺さる

 

これが冒頭に書いた違和感の正体で、まさに長谷川さんのツイートでした。

 

これと言った努力をせず、時の流れにただ身を任せているような人に、「頑張らなくてもいいんだよ」という甘い言葉が刺さってしまうんですよね。

 

頑張らなくてもいい人は、ワーカーホリックであったり、そこに起因する希死念慮を持つ人だったり、入院中の人だったり、精神疾患を持つ人であったり、そういう人たちだけだと思います。

 

色々なことを投げ出して、自分と向き合うことをせず、ただただ「死にたい」と言っている人を見ると、何とも言えない気持ちになります。

 

この人たちは、一生こういうことを言い続けるのだろうかと考えると、悲しくなります。

 

類は友を呼ぶ怖さに繋がります

 

前回のブログで、「心が病む人の周りには、同じような人が集まってくる。傷の舐め合いをする。これは私がいつもブログに書いていることです。」と書きました。

 

冒頭に書いた違和感がここにも繋がってくるのですが、頑張っていない人の周りには、頑張っていない人が集まるのです。

 

頑張っていない人同士で傷の舐め合いをし、「頑張るなんて簡単に言うな!」と言っているようでは、何も改善されませんし、前に進みませんよね。
 

依存症子…偉そうなこと言いやがって……、そう思った方。

 

私も昔そう考えていたから、言いたい人の気持ちが分かります

 

・過去の私は、物事を全力で投げ出してきました。
・嫌なことから、徹底的に逃げてきました。
・甘い言葉を囁く人が優しい人、自分のためを思ってくれている人だと勘違いしていました。
・自分から人が離れていくのは、周りが悪くて自分は悪くないと思っていました。
・人や時間に流されるまま、自分を持たずに生きてきました。

 

こんな人生を送っていれば自堕落にもなるし、他人から認めてもらえることもない、褒めてもらえることもない、まともな人が自分から離れていくのは、当然の事ですよね。

 

そうしていつの間にか、同じような考え方を持つ人とつるむのです。


ぬるま湯に浸かり、似た者同士で「自分は悪くないよね」、「辛いよね」、「超分かるよその気持ち」、「死にたい」、そんなことを言い合っていました。

 

そうやって生きて来たから、刑務所へと落ちた

 

甘い言葉を言うのは、簡単なんです。相手のことを真剣に考えていないから、優しい言葉だけかけ続けられるのです。

 

言う方は、「優しい言葉をかけ続けたら、この人の人生はどうなってしまうだろう?」そんなことは考えていないんです。

 

 

その場だけ凌いでも、何の意味もありませんよね。

 

何事もその場凌ぎで生きて来てしまった私は、見事に刑務所へ落ちることとなりました。

 

根本の問題を投げ出してきたから、解決しようと頑張らなかったから、落ちたんです。

 

 

過去の私は、優しい言葉というサプリメントを、まるでクスリのように使ってきました。

 

優しい言葉が心地良いから、もっと言って、もっと言ってと、優しい言葉にまで依存をしていたのです。

 

頑張らなきゃいけない人が、「頑張らなくていいよ」という言葉を、免罪符にしてはいけないと思います。

 

現実と向き合う強さを養う

 

過去の私、本当に酷い人間です。

ここで忘れてはいけないのは、酷かった過去の私もまた、本当の私だということです。

 

そんな過去の自分を見るのは辛いです。嫌です。見たくないです。

 

でも人生をやり直すには、どうしても過去を見つめなくてはいけない。そこを必ず通らないと、依存症から回復できないんです。更生できないんです。

 

嫌だけど、向き合う。
辛いけど、向き合う。

叫びたくなるけど、向き合う。

涙が出るけど、向き合う。

自分をぶん殴りたくなるけど、向き合う。

投げ出したくなるけど、もう絶対に投げ出さない。

 

これを少しずつ、少しずつでいいんです。続けていくと、必ず強くなります。

 

現実と向き合う強さが、少しずつ身についていきます。

 

そしてその強さは、揺るぎない自分の力、自信となるのです。

 

過去の自分と、向き合ってください

 

辛くない人なんて、いません。

 

刑務所に行ったことが無くたって、犯罪とは無縁で生きて来た人だって、立派に社会人をやっている人だって、過去の自分と向き合うのは辛いんです。

 

私が皆さんに「過去を振り返って下さい」としつこく言うのは、そうすることで強くなれるからです。

 

二度と同じ失敗を繰り返さない、強い心を持てるようになるからです。

 

 

生きて行くのに強さなんて必要ない、そういう意見の方もいらっしゃるでしょう。

 

私は依存症当事者で、元受刑者です。

 

依存症になったのも受刑者になったのも、結論として自分が弱かったからだと分析しています。だから強くなる必要があるのです。

 

その強さが自信へと繋がり、挑戦できることが増えていきます。

 

挑戦したことが身になれば(実や花になれば)、更なる自信に繋がります。

 

 

お恥ずかしながら、40歳を過ぎてようやく気付きました。

 

それが“生きる”ということだと思います。

 

 

 

来週のブログは、産業カウンセラー試験の勉強追い込みのためお休みをいただきますが、コメントは随時お返しします。

 

 

前回のブログでは昨年一間の総括として、依存症からの回復とは、生き方を見つけ続けることだと書きました。

 

多くのコメントをいただきました。いくつか抜粋します。

 

・依存症回復支援センターでの最大の学びは、『回復とは、依存を使わないことではなく、依存を使わないで何かをすること、何かが出来るようになること』です。

 

回復の場でこのような話が聞けたり、学ぶことができるのはとても有難いことですよね。依存を使わない事ではなく、残りの人生、依存を使わないで何ができるか?これに尽きます。

 

このことを当事者だけではなく、支援する側の方にも、知っていただきたいです。

 

教えてくれる場は、あるのです。あとは皆さんがその場へ一歩、踏み出せるかどうかです。

 

・自分はダメだと闇雲に自分を責め自己嫌悪する毎日で、どうせ何やったってダメと思っていた。ですが回復を続ける依存さんの存在を知って、自分の中に少しずつ希望が持ててきた。内省が足りてないので、自分をしっかり見つめる時間を増やしたい。自分の生き方を見つけられるようになりたいと思った。
 

私も過去このように考えていたので、お気持ちとてもよく分かります。闇雲に自分を責めて、自信が持てない。何をやっても失敗するような気がする。

 

私は自分をとことん責めていたけれど、同時に挑戦もしませんでした。自分に自信が無いから、挑戦ができなかった。挑戦するだけムダだと考えていたのです。

 

でも過去をよく振り返ってみたら、「やらない言い訳」だったりするんです。どうせ出来ないなら始めからやらない、挑戦しない。あるいは出来ないと、勝手に「思い込んでいる」んですよね。

 

この「思い込み」は、質が悪いです。なぜなら、行動に移す気力や力を奪っていくから。

 

勝手に自分で自分を評価して、勝手に落ち込んでいく。だったらダメ元で行動に移して、撃沈した方がまだ良いのではないかと私は思います。

 

こんなどうしようもない私でも、挑戦することはできる。続けることができる。

 

だからきっと、このブログに辿り着いた皆さんにも、できると思います。

 

・人間は弱い生き物で、何かには依存しているのかもしれない。生き甲斐、やり甲斐があることを見つけられたら、依存から抜け出すきっかけになるのかも。あとはかけがえのない大切な存在に気づくことかも?

 

人はとても弱い。誰にも何にも頼らずに生きて行くことはできない。それを普段から意識している人は少ないと思います。私も常日頃意識しているかと言うと、そんなことはありません。

 

生き甲斐、やり甲斐、大切なこれらを忘れさせてしまう、または気付かなくさせてしまうのが「依存症」です。

 

生き甲斐ややり甲斐よりも、依存、依存、依存。
こうなってしまうのが、悲しいですが「依存症」という病気なのです。

 

かけがえのない存在について、これは今受刑している全受刑者に、声を大にして言いたいです。

 

あなたを待ってくれている人が居ること、手紙を書いてくれる人が居ること、差し入れをしてくれる人が居ること、面会に来てくれる人が居ること、これら全て、

 

当たり前じゃねぇからな!?

 
このフレーズ、ご存知の方いらっしゃいますか?極楽とんぼの加藤浩次さんの言葉です。

 

相方の山本圭壱さんが、不祥事で長らくテレビから離れていましたが、バラエティ番組のめちゃ×2イケてるッ!で復帰を果たします。そのときに加藤さんが、山本さんに向けて言い放った言葉です。

 

この放送が流れたとき、私はまだ刑務所に服役中でした。出所してYouTubeでこの動画を観て、大泣きしたのを覚えています。出所後の私には加藤さんが夫に見え、山本さんが私に見えたからです。

 

当たり前に慣れてはいけない。同時に、心から感謝しなくてはいけないのです。

 

・夫が私の身元引受人になってくれたことは、奇跡なんです。

・待っていてくれたことも、奇跡なんです。

・面会に一度も来てくれなくても、私の為になる本や現金の差入れをしてくれることが、奇跡なんです。

 

今受刑している全員に、当たり前に慣れないで欲しい。あなたを支えてくれる人がいるのは、

 

当たり前じゃねぇし、奇跡だってことに早く気付けよ!

 

言葉が汚くて申し訳ありませんが、依存症子は心底こう思っています。

 

・自分も昔風俗嬢をやっていた、依存については色々な事が自分にも在った、そして私の周りにも、薬やら色々な依存の落とし穴に嵌っていった人達が居た。どうしても止めれなかった、その後悔は、今でも私の戒めとして記憶に しっかり刻まれています。

 

夜の仕事と風俗。どちらも経験している私ですが、依存とは切っても切れない世界だと私は感じています。

 

私が働く風俗店の女性は、ホストに貢ぐ人が多かったです。全員とは言いません。中には男性を養っている女性も居ました。いわゆるヒモですね。

 

夜の世界は違法のモノ、あらゆるものが手に入るし、身近になる場所です。私もこの方と同じく、依存の落とし穴に嵌った人を見ています。亡くなった人も見ています。

 

依存症子、何で止めなかったんだよ!そう思う方もいらっしゃるでしょうが、私自身も依存行動が激しかったころなので、止めようがありませんでした。後悔先に立たずです。

 

あの世界は、会社員では手に入れることができない金額を、短時間で手に入れることができます。その分精神はすり減り、昼夜逆転になったり、心を病む人が多いもまた事実です。

 

類は友を呼ぶ怖さ

 

心が病む人の周りには、同じような人が集まってくる。傷の舐め合いをする。これは私がいつもブログに書いていることです。

 

そういう人たちは人生において、自分にとってマイナスになるような人の元へと、自ら近付いて行っていると依存症子は考えます。

 

前向きな人と一緒に行動を共にしたり、傷の舐め合いではなく、共に成長し合うような人とお付き合いをする。これは自分で気が付かなければならないことです。

 

そこに気付かずに引っ張られてしまっている、あるいは負の連鎖の中に身を置く人は、誰が何を言ったってアドバイスをしたって、言うことを聞かないんです。何故だと思われますか?
 

・本人がその場に居ることに、酔っているからです。

・その場から抜け出したいと口では言いながら、その場に居ることが実は心地良いからです。

・ポエムのように自分の置かれている状況を綴ることで、自分に酔っているのです。

・そこから抜け出そうと、心底思ってはいないからです。

 

上記の4つが当てはまる人の周りには、高確率で同じような人が群がっているか、孤独のどちらかです。

 

今日は皆さんに、こちらの標語を紹介して終わろうと思います。

 

 

昨年Twitterで呟いたことがありますが、新年初めのブログということで、この言葉を皆さんに送りたいと思います。

 

こちらはお寺の掲示板などに貼られている標語です。ハッとさせられるようなことが書いてるので、これだ!と思うものは写真を撮ったり、スクリーンショットを撮ったりします。

 

刑務所へ行ったのは自分のせいじゃない、不可抗力だったと考えている、思っている方がいらっしゃるかも知れません。

 

私はそうは思いません。あなたがそうなるように種を蒔いたから、刑務所へ行くことになったのです。

 

これをしっかり“腹落ちさせないと”、いつまで経っても過去を消化できず、たらればを考えてしまうと思います。

 

私は刑務所へ行って、本当に良かったと思っています。なぜそう思うかですが、行かなかったらどうなっていたか、自分で予測がついてしまうからです。

 

離婚、稼げなくてまた風俗、熟女風俗でも刺青が全身に入った女なんか採用してくれない、簡単に稼げる詐欺にでも手を出す、また刑務所へ舞い戻る、または自殺している。

 

これが自分で予測する、刑務所へ行かなかった依存症子の未来です。

 

あぁ、刑務所へ行かなかったら○○だったのに……。

 

こう考えている人は、自分が犯した罪を心から反省していないか、刑務所へ行ったのは自業自得、それを納得していない、腹落ちさせることが出来ていないからだと思っています。

 

「たられば」なんて、ありません。

 

※たられば→「もし○○していたら」、「もし○○していれば」という仮定を伴う主張・願望・後悔・議論・批判を意味する日本語の語である。

叶わない事柄を望んだり、様々な場面で主に後悔の念に囚われているときに使われたりする。また、そのような願望や後悔は無意味であるという非難のために使われる。(Wikipedia参照)

 

いつまでも後ろばかりを見るのではなく、自分に良い変化を起こさせるために、考え方を変えたり、行動してみませんか?

 

前向きに、これまでの人生を振り返る作業をやってみませんか?

 

皆さま、明けましておめでとうございます!

 

ご挨拶が遅くなりましたが、今年も依存症子こと湯浅静香を、どうぞよろしくお願いいたします。

 

引越し後の片付けも大体終わって、段ボールがほとんど無くなり、あとは整理整頓するだけとなりました。

 

産業カウンセラーの筆記試験勉強を、年末から年始にやると大晦日のブログに書きましたが、ほとんどできませんでした。少しずつ勉強を進めて行きます。(笑)

 

皆さまにとって2022年が素晴らしい1年となりますよう、心からお祈りいたします。

 

 

 

前回のブログではオーバードーズ(OD)の危険性と、なぜODをするのかについて、依存症子なりの見解と解説を書かせていただきました。

 

今年を締めくくるブログのタイトルは、「依存症からの回復って?」です。

 

以前も同じような内容のブログを書いたことがありますが、今年を総括するという意味で、再度書いて行こうと思います。

 

人は誰でも何かに依存している

 

私のブログは、依存症当事者、依存症者のご家族、元受刑者、受刑者のご家族や待ち人さんに向けて書いていますが、そうではない人たちにも、何かしらの気付きになる内容だと私は思っています。

 

人は誰でも、何かに依存しています。それが病的か、そうではないかの差です。

 

“それ”をしたり、使うことで、人生が滅茶苦茶になったり、人が離れて行ったり、生活できなくなったり、社会的制裁を受けたり、命に危険が及ぶのが「依存症」です。

 

誰でも何かに依存している?自分は何にも依存してないけど?

 

こう思う方もいらっしゃると思いますので、我が家の例を挙げていきます。

 

因みに依存症子の夫は、「仕事依存」です。休日でも必ずPCを開いて、メールチェックや仕事をしています。

 

これが期日の迫った仕事で、休日も仕事をしないと間に合わないと言う理由ならば理解ができますが、暇なときでも1日1回は必ずPCを起動し、メールチェックをしています。

 

休日にやる必要がないのに、なんか気になるからPCを立ち上げる。立派な仕事依存です。でも夫の命にかかわることではないし、私をないがしろにする訳でもない。家の事もしっかりやる。だから「依存症」とはなりません。

 

これが例えば「うるせぇ!俺の仕事を邪魔すんじゃねぇ!」と私に暴力を振るったり、身体を壊したり、精神を病むようなら立派な「依存症」、ワーカホリックです。

 

 

その例えじゃちょっと分からない!と言う方もいらっしゃると思います。他の例を挙げます。

 

・カフェイン

 

コーヒー、紅茶、日本茶、好きな方は多いですよね。これがないと1日が始まらないよ!と言う方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 

これらには、カフェインが入っています。エナジードリンクも同じです。

 

カフェインを過剰に摂りすぎると、不眠、めまいや興奮、心拍数の増加、血圧上昇、下痢、吐き気、頭痛が起きます。

 

私は日本茶が大好きです。日本茶に含まれているカテキンは抗酸化作用、生活習慣病や肥満を予防します。

 

ですが上記に書いてあるように、摂りすぎると(飲みすぎると)人体に深刻な問題を引き起こします。

 

私は空腹でお茶を飲みすぎると、頭痛や吐き気が起きたり、体調が優れないときには下痢になります。

 

・ランニング、筋トレなどの運動

 

ランニングや筋トレをされている方が、コロナ禍で増えましたね。

 

激しい運動をすると、アドレナリンの分泌が増加します。増加することで交感神経が活性化するわけですが、その状態が長期化すると、身体はストレスを感じてしまいます。

 

運動の類いも、し過ぎると身体に悪い影響が出るのです。

 

・砂糖

 

ちょっと小腹が空いたとき、思わずお菓子を探してしまったり、コンビニまでちょっと行ってくるか!という経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

砂糖を摂取し過ぎると、糖尿病はもちろん、骨粗しょう症や鬱病の原因となることもあります。

 

砂糖は清涼飲料水やパン、調味料やスープなどの加工食品にも含まれています。「自分はケーキや甘い物を食べないから平気!」というものでもありません。

 

・ニコチン

 

タバコを吸うと、肺からニコチンが取り込まれます。難しい説明は省きますが、ニコチンは急速に脳内の受容体に結合します。

 

ニコチンがこの受容体に結合することで、大量のドーパミンが放出されます。

 

このドーパミンの大量放出によって、強い快感が得られるのです。

 

上記のように、誰でも飲んだり食べたり運動したり、タバコを吸いますよね。

 

これが冒頭に書いた、「人は誰でも何かに依存している」ということです。

 

誰でも何かに頼っている。何かの力を借りて生きている。

 

これが行きすぎて、タガが外れてしまうのが依存症です。

 

違法薬物、向精神薬、ギャンブル、アルコール、窃盗、摂食障害、ゲームやネット、自傷行為(整形)、盗撮や痴漢や露出狂や不特定多数との性行為、放火。

 

これだけが依存症だと思っている人も多いと思います。

 

そんなことはないんです。冒頭に書いた4つも、度を越してしまえば(タガが外れれば)依存症となります。

 

依存症から回復したら、あなたは何をする?何をしたい?

 

昨年の9月に、このブログを書きました。ぜひ目を通していただきたいです。

 

 

依存症の回復途中、「あれ?何で自分は依存症から回復しようと思ったんだろう?」、「回復して何をすればいいんだろう·····」、こんなふうに考えたことがある依存症当事者の方、いらっしゃるのではないでしょうか。

 

私の場合は何度もしつこくブログに書いていますが、まず1つは刑務所に戻らないためです。

 

今では、碧の森の運営をするまでに成長することができました。碧の森に相談に来てくださる方を、頼って来てくださる方を、裏切るようなことはできない。

もう二度と捕まるわけにはいかない、依存行動に走るわけにはいかないのです。

 

そしてここまで支えてくれている夫に、恩返しがしたい。夫に背負わせた何千万と言う借金は、私の生涯をかけても返せないかもしれない。だけどこれからの私の行動で、夫に心からの感謝を伝えたい。

 

そして私は、女性版の進藤龍也になるという目標を持っています。私が生きているうちに必ず、法務省で講話をしたい。

 

事業を拡大して、女子受刑者の雇用をしたい。元受刑者の受け皿を作りたい。

 

今は法律的に無理だけれど、死ぬまでに保護司になりたい。

 

上記は、依存症から回復し続けている私の生き方、望みです。

 

依存症当事者の皆さん、依存症から回復したあと、何をしたいと考えていますか?

 

依存症者を支えるご家族や、依存症者の待ち人さんは、当事者が依存症から回復したあと、何を望みますか?

 

「依存行動を止めてくれさえすればいい」、そう考えている方も多いと思いますが、私はもっと先のことを見据えていただきたいと思っています。
 

依存症さえ治れば、幸せになれるのでしょうか?厳しいようですが、私はそうは思いません。

 

昨年の9月に書いたブログには、こう書いてあります。

 

 

依存症の最後の回復ステップは、生き方を見つけ続けることだと私は思っています。

 

 

生き方は、人それぞれです。

 

私は文春オンラインに自己開示をしました。もしかしたら今後も、色んな媒体に出るかも知れません。

 

マスコミや媒体に取り上げられることで有頂天になり、有名になることで承認欲求を満たすようなことは、してはいけないと思っています。

 

自分のやることや目標、目的を見失ってはいけない。

 

“依存症で苦しんでいるみなさんの、道しるべになりたいから”です。

“元受刑者や現在受刑している人の、勇気になりたいから”です。

“依存症者を支える家族の、支援者の力になりかいから”です。

 

昨年のこのように書きましたが、今もその想いに一切ブレはありません。

 

依存症の回復と共に、自分の生き方を見つけてください。

 

そうすることで人生がより豊かになり、楽しくなります。

 

 

今の私が、そうであるように。

 

 

 

このブログを読んでくださる皆さまへ


最後に今年1年間、依存症子のブログを読んでくださって、コメントやいいねをくださって、本当にありがとうございます。

 

意を決してブログを書き始めたのは、昨年の5月です。そのころからの読者さんにも、最近の読者さんにも、心から感謝いたします。

 

コメントは私にとって宝の山、そしてブログを書くことへのモチベーションになっています。とても嬉しく、また新たな気付きを与えてくれる、大切な場所です。来年もたくさんのコメント、お待ちしております。

 

 

どうぞ来年も依存症子を、いや、湯浅静香をよろしくお願いいたします。

 

 

来年1月23日㈰に、産業カウンセラーの筆記試験があります。大晦日も正月も、勉強の追い込みに入りたいと思います。(笑)

 

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

 

 

碧の森への引っ越しが終わりました。でも家の中はまだまだ片付きません。

 

元から良くない私の腰。案の定ギックリ腰になりました。サポーター巻いて作業したのになぁ……。涙

 

 

表札が先日取り付けられました。

 

 

碧の森のロゴと表札の色にはこだわりました。どうでしょう…?

 

今日は久しぶりにTwitterスペースを開催します!

 

今夜のお相手は、クレプトマニア・摂食障害当事者の高橋悠さん。

 

悠さんのTwitterアカウントはこちらです。↓

 

https://twitter.com/YouTakahashi_km

 

 

開催時間は夜8時から。テーマはフリー。

 

依存症当事者、依存症者を支えるご家族、そして受刑者を支えるご家族、待ち人さん、ぜひ聞きに来てください。

 

スペースって何?と言う方は、まずTwitterアカウントを作成して、私をフォローしてください。

 

私のTwitterアカウントはこちらです。↓

 

https://twitter.com/izonshouko

 

今夜8時になるのを待って、Twitterを開いてください。私のアイコンが紫色に光っています。そこをタップすると、私と悠さんのお話が聞ける、というものです。

 

 

年の瀬で皆さんお忙しいとは思いますが、もしお時間がありましたら、気軽に聞きに来てください。

 

前回のブログでは、コメント欄は宝の山だと書きました。今後書いて行くブログの中で、皆さんにはコメント欄にも、積極的に目を通していただけると嬉しいです。

 

今日は24日、碧の森への引っ越し前日ということで、いつもより短めの投稿となることをお許しください。

 

OD(オーバードーズ)って?

 

今日のブログのタイトルは、OD(オーバードーズ)です。以後ODと書きます。

 

ODを簡単に説明すると、用法用量を守らず、薬を大量に摂取することです。

 

つい最近、こんな事件がありました。皆さんの記憶に新しい事件だと思います。

 

 

なんでこんなことをするのか、する必要があるのか、普通の生活を送る人には理解ができないと思いますので、依存症子なりの解説をしていきます。

 

因みに私はこのODで、何百錠もの薬を飲み、自殺を試みたことがあります

 

大量の向精神薬を飲んで、湯舟に浸かりました。綺麗な姿で死にたいと思ったのです。

 

今冷静になって考えれば、溺死する可能性もありました。溺死したら身体がパンパンに膨れ上がり、いわゆる土左衛門になっていたかも知れません。

 

誰もいない家で自殺を試みましたが、そのとき同棲していた彼と母に見つかってしまいました。

 

結局死にきれず、救急車で病院に搬送されて胃洗浄を受け、かなり辛い思いをしました。

 

死ななかったので、今こうしてブログを書くことが出来ています。

 

出所直後、TwitterでODをしている子を片っ端からフォローし、止めていた時期があります

 

私は向精神薬のODで、わけの分からない行動を繰り返していました。言動、行動がおかしくなった私から友人は離れていき、孤独になりました。

 

そして、挙げ句の果ては刑務所に行くことになりました。

 

「私のように安易に向精神薬のODをし、乱用を続けると、刑務所に行くことになるかも知れないんだよ!」

 

その発信するために、Twitterのアカウントを作りました。そしてODはやめなよ、危ないよと言い続けてきました。

 

ときには皆で一緒に騒いだり、LINEでグループ通話をしたり、あの頃の私なりに、そういう人たちを何とか救いたいと思っていました。

 

でも、馬鹿らしくなってやめました。その理由

 
彼ら、彼女らは、ODをしたくてしている、ということに気付いたのです。
 
ODを本気でやめたい、そう思っているなら、やめるために行動を起こせると思うのです。
 
彼らは薬を大量に摂取することで、逃げていました。
 
嫌なことから、辛いことから、仕事から、学校から、家族から、子どもから、親から。
 
ODをすることで、現実逃避をしているのです。
 

昔の私と、全く同じです

 

昔の私と同じということは、私から「ODは危険だからやめなよ!」と説明しても、聞いてくれるわけがないのです。

 

昔の私にそのようにアドバイスをくれる人がいても、決してやめなかったと思います。

 

きっと、「は?私がODすることであんたに何か迷惑かけてます?」となっていたでしょう。それが分かったから、止めるのをやめました。

 

 

そうこうしている間に、色々な事件が起きました。

 

・ODで病院に運ばれ、胃洗浄と点滴を受ける人。

・咳止めを大量に飲み、様子がおかしいままツイキャス配信をして、視聴者から通報されて救急車で運ばれた人。

・自殺目的でODをして、亡くなってしまった女の子二人。

・向精神薬に頼り過ぎて、言動も思考もおかしくなり、アンダーグラウンドの道へ進んだ男の子。

 

そんな人たちを、見てきました。

 

依存症子!あんた何で助けなかったの!?もしかしたらその人たちを助けられたんじゃないの!?
 

そう思う方もいらっしゃるでしょう。

 

冷たいようですが、自分の人生は自分で決めるのです。自ら死を選ぶなら、それはその人の人生です。

 

ODは、立派な薬物依存です

 

向精神薬がなかなか簡単に手に入らない場合は、薬局で普通に売っている風邪薬、咳止め、痛み止めをODします。いくら市販薬でも、大量に摂取すれば飛びます。

 

「薬局に売っているから安心」、「医師が処方しているから安心」、それは用法用量を守った場合です。

 

ODをする人は、絶対に用法用量を守りません。大量に摂取することで、ラリった状態になることを楽しんでいるのです。

 

違法薬物から向精神薬へと、依存がスライドする人間もいます。それが過去の私です

 

違法薬物が手に入らなくなった私は、ひたすら向精神薬に依存します。大量にODをします。

 

ドクターショッピング(※)で手に入れた処方薬を、全て並べて写真を撮ったり、薬を手に入れたことで満足感や安心感を味わっていました。

 

※ドクターショッピングとは、病院をたくさんハシゴして薬を手に入れることです

 

言っていることが支離滅裂で、同じ人に何度も同じことを喋り、ろれつは回らず、口はカラカラに乾き、常に口呼吸で、目は虚ろ。約束を覚えておらず、自分の欲だけを通そうとし、他人の言うことに素直に耳を傾けられない。

 

以上が向精神薬への依存で、実際に私に起きた症状です。

 

こんな状態の人と、まともな付き合いができますか……?

 

ODをする人はODをする人で集まり、ラリります。大麻パーティーのお薬版、ODオフ会とでも言いましょうか。それがブログ冒頭で書いた、あの事件です。

 

合法的に楽しくみんなでラリりたい。その気持ち、薬物依存症者の私にはよく分かります。

 

薬はあくまでも、人生を生きやすくなるためのアイテムです。そのアイテムの使い方を間違えると、私のように刑務所へ行くことになるかも知れません。

 

私は向精神薬のODと、薬物依存の後遺症で、以下のようなことが起きています。

 

・忘れっぽい

・いまだに上手くろれつが回らない

・すぐに言葉が出てこない

 

こんなふうになりたくないなら、ODはやめましょう!と言っても、言うことを聞いてくれる人はごく少数、1%もいないと思います。

 

市販薬でも処方薬でも、死ぬことがあります

 

その現実を、このブログを読んでくださる皆さんに、少しでも知っていただければと思います。
 

むしろ市販薬は普通に売っている分、たちが悪いです。咳止めなどは購入制限がありますが、そんなものは抑止になりません。他の薬局へハシゴして買えばいいのですから。

 

アルコール依存症やギャンブル依存症のように、「売ってるだろ!」、または「パチンコ、競馬、競艇、競輪は違法じゃない!」と言われてしまえば、違法のモノや逮捕されるような犯罪よりも、止めることは難しいです。

 

本人がどこで底つきを感じるか?落とし込むか?

 

ODも、底つきを味合わないと止めることは出来ないと思います。

 

私は自殺を試みて失敗し、胃洗浄を受け、点滴も受け、身体拘束も受けて、とてつもなく苦しい思いをしても、ODを止めることはできませんでした。

 

私にとっての底つきは、何度もブログに書いていますが、刑務所へ行ったことです。

 

自分でも馬鹿だと思いますが、刑務所と言う底の底まで落ちなければ、気付けなかったということです。

 

 

売っているから、医者が処方しているからと、安易にODに手を出すのはやめて欲しい。

 

 

それが、向精神薬で頭がおかしくなり、刑務所へ行ってしまった、私の願いです。

 

 

 

12月19日㈰は、罪友教会のクリスマス会でした。

 

産業カウンセラーを一緒に受講した方と教会へ行く予定になっていましたが、お仕事の都合で行けなくなってしまったとのこと。

 

一人で行くのもいいけれど、せっかくだから夫と行こうと思い、声を掛けます。

 

「進藤さんの教会一緒に行こうよ!」

 

すると、「えぇ……症子一人で行ってきなよ」

 

なんか嫌そう。(苦笑)

 

 

夫の仕事は今繁忙期です。休日の仕事は当たり前、PCの前から動かない時間が多くなります。繫忙期だからこそ、夫を無理矢理連れ出しました。「ほら!いいから行くんだよ!」半ば強制。

 

 

 

 

コロナ禍で礼拝を2回に分けていたのを、試験的に1回に戻したそうです。クリスマス礼拝ということもあり、人がいっぱいでした。

 

進藤さんが聖書と出会う前、ヤクザをやっていたころの、クリスマスのお話。

 

「飲み屋でサンタのコスプレをしたミニスカートのお姉ちゃんに、お酒をつくってもらってカンパーイ!それがクリスマスでしたよ」、と話をすると、すかさず奥様の由美さんが、「今日は小さな子どももいますからね~?」と一言。いや、一刺し。(笑)

 

私も水商売のころは、嫌と言うほどミニスカサンタのコスプレをしたもんだと、懐かしくなりました。

 

 

 

 

大好きなおじいちゃんの、父の学校で学んだことの証。皆さんの前で、自分の体験をお話します。私も夫も、このおじいちゃんが大好きです。

 

 

 

 

礼拝が終わってから、進藤さんと夫と3人で話をする時間がありました。

 

進藤さんは夫に「本当に尊敬しますよ、ここまで彼女を支えて力になってね、普通はできないですよ」と言いました。

 

すると夫は、「特に何もしてないんですけどね、私は」と言いました。

 

 

夫は私に金銭的な「投資」をしたけれど、口はほとんど出していません。

 

夫からすれば、私が勝手に刑務所へ行って、いつの間にか帰って来て、何でか分からないけど更生の道へと進み、勝手にネイリスト検定とアロマテラピー検定を取得し、産業カウンセラーを受講して、不思議だけど碧の森を運営している、という感覚なのだと思います。

 

 

夫はいつも言います。「これまで俺が症子に使った分のお金、しっかり回収するからね?あくまでも俺は症子に投資をしただけだから。いつか必ず返してもらうよ?」

 

冗談でお互いに笑いながら、「そっか。じゃあ夫くんが早く死んでくれると、私は助かるわけだ!」と言うと、「そう簡単には死ねないな、使った分はきちんと回収しないといけないから!」

 

こんな話が笑ってできるようになったのも、進藤さんのおかげであり、忍耐強く見守ってくれた夫のおかげです。

 

私がいかに周囲の人に恵まれたか。

 

刑務官、弁護士、ときに厳しかった検事、保護司、数少ない友人、そして私を成長させてくれた、恩師たちのおかげです。

 

 

 

 

プレゼント交換会では、とっても可愛い手作りバスケットが当たりました!

 

 

進藤さんからは小柚子、洗剤要らずで食器が洗えるアイテム、聖書の一節が書いてあるしおりをいただきました。

 

この日一番嬉しかったこと

 

進藤さんと話をしている夫が、終始笑顔だったことです。

 

進藤さんが私を褒めると、夫も笑顔になったことです。

 

 

その夫の笑顔を見て、私はこの人の笑顔をずっと見ていたいと思いました。

 

常に笑顔でいてもらえるよう、全力で頑張ろう。そう思いました。

 

 

進藤さんは言いました。

 

「投資をお金で返すのはもちろんだけれど、生き方で示せ!」と。

 

 

夫を散々傷付けた私に、できることは何か?

 

進藤さんのおっしゃるように、これからの私の生き方、生き様で示していくしかないと思います。

 

 

余談ですが、18日㈯に洗濯機が壊れました…涙

 

碧の森への引っ越しまであと1週間、ドラム式洗濯機のベルトが外れ、ドラムが回らなくなりました。多分、私がたくさんの洗濯物を突っ込み過ぎたからです。

 

 

コインランドリーに久しぶりに行きましたが、高くてびっくりしました。電気代もガス代も上がっているせいか、昔より値段が上がった気がします。

 

明日メーカーの修理の方が来てくれるので、直ることを祈ります。引っ越し直前、買い替えだけは何とか避けたいです。

 

前回のブログでは、受刑者や依存症者の帰る場所に、素直に気持ちを吐き出せる場を作って欲しいと書きました。

 

当人が家に帰って来たときに、安心して弱音を吐ける場を、皆さんに作っていただきたいと依存症子は思います。

 

ブログのコメント欄は、宝の山です

 

今日のブログは、前回のブログのコメント抜粋をしていきます。普段あまりコメントに目を通さないという方も、これを機にぜひ見てみることをお勧めします。

 

コメントは、宝の山なんです。

 

耳の痛いこともあれば、なるほど!と思うこともある。前回のブログのコメントには、依存症者のご家族、受刑者のご家族、待ち人さんの参考になることがたくさん書いてありました。

 

このブログを読む皆さんに、“多くのことを多角的に”考えていただくきっかけになればと思いいます。

 

アルコール依存症者のご家族の体験談

 

今回以下のコメントを抜粋させていただいたのは、ご主人がアルコール依存症の奥様です。

 

 

『私は家族側です。家族会やカウンセリングに通うことで、得るものはとても多いです。記事の例で言うと、夫婦の不仲、世間体を気にする生き方、依存性を理解せず排除する態度が変化して、よりよく生きるキッカケになり得ります。

 

刑務所に行った本人が一番悪いけど、関わった家族が「自分ごと」として捉え、変わっていけると、豊かな人生になります。

家族会もカウンセリングも行かない家族は、せっかくの機会を逃して勿体無いです。

私は家族会とカウンセリングの両方に通い、自分のケア方法、怒りの元、本来の私の問題を知ることが出来、成長できたと思います。

 

アルコール依存症者の家族としての経験はホント、クソで、誰にも同じ思いをして欲しくないけど、もう巻き込まれたのなら、腹を括ってより良き人生にするキッカケにしたらいいのにと思います。

それが帰ってきた受刑者のためというより、自分のためです。


ピンチはチャンス、無駄にするな、家族会に行け~!と思うけど、みんな行かないよね(笑)』

 

 

腹を括ってより良き人生にするきっかけを掴め!

 

この方のコメント、依存症者のご家族、受刑者のご家族、待ち人さんに響きませんか?刺さりませんか?

 

依存症者のご家族、なおかつ経験者ならではの貴重なご意見だと思います。

 

「誰にも自分と同じ思いをして欲しくないけど、もう巻き込まれたのなら、腹を括ってより良き人生にするキッカケにして欲しい。」

 

もう巻き込まれてしまったことを後悔しても、時間が戻るわけではないし、依存症が完治するわけではない。

 

ならば腹を括って、ピンチをチャンスに変えませんか?行動を起こしてみませんか?
 

 

私は元受刑者です。受刑生活の経験者として、元受刑者の皆さんと今受刑している皆さんに、二度とあんな所に戻って欲しくないと思います。

 

刑務所へ行った事実は消えない。時間は戻らない。だったら何かしらの気付きを得てから出て来て!

 

二度と戻らないように、待ってくれている人を二度と悲しませないように、自律、自立、自省をしっかりしてから出て来て!私はそう思います。

 

 

犯罪とは無縁の方のご意見

 

刑務所内の受刑者本人よりも、受刑者の家族の方が世間の批難や生活苦が重なって過酷な環境に追い込まれる…。


家族は進学、就職、縁談にも影響はあるそうです。

受刑者の帰りを待つ家族もマイナスからのスタートになる場合もあると思います。(以前、依存症子さんのブログで受刑者の家族は警察官になれないというのを目にした記憶があります。勘違いでしたら申し訳ないです)

 

改めて思うのは、そのような家族を支援する依存症子さんのような存在の頼もしさです。

そして、理想論かもしれませんが、出所した人を寛容に受け入れる地域コミュニティを僕含めてひとりひとりが作っていくことも大切だと考えました。』

 

 

犯罪とは全く無縁の方が、「出所した人を寛容に受け入れる地域コミュニティを、僕含めてひとりひとりが作ってくことも大切」とおっしゃってくれることに、私はとても感動しました。

 

こういった主張を、例えば私の夫や、受刑者や元受刑者の家族、待ち人さんが声をあげるのは、普通のことだと思うのです。

 

なぜなら、出所した後の生活がありますから、出所後の生活を改善したい、罪を償った後に普通の生活をしたいと思うのは、本人も家族も願うことだからです。

 

これを一般の方が、犯罪と無縁の方が言ってくださる。こんなに嬉しいことはありませんよね。

 

碧の森への引っ越しと共に!

 

出所した人を寛容に受け入れる意識を、もっと多くの一般の方に持ってもらえるような活動をしていきたいです。

 

それも私のやりたいことの一つであり、元受刑者が社会復帰するにあたり、絶対に必要なことだと思っています。

 

碧の森への引っ越しまであと8日。産業カウンセラーの筆記試験は1月23日。これらが一段落すれば、やれることが増えます。

 

HPのコンテンツを増やし、もっと良いものにしていくつもりです。

 

でも、私のやることは変わりません。

 

私が日々やることは、何ら変わりません。

 

相談者さんの傾聴をし、寄り添い、伴走し、時には共依存から引き剝がし、アドバイスをします。

 

どれだけ碧の森が大きくなろうとも、有名になろうとも、これだけはずっと続けていくことを、皆さんにお約束します。

 

最後に、Vegaさんのツイートを紹介します

 

Vegaさんは、碧の森のお役立ちリンクでも紹介させていただいている、アルコール依存症当事者です。

 

Vegaさんのツイートはどれも「そうそう!」と声を上げたくなるほど、依存症者あるあるを呟いています。

 

そんなVegaさんが、受刑者にもありがちなことをツイートされていました。

 

「依存症が進行するにつれ、出来もしない目標を立て、守れない約束をするようになりました。 失った物を取り戻さなければと心の底で焦り、現実逃避が一層ひどくなっていったように思います。」
 

 

 

私も受刑当初、現実逃避していた時期がありました。

 

刑務所に自分が居ることを、認めたくなかった。ここに居る人たちと自分が同レベルだなんて、認めたくなかった。

 

でもある日、やっと気付いたんです。外の人から見れば、「刑務所に居る人間は皆同じ括り」だということに。

 

殺人だろうが薬物だろうが、詐欺だろうが窃盗だろうが、放火だろうが強盗だろうが、強制性交だろうが横領だろうが、

 

外の人からすれば、「犯罪を犯して収監されている受刑者」なんです。

 

 

Vegaさんのツイートを拝見し、まだ立川拘置所に移送されて間もないころの自分を思い出しました。

 

前回のブログでは文春オンラインに記事が掲載されたことで、起きた反響について書きました。

 

 

いいねとコメントをたくさんいただきました。実名を出したことで身が引き締まり、自分の目標や決意を、改めて明確にできたと思っています。皆さん本当にありがとうございます。

 

受刑者や依存症者の“帰る場所”

 

受刑者は、刑期が終われば刑務所を出所し、家族の元へ、大切な人の元へ帰ります。

 

依存症者が治療のために入院していたとして、治療が終われば、同じように家族の元へ、大切な人の元へ帰ります。

 

その“帰る場所”の環境が悪いと、どんなことが起こると思いますか?

 

今日はそんな“帰る場所”についてのお話です。

 

・現在大切なご家族が、彼氏彼女が、刑務所へ行っている待ち人さん。

・依存症者の一日も早い社会復帰を、心から願うご家族の方。

 

そんな方々に読んでいただきたいと思います。

 

ある家族のパターン

 

父親(55)、母親(53)、結婚して子どものいる長男(30)、長女(28)の家族がいるとしましょう。長女が薬物で服役中、刑期は3年です。

 

長女が逮捕されたことで、家族の関係がおかしくなります。

 

父の怒りは頂点で、世間体を気にし、母はショックで泣いてばかり、結婚している長男は奥さんから「子どもに悪影響が出るから付き合いはしない!」と言われてしまいます。

 

夫婦喧嘩が、絶えません。

 

・父親は、「お前の育て方がおかしかったから長女はこうなったんじゃないか!?」と妻を攻め立てます。

・母親は、「子どもたちを気にかけたことなんか無いじゃない!都合の悪いことはそうやっていつも私……。あの子が可哀想!」と夫を腹立たしく思い、悲しさでいっぱいになります。

・長男は、そんな両親の喧嘩に嫌気がさし、妻からも実家と付き合いをしたくないと言われた手前、妹の事にはノータッチを貫きます。

 

この状態が続く家に長女が帰ってきたら、どうなると思いますか?

 

私が想像する、この家族の行動パターンを考えてみます。

 

・父親はこれからは真面目にやれと、過去のことを叱責します。娘をしっかり見ろと、妻にも怒りを向けます。

・母親はその状況にハラハラしながらも、娘を庇うことしかできません。娘の再犯を恐れ、信じる事もできず、過干渉になります。

・兄は妻に強く言われているから、妹にも両親にも何もしてあげることができません。

 

家族の向いている方向が、バラバラですよね。

 

長女を妻に管理させ、口だけで自ら動こうとしない父親。

 

母親は気付かないうちに、長女へ過干渉になり、やがて共依存が深まります。

 

長男は妻の手前、両親も妹も助けることができません。

 

 

出所して31歳となった長女は、この状況下で前向きに「第二のスタート」を切ることができるでしょうか……?

 

環境が人をつくります

 

どれだけ前向きな人でも、環境の悪い場所に住んだり、自分に悪影響を与えるような人と一緒に居ると、段々堕落していきます。精神が病んでいきます。

 

仮に私がスラム街に住んだとしたら、簡単に薬物に手を出すだろうし、生活が荒れる自信があります。

 

これは古くから論じられてきた、「遺伝的要因が大きいのか」、「環境的要因が大きいのか」にも繋がります。これまでの研究では、遺伝で説明できるパーソナリティの要素は、せいぜい50%であると言われています。(Røysamb et ai., 2002)

 

今を見るより、第二のスタートを見据える

 

私はこのご家族に、長女としっかり向き合って欲しいと思います。

 

誰かに任せるようなことをせず、各々が長期的な目標を掲げて、長女をサポートする。これが再犯を犯さないために必要なことだと、私は考えます。

 

 

刑務所に行ったことを想像できる人は少ないと思いますので(笑)、自分が長期入院したと想像してみてください。

 

やっと退院できて家族に会える。ちょっと恥ずかしいような、懐かしいような。

 

そんな期待を胸に家に帰ってみたら、家族がバラバラになっている。いつも言い合いや喧嘩をしている。自分を避ける家族がいる。

 

「自分がここに居るからいけないんだ」、「自分のせいで家族が壊れた」、「やっとの思いで退院したのに…」と、ネガティブになると思うのです。

 

 

以前のブログでも書きましたが、ネガティブや怒り、不平不満は、物凄い勢いで伝染します。

 

 

 

出所直後や、依存症から脱却しつつあるときは、超不安なんです。もちろんそれはご家族も同じだと思います。この子は、この人は、社会でやって行けるだろうか?

 

私は出所後に、すごい不安に襲われました。このまま生活して行けるか、いつまた刑務所へ戻ることになるんじゃないか、受刑歴が誰かにバレるんじゃないか。

 

これは、多くの人が出所後に陥りがちな感覚です。私だけが感じるものではなく、長期間拘束されていれば、当たり前に感じる不安なのです。おどおどして、挙動不審になったり、とにかく先のことが不安になります。

 

そんな状態の自分が、夫婦喧嘩が絶えない家に戻ったら、精神的におかしくなってしまいます。

 

普通の人でもネガティブや怒りは伝染しやすいです。心が不安定な元受刑者や依存症者には、物凄い速さで伝染してしまいます。

 

一番悪いのは、間違いなく本人です。

 

ある家族のパターンで言えば、長女が薬物をやらなければ、家族が壊れるような事態は起こっていません。一番反省すべきは刑務所に行くことになった本人と、依存症者本人です。

 

自分のやったことを棚に上げて、家族を責めるのはお門違いです。

 

 

本人が真摯に反省し、本気で更生しようとする姿勢が見えたら、ご家族はそれに応えられる「環境」を作ってください。

 

受刑者、依存症者が安心して第二のスタートを切れるよう、第二のスタートを切った1年後、5年後、10年後を見据えて、家族のかたち、絆をつくっていただきたいのです。

 

それには、まず夫婦仲の改善を。

 

子どものことに限らず、夫婦のコミュニケーションは十分でしょうか?

 

日ごろからしっかり話し合いをしていますか?

 

夫婦のコミュニケーションが取れていないのに、どうやって子どもとコミュニケーションを取るのでしょう。

 

夫婦や家族がコミュニケーションが取れている状態が、元受刑者や依存症者にとって良い環境であると、私は思います。

 

 

「お子さんを更生させたいと思うなら、まず夫婦仲を良くして下さい」、お子さんのことで相談にいらっしゃる方には、こうお伝えしています。

 

「子どものことで悩んでるのに、何で夫婦仲のことを言われなくちゃいけないの?そんなの関係ないでしょ!?」と思った方、結構いると思うんです。

 

 

関係なくないんです。

 

受刑者や依存症者が素直に気持ちを吐き出せる場を、“帰る場所”に用意してあげて欲しいと思います。

 

 

 

碧の森がいよいよ完成です!

 

11月頭に書いたブログで、実際に「碧の森」を作っているというお話をさせていただきました。

 

 

 

12月25日(土)に、碧の森への引っ越しが決定しました。

 

 

それに伴い、12月23日(木)~12月28日(火)の6日間、お休みをいただきます。

 

この間に住所変更や免許の更新など、諸々の手続きを全て終わらそうと思っています。

 

 

24日(金)のブログ更新はいつも通りです。
 

メールやLINEでのお問い合わせは、随時受け付けております。

 

 

返信が遅くなる場合がありますが、そのときは

 

「依存症子め…ぎっくり腰だな?」と思ってください。(笑)

 

 

引っ越しで長期のお休みをいただく分、碧の森の年末年始は通常営業です。

 

 

少し早いですが、お休みの告知をさせていただきました。

 

カバー画像は、碧の森の表札です。

 

前回に引き続き、相談者さんの声をリブログさせてください。

 

なめこさんは待ち人さんではありませんが、ご縁があって相談に乗らせて頂いております。

 

碧の森の一相談者さんのご意見ということで、参考にしていただければと思います。

 

 

なめこさんは過去にメンターとセッションをしたり、弁護士さんにも相談に行ったことがあるそうですが、ちょっと違うと感じられていたようです。

 

なめこさんからの最初の問い合わせは、「現在、人生初の嫌な出来事による心の苦しみについて」相談できますか?というものでした。

 

受刑者のご家族でもなく、依存症者でもない方の相談に乗るのは、カウンセラーとして初めてのことです。私も緊張しながら初めてのカウンセリングをさせていただいたのを、とても良く覚えています。

 

なめこさんのレビューの中で、私が重要だと感じる部分はここです。

 

解決というより、 

「気づき」や「ハッとする事」があり、スッキリするより、

むしろ「蓋をしたはずの臭い物」の存在が出現し、具合が悪くなる事もあった。

 

ご本人が心の奥底に、厳重に鍵を掛けて閉じてある扉。

人は誰もが、その扉の一つや二つを持っていると思います。思い出さないように封印していた出来事を、カウンセリングの中で開示してもらうことがあります。これはお互いに信頼関係が築けていないと、とても難しいです。

 

なめこさんは具合が悪くなってしまったけれど、「そこに」向き合おうとされています。向き合うとき、変化しようとするとき、痛みが伴うのです。

 

その葛藤がレビューに書かれていますので、ぜひ読んでいただきたいです。

 

 

それと、なめこさんは確約した時間が取りにくいライフスタイルなので、「本日○時頃どうですか?」とメールで問い合わせをいただくことがほとんどです。

 

碧の森のホームページでは、対応時間は10時、14時、16時と明記してありあますが、私の時間の融通が利く範囲で、相談に乗らせていただくことにしました。

 

夜勤で働いていらっしゃる方は、朝しか通話できないでしょう。夜遅くじゃないと、話ができない方もいらっしゃるでしょう。そういった要望に極力お応えしていこうと思います。

 

時間外のご相談は、オンライン相談のご相談内容欄に、ご希望のお時間をご記入ください。