ロサンゼルス「優塾USA」の塾頭のブログ

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カリフォルニア州において生徒数1位の学習塾「優塾USA」の塾頭による教育と子育てに関するコラム


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勉強ができなくて自信をなくしている子にはどうすればいいでしょう。多くの教育書に、自信を無くしている子には、まず自信をつけさせてやる気を出させそして学力を上げればいい、というようなことが書いてあります。

自信をつける⇒やる気が出る⇒勉強する⇒学力が上がる⇒さらに自信がつく⇒さらに・・・。

この「子供に自信をつけさせて…」というのは、「子供は褒めて…」と同じで、耳に心地よく誰も異議を唱えられない絶対の真理のようになっており、教育界の2大宗教となっています。

はたしてその方法はうまくいくのでしょうか。

今まで何人もの子供を見てきた経験から言いますと、答えは「ノー」です。褒めたりおだてり、簡単なテストで100点を取らせたりしても、子供はそんなに簡単に自信はつきません。たいていの場合、学力以上には自信はつかないのです。たとえ自信がついたとしても、その自信のレベルに合わせて学力が上がっていくということはありません。

しかしなかには自分の学力以上の自信を持っている子もいます。そんな子は自分の答えに自信があるので、私たちが「間違ってるよ」と言っても「合ってるよー」と言ってなかなか訂正せず、こちらが間違った箇所を指摘して初めて自分の間違いを認めるのです。その時の認め方も「そっかぁ。なるほど~」とはならず、しぶしぶ、(私のやり方の方がただしいはずなのになぁ)という感じなのです。私たちが計算方法や解き方などを「このやり方のほうが良いよ」と教えても、「私、これで慣れてるから」とかなんとか言って、自分のやり方を変えようとはしません。テストでも見直しをしません。「俺様の答が間違っているわけがない」と自分の答に自信があるのですからあたり前ですよね。

それらの子に共通して言えることは学力レベルは平均よりちょっと上くらいで、そしてこれが問題なのですが、学力がほとんど上がらないということなのです。過剰な自信がついていると、努力をしないし、先生の言うことも素直に聞かないので、良いものを持っていても伸びないのでしょう。ですからそんな子が塾に入ってきたときには、その自信を無くすことから始めなければいけません。「言っとくけど、お前は自分で思ってるほどはできないよ。平均以下だよ」と。

今、巷には「子供に自信をつけさせよう」みたいな本がたくさんあります。それが、学力を上げて自信をつけさせようとするなら良いのですが、その手の本は心理学者や教育評論家が書いているので、勉強方法や勉強の指導法について書いているわけではなく、子供にどう言うか、子供といかに接するかという方法論に徹しています。言い方・接し方だけで学力に対する自信などつくはずも無く、逆に言い方程度でつく自信などはむしろ弊害でしかないのです。

先ほど、自分の学力以上に自信のある子供は伸びないと書きましたが、実はこれは大人にも当てはまります。今の優塾の先生たちは、指導技術はもちろん、容姿、見た目、外見、ルックス、スタイル、プロポーションのどれをとっても非の打ちどころがありませんが(私以外)、以前採用した人のなかにはもう数年も前のことですから言いますが、そうではない残念な人もいました。残念というのは、指導経験がそれほどあるわけでは無いのに、なぜか自分の指導技術に自信のある人という意味です。そんな人は、こちらが一生懸命指導してもまるっきり指導技術が上達しないのです。自分に自信があるからこちらのアドバイスも聞かないですし、努力もしないのでしょう。そして、こちらの要求するレベルには到底達せず、結局のところ辞めてもらう羽目になるのです。

おそらく、これをお読みになっている親御さんにも、やたら自信があってそして伸びない新入社員や後輩を指導された経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。

それらの経験をもとに、私は「自分の力以上の自信がつくと、人間はろくなことがない。子供ならまだ修正が可能だが、大人になって自信過剰の人間は、もう修正が不可能だ」と思うようになりました。そんな人は思いっきり痛い目に遭わない限り、変わることはないのでしょう。ですから自信過剰な子供は、早いうちに叩いてそのくだらない自信を砕いておく必要があるのです。

たとえば、もしも自分の息子がクラスで女の子に好かれていなかったら、そして親として少しでも女の子に好かれるようになってもらいたいと思っていたらどうされますか。「あなたは、本当はもてるのよ。もっと自信を持ちなさい」と励ましますか。励ましてその子が自信を持ち、「僕はもてるんだ。あの子も本当は僕のことが好きなんだ」、と思ってもらいたいですか。違うでしょう。「ほら、寝ぐせを直して。鼻くそほじくるの止めなさい。人の気持ちを考えて。空気を読みなさい」など、具体的な注意をするはずです。そうやって毎日注意し、ちょっとずつ外見内面を改め、女の子に好かれるようにしていくでしょう。

勉強に関しても同じです。学力が伴っていないのに自信だけをつけさせてはだめです。学力に対する自信をつけるには、学力をつけるしか方法はありません。学力をつけるのに近道はありません。努力しかないのです。毎日こつこつがんばるしかないのです。宿題を完遂し、問題を多数解き、計算練習を何問もし、漢字をこつこつ書き、単語を覚える。こういったことの積み重ねが学力の向上につながり、テストの点数のアップにつながり、そして最後に自信へとつながってくるのです。

今まで見てきた生徒でも、自信が実力よりもちょっと低いくらいの子が一番伸びます。自信がないからその自分の状態が不安になり、安心感を得ようとして努力するのでしょう。

大人になってからもそうですよね。よほどの大金持ちでない限り、ファイナンシャルにある程度の不安がある人は、不安があるから保険をかけたり、仕事を一生懸命頑張るのでしょう。子供も大人も過剰な自信はない方が良いのです。

くれぐれも、子供に最初に、ましてや実力以上の自信をつけさせようとしてはいけません。


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5月1日から日本の元号は令和(お、一発変換できた!)になりましたね。

平成は、優塾にとってどんな時代だったのか。優塾自体は日本のフランチャイズの学習塾で、80年代にすでに日本に何百校もありました。そのなかの札幌で経営していた人が「アメリカで勉強に困っている子を救いたい」と、LA近郊のトーランスに昭和62年(1987年)3月に優塾を開校しました。その昭和が64年の1月7日で終わったので、アメリカの優塾は平成の時代と共に成長してきたと言えます。毎月この教育通信を書いている私(井沢)は、確か平成4年(1992年)の秋に優塾に入りました。そのときは優塾はロミータ校の1校のみで生徒が30人もいなかったのが、今では全部で5校、生徒数が450人ほどになりました。

平成の時代で印象に残っている出来事は、日本ではやはり一番には東日本大震災、そして阪神淡路大震災があります。こうやって挙げてみると、平成は戦争もなく平和な時代ではあったとはいえ日本では災害の時代と言えるのかもしれません。アメリカでは同時多発テロがありさらには湾岸戦争、イラク戦争などが印象に残っており、「戦争ばかりしてんじゃん、この国は」って思うのは私だけでしょうか。

平成はインターネットが普及した時代でもありました。私が優塾に入った時はインターネットはまったく一般的ではなく、ネットをつなぐのに電話回線を使っていたのを思い出します。塾への問い合わせももっぱら電話であり、パンフレットなどを郵送していました。私もインターネットでいくつかのサイトを覗いてはいましたが、サイト自体も充実しておらず、今日のインターネットのこれほどの発展を当時はまったく予想していませんでした。

令和になってどういう時代になるのでしょう。1月の教育通信に書いたように、AIが発展する時代かもしれませんね。

教育に関する変化はどうでしょう。一番印象に残っているのは、平成14年(2002年)から実施された「ゆとり教育」です。実はゆとり教育は1980年から始まっていたようで、理科の教科書を、80年代のと2000年のを比べたことがありますが、2000年のはかなり簡単になっている印象を覚えました。

ただ2002年から実施されたゆとり教育は、学校に週休2日を導入したり、それまでの指導内容が大幅に削られたりしたことからも有名です。その頃に小中学生だった人たちを後に「ゆとり世代」って言いましたね。ちなみに私は「バブル世代」です。私の学生時代は、ダンパ(ダンスパーティー)に行くためのタキシードを持っている学生も少なくありませんでした。私? 残念ながら泥臭い理系オタク学生で、ダンパにも合コンにも行かず、タキシードはおろかスーツさえ持っていませんでした。

話を戻します。ゆとり教育については、この教育通信でもボロクソに書いたことがあります。

ゆとり教育で算数国語英語でどんなことが削除されたのか、2001年12月に書いた教育通信から抜粋します。

 

現行の算数から削除または簡単にされる主なものは、

4桁同士のたしひき算は削除。仮分数・帯分数の四則計算は削除。わる数が3桁のわり算は削除。かけ算は2桁同士または3桁×1桁まで。小数は小数点以下1桁の計算まで(だから円周率は3.14ではなく3になる)。

その他にも削除されるものは、

・台形と多角形の面積の公式  ・容積

・□を使った式  ・直方体の展開図

・正多角形  ・メートル法  ・反比例

・度数分布

などがあります。

英語では、不定詞、動名詞が簡単なものに限定されます。筆記体は削除されます。単語については、現行では中学の必修単語数は507語であったものが、来年度からは101語になります。そこには、be動詞以外の動詞は一切入っていません。

国語は、漢字については小学校で習う漢字数(1006字)に変更はありませんが、「読みは配当の学年で読めるようにし、書きは一つ下の学年までが書ければよい」となっています。ですから、小学校卒業時には5年生までの漢字825字が書ければよいことになります。

新指導要領では、教える内容が大幅に削られます。量で言うと各教科平均して13%、内容的には、算数・数学で30~36%もの削減になります。大ざっぱな言い方ですが、新指導要領での学習内容は、現在の中学生の親の世代が中学生のときに学習した内容の約半分の量であるとも言われています。(12/2001)

 

上記の内容を決めた官僚(有識者?)は、日本人のレベルを落とそうとしているとしか思えません。こんな教育を続けていれば30年後の日本の国力はがた落ちし、経済はボロボロになり、日本人のノーベル賞受賞者はゼロになるでしょう。

この評判の悪かったゆとり教育も結局、数年で大部分が戻りました。そんなことは優塾では最初からお見通しで(優塾だけではありませんが)、ゆとり教育に対する悪口を次の月2002年1月の教育通信に以下のように書いています。

 

あたり前のことですが、今回の新指導要領は大学で教える内容までは言及していません。大学で学ぶことは削除されないのです。大学の授業は高校までの内容を理解しているものとして進められます。ということは、高校まで簡単な内容しか勉強しなかった場合、大学でついていけなくなるのは目に見えています。将来、大学に行く可能性が少しでもあるのなら、新指導要領ではなく現行の指導要領に沿って勉強することを強くお勧めします。

断言しますが、ゆとり教育は数年も経たずなくなります。しかし、その間にも子供の学年は進んでしまい、導入されていた期間にゆとり教育を受けた子供はその間の学力が低くなってしまうのです。子供たちには、そんなことになってもらいたくありません。そうさせないためにも、子供にはできればゆとり教育ではない教育を(できれば優塾で)させておく必要があるのです。(1/2002)

 

というわけで、ゆとり教育がすぐに終わると見越して、優塾ではゆとり教育以前のテキストをそのまま使いました。

ゆとり教育から戻ったとはいえ、子供たちが持ってくる補習校のテストを見る限り、学校の勉強はずいぶん簡単になったように思えます。100点を取らせようとしているようです。簡単なテストで100点を取ったところで子供にはなんのプラスにもならないのに。勉強が簡単になることには反対です。優塾ではアメリカにいる子にしっかりした学力をつけるためにも、今後も平成初期のテキストを使い続けます。

 

平成の30年で子供たちは変わったのか。

正直言って私は違いを感じません。30年前も今も子供はやっぱり子供らしく、たいていの子が勉強があまり好きではなく、宿題をしっかりやってくる子がいればさぼる子もいる、頭の回転が速い子とのんびりしてる子、よくしゃべる子と静かな子、スポーツが好きな子、読書が好きな子、日本が好きな子アメリカが性に合ってる子、様々な子がいます。「昔の子に比べて今の子は我慢強くない」などとよく聞きますが、私が見る限り違いはありません。

親御さんもあまり変化はないですが、以前よりも今の親御さんは子供にかける時間が増え、子供の面倒見がよくなったように思えます。それが良いか悪いかは別として。それ以外には…、うーん、30年前はほとんどすべての親御さんが私よりも年上でしたが、今は全員年下になりました。

令和の時代はどうなるでしょう。多分、子供たちは変わらないと思います。だけど、生徒の親御さんと私の年の差は、ますます開いてくることだけは確かです。


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以前優塾に一人、ほとんど耳の聞こえない子が通っていました。彼、岩田義弘(仮名)君は生後8ヵ月のときに高熱を出し、それが元で耳が聞こえなくなってしまいました。

授業では彼に背を向けてボードに書きながら説明することはできません。机の上のテキストを指し示しながら説明することもできません。口は大げさにはっきりと動かして説明しますが、それでも通じないこともあります。口元を見ただけでは分からない言葉もあるからです。例えば、1(いち)と2(に)は、外から見た口の動きにはまったく違いがないそうです。ですから身振り手振りを使って、ボードに字を書きながらもボードを見ず、またはテキストを私の顔の横に持ってきて、彼の方を見ながら大声で「ここはぁ、〇〇になるでしょ。わかる?」と説明します。

彼もこちらの口をじっと見つめながら「あい」とか「ほっかぁ」とうなずきます。彼は滑舌が悪く、話している言葉はわかりにくいです。話し始める前に耳が聞こえなくなってしまい、自分がどんな音を発しているのか分からないのですから仕方がありません。私は彼に会うまで耳の不自由な人に会ったことがなかったので、初めて彼の言葉を聞いたときは衝撃を受けました。最初は彼が何を言っているのかよく分からず、一緒に授業に入っていたお姉ちゃんが通訳してくれました。それでも、必死に話す彼の態度を見ていると、こちらもなんとか分かろうと思わず真剣になってしまいます。「ハンディキャップを背負って生きていくのは大変だろうなぁ」と心配をしてしまいますが、そんな気遣いは彼には要らないでしょう。なぜなら、彼自身が自分の障害をまったく気にしていないのですから。

こんなことがありました。国語の教科書に「三つの願い」という文章があり、国語の授業で、「じゃあ、三つの願いを書いてみよう」と書かせたとき、彼の三つの願いの中に、「耳が聞こえるようになること」が入っていなかったのです。また、国語の授業で目の見えない人の話を読んで、彼が「ほの人、はわいそうだねぇ」と心から言っているのを見たときは、感心してしまいました。

彼はとにかく性格が明るくいつも楽しそうなので、彼を見ていると耳が聞こえない障害なんて屁でもない、と思えてきます。いや、彼のは障害ですらないんじゃないか、聞くのと話すのが人よりちょっと苦手なだけなんじゃないか、とさえ思えます。努力することが苦手な人や、人との付き合いが苦手な人、私みたいについつい余計なことを言っちゃう人に比べたら良いのではないでしょうか。ヘレン・ケラーの言葉、「障害は、不便ですが不幸ではありません」を実感させられます。リンカーンは「幸せか不幸せかは、外的要因ではなく、自分の考え方で決まる」と言ったそうですが、まさに正鵠を射ていますね。

例えば、他人がみな広い豪邸に住んでいて自分だけ1ベッドルームのアパートに住んでいるとしたら、人間はそのことに不幸を感じるでしょう。しかし、逆に他のすべての人が家がないなか自分だけが1ベッドルームのアパートに住んでいたら、それだけで「自分はなんて恵まれているんだ」と幸福感を味わうと思います。すぐに人と比べてしまう私は特にそうです。同じ境遇なのにこの違い。幸せか不幸せかはしょせんは自分の気持ち次第、幸せと思えば幸せ、不幸せと思えば不幸せなんでしょう。そう言えばなにかの世論調査に、発展途上国のコロンビア、フィリピン、ブラジルなどの国々は、比較的生活水準が高い日本よりも幸せと感じる人の割合が高いそうです。

義弘君に限らず、ポジティブな子はいつも物事の良いところを見ようとします。ある中2の女子生徒はいつも明るく、ネガティブなことを言っていることを聞いたことがありませんでした。その子はトーランスに10年ほど住んでいたんですが、親御さんの転勤でNYに引っ越しました。メールで「友達と別れて寂しいんじゃない?」と聞いたら、「でも、こっちも楽しいこといっぱいあるよ~」と返ってきました。そうなんです。彼女には良いところしか目につかないようです。

さる大富豪が「旅先で見た犬の糞は忘れなさい」と言いました。旅先で美しい景色も見ずに汚いものばかり見てもつまらないでしょう。人生もそんなもの。つまらないこと、嫌なことはたくさんあります。でも、良いことはそれ以上にあるはず。子供も同じです。腹が立つところ、イライラさせられるところ、たくさんありますよね。でもそればかりに目がいって良いところを見ていないのではないですか。子供のできない所ばかりを探すのは止ましょう。そんなのは塾の先生にでも任せておけばいいのです。

これからは自分の身の回りの、そして子供の悪いところを探すのは止めて良いところを見よう、探そう、見つけよう。

自分に言い聞かせながら書いた、今月の教育通信でした。

義弘君のお姉ちゃん(当時中3)が日本に帰るときにくれた手紙は、優塾を的確に表現していたので、10年前まで優塾のパンフレットに載せていました。それを下につけておきます。

 

Dear YouJukuの先生達

約3年間、本当にありがとうございました。

初めて優じゅくに来た日の事…、忘れちゃった。うーん。でも3年間の中で1度たりとも優じゅくに行きたくない!!と思った事はありませんでした。(本当に)

来たころは英語がさっぱり分からず、優じゅくの英語の時間がたよりでした。今じゃすっかり…。たぶん、だいじょうぶ。(笑)

国語は、昔から得意だったので無問題(モーマンタイ)だったと思う!?(except 漢字)

あと、優じゅくでたくさんの人と知り合えたと思う。生徒の人もそうだけど、先生達はホント“出会い”って感じだった。

とくに○○先生と××先生にはおせわになりました。

弟の事もそうだけど、たぶん2人には1番教えてもらった気がします。

☆☆先生はいつもせっぱつまった時に助けてもらい、□□先生にはたくさんの漢字を教えてもらい、△△先生は来たばかりのころ国語を教えてもらって、今は月曜日しかここにいないからなかなかあえないけど先生のじゅぎょうはいつも楽しかった。◇◇先生は、MAKE-UPのときにしか見てもらった事がないけれど、優じゅくの中で1番やさしい先生だと私はいつも思っていました。

優じゅくには、心から信らいできる先生しかいないので、本当にじゅうじつした3年間だったと思います。

最後に今の私は、優じゅくのおかげで育ったような物です。

これからも、楽しくてわかりやすい授業をしてくれるじゅくで、いてください。

P.S. 本当に×100 お世話になりました。

7/13/2002 Y.I.


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今月は、子供たちに書いています。

 

高校大学、英検などの受験を(ひか)えている諸君。日本で言えば受験生。受験生だったら、死に物狂いで受験勉強しないとだめだよ。とは言っても、アメリカには受験生や受験勉強に相当する的確な言葉がないから、ぴんと来ないか。アメリカの大学は日本みたいな一発試験じゃなくて、何回か受けられる統一テストと学校の成績で決まるから受験って感じじゃないしね。でもそんなの関係ない。アメリカも日本も、必死になって勉強しなきゃ行きたい高校・大学には入れないし、英検だって合格しないって意味では同じなんだよ。だからさ、受験生は必死になって勉強しないとだめなんだけど、その受験生から必死さが伝わってこないんだよ。受験生としての自覚がない子が多すぎるんだよ。そこで、高校生諸君に受験勉強にどんな姿勢で臨むべきなのかを知ってもらうために、先輩たちの体験談や工夫(くふう)をいくつか紹介する。

 

お腹がいっぱいになると眠くなるから晩ご飯は半分しか食べない、と決めてたやつがいた。

英単語を50個覚えるまでは風呂から出ないと決めて、のぼせてぶっ倒れたのもいた。

クラスメイトに「先んずれば人を(せい)す。今年一年、朝一番に学校に行く」と宣言し、毎朝7時に学校に行って、部室で勉強してるやつがいた。

学校から帰って私服に着替(きが)えるとリラックスしちゃうからって、セーラー服のまま勉強する女の子もいた。

テレビがあると誘惑(ゆうわく)に負けるってんで、テレビの電源のコードをはさみで切っちゃった先輩がいた。自分のテレビでなく、家のテレビでそれをやったもんだから親に怒られてたけど。今ならさしずめ、携帯(けいたい)を受験が終わるまで使わないってことかな。

これは極めつけだけど、夏休みの間、トイレ・風呂以外は自分の部屋から出ず、食事も部屋に運んでもらうという勉強三昧(ざんまい)の生活を送ったのがいた。すごくないか。42日間、トイレ風呂以外、いっさい自分の部屋から出なんだよ。

「布団では寝ない」と自分の部屋の布団を片付けちゃった人もいた。寝るときは、机に()()して寝た人もいた。それが良いとか悪いとかの問題じゃないんだよ。

あと、これは定番だけど、受験のために彼女(彼氏)と別れたのも何人かいた。

上の体験談で、睡眠はしっかりとった方が効率が上がるとか、布団で寝ないのは健康に悪いとか、風呂で単語を覚えるのは効率が悪いとか、彼女と別れるとよけい妄想(もうそう)にかられて集中できないとか、部屋から出ないのは不健全とか、そんなのは関係ない。何かを手に入れるためには、とことんやるって覚悟(かくご)を決めて、何かを犠牲(ぎせい)にしなきゃいけないってことだよ。

そう言えば、古典的ロングセラー「成功哲学」の本にもあった。「成功するためには、目標を立て期限を定め、その目標達成のために自分が犠牲とするものを決める」って。そういう意味では受験勉強って人生の縮図じゃん。受験勉強できるってラッキーだよ。人生数十年分の経験を1~2年でできるんだから。

 

そして、優塾の先生たちの体験談。

朝、鳥の声が聞こえるまでは寝ないと決めて明け方まで勉強。冬は暖かいと眠くなるから暖房は一切つけず、スキー靴を履いて勉強。トイレに行くのが一苦労。

トイレやお風呂は、単語などの暗記ものを勉強する絶好の場所。ある時うっかり寝ちゃって、バスタブに大事なプリントを落として超ショック。(ま、でもトイレでなくて良かった)

1秒だって無駄(むだ)にしない。寝る前と、そして起きたらすぐに勉強できるようにと、単語カードをいつも枕元に。

家より図書館のほうが勉強がはかどるからと、学校が終わると毎日地元の図書館に引きこもり閉館まで。家で勉強するときは家族の発するの音が一切聞こえないように耳栓(みみせん)をして勉強。

友達と一緒に勉強すると、結局友達の休憩(きゅうけい)に自分が付き合い自分の休憩に友達が付き合い、効率が良くないので勉強するときは常に一人。

問題は必ず全部手を動かしてやってみる。解答を見て納得しているだけでは解けていない。ノートに書いて記録を残す。

予備校の自習室は席の取り合いだったので開校前に自習室前に並ぶんだけど、その立って並んでいる間も問題を解き勉強。

誘惑(ゆうわく)を断つために家ではなく図書館の自習室にこもる。

一日のうち唯一リラックスするのは家でご飯を食べる時だけ。

トイレもお風呂もベッドの中までも暗記系を持ち込む。特に通学時間は暗記系のチャンス。

「自分はこれだけやったんだ。だから後悔はない」と思えるまでとことんやる。それを目で見て確認するために問題はノートにやり、捨てない。

周りの勉強のできる子と比べる。自分のできてなさを感じて、少しでも追いつけるように努力する。そのできる子より少しでも多く時間を費やして勉強する。自分より下の子や楽をしている子は見ない。眼中に入れない。

受験が終わった日に何をするか、ご褒美(ほうび)を決めてそれまで頑張る。一生続くわけじゃないと思えばがんばれるはず。(私の場合、大学受験が終わった当日に初ピアスを開けました。合格発表の日に好きな人に告白しました。その先生談)

 

どう? みんないろんな工夫して勉強してるだろ。楽しそうだと思わないか? 受験勉強ってさ、たしかに大変で、つらいことも多かったけど、今となってはすごく良い思い出だよ。だって、他のすべてのことを二の次にして勉強だけに集中するなんてこと、若いうちにしかできないんだから。大人になったらいくら勉強に集中しようって言ったって、仕事しなきゃいけない、家事もしなきゃいけない、子供の面倒も見なきゃいけない、って、他にやらなきゃいけないことがたくさんあってなかなか難しいんだよ。その点、子供は勉強だけに集中できるんだからこんなに楽しいことないって。

だから受験生諸君も、受験勉強を通して人生を経験し、後々まで残る思い出を作ろう。今年、英単語3000語覚えるんでもいい。SATの問題を毎日50問解くんでもいい。何か目標を決めて取り組もう!

先生の体験談 おまけ

徹夜(てつや)で勉強しようと決めた日、眠気覚(ねむけざ)ましに目の下にメンソレータムを()ったら痛くて目が開けらず、しばらく目を(つむ)ってて・・・・・・・・気がついたら朝だった。眠れないときはお試しあれ。


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堅い話が続いたので、今月は息抜きがてら子供たちの珍解答・迷言をご紹介します。

 

◆空欄に漢字一字を入れよ「はっとして(  )を飲む」

正解:息  生徒の答え:鼻

    ※思わず〇にしたくなりました

◆「有名無実」の意味は?

正解:名ばかりでそれに伴う実質がないこと  生徒の答え:有名人は悪い事をしても無実になる

    ※わかる気がする

◆「太い」の反対言葉は?

正解:細い  生徒の答え:やせる

    ※これは・・・正解ですよね。

◆空欄に漢字一字を入れよ「義(  )教育」

正解:務  生徒の答え:理

    ※この子は義理で勉強してたのか

◆空欄に適当な数字を入れよ「三々(   )家に帰る」

正解:五々 (三々五々―人や物が集まったり散らばったりすること)  生徒の答え:七拍子

    ※どんな帰り方だよ

◆漢字に直せ「きかい体操」

正解:器械  生徒の答え:奇怪

    ※運動会のプログラムに書いてあったら怖い。けど見てみたい。

◆漢字に直せ「老人のこうせい施設」

正解:厚生  生徒の答え:後世

    ※きつすぎる・・・

◆漢字の読みの問題「草花」

正解:くさばな  生徒の答え:はなくそ

    ※惜しい! 前後逆で一字違うだけ。さんかく。

◆漢字の読みの問題「からかわれて逆上する」

正解:ぎゃくじょう  生徒の答え:さかあがり

    ※からかわれてさかあがり。想像してしまった。

◆□にひらがなを一字入れましょう 「□なげ」

正解:わなげ  生徒の答え:はなげ

    ※その下に輪投げの絵があるんですけど・・・

◆「紙」音読みを答えなさい。

正解:シ  生徒の答え:パア

    ※ちなみに、彼は石の音読みを「グー」だと思っていました。

◆繰り返し言葉を入れなさい

●日差しが    と照りつける 生徒の答え:しんしん  ※微妙な日差しですね

●雨が    降る       生徒の答え:こつこつ  ※どんな雨だろう

●雪は    と降り積もる   生徒の答え:ぞくぞく  ※わからんでもない

●一日中、    と過ごす   生徒の答え:くどくど  ※すっごくくどそうな日

 

◆もう10年以上も前の高校生の時事問題 空欄を埋めよ「小泉首相の○○なき構造改革」

正解:聖域  生徒の解答: 仁義

    ※高校生が「仁義なき」って言葉を知ってるだけでもすごい。

◆「ございます」を使って文を作りなさい

生徒の答え:サザエでございます。

◆先生「sameの意味は?」 中3の女の子「はい。someの過去形」

    ※came(comeの過去形)から推測したと思われます。

◆中2の理科 先生「ダーウィンって知ってるよね」 生徒「はい、馬のレース」

    ※それは、ダービー。

◆中2の社会 先生「部落差別って知ってる?」 生徒「はい、黒人が、・・・」

    ※いや、それは、ブラクじゃなくて・・・

◆先生「浦島太郎は亀に連れられどこに行ったでしょう?」 小1の生徒「僕、知ってるよ!」

   先生「そう、どこ?」 「商店街!」

    ※何買ったんだろ・・・って言うか、どんなお話?

◆先生「先生のお父さんは、ガンで死んだんだよ」 生徒「誰に撃たれたんですか?」

◆先生「伝記を読んだことある?」 小3女子「アルプスの少女ハイジ!」

◆問題「海女の読みは」 生徒わからず、先生「あまって読むんだよ。聞いたことある?」

   高1女子「人魚みたいなもん?」

◆生徒「僕のサッカーのコーチ、イギリスから来たばかりなのに、英語がうまいんですよ」

    ※高校生です。

◆はちに関する説明文を読んで、生徒が理解していないので、最初から説明していくと、

   生徒「あ~、『はち』って、あの虫の蜂ね」 先生「何だと思ったの?」

   生徒「お花を植える鉢だと思った」

    ※あのねー、文章中に“女王ばち”って書いてあるだろーが!女王鉢って、どんな鉢よ。

◆短歌「霜の朝の 寒さに緊(しま)る 青竹の 圧しくるものに 真向かひて佇(た)つ」を読み

   問題:「歌の中の青竹とは何のことか」 生徒わからず

   先生「青竹とは作者のことなんだよ」 生徒「青竹さんって言うんですか?」

    ※自分の名前、歌に入れちゃったんだ、この人。

◆小5の男の子に漢字を教えていて 先生「ほら、妻ってのは女の人に角が生えてるんだよ」

   生徒「でも、お母さん、一本じゃ足りません。」

◆「朝」のつく熟語をいくつか見て、小2女子「この『朝日』って、ビール?」

    ※お母さーん、この子、「朝日」でお日様よりもビール連想してますよー。

◆先生「お酒には、ビールとかワインとか日本酒とか、いろいろあるでしょ」

   これも同じ小2女子「でも、『ビールはお酒じゃない』って、お母さん言ってました」

    ※お母さーん、子供に間違ったこと教えないでください。

◆女性先生が自分の上腕を指して「ここ、なんて言うか分かる?」 生徒「ふと腕!」

    ※見たまま? いえ、「太もも」から考えたのだと思います。

◆10年生の女子「あー、ラーメン食いてー」 先生「こら、女の子なんだから、もうちょっと丁寧な

言葉遣いしなさい」、「はい。ラーメン食いたいです」

◆先生「先生、髪切ったのわかった?」 生徒「うん、少なくなったね」

    ※それを言うなら、短くなっただろ! 2人もいやが・・・、いました。

◆9年生のアメリカ生まれの女の子「You are my favorite teacher.」 「Oh, Thank you」

「in Youjuku」 「お前、俺のしか受けてないだろー!」

◆私井沢が30代のころ、小6男子「先生、戦争行ったことありますか?」

    ※まだ40前よ。どの戦争よ。

◆私が33歳の時、小5女子に「先生、いつ頃アメリカに来たの?」と聞かれ、

「8年前だよ。あれは、20歳のころだったなぁ」とサバ読んだら、「先生、28歳か」

「ばれたか!」なんて言いながらも、内心「子供だますなんて簡単だなぁ」と思っていたら、

「老けてるね」。グサッ。

 

以上です。これだからこの仕事はやめられん。貯まったらまたご紹介しますね。


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先月の教育通信「AI時代を迎えて―子供たちの将来の仕事」の原稿は、実は半年以上前に書き終わっていました。ところが、先月の文章の最後の文を書いた後、子供がどんな能力を持つべきなのか、親はどんな子育てをすべきなのかが、どんなに考えてもなかなか出てこなかったのです。これからは創造力が大切だとか、AI時代だからこそ人間力、人との接し方を教えるべきとか、そういうことはいくらでも言えるのですが、実際には子供たちは、能力や性格が無限に違っていて、伸ばすべき能力をいくつかに絞ることができませんでした。

半年間じっくり考えて出たのは、「よりレベル(偏差値という言葉はあまり使いたくなかったので、レベルという言葉にしました)の高い大学を目指そう」という、さほどインパクトのない答えであり、「とりあえず子供たちには今やるべき勉強を頑張らせよう」という至極普通の結論でした。人間関係が大事とか人を思いやる気持ちが大切などと言うのは当たり前の話であって、その上で勉強をしっかりやりなさい、ということです。創造力ももちろん大切ですが、ある程度の基礎知識がないと創造力も出てこないでしょう。

なんだかんだ言っても、今の日本やアメリカはやはり学歴社会です。学歴が良いに越したことはありません。AI時代になったら変わるのでしょうか。そんなことはないと思います。30年以上も前から、「これからは学歴よりも〇〇が大事になってくる」、「これからは個性の時代だ」、「IQよりもEQだ」などといろいろなことが言われてきましたが、何も変わっていません。今でも学歴は大事です。会社は、入社応募者の履歴書を見るときにまず卒業大学を見ますし、大学は良いに越したことはありません。性格はなかなか変えられませんが、成績、学歴だったら努力次第で変えることはできますし。

レベルの高い大学を出ているということは、それだけその人が努力したという証拠でもあります。たまに「東大卒の新入社員がまるで使えないやつだった」という話を聞きますが、それは東大卒で使えないのがいるとより強く印象に残るだけであり、レベルの高くない大学を出ていて使えない新入社員の方がはるかに多いと思います。実際優塾にも東大卒の先生がいますが、めちゃくちゃ頭が良くいろいろな教科の指導をお願いでき、非常に助かっています。

もちろん、洋服のデザインや調理、ヘアカット、スポーツなどに興味のある子はそちらの道で努力することが大切でしょう。実際今までもそんな生徒が何人かいました。そんな子はその道に進みました。でも、そういう子たちでも勉強をする大切さは変わりません。勉強の質がちょっと違うだけです。

漫画、『ドラゴン桜』にこんなセリフがあります。

「この社会のルールは頭のいい奴に都合のいいように作られてるんだ」。

その通りだと思います。これからAI時代になって時代がそこそこ変化するでしょう。変化はそこそこだと思います。今までに何度も、「激動の時代に入り、これからは今までの常識は通用しなくなる」なんて言葉をさんざん聞いてきましたが、ほとんど何も変わりませんでしたから。ただ、先月も書いたようにますます格差は広がると思います。AI時代になって上にいる人間はAIを使う立場なので苦労しません。苦労するのはそれに左右される下にいる人間です。そして、上に行くための武器の一つが勉強なのです。

人間努力することは大切です。それこそ何千年も前から、そして今後何万年も人類が繁栄する限り、このことは普遍の真理だと思います。だから、これからAI時代になろうが、グローバルな時代になろうが、戦国時代になろうが、大企業に入っても、優塾のような零細企業に入っても、公務員になっても、自分で会社を興しても、専業主婦になっても、それこそユーチューバーになっても、どんな人生を歩もうとも努力することの大切さは変わらないのです。

そして、努力の成果の一つがレベルの高い大学入学なのです。

ほとんどの子供は勉強を嫌がります。だからこそ、勉強をすることによって、努力の大切さを教えることができるのです。勉強が嫌いな子はラッキーです。その分だけ、我慢することも同時に学べるのですから。我慢して努力する。こんな貴重な経験ができるのですから勉強ってなんて素晴らしいんでしょう。

結論としては、これからAI時代を迎えるにあたっても今までと何も変わらず、努力することの大切さを教えるためにも、我慢することを経験させるためにも、子供たちに目の前の勉強をしっかりやらせることが親の役目だと思います。その上で子供が行きたい方向が見つかった時に、親は子供が進むのを手助けすればいいのです。そして上に書いたように、まずはよりレベルの高い大学を目指すのが、何か特別な才能を持っていない子にさせるべきことなのです。

 

具体的にどんな教科を伸ばすべきでしょうか。

まったく個人的な意見ですが、理数系と英語だと思います。

理数系に関しては、誤解されるといけないので書きますが、理系・文系の優劣を言いたいのではありません。理数系の学力を伸ばすことによって、問題に対し理論的な解決策を考える力がつくということです。また、文系の学力は総合的な学力でもあり、人生経験なども大きく影響してくるため、小学生の時は国語がまったくできなくても、中学生以上になって将来いろいろな経験を積んだ後に伸びてくる子も多いのです。

問題に対しての理論的な考え方については、20年前の元塾生(東大卒)が「数学を勉強したおかげでロジカルシンキングや証明する力を鍛えられ、問題に対してもパズル感覚で解くことができるようになりました」と言っていました。

英語は、技術の進歩によって自動翻訳機などが開発されるから要らないでしょうか。今でもまあまあの機械はありますよね。その自動翻訳機を使って、社内の会議、簡単な商談などはうまくいくかもしれません。しかし、コンペティターがいる難しい商談や、それを使って友達になれるか、恋人ができるかというと、話はまったく違ってくると思います。うまい翻訳機を使った言葉よりも、下手な自分の言葉の方が相手の心に響くものでしょう。そう考えると、今アメリカにいる子たちは日本にいる子よりもはるかに有利ですよね。日本に帰る子は滞在年数や年齢にもよりますが、できるだけ高い級の英検を取得することをお勧めします。

中国語はどうなのかというと、先ほどの元塾生が「仕事で中国の人ともよく話をしますが、彼らはみんな英語を話せるので、中国語を使ったことはありません」と言っていましたので、とりあえずは英語だけで十分だと思います。それよりも、他の元塾生が言っていましたが、日本語が完璧でないと仕事では信用されない、とのことです。

大手証券会社の人事部に勤めている友人が以前、「『英語が話せる理系だったら、それだけで採用』というのが人事部の方針だった」と言っていました。

理系に関してちょっと面白いエピソードを。

私には、某有名企業の取締役をしている3学年上の大学の先輩がいます。数年前にその先輩に会ったときに質問しました。「山田先輩、就職には理系が有利だけど、出世には文系が有利って言うのは本当ですか?」。その時は就職難の時代で、文系だけど就職に有利だから理系の学部に行く、就職できないから大学院に進むという子もいたくらいでした。

私の質問にその先輩は「そうだよ。あいつらはよー(その先輩は文系の人をそう呼んでいました。私の大学は工業大学だったので、その先輩ももちろん理系です)、黒い物でも白って言うからな」と面白い喩え方で答えてくれました。理系人間はなんでもきちっと答えが出てこないと気が済まないものですが、上にいけばいくほど文系のようなファジーな考え方、強引な結論付けとそれで相手を納得させることができる説得力などが必要なんですかね。実際、理系と文系の平均生涯給与は文系の方が高いと聞いたことがあります。

 

今月は、より高い学歴を目指そうということで書きましたが、私は学歴がすべてとは思っていません。以前あるセミナーで話した「学歴と成功の関係について」を付け足しておきます。

何をもって成功とするかによって違いますが、それを「財政的な豊かさ」とするならば、ある程度の頭の良さ、学歴は影響していると思います。

元塾生で一番成功しているのは、貿易やIT企業、宇宙関連ビジネス、エステサロン、医療関係など、いろいろな会社を興して自家用ジェットで全世界を飛び回っている今まだ二十代の女性です。彼女はめちゃくちゃ頭が良く、SATが2400点満点だったころに2360点取り、納得いかなくてもう一度受けました。プリンストン大学のメディカルコースだったかに進学しました。

成功を「幸せ」かどうかで見ると、子供のころの成績はあまり関係ないように思います。

私が今でも付き合いのある元塾生で一番幸せそうなのは、愛知県の中堅都市に住んでいて、大企業の子会社に勤めていて、かわいい奥さんと結婚し、ちょっと田舎に親に土地を買ってもらってマイホームを建て、3人の子供に恵まれている青年です。

彼は大学には行っていません。子供のころは、勉強に関してはあまりできない子でした。彼を見ていると、先ほど書いた「勉強を頑張らせる。学歴が大事」とは真逆になってしまいますが、「勉強はほどほどでいいんじゃないか。都会で競争ばかりの人生よりも、こういうところでのんびり暮らす方が幸せなのかもな」と心底思います。


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15年ほど前、日本で会った元生徒の印象に残っている言葉があります。それは、「今まで、いろいろなブームが来ては消えたけど、このAI(人工知能)の流れは本物だと思う」。彼は一般受験で立教大学に行き、大学院は東工大に首席で入ったという秀才です。私はその時AIを知らなかったのですが、理系の秀才で大企業で働いている彼の言葉には、説得力がありました。

実際、近年の新聞記事やテレビの特集を見ていると最近のAIの進歩は目を見張るものがあります。10年前、チェスではコンピューター が世界チャンピオンに勝っていましたが、将棋や囲碁ではまだまだ人間の方が強く、囲碁は組み合わせ数が天文学的数字になるのでコンピューターが人間に勝つのは不可能だと言われていたのです。それがここ数年で将棋も囲碁も人間を超えてしまいました。AIの進化はすさまじく、2016年に碁で人間の世界チャンピオンに3勝1敗で勝ったAlphaGoは、2017年に開発されたAlphaZeroに、最近の1000試合では0勝1000敗でまったく歯が立たなくなったそうです。心理戦であるポーカーでもAIは世界チャンピオンに勝つそうで、最近では作曲や小説を書き始めたとか。近い将来、「今年のオリコン1位はAlhpaSong作詞作曲『僕らだって生きてんだ』」、「今年の芥川賞は〇〇社製、IS-450さんの『悲しみのデジタル』に決まりました」、みたいなことが起きるのでしょうか。その審査員もAIだったりして。

AIの台頭に伴ってよく言われているのが、「今ある職業の4割(半分、7割など諸説あり)は将来AIまたはロボットにとって代わられて無くなる」ということです。テレビでも特集番組でどんな仕事がなくなるかのがしょっちゅう放映されており、そこで専門家が「さあどうします?」などと危機感を煽(あお)るのです。

確かに、今ある仕事のいくらかは無くなると思います。でも、そんなに心配することではありません。無くなる仕事がある一方で、新たに生まれる仕事があるからです。仕事の種類に関して言えば、おそらく今よりも10年後、20年後の方が多いのではないでしょうか。

昔はあったけど今無くなってしまった仕事は、例えば、ボウリングレーンの後ろでピンをそろえる人、電話交換手、灯台守、時報係、バスの車掌などたくさんありますが、その一方で、昔無くて今新たに出てきた仕事は、プログラマー、コピーライター、塾講師、各種評論家、テレビの司会者・コメンテーター、芸能ジャーナリスト、アロマセラピスト、エステティシャン、インテリアコーディネーター、ネイリスト、プロゲーマー、ユーチューバー、などなどいくらでもあります。

これら新たに生まれた仕事でも、20年後にはなくなっているものが多いでしょう。淋しいことですが、おそらく塾講師もAI(ロボット)に代わられると思います。

ネット配信している受験塾では、ネットの先生などはいち早くAIの先生になるでしょう。学生はモニター越しに先生を見るだけですから、それほど難しい技術ではありません。実際まだ試験的とは言え、中国でAIのアナウンサーが出てきましたよね。見た目は人間と変わらず、話し方に若干の違和感がある程度です。2~3年後にはアナウンサーはAIに代わってしまうのでしょうね。原稿を噛むこともありませんし、疲れ知らずですから「24時間テレビ」などの司会者には最適かもしれません。

予備校のネット配信授業でも、実在の人気先生の完全コピーAI先生が、5年以内に出てくるのではないでしょうか。いや、もう出ているかも。「今でしょ」で有名な東進ハイスクールの林修先生はテレビ出演で忙しく、たぶん予備校で授業はしていないと思いますが、もしネットだけで授業をしていたら、それこそ林先生の外見、話し方、指導法を完全にプログラムされたAI林先生じゃないでしょうか。

受験塾では、ロボット先生はまだ無理だとしてもAIを活用してすべての大学の入試過去問をインプットし、どこどこ大学志望の生徒にはどんな問題をさせ、さらには来年はこんな問題が出る可能性が40%、などがAIを使ってできると思います。もしかしたら大手の予備校ではすでにやっているかもしれません。

集団授業の一方通行の授業では、AIロボット先生は20年以内にできると思いますが、個別指導で一人ひとりに合わせた授業は、子供の能力、勉強に対する気持ち、モチベーションのあげ方、叱り方などが無限に違い、さらには、同じ子供でも日によっても違うので、集団授業の先生よりはもうちょっと時間がかかると思います。

学校の先生も高校などはAI先生でいいでしょうが、勉強を教えるにとどまらない、人格形成にも携わる小学校の先生は、まだまだ人間の仕事になりそうです。でも逆に、モンスターペアレントはAI先生が対処します。どんなに文句を言われても気にならないし、朝だろうが夜中あろうが謝罪に行きまくり、謝り倒して相手を参らせるのです。

専業主婦(夫)もAIに代わられるのではないでしょうか。完全にその人の好みの外見で、掃除洗濯料理などの家事は完璧。仕事で疲れて帰ってきたら優しい言葉をかけてくれて、晩酌の相手をしてくれて、何時間でも肩もみしてくれる。できないのは子供だけ。でも、今でさえ子供が要らないという夫婦もいることですし、子供ができない女性(男性)AIと結婚したがる人が出てくるかもしれません。

逆に専業主婦(夫)になりたい人用に、外で仕事してくれるAIも誕生します。もちろん仕事はできるから高給取りだし、家事も手伝ってくれるしで、言うことなし。でもある日、その外で働くAIが専業主婦(夫)AIを連れてきて、人間自体が追い出されたりして…。

なんか、いろいろな仕事をアウトソーシング、他国の奴隷にやらせて、その結果滅亡してしまったローマ帝国のように、もしかしたらその時が人類が滅亡するときかもしれません。

専業主婦AIは冗談ですが、このように今ある仕事のいくつかはなくなってもそれ以上に新たに生まれる仕事があるでしょうから、心配することはまったくありません。

心配すべきことは別のところにあります。それは、仕事の専門性が高くなってくるため、同じ仕事であっても仕事の出来不出来によって収入に大きな差が出てくることであろうことです。昔の仕事、例えばボウリングのピンを並べる仕事、車掌、電話交換手などはそれほど難しくない一方で、その仕事に就けばある程度のお金がもらえていました。新人とベテランで年収に10倍の開きがあるなどということはありませんでした。

しかし現在最先端(?)の仕事、ユーチューバーで言えば、トップは1億円以上の年収を得ているそうですが、末端には一銭も入りません。自営業に近い仕事だから差が開くのは当然だとしても、今後は会社に勤める人も厳しい時代になるのではないでしょうか。

以前は日本では、会社勤めであれば仕事ができてもできなくても給与にそれほど差がなく、同じポジションであれば仕事が10倍できても収入に2倍も差がつくということはそれほどありませんでした。全然仕事ができないお荷物社員などというものが存在していましたが、給与をちゃんともらっていました。しかし今後は、会社内でも仕事の出来不出来によって、収入にかなり大きな差が出てくるでしょう。

やっと前置きが終わりました。(なげぇな) ここからが本題です。

将来そんな厳しい時代を生きていくために、子供はどのような能力を持つべきでしょうか。親はどんな子育てをすればいいのでしょうか。

来月に続く (年をまたいでしまった。良いお年を)


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ご家庭でできる算数の勉強というと、百マス計算やテキストの問題を子供にやらせることを思われる方も多いと思います。しかし、勉強と聞くだけでやりたがらない子も少なくありません。そこで、今月は子供に勉強しているとは気づかせないで算数を勉強させる方法を、具体的にご紹介します。これは、学校で学ぶ前にご家庭で教えておくと、後々学校で学ぶ際に必ず役に立ちます。

なお、かっこの中の学年は、優塾で使っている日本の旧指導要領で習う学年を示していますので、新指導要領および現地校とは若干異なります。また、子供が興味を示すようなら、理解できるようなら、学年に関係なく教えられます。

 

算数で最初に子供がつまずくのは、この問題です。

「10が 12こで いくつでしょう。」

大人にとってはなんでもないこの問題は、半数以上の小学1年生の子にとっては難問になります。そこで、普段から実際に10セント硬貨を見せながら、「10セントが3個でいくらになる? 15個では?」と聞いておくと、この問題はすぐにできるようになります。

ほかに1年生がつまずく問題は時間です。「20分後は何時になるでしょう」。この問題ができない子が多いです。ご家庭で、普段から「いま何時?」とか「じゃあ、30分だけゲームして良いわよ。何時までか分かる?」と聞いておきましょう。時間と時刻の違い(小3)もそのときに教えておきましょう。

繰り上がりのたし算、繰り下がりのひき算が小1での最大の難関になります。3+5のようには、指が使えませんから。計算方法は複雑なのでここには書きませんが、補数(9の補数は1、8の補数は2・・・)という考え方が非常に重要になってきます。そこで、トランプのババ抜きで、数字がそろっているカードを場に捨てるという通常のルールではなく、A~9(とババ)のみで行い、補数のペアで場に捨てるというルールでババ抜きをやると、補数に慣れることができます。

三角形、四角形(小2)という言葉も実際に三角形、四角形の形のものを見せながら簡単に教えられます。折り紙と普通の紙を見せながら正方形と長方形(小2)を教えられます。ついでに直角という言葉も教えておきましょう。

車での移動中に九九(小2)のCDを聴かせることは大変効果があります。「小学2年生の子に聞かせていたら、弟も一緒に覚えちゃった」という話はよく聞きます。

1リットルの牛乳を買ってきて、「これが1リットル」、「コップ1杯で2dl(200ml)。」と、かさ(小2)を教えることも後々、大いに役に立ちます。小学1年生には、太さの違うコップで同じ高さならどちらが多く入っているか(小1)子供に見せることも有効です。

自動上皿ばかり(小3)を見せておくことも有効ですし、それを使って「この本は350g」などとグラム、キログラムがどれくらいの重さかを教えておくのも有効です。

巻き尺(小3)自体を見せておくことも有効ですし、巻き尺を使って1メートルの長さを見せておくことも役に立ちます。

ドライブしながら、「家から学校までは3キロ(2マイル)ある。ラスベガスまでは450キロメートル(280マイル)。」とキロメートル(小3)とマイルの長さを実感させるのも役に立ちます。3年生以上なら車のスピードメーターを見せながら、「今、50マイルのスピードで走ってるから、2時間走れば50かける2で100マイル進めるんだ」と速度(小5)の概念を教えることもできます。それに興味を示す子なら、さらに、

「では、問題です。今、70マイルで走ってるけど、280マイル離れたラスベガスまで、何時間かかるでしょう」などと問題を出してみましょう。

ピザを買ってきたときに「6つに切ったうちの1つは、6分の1って言うのよ。2つで6分の2」と分数(小3)の概念は簡単に教えられます。もっと深く、「こっちのピザは8つに切ったうちの1つ。こっちは6つに切ったうちの1つ。どっちが大きい? そう。6分の1だよね」などと分数の大きさを教えることもできます。

ついでに、「ピザを1枚と6分の1食べたら、1と6分の1って言うんだけど、これって、6分の1を7つで、6分の7とも言えるのよ」と帯分数・仮分数(小4)を教えることもできます。

さらに、ピザを見せながら、「ほら、6分の2と3分の1ってどっちが大きいか分かる?」と約分(小5)の基本まで教えることもできます。

日本語では直方体と立方体(小4)という言葉はご家庭にある箱やサイコロを、円柱や円錐、四角錐(小6)という言葉はお茶の缶やアイスクリームのコーン、ピラミッドを見せて教えることができます。その際に、「面はいくつあるかわかる?」と面の数や辺や頂点の数(小2)も一緒に教えられればなお良いです。ついでに、サイコロは対面で目の数が合計7になっていることも見せましょう。

それ以前に、アメリカの建造物では少ないからか、「柱」というものを知らない6年生の子が多いです。

偶数と奇数(小5)は簡単に教えられます。各桁の数字の合計が3か9で割れるなら、元の数字も3か9で割れることを教えておくのも有効です。

平均(小5)は3年生くらいであれば、「3回のテストが93点と84点と87点? じゃあ、平均点は…」と教えることができます。

カルピスなどを作りながら、「水とカルピスを1対5で混ぜるのよ。カルピスが20mlだったら、水はどれだけ入れるかわかる?」と比(小6)を教えることもできます。ついでに、地図にも比が書いてあることを見せましょう。

負の数(中1)は、小3くらいでも理解できます。マイナスの数を教えていなくても「2ひく5はいくつ?」の質問に答えらる子もいます。もしもわからなかったら、「今、温度が2度。5度下がったら何度になる? ほら、2度からこうやって(手で示しながら)5度下がるから、マイナスの3度になるんだ。だから、2ひく5はマイナス3」と負の数の概念と計算方法を教えることもできます。それで興味を示す子だったら、「じゃあ、マイナス2たす6はいくつ?」などと聞いてみましょう。分からなかったら「ほら、今マイナス2度で6度上がるってことは、いくつになる?」「そう! プラスの4度だよね」とまた温度を使って教えます。

確率(中3)は、コインの表か裏を当てるクイズをやりながら、またはすごろくをやりながら、「表が出る確率は2分の1か」、「2か4が出たら上がりか。確率は6分の2だな」などと概念を教えることはそれほど難しいことではありません。

相似な図形では、長さが2倍になると面積は4倍、体積は8倍になる(小5,中3)ということを教えるのも重要です。

歩合・パーセント(小5)は、日ごろから「このジュースはリンゴが30%入ってるのか」、「タックスは8%」、「あのお店20%オフ(2割引き)だって」、「大谷翔平の打率は3割2分4厘」などとパーセントや割の言葉を聞かせるようにしましょう。100%=1はもちろん、100%=全部というのは、大切な考え方です。

「20%引き」、「10%プラス」などの言葉(小5~高3)はとてつもなく重要です。「食事代が40ドルか。チップは15%だな。1たす0.15で1.15。40かける1.15で・・・、真之介、ちょっと計算して」、「この30ドルのゲームは20%引きだから、1ひく0.2で・・・」などと計算法を教えておきましょう。なお、この計算をやらせるときは、計算機を使わせて構いません。計算力をつけさせることが目的ではなく、計算方法を理解させることが目的ですので。

上の例で、「40ドルに0.15をかけて、それに40をたして・・・」、「30かける0.2で、それを30から引いて・・・」と計算してはいけません。あくまでも1+0.15、1ー0.2とやり、1を使った計算の仕方を教えます。

この計算は、大学入試であるSATにも出てきます。実際のSATの問題を2つ挙げておきます。

① After a 20% increase, the new price of a radio is $78. What was the original price of the radio?

② A discount of 25% on the price of a shirt, followed by another discount of 8% on the new price, is equivalent to a single discount of what percent of the original price?

①は約半数、②は大半の子ができません。

繰り返しますが、非常に重要ですのでぜひとも教えておきたいものです。

 

今月ご紹介した勉強法は、決して子供に理解させることを無理強いしてはいけません。勉強を教えているということはおくびにも出さず、日常の生活で何気なく言い、子供が興味を持たなかったら、その場ではそれ以上言わないことです。

たとえば、立方体・直方体を教えるのに、「このさいころみたいになっているのを立方体、こっちのティッシュの箱みたいな長いのを直方体っていうのよ」と教えてもそれで子供が興味を示さなかったら、それで終わりにします。決して無理に教えるようなことはしないでください。

以上です。ご参考になさってください。


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私井沢はこの夏日本に一時帰国し、首都圏にある児童養護施設に行って勉強を教えるボランティアをしてきました。児童養護施設とは昔で言う孤児院ですが、今は孤児の子はほとんどおらず、親の育児放棄や親からの虐待などによって、親と一緒に住めない子が多く生活しているところです。その施設には50人ほどの子供が生活していますが、この50人ほどが一つの場所で生活する施設は子供にとっては良い環境ではないとのことで、現在は普通の家のような小さな施設に4~5人ほどが住む形態になっているようです。

初日に、去年と同じように子供たちと職員の方たち全員分のハーゲンダッツのアイスクリームを買っていきました。子供たちが食べているところは見ていないのですが、きっと喜んで食べてるんだろうなぁ、なんて自分で勝手に想像して満足していました。

それともう一つ。優塾では、すべての校舎ではないですが、夏の授業中にかき氷を子供たちにあげていますので、施設の子たちにもあげようと思い、かき氷機とシロップ数本を寄付し、実際に授業中にみんなで食べました。かき氷に関しては日本の子は食べ慣れているのか、アメリカで生徒にあげたときの方が喜び方は大きかったです。あと、毎年定番としては、1万円ほどの花火を寄付しています。

勉強を教えるボランティアは、夏休みの宿題を教えることがメインになります。私のクラスは強制ではなく、勉強したい(宿題を終わらせたい)子だけが来るので、勉強をする気がない子はまったく来ません。10人ほど、毎年ほぼ同じ子たちが来ます。一人で10人を丁寧に教えることはできないので、わからない問題がある時だけその子に教えています。ただ宿題を一人で黙々とやっている子もいて、私のクラスに来る意味はあまりないのですが、勉強をするためだけの空間が気に入ってくれているのでしょう。

教え始めた7年前から毎年思うことですが、正直言って学力は低い子が多いです。6年生で九九がスラスラ言えない子がたまにいます。そのため、分数のかけ割り算、通分約分ができません。そんな子を見ると、算数って本当に積み重ねの教科なんだなと実感します。国語の方がまだできる子が多いです。と言うか、アメリカで国語が自分の学年通りにできない子を多く見ているため、作文などをすらすら書いている子を見ると感心してしまいます。

その中で、印象的な子を何人か書きます。(若干フェイクが入っています)

毎年参加してくれる双子姉妹なのですが、学校では特別支援学級(健常児クラスと障害児クラスの中間にあたる)に通っていて、私の授業にはいつも率先して参加してくれます。ほとんど私のヘルプを必要としないのですが、いつも楽しそうに勉強しています。宿題は答えが問題集の後ろにあるのにそれを見ず、たまにわからない問題がある時に私に聞いてくれます。今年初めて知ったのですが、弟もその施設にいるようで(授業にも来てくれていました)、「あ~、3人兄弟だったんだ」と姉2人に言ったら、「ううん。5人だよ」とのこと。

「え~? 他の2人はどこにいるの? なんでここに来たの?」なんて聞けるわけもないので、「そうなんだ…」とだけ言いました。子供たちに家庭や親のことを質問するのは厳禁なので、いつも頭に「はてなマーク」が浮かびます。子供に質問したいけど、聞けないことはたくさんあります。

ある5年生の男の子が「お父さん、パチンコのやりすぎで死んだ」って、ぼそっと。「え~? どういうこと?」とか「お母さんは?」と聞けないので、「そっかぁ」とだけ返しました。

5人兄弟の数の多さに関しては、2012年に子供たちとの間にこんな会話があったので、驚きませんでした。2012年10月の教育通信からの抜粋です。

 

正直に言います。子供たちにいろいろ聞きたかった。どうしてここに来たのか、両親はどこにいるのか。でも、さすがに聞けませんでした。授業中に一つだけ、これくらいなら良いかな、と思い軽く質問しました。「ねぇ、兄弟何人いるの?」 そこにいた子供たちの答えは、6人、6人、5人、6人。内心びっくりしていると、正平君「知らない」。

後で園長先生にそのことを言うと「あの正平君は9人兄弟です。9人全員がいろんな施設に分かれて入っていて、ここにも彼の兄弟が2人います。完全育児放棄の親で、彼を産んだその日に病院から逃げ出して、生活保護をもらうときだけ顔を出していたんです。今では手当てが親に行かなくなったので、まったく顔を出さなくなりました」

 

優塾で、比較的恵まれた子供たちを見てきていますので、その境遇の違いの大きさに驚くばかりです。

今年、1人の中学生の男の子に英語を教えたのですが、教えているとなかなかよくでき、その子はアメリカにも興味津々で私にいろいろと質問してきました。「英語好き?」と聞いたら「うん」と言い、「アメリカ行ってみたい?」にも「うん」と答えてくれました。

この子を夏の間だけでもアメリカに連れていきたいと思いましたが、学校がないときに来てもただ観光になって意味がないし、できたら1年くらいこっちの学校を経験させてあげたいなと思い、でもそのためにはビザが必要だし、だったらその子をうちの養子にすればビザも降りるだろうか、なんて思っていました。養子にすることはできないのか、今度日本に一時帰国した時に調べておきます。

ただ、日本は他の国と比較しても親権(しんけん。親としての権利)が強く、虐待や育児放棄をした親でも、親権停止をさせることがなかなかできず、2014年のデータでは児童虐待が年間10万件ほどもあるのに、親権停止をさせたのは50件ほどしかないそうです。イギリスでは1万2千件、ドイツでは5万件もあるのに。

たとえば、私が上に書いた子を養子にしたいと申し出ても、実親が拒否したら実現はしないのです。血は水より濃いとは言え、なんとかならないのかと思ってしまいます。

一つ自慢させてください。ある小5の女の子が、授業中に私のことを学校に出す作文に書いてくれました。

 

  いざわしんご先生

山口ゆうこ(仮名)

今日は、いざわ先生が来ました。いざわ先生は何か変わっているけど、ねっけつな先生でおもしろい方です。おこるとけっこうこわいけど教え方は上手な方だと私は思いました。それにいつも不思議なマジックをしてくれるのです。でも、だいたいまるわかりな物もなかにはあります。

先生は、自分で「優しくてイケメンな先生」って言っています。さっきも私がこの文を書いているとき、「『イケメンで優しい先生です』って書いて」、って言ってきました。まじめにやらない人には、「帰っていいよ」と言うけど、本当はさみしがりやさんで、いなくなってしまうと正直さみしいとか思ってるんですかね! まぁ、このことはあくまでも私のそうぞうしただけですが、ということでとてもポジティブな方でした。そして、またまた不思議なマジックをしてくれました。

 

涙ちょちょぎれ(死語?)でした。あ、この作文はフェイクではありません。私が自分で書いてたら、それもすごいですね。

来年も施設の子供たちが必要としてくれる限り、行きたいと思います。


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この教育通信に何回も書いてきましたが、私(井沢)は小学生のときから高校まで、歴史が大嫌いでした。高2の三学期期末試験において日本史で6点(100点満点)を取ったとき、先生に「なんで終わったことを習うの。未来を見ようよ、未来を」と歴史の先生に楯突いたことがあります。(なんて嫌なガキ!)

 そんな私でしたが今では歴史が大好きで、司馬遼太郎の本はかなり読んでいますし、吉川英治や山岡壮八も何冊か読んでいます。日本の歴史だけでなく、中国やヨーロッパの歴史も好きになりました。なんで、あんなに嫌いだった歴史がこんなに好きになったのか。思い返してみると、きっかけは学生時代の行きつけの喫茶店で読んだ漫画でした。その喫茶店には漫画が何冊も置いてあり、たまたま暇な時に普段なら絶対に読まないようなマイナーな漫画、「徳川家康」(山岡荘八原作、横山光輝画、全23巻)を読んだのです。ふーん、徳川家康ってこんな人だったんだ。と初めて知り、次にそこで読んだのが同じ作者の「三国志」(全60巻)。読み終わったときは歴史のとりこになっていました。それから原作を読んでみたくなり、「三国志」から始まって、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、武田信玄などの戦国時代の英雄もの、そして「項羽と劉邦」、「竜馬がゆく」、「坂の上の雲」、「十八史略」など様々な本を読んでいきました。

「寺田屋事件」、「三国干渉」などの教科書で習った言葉が出てくるたびに、「そういうことだったのか! なんで、学校じゃぁこういうふうにおもしろく教えてくれないんだよ」と恨めしく思いました。いえ、もしかしたら先生は話されていたかもしれませんが、歴史が嫌いな私が聞いてなかっただけですね。それにしても、大学生になって歴史を教科としてまったく習わなくなってからが好きになるとは・・・。なんでもっと早くあの漫画を読んでおかなかったんだろう。あ~、悔やまれる。もうちょっと早く、せめて高校1年生くらいでこれらの本を読んでいれば、あのテストで6点なんか取らずに済んだかもしれないのに。

子供にはそんなふうにはなってもらいたくない。できれば中学生くらいのうちから歴史を好きになってもらいたい。そこで、歴史に興味がない子に歴史を好きになってもらうためにも、いくつかお勧めの歴史の漫画をご紹介します。

 

学習漫画「日本の歴史」「世界の歴史」

集英社や小学館から出ている20冊くらいのシリーズです。学習漫画ですので普通の漫画ほど細かい面白いエピソードまでは描いていませんが、それでも教科書よりははるかに興味が持てるように描かれています。例えば、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が曾我(そが)氏を倒したところなど、教科書では2人の出会いなどは一切書かれておらず、「中大兄皇子は中臣鎌足らとともに曾我氏を倒した」とたったの1行で終わっていますが、この漫画では、2人の出会ったあの蹴鞠のシーンから曽我氏を倒すところまでを20ページにわたって描かれています。歴史ってやっぱりこうでないと。起こった事実だけではなく、なぜその事件が起きたのか、その事件にまつわるエピソード、その事件がどんな影響を及ぼしたのか、などを書いてほしいものです。書いてないと無味乾燥で終わってしまいますよね。

残念ながらこのシリーズには「アメリカの歴史」はありません。「世界の歴史」の中にちょっとだけ出てきます。現地校で世界史やアメリカ史を習う子は、学校で習う前に読んでおいた方が良いでしょう。

 

「徳川家康」 横山光輝

上にも書いたように、私が歴史を好きになるきっかけとなった本です。徳川家康の偉大さがよく分かります。また他の戦国大名や武士や庶民の生活など戦国時代のことがよく分かります。家康は長男を信長によって切腹させられているんですね。この本で初めて知りました。横山光輝の歴史漫画は他にも「織田信長」、「豊臣秀吉」、「武田信玄」などもありますが、この本に信長も秀吉も出てくるので、とりあえずはこの家康を読みましょう。さらに歴史に興味が沸いたら、同じ作者の中国の歴史の「項羽と劉邦」や「三国志」も面白いです。いずれも小学高学年以上向け。

 

「風雲児たち」 みなもと太郎

幕末の風雲児たち坂本竜馬、西郷隆盛、吉田松陰、高杉晋作などの活躍を描こうとし、それら風雲児たちがなぜ土佐・薩摩・長州の三国からばかり出てきたのか、その原因となった関ケ原の合戦の場面から漫画は始まります。関ヶ原が終わった後は幕末に行く予定だったようですが、描いているうちにそのまま江戸時代に突入し、平賀源内、杉田玄白、伊能忠敬、高野長英、果ては遠山の金さん(実在したんですね)などの江戸時代の英雄が様々なエピソードと共に描かれています。江戸時代なんか、これと言った動きもなく退屈な時代かと思ったら、そんなことはまったくなく、教科書には出てこないような英雄がキラ星のごとくこの本には出てきます。

結局このシリーズは幕末には行かず20巻で完結し、幕末に関しては「幕末編」として新たにスタートし今も連載中、現在30巻まで出ています。この漫画は本当におもしろく勉強にもなります。子供を歴史好きにするにはこれ以上の本は無いのではないか、学校で副教材として採用すべきだ、とすら思います。大人も十分に楽しめます。騙されたと思って、とりあえず1巻を買われてみてはいかがでしょう。これも小学高学年以上向け。プレイノ校には置いてあります。

 

「はだしのゲン」 中沢啓治

原爆投下前後の広島を舞台に、明るく元気に生きる少年の話。戦争、原爆の悲惨さを教えてくれます。戦争中に生まれなくて本当に良かったと痛感し、今の平和の時代に感謝します。

ただ後半で、戦争に反対するためには殺人をも肯定する発言まで出てきて、イデオロギー色が濃くなるので、お勧めは4巻までです。

 

「戦争論」 小林よしのり

戦争はおもしろいと、言いきってしまうところがすごいです。「とにかく日本は悪かった」という歴史教育を受けてきた私達には、その当時の日本の追い詰められた状況、日本に戦争をさせようといろいろ画策していたアメリカのことなどが描かれており、いろいろ考えさせられます。昔の日本のおじいちゃんたちに感謝する気持ちになるでしょう。中学生以上向け。

 

ベルサイユのばら 池田理代子

ナウい世代には懐かしい、ご存知「ベルばら」。勉強になるのは2点あります。一つは革命前後のフランス社会、そしてもう一つは敬語。貴族社会が描かれているので、敬語がたくさん出てきます。日ごろ敬語に接する機会のないアメリカに住んでいる子供たちには、良いテキストになると思います。

 

面白い歴史漫画は他にもまだまだありますが、上に挙げた歴史漫画は史実にも忠実で(ベルばら以外)、面白いだけでなく勉強にもなります。ぜひとも子供に買ってみてください。子供がそれで歴史が好きになってくれるんだったら、1000ドルだって投資する価値はありますよ。