※告知※


3月3日㈭19時から、私がホストで、待ち人さん限定のTwitterスペースを開催します。

ご質問は、スピーカーとなって(発言者となって)いただくか、TwitterのDMで受け付けます。


Twitterスペースって何!?という方、私の話を聞いたり、お話が出来る機能です。

超簡単に説明しますが、アメブロのお話が出来るバージョンがTwitterだと思ってください。(笑)

まずTwitterのアカウント登録をし、依存症子を探してフォローをお願いします。


待ち人さん限定と明記しますが、そうではない人が入ってきてしまう可能性もあります。そこはご了承ください。

待ち人さんなら、男性も女性も大歓迎です。


明日3月3日㈭、19時にTwitterでお会いしましょう!


前回のブログでは私が夜の仕事をしている頃に、パチンコ屋で働いていたNを水商売の道へとスカウトしたこと、そのNが覚せい剤をやるようになってしまい、理由は分かりませんが自殺してしまったと書きました。

 

多くのコメントをいただきました。本当にありがとうございます。

 

自分にできることを、諦めずに続けていく。
今の私に出来ることを、コツコツやる。

 

読者の方には、「それはおかしいよ!」と思ったことがあれば、忌憚のないご意見をお聞かせいただきたいです。

 

それが私の成長へと必ず繋がり、碧の森をより良いものにするヒントが隠されていると思うからです。

 

これからも依存症子と碧の森を、温かい目で、時には厳しく、見守っていただければと思います。

 

 

20日(日)に進藤さんの教会へ、相談者さんと行ってきました。

 

 

この日に聞いた説教の中で、そうそう!と大きく頷くことがありましたので、ブログに残しておこうと思います。

 

皆さん、「プロフェッショナル」という言葉を一度は聞いた事があると思います。この語源はギリシャ語で、“公に宣言し続けるもの”という意味なんだそうです。

 

最初のクリスチャンは、クリスチャンになったというだけで首チョンパされた。

 

昔はクリスチャンになることは命がけだった、すなわちプロフェッショナルとは“命をかける者”、殉教することという意味があると教えてくださいました。

 

普段何気なく使っている言葉にそんな語源があるとは。進藤さんの説教はいつも為になることばかりですが、この日もへぇ~!!!と思うことがたくさんありました。

 

 

ヤクザの俺(過去)と牧師の俺(現在)、この2つしか見ていない

 

 

この日の説教のテーマは「信仰と忍耐はセット」、「成功と忍耐はセット」でした。

 

進藤さんは元ヤクザです。前科5犯で服役は3回、覚せい剤の売人をやっていました。

 

そんな進藤さんが服役中に聖書と出会い、出所後に神学校へ通い、今では埼玉県川口市の教会で立派に牧師をされています。

 

 

私は立川拘置所で進藤さんの講話を聞き、更生した一人です。

 

 

これはもう何度もブログで書いていますが、進藤さんの講話を聞いていなかったら、今の私は存在しません。

 

出所後は夫と離婚し、また元のような自堕落な生活へ戻ったでしょう。そうなればもちろん、碧の森は存在しません。

 

そして恐らく、野垂れ死んでいたと思います。

 

進藤さんのプロフィールはこちらです↓

 

 

進藤さんが刑務所で講演できるようになったのは、牧師になってから6年後です。

 

 

講演を聞いた人から手紙が来て、牧師になりたいという人がたくさんいるそうです。それはとっても良い事だとおっしゃっていました。

ただ、そういう人が出所後に神学校に通っても、長続きしないことの方が多いそうです。

 

それは何故か?

 

 

牧師になるまでひたすら努力をした、進藤龍也を見ていないのです。

 

 

「ヤクザの時の進藤龍也を知ってて、そういう人から手紙が来ます。お前すげぇ偉くなったなぁと。昔の僕と今刑務所で講演できる僕、この二つしか見ていないんです。」

 

 

この言葉を聞いたとき、拘置所での私を思い出しました。

 

漠然と「出所したら進藤さんみたいになれるんだ!!!」そう思った自分が居ました。

 

私はヤクザのときの進藤龍也と、牧師として出来上がった進藤龍也しか、知らなかったのです……。

 

 

出所後にたくさんの問題が見えます。もう嫌になるほど。

 

 

考えてみてください。

 

・毎日夕方に起きているような人間が、早起きできるでしょうか?
・まともな職に就いたことのない人間が、社会の仕組みを理解できているでしょうか?
・集団生活を不得意としていた人間が、誰かと何かを成し遂げることができるでしょうか?

 

上記は受刑する前の、過去の私です。

 

刑務所で規則正しい生活をして、健康的に3食食べ、ちゃんと働いて、刑期の間は嫌でも出来るようになります。

 

これをやらなければ懲罰になりますから、少しでも早くここから出たいと思うから従うわけです。

 

それは刑務所側から、社会から与えられている“刑罰”であって、自らの意志でやっていることではないんですよね。

 

 

立ちはだかる壁に対して選択肢は二つ

 

 

受刑者や前科者は多かれ少なかれ、社会から外れた(はぐれた)人間です

 

そんなマイナススタートの人間が、いきなり社会に放り出されたらどうなると思いますか?

 

何をどうすればいいか、何をやればいいのか分からなくなってしまったり、人生の迷子になってしまうのが現実です。

 

 

出所後に起こる問題にどう対処していくか?何を選択して行くのか?

 

ここで踏ん張って頑張るか、また昔に戻るか、この2択しかないと私は思っています。

 

 

出所後の私が、簡単にここまで来れたと思いますか?

 

 

そのように思っている方が居るなら、それは間違いです。

 

冒頭に書かせていただいた、進藤さんのお話と同じです。私も出所から5年で、やっと、やっと碧の森を形にすることが出来ました。

 

ここに至るまで、ブログに書いていないこともまだありますが、本当に苦労しました。

 

 

マジで辛かった。

 

今だって辛いことはある。

 

 

この辛さは、思春期や青年期を真面目に過ごしていれば、しなくて済んだ苦労です。

 

私はそれを全力で投げ出して生きてきました。

 

 

だからこんないい歳をして、苦労する羽目になったのです。

 

 

プロセスが自分自身をつくる

 

 

これは進藤さんの言葉です。もう、本当におっしゃる通りです。

 

 

・私は出所後、真面目に生きてきた人たちとお話をするようになりました。「そういう価値観があるんだ!」と学ぶと同時に、自分の方が正しいと意見を押し付けることもありました。

 

・ネイルスクールに通うようになってからは、私より20歳近く年が離れているのに、一生懸命頑張っている子をたくさん見ました。それを見て、ものすごい劣等感が襲ってきます。「私、この子たちの歳のとき、何やってたんだよ……」

 

・ネイリスト試験の筆記を学ぶようになって、何て記憶力が悪いんだと思い知らされます。これは向精神薬の後遺症でもあると思っているので、物覚えの悪さに果てしなく後悔します。

 

・夫との日々の生活では、自分がやらかしてきたことで一切の信用を得られず、本当に苦痛を味わいました。これも自業自得ですし、夫のほうがもっと苦痛です。

 

 

書き出したら止まらないのでこのあたりで止めますが、これらのプロセスを経て、今の依存症子、湯浅静香が存在するのです。

 

 

出所後にいきなりまともになれる???

 

とんでもありません。

 

 

ここまで来るのに5年かかっています

 

 

たった5年、されど5年。

 

この5年間、年齢も性別も違う人とお付き合いを重ねる中で、私は大きく成長できたと思っています。

 

考え方は以前よりも柔軟になり、物事を投げ出すことをしなくなり、真摯に向き合えるようになりました。

 

 

大切なのは、ここまでどうやって辿り着いたかだと、進藤さんの説教を聞いて再確認しました。

 

 

悪銭身に付かず

 

 

今よりも逮捕前の方が圧倒的に稼いでいました。1日で40万近く稼いだこともある。でも何に使ったか全然覚えていないし、何も残っていません。

 

では、今はどうでしょう?

 

碧の森で相談者さんからいただいたお金と、夜の仕事や風俗をしていたときのお金、重みが全く違います。

 

相談者の皆さんも、このブログの読者さんも、蜘蛛の糸を辿るような思いでここまで来てくださったと思っています。

 

そのご縁を大切に、目の前の人の最善は何なのか?そう考えるほど、いただくお金も重さを増します。

 

 

そう思えるようになったのは、自分が昔よりも成長できているからです。

 

 

この成長は、進藤さんもそうであったように、短期間では絶対に無理です。

もがくような苦しさがあって、今がある。

 

 

苦しいのはみんな嫌です。私も嫌。

 

でもそのもがき苦しんだ先に、これまで感じたことのないような幸せ、見たことのない世界が必ず待っています。

 

 

このブログを読んでくださる皆さん、特に受刑者の方には、そこに至るまでの過程を大切にし、考えてほしいと思います。

 

 

 

 

前回のブログでは碧の森の正式OPENのお話と、右耳の軟骨に着けている戒めのピアスについて、なぜ戒めなのか?どうして着けているのか?その理由について書きました。

 

今日は私が受刑するもっと前、今から17年前へ遡り、ブログを書いて行きます。

 

スロットの話題が出ますので、ギャンブル依存症の方は画面バックを推奨します。


キャバの仕事の前は、毎日パチンコ屋「D」店へ

 

パチンコ屋全盛期だったと思います。私が働く繁華街に、オリエンタルパサージュ、ガイア、楽園などの大手から、個人経営のパチンコ屋がひしめいていた頃です。

 

私の働くお店の近くに「D」店がありました。このD店、お客さんがほとんどおらず、どうやって経営しているんだ?と疑問に思うほどでした。

 

同じお店で働く女の子と、このお店で合流し一打ちして、お店に出勤していました。

 

お客さんが居ない店になんで行くの?当然出ないでしょ!そう思ったあなた。


そうなんです。別に設定を入れているようなお店でもなく、ほぼ負けて出勤する羽目になります。

 

では何故このD店に通い続けたのか?

 

来店ポイントを集めると、好きな台の設定⑥が打てる特典がある店でした

 

今では考えられませんよね。これはあの頃も違法だとは思うのですが、知る人ぞ知る特典、という感じだったと記憶しています。大手ではなく個人経営店だからこそ出来た荒業でしょう。


(※スロットの設定⑥とは?→当時スロットには設定①~⑥まであり、簡単な説明になりますが①がほとんど出ない、⑥が一番出る、というものです。今現在の台は複雑化しているので一概にこうだとは言えません。)

 

みんなこの「設定⑥を打てる券」を求め、毎日通って来店ポイントをゲットするのです。

 

設定⑥を15時から閉店まで打てる券でした。

考えてみてください。出勤日に必ず通って1万から2万は負ける。仮に万枚(20万円)出たとしても、20日通った分が回収できるかできないかです。

 

こんなに簡単な計算ができないほど依存脳だったと言うより、設定⑥を打ちたい欲の方が強かったと思います。

 

私はこのポイントを貯め、台の名前はもうすっかり忘れましたが、裏物の沖スロを打たせてもらいました。台を開けて設定⑥にするところも、しっかり見せてもらえます。

 

(※裏物→スロットの基盤を不正に改造したもののこと)

 

せっかくの設定⑥、しかも裏。
でも裏物は波が激しくなかなか出なくて、結局最後に流した枚数は4千枚程度(8万円程度)だったと思います。

 

このD店で働いていた可愛い女の子が、Nさんでした

 

私がD店に足を運ぶ一番の目的は来店ポイント集めですが、実はもう一つ理由がありました。

 

Nさんをお店にスカウトしたい、ずっとそう思っていました。

 

Nさんは端正な顔立ちの正統派美人、スタイルは瘦せ型。このころのお店には、パッと目を引く可愛い子が居なかったので、私は彼女に狙いを定めました。

まだ10代後半と若いのに、D店で一生懸命働いている姿に好感を持った私は、「パチンコ屋の重労働で時給1,500円なら、キャバクラで時給3,500円もらった方が良くない?」と誘いまくりました。

 

このような感じでスカウトをしながら、D店でポイント集めをする。D店はいつも閑古鳥だったので、潰れるのも時間の問題だと思っていたから、Nさんの職が無くなる前にぜひうちのお店へ!と企んでいたわけです。

 

Nさんのスカウトは成功し、あっという間に人気が出ます

 

女の子を見る目は、あの頃の私には間違いなくありました。この子は絶対に指名が取れる!という子は何となく分かるのです。

 

水商売はただ可愛いだけで売れるような、簡単な世界ではありません。何でこの人が!?という容姿の人がナンバーだったりすると、本当に奥が深い仕事だとつくづく感じたものです。

 

Nさんはあっという間に指名が増え、そして少し悪い人たち、ヤクザや金融系、今で言う半グレのようなお客さんからの指名が増えました。

 

 

私は「良かった」と思いました。

 

彼女が活躍できる場を提供できた、お金も稼げている、D店で働いていた頃から真面目だったのだから、きっとこの世界でもしっかりやっていけるだろう。

 

 

このときの私は、まさかあんな事になるなんて、思ってもみませんでした。

 

 

私が向精神薬のODで色々失い、交際男性の家に転がり込んでいたときのことです

 

働かずに彼の家で一日中ゲームをやる、テレビを観る生活を送っていた頃です。

 

交際男性は、私がどこかに出かける度に、「その場所が分かるように写真を自撮りして送れ」というような人でした。

 

私はクスリでおかしくなっていたので、言うことは出まかせで嘘ばかり。当然この男性からは全く信用されず、物凄い束縛をされていました。

 

この時のことはそんなに記憶にありません。ODがどんどん激しくなり、自殺未遂をする頃の話です。

 

そんなころ、Nさんから何年振りかで着信がありました

 

「症子さん、元気っすか?」

 

あれ?Nってこんな喋り方をする子だったかな?と疑問を持ちながらも、懐かしさから話をします。

 

今は何も仕事をしておらず、男性と同棲しているという話を聞きます。気になったのは、呂律が回っておらず、Nが何を言いたいのかイマイチ伝わってこない事でした。

 

これは私もODでおかしくなっているから話を理解できなかった、と言う可能性もありますが、とにかく言っていることが支離滅裂で、呂律がほとんど回っていませんでした。

 

「症子さんって、クスリいっぱい持ってんすよね?」

 

クスリ……?その情報はどこから聞いたんだ?と思いながらも、「シャブはやってないよ、眠剤や安定剤ならあるけど」と言うと、

 

「今症子さん住んでんのってどこらへんすか?少し分けて欲しいんすけど、今日の夜取りに行ってもいいっすかね?」


Nはこんなヤンキー口調の子ではなかったのに、どうしちゃったんだろう?

 

話が急展開過ぎましたが、とにかく眠剤が無いと眠れない、かと言って病院に行く金もない、だから分けて欲しいという話でした。

 

嫌な予感がしながらも、家の住所を教え、夜11時に取りに来るという話になりました。Nの顔を見ながら話をして、何か悩みや困ったことがあるなら、相談に乗れるかも知れない。

 

 

11時過ぎてNから、家がどこかを確認する電話があり、「マンションのエントランスに居るんで待ってます」と言われます。

 

私はベゲタミンA、ベゲタミンB、サイレース、エリミン、アモバン、ハルシオン、を数錠ずつ用意し袋に入れて、エントランスへ行きます。

 

そこに居たのはNではなく、チンピラのような容姿の、超香水臭いガリガリの若い男でした

 

「Nから言われてきました。症子さんっすかね?」

 

見た目も臭いも、嫌な予感しかしない。

その男に問います。症子は私だけど、Nから言われて来たって、本人どこに居んの?

 

私は当然N本人が来るものだと思っていました。そしてヤクザよりもタチの悪そうな目の前の男に、物凄い不信感を覚えました。

 

「Nは体調悪いんで、自分が代わりに取りに来たんす。Nは家に居ます。」

 

本当に?そう思った私は真偽を確かめようと、Nの携帯に電話を掛けます。すると、

 

「その男に眠剤渡してもらっていいっすか?ちょっと家から出れないんで代わりに行ってもらったんです」と、電話に出たNは言いました。

 

体調悪いって、もしかしてシャブやり過ぎて体調悪いってこと?外に出れないくらいヨレてんの?と畳みかけるように質問します。

 

 

「まぁ、そんな感じっすかね。その男に渡してもらえれば大丈夫なんで、よろしくお願いします、失礼します」と、電話をガチャ切りされました。

 

 

Nがまさか覚せい剤に手を出すとは……。

 

信じられない気持ちでいっぱいになりました。

 

 

睡眠薬を男に手渡し、「Nに変なことを教えたのはあんたなの?」と聞くと、「俺じゃないっすけどね。眠剤確かに受けとりました。あざっした。」とさっさと帰ろうとしたので、ちょっと待ってと腕を掴みます。

 

男はびっくりした顔をしていました。「腕見せて。」と言うと、悪びれる様子は一切なく、トレーナーの左手の袖をめくり、注射痕のあるガリガリの腕を見せてきました。

 

トレーナーを着るにはまだちょっと暑い夏の終わり、秋が始まるころでした。

 

 

男は、「気が済んだっすか?症子さんだってやってたことあるんすよね?Nも一緒にやってますよ。止めても無駄だと思いますけど」

 

そう言って、呆然とする私のもとから足早に車へと戻り、あっという間に走り去ってしまいました。

 

私はNに何度も電話をしました。日にちを変えて、週を変えて、でもNが出てくれることはなく、やがて現在使われておりませんのアナウンスが流れるようになりました。

 

 

「まぁ、そんな感じっすかね。その男に渡してもらえれば大丈夫なんで、失礼します」、これがNとの最期の会話となりました。

 

何ヶ月か経ったある日、キャバクラのボーイをしていた人から、Nが自殺したという知らせが来ます。

 

「どうやら覚せい剤をやりすぎておかしくなっちゃったみたいだよ。親は精神病院に入院させたり、何とかしようと頑張ったらしいけど、まさか自殺しちゃうなんてね。症子さんスカウトだったよね、N。

 

 

通話を切り、少しボーっとします。

 

ボーイの「症子さんスカウトだったよね、N。」という言葉は、悪気なく発した言葉だと思います。

 

でもあの時の私には、「症子さんがNをスカウトしなかったら、Nは死なずに済んだかも」に聞こえてしまったのです。

 

 

Nはヤクザにもなりきれないようなチンピラと交際していたと、後に聞きます。その男が私が眠剤を手渡した男だったかは、分かりません。

 

Nが覚せい剤が原因で自殺したかは、分かりません

 

Nの自殺の原因が分からぬまま、今に至ります。推測することしか出来ません。

 

ですが私はタイトル通り、自殺の要因の一つに、覚せい剤があったと思っています。

 

 

仮にあのころに戻れたとして、薬物依存症の彼女を助けられたか?と考えます。

 

何度考えても結論は同じところに行き着きます。きっと私には出来なかった。


自分のことで精一杯。
ましてやOD真っ最中。
記憶は吹っ飛び呂律も回らず。
ギャンブル依存も激しい。
自傷行為も(刺青も)進行。
 

こんな状態でNを説得できたか?

 

絶対に出来なかったと思います。

 

彼女を夜の道へ引き入れた、自分が悪いと思っていました

 

ですが、刑務所へ行ってから私の考えは変わりました。

 

「命を絶つ選択をしたのは、N自身」

 

 

これは受刑者にも同じことが言えると思っていて、

 

「刑務所へ行くようなことをやらかしたのは、他の誰のせいでもない、本人」なのです。

 

 

今日のブログにも、賛否あると思います。

 

 

Nは、生きることを諦めました。

 

私は元受刑者で依存症当事者です。全身に刺青は入っているし学歴は高卒。

 

人生汚点だらけだけど、決して生きることを諦めません。

 


そんな私にしか出来ないことがある。
そんな私だから出来ることがある。

 

 

私はNの天真爛漫な笑顔を、一生忘れずに生きて行きます。

 

 

 

 

2022年2月11日(金)、碧の森が無事オープンしました。

 

 

産業カウンセラーの受講仲間で、いつもお菓子を作ってくれた男性。

私の過去を知っても動じることなく、私の起業を後押ししてくださった、ローズネイルスクールの荻原ちとせ先生。

 

お二人から立派なお花をいただきました。

胡蝶蘭なんて、水商売時代の誕生日にいただいて以来です。

 

記念すべき最初のお客様は

 

私の達ての願いで、tomosibiさんにお願いをさせていただきました。

 

(tomosibiさんには了承を得て掲載させて頂いております。)

 

 

tomosibiさんの相談に乗らせていただくようになってから、そろそろ1年が経過しようとしています。

tomosibiさんはいつも息子さんのことで頭がいっぱいで、自分のことに目が向かない、そんな毎日を送っていらっしゃいました。

何度も書いていますが、今のtomosibiさんと昔のtomosibiさんは、まるで別人です。

 

息子さんにしか目が行かなかった、バリバリの共依存だったtomosibiさんから、こんなに素敵なプレゼントをいただけるなんて、誰が想像できたでしょうか。

 

 

 


「息子さんの人生と自分の人生は別のもの」

それに気付かれたtomosibiさんは、ご自身の人生をエンジョイされています。

 

パン教室に通い、お会いする度に美味しいパンをプレゼントしてくださいます。

 

 

 

 

碧の森のネイル&カウンセリングルームに、素敵なスタンドライトが仲間入りしました。

 

tomosibiさんが選んでくださった、青いスタンドライトです。

 

 

 

 

コロナ禍で手洗いとアルコール除菌の機会が増えましたよね。私も含め、皆さん爪が乾燥して痛んでいます。

 

角質を取るケアをして、tomosibiさんらしいベージュ系で仕上げさせていただきました。

 

自分はtomosibiさんのようにはなれない……

 

そう思う方、いらっしゃるのではないでしょうか?

私は声を大にして皆さんに伝えたい。


 

人は誰でも変われるんです。

 


私の所に相談に来い!なんて言いません。

ましてや、碧の森へ来たからと言って、人生が変わる訳ではありません。

 


一歩踏み出す勇気、行動に起こす勇気。

これがあなたの人生を変えるきっかけになる、それをtomosibiさんが証明してくださっていると私は常々感じます。

 

どうか孤独にならず、助けを求める勇気を持ってください

 

それは私でなくてもいいんです。

一人で抱え込まず、第三者に相談する勇気を持ってください。

 

 

その一助として、このブログや碧の森があります。

ブログを読んで理解した気にならず、実際に行動に起こしてください。
必ず新たな気付きが生まれます。それが成長に繋がります。
 

 

皆さんの人生が、これまでより良いものになることを、心から祈ります。

 

 

 

前回のブログでは、今日が碧の森の正式オープンだと書きました。(2022年2月11日㈮)

 

さすがに告知のみのブログではつまらないということで(笑)、今日は私の右耳のピアスについて、お話をしていきます。

 

こちらは碧の森のプロフィールに使っている、私の写真です。白黒なので分かりにくいですが、右耳の軟骨にピアスをしているのが見えると思います。

 

 

このピアスは、ターコイズとシルバーで出来ています。
決して高価なものではありません。ましてや、誰かにプレゼントをされたわけでもありません。

 

私はこのピアスを、一生身に着け続けます。

 

今日はその理由を書いて行きます。

 

スカルプチュアネイル、全盛期

 

スカルプチュアって何?と思う方がほとんどだと思いますので、簡単に説明します。

今こそネイルはジェルネイルが主流ですが、私がバリバリ働いていた10代後半は、ジェルネイルはまだ存在しませんでした。

ネイルサロンへ行く=スカルプチュアを施術するのが一般的だったのです。

お値段、10本で3~4万円はかかったと記憶しています。

今はさすがにもっと安くなっていますが、時代は巡るのか、またスカルプチュアブームが来ているようです。

 

 

↑画像はフリーサイトからお借りしました。
自爪では絶対に伸ばせないような長さにできるのが、スカルプチュアの魅力でした。

 

水商売では着飾ることも仕事のうち。私はこのスカルプチュア施術が上手なサロンとネイリストを探します。(以後スカルプチュアを略してスカとします)

 

ネイリスト、Mさんとの出会い

 

Mさんのサロンを見つけたのは、ホットペッパーなどの紙媒体だったと記憶しています。今のようにインターネットは普及していません。やっとiモードが出始めたころです。

 

お店の雰囲気もとても素敵でした。昔の私好みの、薄暗くてエスニックな雰囲気。

お香の匂いが香る店内では、エクステンションも施術していました。

 

エクステンションとは、地毛に人毛を編み込んで長くするものです。ショートヘアでも2時間程度であっという間にロングヘアになることができます。

 

今でこそ、どこにでもエクステンション屋さんはありますし、美容院でも施術している所は増えているようですが、昔はあまり無かったんです。

 

そこでエクステンションとスカを施術してくれたのが、Mさんです。

 

Mさんみたいになりたいと思いました。

 

Mさんは私よりも年上の女性で、今は恐らく50歳くらいになっていると思います。

当時から妖艶な雰囲気がありましたが、全く飾らない、とてもサバサバした方でした。ミステリアスと言う言葉が一番しっくりくるかもしれません。

 

Mさんと楽しい話をしながら、髪の毛が長くなっていく、爪も長く美しくなっていく。

サロンへ行けば、最低でも施術時間は3時間~4時間はかかります。でもMさんと話をしていると、あっという間に時間が過ぎました。

 

 

↑Mさんに施術してもらったエクステンションです。髪の長さがウエスト辺りまでありますね。

 

私が違法薬物、向精神薬でおかしくなりつつあるころ、Mさんのお店は無くなってしまいました。


Mさんがどこへ行ってしまったか分からぬまま時は進み、私が夫と付き合いだす直前のことです。

道が混雑しているので迂回するために通った狭い道で、良い雰囲気のお店を見つけます。

 

何のお店かな~とチラッと見ると、

 

あれっ!?もしかしてMさん!?

 

とてもとても狭いお店です。中にはMさんが居て、何か作業をしていました。

私は思わず車を停めてお店に入り、「私のことを覚えてますか?依存です!」と言うと、Mさんは「症子さん!!もちろん覚えてますよ!久しぶりですね!」と言ってくれました。

 

何年ぶりの再会でしょう。記憶がすっぽ抜けているので正確ではありませんが、5年は経過していると思います。

 

Mさんは自分でお店を開き、革製品を加工してバッグや財布を作ったり、インディアンジュエリーを扱ったり、作家さんが描いた絵を売ったり、以前とは全く違うことをやっていました。

 

もうネイルやエクステンションはやらないんですか?という質問に、昔のお客様には施術するときもあるとのこと。お店の電話番号を聞いて、その日は帰りました。

 

Mさんのお店にしょっちゅう行くようになります

 

Mさんのネイルデザインが、私はとても好きでした。

この頃はすでにジェルネイルが主流でしたが、長さを出すことができないネイルなどネイルではない!くらいに思っていたので、自爪にマニキュアでアートを描いてもらっていました。

Mさんが作成するバッグもとても魅力的で、いくら使ったか分からないほど、たくさんのバッグを購入しました。家の中は、Mさんのバッグで溢れていきました

 

察しの良い読者の方は、もうお気付きかと思います。

 

この頃の私はすでに、向精神薬をフリスクのように食べていました。

 

Mさんのバッグやインディアンジュエリーを片っ端から買い漁りますが、使わないものがほとんどでした。
 

オーダーメイドですから、決して安くはありません。夫にも当然のように買わせ、他のお客さんにも買わせました。


 

身につけているアクセサリーは、全てMさんのお店で購入したものです。

右耳を見てください。ピアス、していますよね。

 

私はMさんのお店で万引きをするようになります

 

あれだけ好きだったMさん。Mさんのようになりたいと思っていたはずなのに、私はMさんを大きく裏切り、傷付けてしまいました。

 

Mさんは私を警察に突き出すことはせず、盗んだ物を返してくれと言いました。

本当に酷い話ですが、どれが盗んだ物で、どれが買ったものか分かりませんでした。

私は母をお店に連れて行きました。過去ブログにありますが、母に思いっきり暴力を振るっていたころです。

「てめぇが謝って来い、てめぇの育て方がおかしかったせいで私はこうなったんだから、子どもの不始末は母親であるアンタが取って来いや」、と罵りながら。

 

Mさんは「お母さんは全く関係ない、出てってください!」と物凄い剣幕で怒っていたと思います。

「思います」という曖昧な書き方になってしまうのは、薬を大量にオーバードーズ(OD)し、記憶が定かではないからです。

 

そして私は別件の万引きで、刑務所へ行くことになります

 

受刑中のことは省いて、仮釈放になってからのことを書きます。

ある日、BOOK・OFFで洋服を見ていました。夫からのお小遣いは無く、食費のやり繰りで浮いたお金で洋服を買っていました。

新品はとてもじゃないけれど買えない、だからBOOK・OFFの中古品で、程度や状態の良い服を真剣に選ぶ。

そのときです。全く知らない人に声を掛けられました。

 

「そのバッグ、A店のMさんのバッグですよね!?」

 

急に声を掛けられたので驚いてしまいました。恐らく私は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思います。

 

「そうです、これはMさんのところのバッグです」と答えると、その方は「やっぱり~!とても素敵で、そうじゃないかなーと思ったんです!今日の私のバッグもMさんが作った物なんですよ!」と親しげに話掛けてきました。


 

私は、怖くなりました。
私の事がこの人を通じて、Mさんの耳に入るんじゃないか?

「そうですか、じゃあ…」と言って作り笑いをし、私はBOOK・OFFから逃げ出しました。

きっと作り笑いにもなっておらず、引きつっていたと思います。


「BOOK・OFFで背の高いこういう人が、こんな形のバッグを持っていたんです」と、その人がMさんに話をすれば、きっとMさんは私だと分かるはずです。

何故なら、Mさんのバッグは全てオーダー品。ご自身が作成したバッグが、誰の元にお嫁に行ったのか、しっかり記録されている方だったからです。

オーダー品が故に、誰が購入したかなおさら記憶に残るのだと思います。

 

数日間、悶々と過ごしました

 

まだMさんはお店をやっている。あの場所で。

出所したし、謝りに行った方が良いのではないか。
きっと門前払いを食らうだろう、第一謝りに行く勇気が無い。
Mさんのバッグを持っていて、また街中で誰かに声を掛けられたらどうしよう。

こんなことばかり考えていました。

 

私は未だに、Mさんの元へ謝罪に行っていません。


これには賛否あると思います。

仮に私が被害者だった場合、二度と犯人の顔など見たくないと思います。

それと、謝罪に行くことが、自分自身の我が儘に思えたからです。

謝罪を受け入れてくれたとしても、門前払いで撥ね退けられても、

 

どちらも「形式上謝罪をした」ことに満足してしまう自分が居るのではないか?


心から謝罪をしても、謝罪をしたという「行為自体に満足してしまう自分がいるのではないか?」それはただの自己満足なのではないか?

とことん自分と向き合った結果、私はMさんに謝罪に行くことはしないと決めました。

 

 

その代わり、自分で購入したこのピアスを、自分自身の戒めとして一生身に着けて行こう。


あのとき、Mさんを裏切り、傷付け、激怒させたことを、決して忘れてはいけない。

自分の記憶から消してはいけない。絶対に風化させてはいけない。

 

 

皆さん、私は弱いから、ピアスを見る度に思い出すのです。

 

なんであんなに酷い事をしちゃったんだろう。時間、戻ってくれないかな。Mさんと仲が良かったころに、戻れないかな。

 


そんなことを考えても後の祭り。
後悔先に立たず。
覆水盆に返らず。

 

 

Mさんからすれば、いくら購入したものとは言え、Mさんのお店の物を私が身に着けること自体、面白くないかも知れない。

 

いっその事、全て処分してくれ。そう思っているかも知れない。

 

Mさんからすれば、私が向精神薬でおかしくなっていようが、依存症と言う病気だろうが、依存症子であることには変わりはないのです。

 

 

ピアスを見る度に思い出す。

 

そしてそれを噛みしめて、背負って生きて行く。

 

これが「今の私の」生き方です。

 

 

 

前回のブログでは、リアルでもSNSでも、察しと思いやりは必要だと書きました。

 

実は本日、碧の森の正式OPENです。

 

・ネイルの施術をしながらのご相談
・アロマの石鹸やハンドクリームを作りながらのご相談
・盆栽を一緒に仕立てながらのご相談

 

これらを本格的に始めます。

 

ブログはこれまでと同様、毎週金曜日に定期更新です。

今後は不定期にアップすることも増えると思います。

 

碧の森に引越して、48日が経過しました。
本日から改めまして、碧の森をどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

前回のブログでは、人によって考え方や思想は違う、人それぞれ持っているものさしが違う、そのものさしを手放してみると、新たな気付きがあるかも知れませんということを書きました。

 

本日のブログは、過去ブログより抜粋しながら書いて行きます。こちら2020年08月31日(月)に書いたブログです。懐かしい……

 

過去ブログにはこう書いてあります。

 

『どんな病気も、それを言い訳にするようなことをしてはいけないと私は考えます。

これは依存症だけではなく、色々な病気で置き換えることができます。

 

まず私で例えていきます。

私は薬物依存症でクレプトマニアだから、覚せい剤をやってOD(オーバードーズ)して物を盗むのはしょうがないよね、となるでしょうか?

 

双極性障害だから、躁のときに買い物をしまくって散財しても仕方ないよね、となるでしょうか?

 

解離性障害だから、違う自分のときに他人に暴言を吐いたり傷付けたりするのは仕方ないよね、となるでしょうか?

 

発達障害で相手の気持ちを察することができない、会話が噛み合わない、だから周りの人が自分に合わせるべきだよね、となるでしょうか?』

 

どんな理由があっても、人を傷付けていい理由にはなりません

 

もしあなたが傷付いたのなら、相手にそれを伝えればいいと私は思います。

 

簡単に言ってくれるよ…と思う方も居るでしょう。因みに私の場合ですが、誰彼構わずに伝えるわけではありません。自分が大切に思っている人には、傷付いたことをしっかりお伝えします。

 

それは何故か?

 

どれだけ仲が良くても、血の繋がった家族でも、完全に分かり合えないからです。

 

「私はさっきの○○さんの言葉で傷付いた。どういう意図で言ったのか、教えてほしい」という感じです。攻撃的にはならず、冷静に傷付いたことを伝えます。

 

ほとんどの場合、相手の真意が伝わっていないことが多いです。

 

「そう感じさせてしまったならばごめん。自分は○○という意味で言ったんだ」、そのように説明されると、「なるほどね~」となるのが私です。

 

いちいち言うの、めんどくさくね?ダルくね?そう思った方もいらっしゃるでしょう。

 

言わずに後々モヤモヤする、悩む、涙が出る。そっちの方が「私は」嫌なのです。

 

これはあくまでも「私の」夫や友人関係の場合です。


では、

 

SNSでそのようなことが起こったら?
 

私の場合、フォローを外すかミュートをします。

 

実際に顔を見て話をしていても完全に理解し合うのは難しいのに、本人の顔も年齢も知らない、住んでいる所も仕事も知らない、そういう関係の人と分かり合えると思ったら、それはSNS使用者のネットリテラシーが低いと思います。

 

※ネットリテラシー→インターネット・リテラシーの略。インターネットの情報に事象を正しく理解、適切に判断、運用できる能力。

 

たかがSNS、されどSNS。あなたの発言一つで、傷付く人が「いるかも知れない」ということを、頭の片隅に置いても良いのではないでしょうか。

 

そんな私も、誰かを傷付けています。

 

人それぞれものさしが違い、考え方にモノの見方に個性も違い、育った環境も学歴も違う。自分が意図していなくても、人を傷付けることは必ずあります。

 

「あれ…自分、もしかして○○さんを傷付けたかも…」

 

そう思ったり感じたときは、どうすればいいでしょう。

 

 

簡単です。

 

素直に謝ればいいんです

 
人前で頭を下げるなんてプライドが……と言う人もいるでしょうが、人間は頭を垂れてなんぼです。
 
・この人、謙虚だな。

・この人、傲慢だな。

 

どちらの生き方をすれば人生で得をするか。当然前者です。


そのような人の周りには、常に人が居ます。

 

謙虚な人は、当たり前ですが慕われるのです。

 

強がらなくていい

 

どれだけ強がっている人でも、弱さが垣間見えるときがあります。

 

もしあなたが無理をして強がったり虚勢を張っているのなら、やめた方がいいです。

ハリボテはハリボテ。周囲はとっくに気付いています。あなたが弱いことを。

 

素直に生きればいい。

 

人間誰しも弱い。私だって弱い。だから辛いときは辛いと言います。泣きたいときは泣きます。弱さを隠す必要なんて、ないと思うんです。

 

泣いたって誰も馬鹿にしません。もし馬鹿にするような人が居たら、その人と縁を切ればいいだけです。

 

 

前回のブログに書いたように、“誰からも好かれる”、そんなことは不可能です。

 

「誰からも好かれなくていい!自分はこういうヤツなんだ!」と開き直り、自虐的な人をたまに見掛けます。

 

そんなことをして何の意味があるのか、自分の価値を貶めて、とことん自分を傷付けて、どうしてそこまで追い込んで自傷行為のような真似をするのだろうと、見ていて苦しくなります。

 

だから私は、見えないようにミュートをします。

 

他人の気持ちを推し量ることはできます

 

これまでのブログでも何度か書いていますが、受刑者、元受刑者、依存症者、アダルトチルドレン、機能不全家族で育った人は、人の気持ちを推し量ることが苦手な人が多いと感じます。もちろん私も含めて。

 

逆に察しようとし過ぎて、繊細過ぎる人もいます。

 

どちらにも傾き過ぎず、バランスが良いのが理想ですよね。

 

相手の気持ちを尊重しながら、自分の弱点を克服していけたらいいね。今日はそんなお話です。

 

リアルだろうがSNSだろうが、察しと思いやりは必要だと思います。

 

 

皆さんお気付きですか?今日のタイトルは、エヴァンゲリオンのミサトさんのセリフをお借りしました。気付いた人は相当なエヴァマニアですね(笑)

 

最後に、私の大切な友人と、最近のネイルを紹介させていただき、今日のブログは終わりにします。

 

 

 

前回のブログでは、依存症者や受刑者、元受刑者は頑張らなくてはいけないこと、頑張らなくていいんだよ、という耳障りのいい言葉に流されてはいけない、ということを書きました。

 

二週間ぶりの金曜日投稿です。すでにご報告はさせていただきましたが、産業カウンセラーの筆記試験が終わりました。結果は3月2日から順次発送です。

 

 

超超おいしかったです!

 

tomosibiさんとお会いして、色々お話をさせていただきました。tomosibiさんはパン教室に通われているのですが、このパンがめっちゃ美味しいのです!

 

tomosibiさんのプロフィールはこちら↓

 

 

こちらがtomosibiさんが作って下さったパンです。試験お疲れさま!ということでプレゼントしてくださいました。


夫は夕食後にもかかわらずペロリ。チョコチップ入りのパンです。

 

 

私は料理のセンスがないので、何度も言いますが、こういうものを作れる人は心から尊敬します。いくらでも食べられちゃう美味しさです。

 

 

 

自分のものさしで他人を判断しない

 

今日のタイトルは「ものさし」です。
人は十人十色。話の合う人もいれば、全く合わない人もいますよね。

 

自分のものさしは、相手に通用しないことの方が多いです。

 

「普通〇〇だよね?」の普通は、あなたの中ではごく当たり前で普通なことでも、他の人には当てはまらないかも知れません。

 

こういう自分の「ものさし」を取り払うのは、とても難しいというお話をしていきます。

 

産業カウンセラーで学ぶのは、カール・ロジャースの来談者中心療法です。詳しいことは省きますが、傾聴についてこう書かれています。

 

「人間の独自性や個別性を理解し、尊重すること」

 

テキストではいとも簡単に書いてくれますが、独自性や個別性を理解するって、とっても難しいです。

 

・お風呂に入るのが3日に1回の人が居るとして、毎日入る人からすると「え!?」ってなりますよね。

・歩きたばこをしている見て嫌な気持ちになる人が居る一方、吸える場所が少ないから仕方ないか、と思う人もいるでしょう。

・猛スピードで走る車を見て「危ないなぁ」と思う人もいれば、「あの人お腹壊してトイレを探しているのかも」と思う人もいます。(これは過敏性腸症候群の私の意見です。笑)

 

考え方、趣味趣向、価値観、本当に人それぞれです。産業カウンセラーを学ぶようになって、それを強く感じるようになりました。

 

尊重の意味を調べると、「価値あるもの、尊いものとして重んずること」とあります。

 

色んな生活様式、考え方、行動を尊重する。これが人間関係を円滑にするひとつの方法です。

 

これらはあくまでも、“カウンセラー”に必要なことです

 

クライエントさんに対してこれらを実践することは絶対条件ですが、クライエントさん以外に実践する必要は、ハッキリ言ってありません。

 

ですがこの考え方を頭の片隅に置いておくと、人付き合いが楽になります。

 

相手の気持ちを思いやる前提として、相手も自分のことを大切にしてくれているか。私はここをとても重要視しています。

 

私の時間をないがしろにする人、攻撃的な人は、相手からフェードアウトしてもらうように接することにしています。自分からぶった切るようなことはせず、敢えて嫌われてもらおう、と言う感じです。

 

大人げないと思う方もいらっしゃるかも知れませんが、自分がマイナスに引っ張られるような人と、無理して付き合うことほど無駄なことは無い。私がいつもブログで皆さんにお伝えしていることです。

自分にとってプラスにならないような人に対して、大切な時間と労力を割くのが、とても勿体ないと考えるようになりました。

 

みんなに好かれる、そんなの無理です

 

誰にでも好かれたい、そう思うのが人間だと思います。誰だって人から嫌われるのは怖いですよね。過去の私もそうでした。

 

・嫌われたくないから、誰にでもいい顔をする。

・嫌われたくないから、安請け合いをする。

・嫌われたくないから、無理矢理人に合わせる。

 

皆さん一度は、このような経験をされているのではないかと思います。

 

人から嫌われないために、自分を押し殺す必要はないです。

かと言って横柄になっても良いかと言うと、そんなことはありませんが。

 

依存症子は嫌われても気にしません

 

何度もブログに書いていますが、やりたいこと、やるべきことが明確になると、嫌われることが怖くなくなります。

 

と言うより、そんなことに構っている時間が勿体ない、些末な問題になっていきます。

 

今の私は、目の前の相談者さんのために何が出来るか。
相談者さんがこれまでもより良く生きるには、どうすれば良いのか。

 

それを真剣に考えていると、他人にどう思われるかなんて気にならなくなります。

 

それと、他人は意外と自分のことなど気にしていません。
すでに死語と化していますが、「アウト・オブ・眼中」ってやつです。(知っている方は私と同年代!)

 

本日の標語はこちらです

 

 

 

1年前と今、10年前と今、考え方や行動が変化していると思うんです。

 

その変化に柔軟に対応していけたらいいねと、依存症子は思います。

 

昔は「〇〇だ!!」って言いきっていたけど、今はそんなことないな~っていうこと、ありませんか?

 

生きていれば、良くも悪くも変化は起きます。その変化を良い変化とするかは、やはり自分次第です。

 

 

強い人は、しなやかです。
殴っても受け流し、折れません。
風で吹き飛ばせば、ひらひら~と避けます。


 

あなたが握りしめているそのものさし。

 

手放してみると、新たな発見が必ずあると思います。

 

 

1月23日㈰13:20~、産業カウンセラーの筆記試験が秋葉原で行われました。

 

他にも都内に多くの試験会場が設けられていましたが、共に学んだ方の多くは秋葉原会場でした。

 

ソーシャルディスタンス、検温、消毒など徹底された中での試験です。

 

 

休憩時間に皆さんと久しぶりにお会いして、少しお話をしました。テキストに載っていない人物、書いていない内容が出てきたり……。

 

結果から言いますと、受かったら奇跡、ラッキーです!

 

やっちまったな~。試験、超難しかったです。(私には…)

 

 

私は出所後、過敏性腸症候群と診断されています。

 

ネイリスト検定の時もそうでしたが、試験当日は必ず腹痛を起こし、下痢になります。

 

その理由は非常にシンプルで、行きの電車でお腹を壊したらどうしよう、試験中にお腹を壊したらどうしようという不安が、なおさら下痢を悪化させている訳です。

 

産業カウンセラーを学ぶようになって、これらは解決できると分かってはいても、実践するのはなかなか難しい。ネイリスト検定のころよりも格段に症状は良くなっていますが、完全に治るまでには時間がかかりそうです。

 

下痢と格闘しながら、試験頑張ってきました!

 

ということで、今から次回の試験に向けてコツコツ勉強をやり直します。

 

会場の雰囲気、試験内容の確認ができたので、この経験を次回に活かそうと思います。

 

 

朝食は食パン一枚でお昼からの試験に臨んだため、試験後はお腹ペコペコです。

 

秋葉原のヨドバシで壊れたイヤホンを買い直すついでに、牛カツをガツガツ食べてきました。頭を使ったので糖分~!ということで、ちゃっかりマリオンクレープも食べてきました。

 

 

試験結果は3月2日から順次発送されるそうなので、分かり次第またご報告させていただきます。(結果は見えている……)

 

 

今回の試験を応援してくださった皆さん、本当にありがとうございます。
個別にメッセージをくださった方も、本当にありがとうございます。

 

今回落ちても私は決して諦めませんので、今日のブログはその決意表明だと思っていただけると嬉しいです。