食事の前に手を洗わせない | ロサンゼルスの学習塾「優塾」の元塾頭のブログ

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カリフォルニア州において生徒数1位だった学習塾「優塾」の元塾頭による教育と子育てに関するコラム

日本に一時帰国すると、抗菌だの殺菌だのという商品をやたら目にします。
薬用石鹸、除菌スプレー、抗菌文房具、そんな商品のコマーシャルをしょっちゅう見ますし、情報番組でも、医師などの
「食事の前には手を洗おう」、
「帰ってきたらうがいしよう」、
そんな意見をよく聞きます。

だいたいうがいって本当に役に立つの?
と疑問に思いネットで見ると、なるほど、
統計学的に効果が出ているケースもあるようです。
しかし私は、子供の将来のことも考えてしまうのです。
子供の時にうがいをしていたグループとしていなかったグループが大人になった時には、風邪などのウイルスや菌が原因の病気のかかりやすさに違いはあるのか。
もしかしたら、子供の時にうがいをする習慣が無くいろいろな雑菌を飲み込んでいる人の方が、菌やウイルスに対する耐性ができるのではないか。

夏になると毎年のように、傷んだものを食べて集団食中毒が発生した事故のニュースが流れます。
この健康を害した人たちがいる一方で、同じものを食べてもなんともなかった人たちもいるはずです。
その差はもしかしたら、普段から清潔なものばかりを食べている人と、多少いたんだもの、雑菌があるものでも食べている人との違いではないのか、だったら普段からある程度は菌に触れさせた方が良いのではないかと思うのです。

長い人生、ずっと菌を避け続けるわけにはいかないのですから、むしろ子供のころからいろいろな雑菌にまみれて耐性をつけさせるべきではないでしょうか。
そんな考えから私は子供が食事前に手を洗うのには反対です。
雑菌だらけの汚い手のままで食べれば良いと思い、私は子供に食べる前に手を洗え、と言ったことはありません。
ただ、子供が小さいころは食事後にベトベトの手でそこらを触られるのはかなわんと思い、食事後には洗えと言ったことがあります。
子供の手が汚いのはよく分かります。新陳代謝が良いのでよく汗をかくし、お菓子を食べる時でも鷲づかみにして食べるし、どこ触っているか分からないし、トイレに行っても手を洗わない子が多いし…。
授業中に小学生の生徒に赤ペンを貸して、返ってきたらネチャってなってて、マジかよって思って、後で洗いに行ったことが何回かあります。


子供を守ろうという風潮は、なにも菌やウイルスに限った話ではありません。
今、教育現場では、「子供を傷つけないようにしよう、守ってあげよう」という考え方が、誰も異を唱えることができない常識となっています。

例えば、
● 教室で生徒を指して答えられないと、生徒が傷つくから生徒を指さない。
● 学級委員を選ぶのに票が少なかった子がかわいそうだからと、投票後は先生が一人で開票し、一番票を得た子の名前だけ発表する。
● 運動会では脚の遅い子が傷つかないように、ゴール前でみんなで並んで手をつないでゴールする。または脚の遅い子はトラックの内側を走る。さらには、徒競走自体をなくす。
● 学芸会では主役じゃない子がかわいそうだから、生徒全員が主役の劇にする。

などなど。
そう言えば「ゆとり教育」も、子供にゆとりを持たせようという子供への配慮から始まったんでした。

傷つけるすべてのものから、子供を守ってあげる。
はたして、こんなふうに子供が傷つかないように守ることが本当に良いことでしょうか。
菌やウイルスに対するのと同様、行き過ぎた子供の保護は子供をダメにしてしまうんじゃないかと思うのです。

ある有名な教育評論家がテレビで「最近の子供は転ぶときに手が出ないから顔を怪我するのよ」と、言っていました。
にわかには信じられない話ですが、子供を傷つけないという考え方を突き詰めれば、転んだ時に子供が傷つかないようフェイスガード付きのヘルメットを被らせるべきだということになります。
しかし、そんなことをしたら子供は転んでも怪我をしないので、身を守る方法を学ばないことになります。それに、転んでも痛くないので転ばないように気をつける習慣も身につきません。

大人になったら、寒風きすさぶ波が荒い大海に出ていかなければならないのです。
それまで南国の、防波堤で囲まれた波がまったくない内海でセーフガードの監視の元、のんびり浮き輪でプカプカ浮かんでいた子供が、誰も助けてくれない荒波に放り出されてサバイブしていけるでしょうか。
自力で泳いだことのない子供は、大人になってから初めて救命道具を外されて誰も助けてくれない海に放り投げられたら、命の危険にさえつながりかねません。
ですから、子供のうちから荒波に慣れさせるためにも、たまには波を起こし、浮き輪を取り上げ、自分で泳ぐ方法を、溺れた時の対処法を身に着けさせるのが、大人の役目だと思うのです。

私事ですが、私が優塾の経営を引き継いだ時に一番怖かったのが、それまでの人生でただの一度もお金に困ったことがなかったことです。
学生時代は仕送りやバイトで余裕がありましたし、会社に入ってからもまあまあいい暮らしができました。
ですから、お金に困るってどんな状況なんだろうと、戦々恐々としていました。
そして数年後に心配していた通りになり、寝ても覚めても支払いのことしか考えられなかったり、夜中に目が覚めてびっしょり汗をかいたりして、実際に、お金に困る体験をすることができました。
こんな体験ももっと若いうちにしておけば、それほど慌てふためくこともなかっただろうに。

子供には大人になってからそんな思いをしてもらいたくありません。というわけで私は、子供が将来傷つかないようにするためにも、または自分で克服できるようになるためにも、子供のうちにいっぱい傷ついた方が良いと思っています。そして大人は、子供が転びそうになっても手を貸さない、転んでも助けない、傷ついたときにいかにそれを克服するかを教える、そんな教育が大事だと思うのです。

子供を傷つけるものから遠ざけないためにも、まずは身近なところから、食事前には子供に手を洗わない運動を提唱したいと思いますが、いかがでしょう。
あ、でもトイレの後には手を洗うようにしっかり躾けましょう。

手を洗わないとどうなるか。
最後に、以前聞いた小話を一つ。

ある大手食品会社の社長が、自分の会社の工場に視察に行き、そこでトイレに行きました。
用をたしてトイレから出ようとしてもドアが開きません。
大声でわめき外から開けてもらって、ドアが開かなかったと憤慨して話すと、社員が言いにくそうに
「社長、このトイレは終わった後、手を洗わないとドアが開かない仕組みになっているんです」。