ロサンゼルス「優塾USA」の塾頭のブログ

カリフォルニア州において生徒数1位の学習塾「優塾USA」の塾頭による教育と子育てに関するコラム


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今でこそ、ここで毎月文章を書いていますが、私は子供のころ作文を書くのが大っ嫌いで大の苦手でした。

遠足や運動会などの行事のあとに学校の授業で作文を書かされたときは、自分でも謎ですが必ず最初に「ぼくは、」とまず書いていました。それから次の言葉が出るまで10分くらいかかって、その間に早い女の子なんか2枚目を教卓に取りに行って、「すごいな、あの子」なんてぼーっと思っていて、結局原稿用紙の半分くらいしか書けなかったことを覚えています。

中学のときに女の子から文通を頼まれ、「嫌だなぁ」とか言いながら内心まんざらでもなくて文通始めて、でも1枚書くのが大変で、文房具屋に行ってデザインなんかどうでも良いから、売ってた便箋全部の行を数えて一番少ない便箋を買ってきて、でも1か月くらい経ったとき、いきなり「私の彼氏です」とか言って写真を入れてきやがって、「ふざけんなよ、別にどうとも思ってなかったよ」って思って、でもそれからは書く気がまったくなくなって「忙しくなってきたから」って終わらせて、そんでもって中学のときの読書感想文は、あらすじを書いて最後に感想を一文書くっていう小学生低学年レベルのをオリジナルを1つキープしておいて毎年それを書き写して提出してて、高校入学時の「高校生活の抱負」って作文は字数が稼げるって理由だけで「ですます調」で書いて句点で必ず行を変えて、2枚以上ってのを1枚と1行(一応2枚。しかし1枚目は名前やタイトルで数行稼いでた)で終わらせて、国語の先生に悪い作文の例とかでみんなの前で発表されたくらい、文章を書くのが大嫌いで大の苦手だったんです。ふー。

そんな私が、文章を書くのが好きになったきっかけは、大学時代のある友人との出会いでした。

早稲田高校出身のその彼は、大学を文学部と工学部のどちらにしようか迷ったという変り種で、高校生の時に全国作文コンクールで3位に入賞したことがあるくらい文才があるのです。

彼は高校時代に、夏休みの宿題の読書感想文を、クラスメイト10人分ほどのを一ついくらで代筆していたそうです。その書き方が驚異的で、本のタイトルだけを見て内容を一切読まずに書くのです。ある年にはそうやって書いた彼の作文がクラスの最優秀作品に選ばれたとか。

彼の書く文章を一言で言うと「めちゃくちゃ」。何でもありなんです。いくつか例を挙げます。

あるとき、ワープロを手に入れた彼は、試し打ちでしょうか、自作の詩に自分自身で評まで書いたことがありました。詩の内容は忘れましたが評は覚えています。それはこんな感じでした。

「これは作者がイタリアに留学していた時の作品です。 ―中略― 彼の寂しい心情と雨音の二重奏が聞こえてくるようではありませんか」。

イタリアどころか、パスポートさえ取ったことがないくせに。

ある時は友人のラブレターを代筆していました。その書き出しは

「ガラスはどうして割れるのか知っていますか?」

ラブレターとして成功したかどうかはともかく、最初の文で読んだ人を惹き付けることは確かです。

彼が所属していたフェンシング部は部員が2名しかおらず、あるフェンシングの大会に参加するために、フェンシング未経験の友人に急遽出てもらうことにし、その友人のためにルール一覧表を作っていました。私も見せてもらいましたが、その中のいくつかは今でも覚えています。

  アレ         開始の合図

  アプレアルト これを審判に言われてもあまり気にせず、開始線に戻る。

「あまり気にせず」って、余計気になるんですけど。後で聞いたらサッカーのイエローカードに近いものだとか。気にしなきゃダメだろ。

工学実験で、中心がずれている円盤を高速で回転させるとガタガタ揺れるので、粘土を円盤に付けて重量を調整してスムーズに回転するようにする、というものがありました。そのレポートの書き出しはまさに小説でした。

「『あいたっ!』 そのとき、黒い物体が先生の額めがけて飛んできた」。

つまり、円盤を高速で回転させた時に、貼りつけていた粘土が先生の額に飛んできたということを書いたのです。もちろんそんなことは起きていません。

彼の文章を読んで、文章を書くということがよくわかりました。「文章は起こったこと思ったことだけを正直に書くのでは、つまらない。面白おかしく、読んだ人が楽しくなるようなものを書けば良いんだ」と。

文章の書き方がわかったとは言え、すでに大学生。しかも工学部。文章を書く機会などまったくなく、会社に入ってもレポートを書く機会はあってもさすがに面白おかしく書くわけにはいかず、自分は今後長い文章を書くことなど無いんだろうなと思っていました。でも、まさかこんな形で文章を書くことになろうとは。人生ってわからないものですね。しかしやはり遅きに失した感はあります。せめて高校で知っていれば、国語の成績ももっと良かっただろうに。

子供たちにはそんな思いをしてもらいたくありません。文章を書くのって楽しいです。それを子供たちに伝えたい。

今の学校の作文は、どこかに旅行に行ったときの記録文か読書感想文しか書かせませんし、その指導法も、実際に体験したことや思ったことを書け、というものばかりです。もともと作文が書ける子はそれで良いでしょう。しかし、苦手な子はそれでは何も書けません。そんな子は正直に書く必要などないんです。自分も、そして読んだ人も楽しくなるようなものを書くこと。それが一番大事です。「こんなこと書いたら、先生笑うかな」、「これ書いたら、先生感動するだろうな。泣くかもしれないぞ」。そんなことを考えて書けば、良い作文が書けますし、なによりも作文を書くのが楽しくなりますよ。

以前、ある生徒の補習校の夏休みの作文を書くのを手伝っていた時、行った先の話ではなかなか書けなかったので、「ハワイに行ったことにしちゃえ」。子供は「えーー? 行ったことありません」、「先生もないよ。でもなんとなくわかるでしょ。それで書いちゃおう」。

それからは妄想の世界で、ビーチで高さ5メートルの砂のピラミッドを作って中に入ってミイラごっこをしていたら、砂が崩れて本当にミイラになりそうになったとか、泳いでいたらサメに追いかけられて、なんとかサメより速く泳いで助かったとか、そんなバカなことを書いて、すごく盛り上がりました。良いものが書けたと思いますし、その子が書くことをすごく楽しんでくれたことが一番良かったです。

重要なことなのでもう一度書きます。作文(文章)を書くコツは、本当のことを書く必要はまったくなく(でも、この教育通信は本当のことを書いています。多少盛っていますが…)、書くときに読む人のことを想像しながら、読む人が笑うような、面白いと思ってくれるような、感動してくれるようなものを書くことです。

そしてさらに重要なことですが……、おっと、紙面がありません。この続きは国語のクラスで。

国語のクラスの宣伝みたいだって?

そうなんです、じつは。

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私井沢は、この夏も日本に一時帰国しました。

私事ですが、アメリカ生まれの私の次男が「日本の学校に行きたい」ということで昨年帰国子女受験をし、現在日本の高校に通っています。彼はその学校で英語演劇部に所属しており、女子部員34人のなか男子1人で奮闘しているようです。年数回の発表会の日程が私の帰国時期と合わないのでなかなか舞台を観ることができず、親ばかではありますが、この前の夏に無理を言って練習を見学させてもらいました。そのときに手ぶらじゃ申し訳ないと、部員全員分の小さいハーゲンダッツのアイスクリームを買っていったところすごく喜ばれ、「毎日練習を見に来てほしい」と気遣いからでしょうが嬉しいことを言ってくれました。

次の日に、毎年勉強を教えに行っている神奈川県の児童養護施設『Cの家』に行きました。児童養護施設とは昔で言う孤児院ですが、今では孤児はほとんどおらず虐待、育児放棄、貧困などの理由により親と暮らせない子供たちが生活しているところです。

前の日に比較的恵まれている子たちにアイスクリームを買っていったのだから、施設の子たちに買っていかない理由はないだろうと思い、バニラ、ストロベリー、チョコなどを混ぜて数種類50個を施設の近くのスーパーで買っていきました。ちょうどお昼時だったので、早速職員の方が子供たちに配ったようです。子供たちが食べるところは見なかったのですが、「『ガリガリ君』は食べたことがあっても、ハーゲンダッツは初めての子もいるんじゃないかな。『なに、これ。おいしー!』とか言ってたりして」なんて、子供たちが食べる姿を勝手に想像して楽しんでいました。

数日後に勉強を教えに行ったとき、施設の入り口で職員の方に挨拶した時、そばにいた小3くらいの女の子が私に「ハーゲンのひと?」と聞いてきました。(聞き間違いでなければ、「ハゲのひと?」ではなかったと思います。)

私「そうだよ。おいしかった?」

その子「うん、今度はチョコがいいな」

この子供らしい無遠慮さ! それを聞いてすごく嬉しくなりました。

と言うのも、以前その施設にお菓子をプレゼントした時に、子供たちがたかがお菓子を食べる時まで誰かに感謝しなければいけない、お礼を言わなければいけない、という状況がかわいそうで、「私からのプレゼントだということは言わないでください」と、所長にお願いしたのですがその所長が、「いえ、ダメです。彼らには、誰からもらったか、ということをちゃんと言わないといけないのです」と言われたことがあったからです。

だから、その子が私にお礼を言わなかったことが、逆に嬉しかったのです。

今年は、アイスクリームの他には花火2万円分ほどと、みんなでプールに行く代金3万円ほどを寄付しました。それで子供50人ほどが楽しんでくれるのですから、安いものです。

以前にもこの教育通信で書いたことですが、プールはウォーターパークみたいなものではなく、小さい滑り台が1つ申し訳程度についている、ただの市民プールです。3年前に同じようにプール代を寄付した時は、1人の女子高生が「今までこんな楽しかったことないから、すごく嬉しい」と言っていたと、職員の方にメールをいただきました。そのメールを見て「高校生が市民プールでそんなこと言うなよ」と泣きました。でも「今どきの日本の高校生が本当にあんなプールで満足できるのか」と思い、所長にこう聞いてみました。

「高校生もみんな楽しめるんですか」

「何人かの高校生は、『行かない』と言います」

「ですよね。だったら高校生には『よみうりランド』のプールみたいなところがいいのではないでしょうか」と言うと、所長が「そうですねー…」。

それを聞いて私は、頭の中で「『よみうりランド』の入場券が3000円くらいだとして、高校生は20人いないだろうから、3000×20で6万か。出せないことないな」みたいに計算していたら所長が、

「でも、子供たちが一番喜ぶのは、職員と2人きりで出かけることなんです。場所はつまらないところでいいんです。映画館でもレストランでも、何だったらスタバでも。どこだっていいんです。それが一番思い出に残っていると言ってくれます。大人を独り占めできるということがすごく嬉しいようです」。

がーん。頭を殴られたような感じがしました。

普段どこに行くにも職員数人と子供たち大勢で行動するので、家族的な少人数での行動に憧れているのでしょうか。もしくは家庭の温かさに飢えているのか。施設の子供たちがかわいそうと思うと同時に、なんでも金―それもたいした額じゃないですが―で解決しようとしていた自分が情けなくなりました。でもだからと言って、職員と子供がどこかに行くお金を出すというのも、職員の方に迷惑がかかりそうで、高校生への寄付の話はそれっきりになってしまいました。

授業の方は、私の時間がなくて数回しか見れませんでした。授業は毎年同じ、夏休みの宿題を見てわからないところを教えるという形式です。そしていつものことですが、基礎学力のなさに驚かされます。漢字の書けなさはアメリカにいる子たちと変わらない子がいたり、算数では九九が満足に言えない4年生の子がいたりします。

1人中学生の子は、私に教わりたいということで部活を休んで来てくれて、授業もすごく熱心に受けてくれ、1回の授業ですごく吸収していました。「英語好き?」と聞いたら、「うん」。「あー、この子、テキサスに連れていきた~い」なんて思いましたが、実際は法律や実親の問題があり無理だそうです。

子供たちをめぐる環境は、私がボランティアをするようになったこの6年で多少良くなったようです。大学も学費や生活費が出るところが増えていますし、『子供の主張コンクール』みたいなものがあり、そこで「大学に入ったら何を勉強したい」などとアピールして選ばれると奨学金が受けられる、そんな機会も増えているようです。

必死にアピールしてやっと奨学金か。自分のことを振り返っていました。お金の心配なんてまったくしないで、行く目的もよくわからないまま、みんなが行くから行ってたな、と。

施設でも、以前は中学生以上にしか塾に行く補助金が出ていなかったので、中学生になってから初めて塾に行っていたのです。しかし授業についていけず、また孤独感に苛まれ(そりゃ、そうですよね。その子一人だけ携帯さえ持っていないのですから)、ほとんどの子が半年持たずにやめていたようです。それが今では、小学生にも学習支援金みたいな名目で出るようになったそうで、所長は、小学生から塾に行かせることを検討していました。

それを聞いて、NPO団体か会社を日本に作り、家庭教師を施設に派遣する事業をすることを思いつきました。夏の間に私一人が教えてることに限界を感じ、なんとか夏以外の期間もできないかと考えていたので。そのアイデアをそこの所長に話すと賛成してくれたので、来年の夏前には始めるかもしれません。もちろん儲けるつもりはありませんが、かといって赤字にもならないよう、うまく運営ができればと思っています。

果たしてどうなりますかね。また何かありましたらご報告します。

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今すごく人気がある『うんこ漢字ドリル』というものをご存知でしょうか。私も内容を見ました。すべての例文がうんこがかけてあって面白いと思います。いいアイデアですね。これなら子供が喜んで勉強するでしょう。できれば、『うんこの算数文章題』なんてのも出してほしいです。さらには、『うんこの日本史』、『うんこの化学式』、はては本を読まない子のために『名探偵コナン』をちょっと変えて『名探偵ウンコ』なんて小説出したら間違えて買う子がいるかもしれません。でも算数の文章題で、

「うんこ3個とうんこ2個を合わせたら、うんこいくつになるでしょう」

なんて文章題があっても、答えがいくつになるかわからないですね。「うんこの柔らかさによって違う」なんてのが正解かもしれません。

この『うんこ漢字ドリル』ですが、問題点があります。子供が喜んで勉強するであろう期間がそれほど長くない、おそらく1カ月もないだろうというところです。漢字の勉強は数年以上にわたるので、喜んで勉強する期間が1カ月ではあまり役には立ちません。逆に、数年間うんこという言葉で喜んで勉強したら、それはそれで怖いですが。長く使えないのですから勉強の教材としてはあまり良いとは言えませんが、商品としてはブームになるくらいベストセラーになったのですから大成功ですね。

教育にはこのようにブームになっては消えて、という現象がはるか昔から繰り返されています。今ブームになっているのは、この『うんこ漢字ドリル』と、将棋の藤井聡太プロの影響でスイスのある知育玩具とモンテッソーリ教育でしょう。知育玩具で知能が伸びるかどうかはまったく不明ですが、モンテッソーリの教育はなんとなく効果があるような感じですね。ただ、効果が統計的に実証されているわけではなさそうです。

ちょっと前にはインド式がすごいブームになりました。インド式勉強法の本や教材が飛ぶように売れ、インターナショナル・スクールに入る子供が急増し、九九も20×20まで覚えさせようとした人もいたとか。たしかにインド人には理数系ができる人が多いです。実際、優塾があるテキサスのプレイノ市にもインド人がめちゃくちゃ多い地区があり、インド人の子供が多い学校は理数系のレベルが高くなっているとのことです。それを見るとインド式の勉強法も優れた点があるのかもしれず、日本でブームになったのもわかる気がします。しかしそのインド式勉強法、今ではまったく聞かなくなってしまいました。

そのさらに前にはフィンランド、秋田県の教育なども一世を風靡しました。フィンランドは国際学力比較調査で一位になり、秋田県は全国学力テストで一位になったとかで、フィンランドや秋田県の勉強法が注目を集めました。しかし、今は誰も言いません。どこに行っちゃったんでしょう。

脳トレなんてゲームも大流行しましたね。簡単な計算や漢字などを練習するのにすごくよさそうですが、実はあれでトレーニングしたところで、脳力のアップにはなんの効果もありません。あの手のゲームがうまくなるだけです。

ご存じない方も多いと思いますが、今から30年ほど前にはオムツをしないで赤ちゃんを育てるインド式なるものも流行りました。オムツをしないことによって子供にあえて不快感を味合わせて、知能を高め、トイレトレーニングを早める育児法ですが、このブームもあっという間に終わってしまいました。

この教育、もしくは子育てがブームになる現象、特に日本ではこれが顕著なような気がします。いや、日本にしかないのかも。流行のものに飛びつく、日本人の特徴がよく出ていますね。

健康法、健康食品に関してもそうです。

ヨーグルトがいいとテレビで特集されれば放送の次の日にヨーグルトが売り切れ、豚肉が健康にいいと言われれば豚肉が売り切れる。ちょっとブームとかメディアに左右されすぎじゃないですかね。

偉そうに言っていますが、私自身、今なにかと話題のアルカリイオン水にどっぷりはまったことがあります。3年ほど前に「これで健康間違いなし!」なんて3000ドルもするアルカリイオン水の機械を買いました。3年間毎日飲んでいましたが、正直健康に関しては効果があったかどうかはわかりません。味は多少違うかもという感じですが、3000ドルの価値はなかったと思います。

はるか昔、DHAが頭にいいとNHKでやっていたので、妊婦だった妻に毎日飲ませましたが、19年後にDHAは頭脳には効果がないと証明されてしまいました。

教育も健康も一朝一夕には成り立たないものです。長期間、それこそ何年にも及ぶ地道な努力の積み重ねで成り立つものです。何が良いと聞けばそれを採り入れて、次に何が効果があるときけばそれを使う。そんな風にあっちに行ったりこっちに行ったりして、効果がありさらにそれを維持しているという例を、私は見たことがありません。

優塾に入ってくる子で、テキストをたくさん持っている子がたまにいます。お父さんがいいと思ったものをどんどん買ってくるのです。そういう子に限ってどれ1つとしてやり終えておらず、どれも中途半端で終わっています。そして問題は、学力がそこそこで終わっていることです。素晴らしいテキスト5冊を半分するよりも、まあまあのレベルのテキストを1冊最初から最後までやった方がはるかにいいのです。なんだったら同じテキストを2回も3回もするともっと効果があります。

勉強法に関しても同じことが言えます。メディアでいいと言われた方法、流行っている方法をいろいろ試すのではなく、地道にこつこつ昔自分が親にやらされたことを子供にさせればいいのです。違う言い方をすれば、ブームになっている教育法、子育て法は一切見なくてもいいです。ちょっとやっただけでは、何の役にも立ちませんから。ヨーグルトがいいと聞いて数日ヨーグルトを食べたところで、健康にはまったく影響しないのと同じです。

勉強法で、人がブームに流される理由はわかります。そういうものは得てして楽な道なのです。だから、毎日漢字を200字書くとか、毎日10時間勉強するという確実に力がつくだろうけど、努力が必要な勉強法はブームにならないのです。これに関してはダイエットと似ています。一昔前ならやせる石鹸やクッキーダイエット、去年はタイガーナッツやバターコーヒー、乳酸キャベツなどが流行りました。どれもこれも努力しないで痩せられる(のかな)というものばかりです。(来年あたり、『うんこダイエット』なるものが流行ったりして。)

流行りものに流されず、ブームに振り回されずに、自分に合った方法で、努力が伴うけど地味な方法を毎日こつこつすることが、勉強には(ダイエットにも!)もっとも大切なのです。

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カリフォルニアの優塾の皆様、お久しぶりです。

私井沢は、30年ほど住んでいたカリフォルニアから、この3月にテキサスはプレイノ市に引っ越してきました。住んでまだ3カ月も経っていないので、そこまで詳しくわかっているわけではありませんが、カリフォルニアとの違いを書いてみたいと思います。

ここプレイノには、いろいろな人種が住んでいます。なかでも多いのはインド人で、場所によってはほぼ100%インド人という区域もあるそうです。日本人は少数民族で、最近できたミツワに行ったら日本人のお客さんは1割程しかいませんでした。ジムによく行っているんですが、聞こえてくる言葉が何語かさっぱりわからないものが多いです。白人が英語以外の、欧米のでもない言語で会話しているのを聞くのは妙に新鮮です。「何語しゃべってるの?」と聞いたら、東ヨーロッパのある国を言っていました。LAで聞こえてくるのは、英語以外はほぼスペイン語と日中韓国語だけですからね。

天気は日本に近い、でしょうか。雨もよく降ります。風は毎日のように強いです。この前、夜の10時にサイレンが大きい音で鳴り、何事かと思っていると、20分後くらいにヒョウが降ってきました。日本やLAでたまに降るようなかわいいものではなく、大きさはゴルフボールくらいで、ものすごい音がしていました。後から聞いたところでは、知り合いの車はフロントガラスが割れたそうで、車のディーラーでは何台もの車が凹んだりしたそうです。今回はまだましな方で、大きい時は、野球ボールくらいになるそうで、そんなときは学校も休みになります。

湿度のないLAでは日が沈むと途端に寒くなりますが、こちらでは夜でも暑いことが多く、夜の12時にエアコンをつけることもあります。まだ経験していませんが夏はとてつもなく暑くなるそうで、エアコンは夏の間はつけっぱなし、スーパーで買ったお肉が家までの15分の間に腐った、なんて話をこの前聞きました。でもインドから来た人に聞いたら、「インドの方が暑い」と言っていました。だから本当はたいしたことはないんじゃないの? こっちは日本の夏で鍛えられてるんだよ。楽しみです。

人はすごく親切です。エアポートで係員が「ネクスト・プリ~ズ」と言っているのを聞いた時は、「え? プリーズって言ったよね。こういう係員て、ふつう不愛想なのに」なんて思いましたが、その係員だけでなく、街のいろいろなところでロスよりも親切にされることが多く、感動することが非常に多いです。バスの運転手に道を聞いたらわざわざ降りてきて説明してくれたり、店で聞いた時は店から出てきて道を教えてくれたりしました。マクドナルドで若い女性店員に笑顔で接客されたときは、「あれ? 知ってる人だっけ」なんて思っちゃいました。

ドアを譲り合うこともしばしば。この前、同じ年くらいのおじさんとほぼ同時にドアに来たので、お先にどうぞと譲ったら、相手がドアを開けてくれて手で「どうぞ」みたいにされました。女性にならともかく、オヤジがオヤジにドアを開けて譲るというのも、なかなかないと思います。

こんなにみんな笑顔で親切なんだったら、殺人事件なんかも起きないんじゃないか、みたいなことまで想像してしまいました。それくらいみんなフレンドリーです。

なのに! 車の運転は、みなさんめちゃくちゃ乱暴です。俗にいう、「ハンドル握ると人が変わる」というやつです。優塾のあるプレストン・ロードは街のメインの通りでもあり、一般道なのに制限速度が55マイルでその速度に達するのが難しいくらいですが、そこをみんなびゅんぶん飛ばしています。LAでは30年経験したことがなかった、後ろにぴったりつけられる、という嫌がらせをこちらではしばしば受けています。先日、後ろにつけられたときにルームミラーを見ると老夫婦が乗っていて、思わず苦笑いしてしまいました。信号が青になって1秒以内に行かないと、すぐにクラクションを鳴らされます。普段は親切なのに、車の運転になると乱暴になるという意味では、日本に近いのかな、と思います。

LAでは車がないと何もできませんが、こちらはそれ以上です。歩道を歩いている人を見ることは、まったくと言っていいほどありません。自転車はサイクリスト以外、移動で使っている人を見たことはありません。駐車場はLAよりも広いのに、なぜか後ろから駐車する人が5%ほどいます。それも日本に近いのかも。まあ、日本ではほぼ100%ですが。

その車に関して、こちらのDMVにテキサスの免許を取りに行ったところ、「先に車のテキサスナンバーをゲットしてからじゃないとダメだ」と言われました。「え? ふつう逆じゃないの? 車のない人はどうするの?」と聞いたら、「I don't know. Nobody Knows.」と言われました。不思議です。

テキサスは白人が優位でアジア人は差別されるかも、みたいに思っていたのですが、そんなことはまったくありません。レストランやスターバックス(ちなみに、それ以外のコーヒー屋「シアトルズ・カフェ」や「コーヒービーン」などはまったくありません)などで、白人、黒人、アジア人などの人種の混じったグループをよく見かけます。LAでは、私の記憶違いかしれませんが、結構同じ人種同士でグループになっていたように思うので、こちらの方が人種間の垣根が低いような気がします。白人の夫婦っぽいのが、黒人の子供を連れて食事をしているところをたまに見ます。「アダプト(養子縁組)したのかなぁ」なんて思いますが、聞けません。

日本人が経営していない日本食レストランが多いです。去年の3月に下見に来た時、「(日本の地名) Sushi」というレストランに情報収集に入ったら、寿司シェフ同士がいきなり韓国語で話していて、ウェイトレスにも韓国語。「あちゃーー」と思いましたが、なんか情報聞けるだろう、と「日本人の客は多いの?」と聞いたら、「さあ、先月LAから来たばかりだからわからない」って。「まじかよー」って思いながら出てきた寿司を食べたら「うまいじゃん!」。でも、「寿司食いに来たんじゃない」と四カンだけ食べて「チェック・プリーズ」。次の店に入ったら、寿司シェフがアジア人ですらなく、結局その日の情報収集は諦めました。

この前、鉄板焼き肉の店「(日本の地名) Teppan」(こんな感じで日本の地名が名前になっている店がよくあります)に入ったら、ドレッシングから肉の味付けにいたるまですべてが甘く、肉も赤身で脂肪分がなく、さらにミディアムレアを頼んだのにウェルダンで出てきて、甘くて硬いゴムを食べているようでした。同じ席にいたテキサン(テキサス人)は「ベリーグッド!」と言っていたので、テキサンにはこれがいいようです。

日本人の経営するおいしい日本食レストランもありますし、毎月どんどん増えています。ミツワのフードコートは毎日すごく賑わっていて、各店の前には行列ができています。でも、並んでいるのは日本人以外の方ばかりで、日本食がアメリ人に定着したのだと実感します。

 

学校区は総じて良いです。日本人が多く住んでいるというプレイノとその北のフリスコ、コペルやその他の市もガラの悪い地区でない限りは、どこの学校でも悪くないと思います。プレイノのいくつかの学校はインド人が非常に多く、理数系教科のレベルが相当高いそうです。そのため、学校でかなり苦労されているご家庭の方がいらっしゃいました。

これはトーランスで3月の講演会でも言ったのですが、あまり勉強が得意でない子はそういうレートの高い学校は避けたほうがいいと思います。特に日本に帰る子でしたら入試で学校の成績は見られても学校のレベルまでは見られないので、レベルが中くらいの学校に通い良い成績を取ることを目指した方ががいいでしょう。これはLAでも言えることです。

ちなみに、プレイノ市の高校は9、10年生と11、12年生で校舎が別になります。11、12年生のための高校をシニア・ハイ・スクールと言います。

ESLは、カリフォルニアに比べると恵まれていません。日本から来たばかりの子はかなり苦労しています。そういう意味では、移民に対してあまり親切でない州のような感じがします。さすが、リパブリカンの州ですね。

テキサスはもともと独立国家だったので、テキサスに誇りを持っている人が多いです。星条旗とテキサス州の旗はいつもセットで掲げられています。州の旗もカリフォルニア州旗のような可愛らしいものでなく、星条旗をシンプルにしたどこかの国旗と言ってもおかしくないものです。

学校ではテキサスの歴史をしっかりやるようですので、こちらに来る方は勉強しておいた方がいいかもしれません。

 

優塾プレイノ校はまだ始まったばかりです。4月下旬に行った説明会には40人ほどの方がいらっしゃって、子供の教育に熱心なのはLAの方たちと同じです。何人かの元塾生にも会え、すでに生徒として通ってくれています。

とりあえずそんな感じです。またいつか、ご報告しますね。お元気で。

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以前、優塾で就業規則を作るために弁護士のところを訪ね、カリフォルニア州の労働法を聞いたことがあります。そこで、カリフォルニア州の従業員をプロテクトするための法律が非常に細かく規定されていることに驚きました。

たとえば、何時間働いたら何分休憩がないといけない、さらに何時間働いたら食事の時間がなければいけない、従業員全員分の座るところがないといけない、シックリーブ(病欠)の規定を入れなけばいけない…などなど、会社ががんじがらめに縛られてるという感じがしました。

なんか「会社と社員は敵対するもの」という前提に立って法律が決められている感じがし、さらに「これじゃあ会社は社員をできるだけ雇わない方向に行くのではないか」と思いました。

こういうことを見聞きすると私はいつも、20年以上前に読んだ雑誌の記事を思い出します。それは、あるアメリカの有名な会社の社長が記者にインタビューされている記事で、数字は正確には覚えていませんが、こんな感じでした。

記者「3年前は売上10億ドルで去年が15億ドル。なのに社員は5年前に比べて20%も減っていますね。なんで売り上げが上がっているのに社員が減っているんですか」

社長「それこそまさに、私たちがうまくやっている証拠じゃないですか!」

結局、この社長にとっては社員に使うお金は余計な経費でしかなく、できるだけ金のかかるものを排除し、利益を出せば株主が喜ぶし自分の給与が大きく増える。そういう考えなので、儲かっているからどんどん人を雇おう、とはならないのでしょうね。でも確かに、上に紹介したような法律で経営が縛られていると、いかに人を雇わないようにするか、と経営者が考えるのは、自然なことだと思うのです。

余談ですが、ある日本の大手の自動車会社がアメリカの格付け会社に、「人員を削減しない」との理由で評価を下げられたことがありますが、社長は「それで評価を下げられても全然かまわない」と言っていました。素晴らしいことですね。

10年ほど前からスーパーでは無人のレジができていますが、これもきっと無人にして人件費を削った方が多少万引きされたとしてもその方がコストが安く済む、という考えから生まれたものでしょう。ですから私は、日本のある政党が訴えている最低時給1,500円という政策には反対です。会社は絶対に雇う人を減らす方向に行くでしょうから。

これからますますAI(人工知能)が発達して人間の仕事を取っていこうという時代になったとき、単純作業の仕事は真っ先に代えられるでしょう。今はレジで人がやっているような仕事も、ロボットがすべての買い物を一度にスキャンし、紙袋に完璧な順番で入れてくれるようになるのでしょうね。シェフも一人プロがいてほかの野菜を切るとか片づけるとかはすべてロボットになるんでしょうね。塾の先生もロボットになり、生徒に「シュクダイヤッテコナキャダメデス」なんて言うんでしょうか。って、言い方が昭和のロボットか。

これからの時代、会社は人をできるだけ雇わない方向に進み、単純作業のみならず、普通の仕事までもロボットがとって代わり、人のできる仕事はどんどん減っていくと思います。でも、その仕事を減らしている人も人間なんですよね。上に挙げた無人レジなんかも、どこかの会社が企画製作し、人を雇う経費よりも無人レジ機の設置およびメインテナンス費、万引きされる損失を徹底的に計算して、無人レジの方がスーパーに利益をもたらす、なんて計算した会社・人がいるんでしょうね。そしてその会社は莫大な利益を上げ、その人は高給を得ているのでしょう。

仕事を減らされる人がいれば、人の仕事を減らして裕福に暮らしている人もいる。なんか寂しいですが、現実はそうなのだから仕方がないですね。

こういうことを考える度に、やっぱり頭を使う仕事じゃないとダメだな、そして勉強って大事だよなぁと思うんです。机に向かって、字を書く、本を読む、調べる、期日までに宿題を出す、レポートにまとめる、プレゼンする。どれもこれも実際の仕事で重要なことばかりですし、それに頭を使うこと自体の訓練になっているのです。重要でない仕事、誰でもすぐにできる仕事、頭を使わない仕事は、近い将来無くなるか、ロボットに代えられるのですから、今から頭を使う訓練をすることは非常に重要なのです。

優塾の生徒のお母さんにIRS(国税局)で働いていらっしゃる方がいらして、その方に聞いた面白い話に「20%,50%の法則」があります。その法則は、どんな仕事または商売でも、それがハンディマン、お花屋さん、弁護士、車の修理屋、スィーツのお店、ドクター、美容師、塾、レストランなどなど、どんな仕事・商売であろうが、上位20%は財政的にある程度余裕があるが、半分以下、50%以下は財政的に厳しい。というものでした。

これは、アメリカ政府が発表している数字だそうです。たしかに、料理の質で上位のレストランなら経営は安定するでしょうが、半分より下だと経営が厳しそうな感じです。塾もロサンゼルスはそれほど多くないのでわかりにくいですが、日本ではそこそこくらいの塾はどんどん潰れているみたいです。実際の数字はわかりませんが、当たっている気がします。

この法則は今までは、自分でビジネスをやった場合だけであり、会社の中ではある程度仕事のできない人もそれなりに給与はもらっていて関係ありませんでした。しかし、今後は、会社員だからと言ってもうかうかしていられません。将来は、会社も余分な人を雇わない方向に進み、単純な仕事はロボットに変え、会社の中でも50%以下の人は削られていくのではないでしょうか。ですから、やっぱり頭を使って工夫してある程度上に立つか、自分にしかできない何かを見つける必要があると思います。そうすれば、仕事を辞めさせられることもないでしょうし、自分から会社を変えることもできるようになるでしょう。

私の大学時代の友人は外資系の会社の社長を務めていて、2000万円を超す年収を得ていたのですが、去年の夏、本社の方から突然クビにされました。おそらく、日本の市場も開拓できたし金食い虫は要らない、と首になったんでしょう。「大丈夫?」という私に「あ~、なんとかなるよ。2カ月くらい遊ぶわ」とまったく気にしてない様子で、こっちは心配していたのですが、2か月後にいくつかのオファーの中から前の職場よりもいい待遇のところを選び、社長に就いていました。そういう高給サラリーマンのマーケットもあるんだな、と妙に感心しました。その彼も学生時代から本当に勉強家で、いろいろなことを知っていて、仲間内では「わからないことは彼に聞け」と言っていました。今ならきっと「歩くグーグル」なんてあだ名がついたかもしれません。

上に紹介したIRSの方がおっしゃっていたのですが、大金持ちの人たちは監査に入っているIRSの職員よりも税金を払っていないケースが多いそうです。合法的に。きっと庶民の知らない法の抜け道があるのでしょう。

その方はこうおっしゃっていました。「お金持ちって本当に勉強してるんですよ~」。

勉強の重要性、わかりました?

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先々月、日本のある中学校で「ヤバい」という言葉の使用禁止令が出されたそうです。理由は、以前はネガティブな意味で使われていた「ヤバい」が、「カッコいい、すごい」などのポジティブな意味でも使われるようになって、この言葉を多用すると会話が稚拙になるからとのこと。なるほど、若者の言葉の乱れを正す意味でも素晴らしいことですね。

どちらの意味にも使える言葉に「大丈夫です」もあります。先日、優塾の若い先生に「先生、今日終わったら食事に行きますが、どうです?」と聞いたら、「大丈夫です」。どっち?

まあ、オヤジが若者の言葉が乱れていると感じるのは、いつの時代も変わらないのですが、最近若者ではなく年長者やインテリ層までもが使っているおかしな日本語があります。そのおかしな日本語を、先の国会で何人もの国会議員が連発していました。実際に使われていた言葉を挙げると、

おっしゃられた、ご覧になられた、お聞きになられた、おうかがいさせていただきます、などなど。何がおかしいか、お分かりになられますよね。って、これも間違いですが、そう二重敬語です。

「おっしゃられた」は正しくは「おっしゃった」、もしくは「話された(言われた)」です。国民の代表でありきっと学歴も素晴らしいであろう国会議員が、間違った日本語をテレビ中継されている国会で堂々と使うのを見て、日本語ヤバいなぁと思いました。いや、日本がヤバいのか。

20年以上前にこの教育通信で、こんなことを書いたことがあります。

「話している最中にところどころ語尾を上げる話し方を、最近よく耳にします。相手に相槌を促しているのでしょうが、聞いていて、普通に話しているのか、質問なのかわかりにくいことがあります」。

その当時、この話し方は子供ではなく大人の女性がよく使っていました。それがいつの間にか子供にも伝染し、授業中に軽く「この前の休みどこか行った?」と聞いたら「映画?」みたいに語尾を上げて答えられることが少なくありません。そんなときは「いや、知らないよ。先生に聞かれても」とあえて言っています。この語尾を上げる話し方は今ではすっかり市民権を得て、テレビでコメンテーターなども使っていますので、二重敬語もそのうち、より丁寧な言い方、のように普通に使われるようになるんでしょうかね。

そう言えば中学の時の国語の教科書に、「ピッチャー、第1球目投げました」の言い方は間違い。「第1球」または「1球目」が正しい。みたいに書いてあったと記憶していますが、この「第○○目」という言い方は、「第2回目」などのように、本で見かけたりアナウンサーも使ったりしているので、本当に教科書にそう書いてあったのか、自分の記憶違いかわからなくなってしまいました。英語では「ナンバー・ファースト」と言ってるようでおかしいと思うのですが。

普通に使われる間違った日本語は、他にもいろいろあります。先月の教育通信にも書いたレストランで店員がよく使う「以上でよろしかったでしょうか」もそうですが、注文したものを持ってきたときに言う「こちらがご注文のハンバーグになります」の「…なります」も違和感があり、「です」だろって思っちゃいます。「鶏肉を料理した結果、焼き鳥になりました」だったらまだわからないでもないですが。コンビニでお札を出したときに言われる、「1000円からお預かりします」の「から」も気になっているのは、私だけでしょうか。

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今年の冬、日本に行ってきました。いつものことですが、日本の接客態度の良さには感心させられます。チップもないのに笑顔で丁寧に接客してくれるウェイター・ウェイトレスには頭が下がります。

スーパーで、レジが2つ会計中で私がその次に並んだら、店員が3つめのレジまでダッシュで走ってきて(小走りではなく)、「お客様、こちらのレジにどうぞ」、「え? いや、次だから待ちますよ」って思ったけど、そんなこと言わせるか! みたいな空気がありました。どんなに客が並んでいてもドンケアのアメリカとはえらい違いだなぁ、と思いました。

デパートなどのショップの店員はお客さんがいるわけでもないのに、みんな口角を上げてにこやかな表情を浮かべていて、常に笑顔でいるそのプロ意識と言うか、それを勤務時間中ずっと実行しているその集中力、持続力はすごいな、よく疲れないなと思いました。

それなのに、と言うかその反動からか、街を歩いている人たちは、みんなムスッとしていて口角が下がっています。老若男女、みんなそんな感じです。若い女性がムスッとしているのを電車で見ると、「この人もお店では笑顔を絶やさないようにしているのかなぁ」、なんて想像してしまいました。普段と仕事をしている時での表情があまりにも違うのもどうなんでしょう。アメリカじゃ逆ですよね。接客中にムスッとしている人は多いですが、街中ではムスッとした表情の人はあまり見ません。いや、どちらかと言うと普段の方がフレンドリーかもしれません。もともとの国民性はフレンドリーなのに、仕事中は面倒だと思っているからかムスッとした表情になる。うーん、これも問題ありか。どっちが良いんだろう。

 

その素晴らしい日本のサービスですが、ここ数年、その丁寧さが過剰になっていると思うのです。

モスバーガーで、注文したものをウェイターが持ってきてくれたのですが、私が座っているテーブルの一歩手前で立ち止まるので、「何事か」と思って見ると、両足をそろえてお辞儀をしながら「お待たせいたしました。ご注文のテリヤキバーガーでございます」って、ファーストフードなんだけど…。

あるレストランで、「タバスコください」、「はい」とウェイターが3メートル先まで小走りに取りに行って3秒後、「お待たせいたしました。タバスコでございます」。それを聞いてる時間で1秒待ったよ。

あるホテルでエレベーターに乗ったら、スピーカーから録音した声で「3階でございます」。「『です』で良いだろ」って、突っ込んじゃいました。そのうち「大変お待たせいたしました、3階に着きましてございます」ってなるのかも。

1万円のお釣りを、店員が千円札を自分の手元、私の見えるところで数えた後に、おもむろにその千円札を私の前まで持ってきて「まずは千円札からお返しいたします。1,2,3…」と数えだしたので、「さっきそこで数えてたじゃない。見てましたよ」って言ってしまいました。

もう一つ思うことが、日本のサービスがマニュアル通りにこなしているだけだな、ということです。

レストランでは、淡々と能面のような表情でマニュアル通りの言葉を言う店員がいます。ウェイターの「以上でご注文の品よろしかったでしょうか」の言い方が気になり、「いいですけど、なんで過去形で聞くんですか?」と聞いたら、「そう教わったので」。結局マニュアルかよ。

600円の買い物をクレジット・カードで払ったら、「ご一括でよろしいですか」。ついいたずら心で「60回でお願いします」って言った時に「え?」。

デパートでエレベーターに乗って客が私1人になった時、エレベーターガールが、「本日は○○にお越しくださり、誠にありがとうございます。○階、催し物会場では…」とマニュアルに書いてあったであろう言葉を無表情で淡々としゃべっているので、「大変そうですねぇ」と言ったら、破顔一笑「そんなことありません」って初めて感情の入った顔が見れたときは、楽しかったなぁ。

そして、デパートなどでの「いらっしゃいませ」。女性の声でちょっと高めで優しく「いらっしゃいませ~」。どの駅のどんな店でも、録音した声を流してるんじゃないか、と思うくらいに店員の声がまったく同じなんです。

ブックオフではマニュアルにそうあるからでしょうが、本の整理などをしながら店員が、お客の方を見るわけでもなく「いらっしゃいませ~~」、「ありがとございやした~~」、と数秒ごとに言います。その「いらっしゃいませ~~」をいい加減に言うので、初めてブックオフに入ったとき「い(ざわ)、せんせ~~」と聞こえて、「え? 優塾の生徒がいるの?」ときょろきょろしてしまいました。そしたらあっちこっちで、「い(ざわ)、せんせ~~」。分かった時は、苦笑いしてしまいました。

 

アメリカにいるときはアメリカの店員の態度に疑問だらけだったのに、日本で接客を受けていたらそのアメリカのサービスが妙に恋しくなりました。横柄で、ダラダラしてて、でも笑顔がとびっきりだったり、洋服や時計を褒めてくれたり、買った物を「これいいよね」なんて言ってくれたり、「Have a nice day」などの言葉が自然とでてきたり…。

 

元優塾生に会い、日本のサービスの話になった時にその元生徒が「サービスしてる人は人間じゃない」と言いました。きつっ! でもなるほど。マニュアルに書いてあるから、上司に言われたから、そうする。とにかく丁寧にしておけば怒られることはないし、工夫をしなくていいし、何も考える必要はない、まさにロボット。しかも現在のAIなんていう高等なものではなく、決まった動作、フレーズを繰り返すだけで、マニュアルにないことはできない。だから私が「60回払いで」と言った時に、「え?」となってしまったんでしょう。

大げさかもしれませんが、このマニュアル通りにサービスする、上司に言われたようにサービスすることは、自分で考える癖、工夫しようとする習慣、変化に対応する適応力を削いでいるようにしか思えないのです。それをさせている上司にしても、会社の指示通りにバイトを指導しているだけ。そこにはなんの工夫もなく、とことん丁寧にサービスさせておけば、自分の責任は免れる。みたいな、安易な考えになっていないか。

それがサービス業だけでなく、日本のすべての産業でそうなっているような気がするのです。

以前は日本では、シャープペンシル、留守番電話、クォーツ腕時計、ホームビデオ、ウォークマン、ファミコン、ウォシュレットなどの画期的な製品を造っていたのに、最近ではスマホ、ドローン、ロボット掃除機、コードレス掃除機、羽根のない扇風機などの画期的な製品はみんな外国発です。

画期的なものを作れていないのは、より丁寧なサービスを心掛けるサービス業の発想が製造業でもおきているのではないか。だからサービス業にある「より良いサービスを」みたいな安易な発想になっていて、スマホを最初に造れず、すでにあるスマホのより高画質・高音質なもの、どうでもいい機能をたくさんつけたものなどしか作れないのではないか、と思ってしまうのです。

 

私の大学時代の友人が大手家電に勤めており、会った時にその話をしました。

「より高機能、高画質もいいけどさ、もっとこう、世に出ていないような画期的な製品はできないの? たとえば、洗濯後に洋服を干すドローンとか、乾燥後に洋服をたたむ乾燥機とか、百科事典・計算機要らずの頭に差し込むUSBとか、トンカツでも餃子でも食材を放り込めば勝手に料理してくれる鍋とかさ」と言ったら笑っていました。

上司の指示通りに、マニュアル通りに動くことは楽です。自分の脳で考えず言われた通りに動けばいいんですから。でも、AIがどんどん進化していく中で、そんな仕事はそれこそ20年後にはロボットに代わられるでしょう。

 

だから子供たちには、マニュアル通りに動くような大人になってもらいたくない。そのマニュアルを疑ったり、マニュアルを変えたり、おかしなルールに反発したりするような気概を持ってほしい。せっかく、人と違った言動をしてもそれがネガティブに取られない国、自己主張が尊ばれる国に住んでいるんだから、その考え方をぜひとも吸収して、将来の人生に活かしてほしい。もしくは、マニュアルを作る方に回るとか。ただし、マニュアルに反発するにも作るにも、自分も力をつけないとだめです。マニュアルがおかしいと言えるだけの知識、理論を持っていないと、反発もできません。そしてもちろん、ただ反発するのではなく、マニュアルを超えて創意工夫するのが大事であることは言うまでもありません。

その力をつけるためにも、子供たち、今はとりあえず勉強しましょう!

 と、塾らしい言葉で締めくくります。

お後がよろしいようで。

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1980年代、日本に「関塾」という大手のフランチャイズの塾がありました。そのフランチャイジーの一人、北海道の札幌で塾を経営していた人が「ロスに塾を開こう」と、1987年3月、トーランスのミツワの南に関塾を開きました。そのとき、その人の知り合いでこちらにお住まいの西田さんと辻本さんのお二人が、開校を手伝いました。西田さんは、先月の教育通信に出てきた元塾生西田大志君のお父さんです。その当時、英会話学校やあさひ学園と東西学園はありましたが、西大和も塾もありませんでした。私の知っている限り、学習塾としてはその関塾がロサンゼルスで最初に開校したのです。

1990年ごろ、日本の関塾のフランチャイジーの一部の人たちが、本部の経営方針に納得いかず脱退し新たに「優塾」を設立しました。その脱退した人の中に札幌の人もいたため、トーランスの「関塾」も「優塾」に変わりました。そう、優塾は初めは関塾という名前だったのです。今でもたまに、備品に「関塾」のステッカーが貼ってあるものが出てきます。そして、日本に多数ある「優塾」とこのLAの優塾は、元々姉妹校なのです。今ではまったくつながりがありませんが。

優塾に変わってしばらく経ってから、札幌の人が日本での仕事が忙しくなってきたため、トーランスの優塾の経営を西田さんと辻本さんに譲渡。西田さんと辻本さんがこちらで塾頭を雇って経営するという形になりました。しかし、お2人ともご自分の会社を経営されていたため、塾の経営を十分に見られず、「誰かに塾を渡そう」と、その当時一番日系人に読まれていた日系の新聞「羅府新報」に塾頭募集の広告を載せることにしました。募集の文面はこんな感じでした。

“学習塾にて塾頭募集 若夫婦に最適”

結婚したてで、1年間定職にも就かずプラプラしていた私が、「お、これ、俺たちにぴったりじゃん」とさっそく電話をし、当時ロミータ市にあった優塾にノートを破った紙一枚に汚い字で書いた履歴書を持って行きました。面接でいろいろな質問に答えていると、西田さんが突然、「君、この塾買わない?」。「え?」と驚いている私に、「いや、僕たち仕事が別にあって、片手間でしか塾を見れないし、経営と塾頭が違うとうまくいかんのよ」みたいなことをおっしゃりました。「でも、お金ありません」と言うと、「良いよ、儲かってからで」とおっしゃり、金額もびっくりするほど安くしてくださり、私が最初に払ったのは500ドル。

お2人がおっしゃるには、「せっかく立ち上げた塾を潰すのももったいないし、うまくいきそうな人に引き継いでほしい」とのことで金額を安く設定してくださったようです。お2人への感謝の気持ちは、とても言葉では表せません。今でも毎年12月に、ご挨拶と優塾の状況を報告しにご自宅に伺っています。

正式に引き継いだのは1993年11月。たしかにうまくいってないと言うだけあって、生徒は20人ほどで、しかも私に代わってすぐに、ここぞとばかりに生徒が何人かやめてしまいました。生徒に「優塾つぶれるんでしょ?」と言われたときは、びっくりし冷や汗が出ました。生徒が減っていたので、狭い日本人社会ではそんな噂が流れていたようです。今でも覚えていますが、ひと月の月謝収入はおよそ4000ドルほどでした。

最初はきつかったです。生徒もなかなか増えず、生徒が帰国と言うたびにガクっと落ち込み、気を紛らわせるためにわざとお笑い系の番組のビデオを借りたりもしました。生徒を集めるために、あさひの駐車場や東西の校門前でチラシを配ったり、DMを送ったり、日系スーパーにチラシを置いたり、いろいろ試行錯誤しながら利益が出始めたのは1年後だったか。その頃から西田さんたちに返済し始め、2年後くらいに完済。

そして、1997年11月にローリング・ヒルズ校を、2001年3月にアーバイン校を開校し、2009年9月にロミータ校をトーランス校に移転し、2011年11月にウエストLA校を、2016年3月にパサディナ校を開校し、現在にいたっています。

今、生徒数は5校合計で450人ほどで、そのうちローリング・ヒルズ校とトーランス校が最も多く2つ合わせて380人ほどです。他の塾と交流がないので、はっきりとは分からないのですが、日系の塾としては生徒数はカリフォルニア州で一番多いのではないかと思い、優塾のHPにも広告にも勝手に「カリフォルニア州において生徒数第1位!」と書いています。そう広告に載せてから5年以上クレームがきていないので、きっとそうなんだと思います。

この23年で、生徒のご家庭も大きく変わりました。23年前は日本からの駐在の方が95%以上でしたが、今ではアメリカ永住の方が60~70%になりました。先生も、私が引き継いだときは私とパートの女性一人だけでしたが、今では私を入れて15人になりました。

今優塾にいる先生は入った順に、新天地テキサスではカツラを被ろうか真剣に悩んでいる井沢、18年も前に入ってくれたアーバイン校塾頭の原山先生、あねご的存在でパサディナ校塾頭の林先生、優塾のご意見番なんでもこなせる中西先生、英検4級を持ってるウエストLA校塾頭の下田先生、笑顔が素敵な鬼軍曹の石田先生、ピアノが弾けてセスナが操縦できる高橋先生、雅子様と同じ学校出身のご令嬢久保田先生、ヨガとサーフィンがプロ級の増田先生、高3のとき駿台模試全国順位一桁の杉浦先生、ベストボディUSAで優勝した小菅先生、剣玉だったら何時間でもできる藤井先生、アメリカ生まれであさひ学園高等部まで行った井出先生、日本で大学教授をしていた木多先生、スキューバのライセンスを持ってる東大法学部卒の真壁先生、と多彩な顔ぶれになっています。

私が言うのもなんですが、優塾の先生の質は他の塾に比べて非常に高いです。なぜなら、他の塾はシステムがしっかりしているので先生がまあまあでも(失礼!)問題ありませんが、優塾は経営もシステムもいい加減なので、先生が優秀じゃないと塾としてやっていけないからです。

優塾は、生徒が増えて大きくなりましたが、生徒が少なく小さかったころから変わらないことがあります。それは、授業が生徒一人ひとりの学力目的に合わせた個別指導であることです。総生徒数は増えても、一つのクラスに入る人数は変わらず平均で3~4人です。授業のモットー「分かりやすく楽しい授業」も変わりません。子どもたちは喜んで通ってくれています。たぶん…。それに、勉強に関係ない楽しいイベントも昔からやっています。今ではいろいろな補習校や塾がしているスキーツアーやチェリーピックなどは、何を隠そう優塾が20年以上も前からやっていたことなのです。それをみなさん、パクり…じゃなくて、参考になさったんです。

今年3月は優塾創設30周年です。次の40周年に向けてさらに授業を充実させ、子供たちに喜んで通ってもらえる塾にしていきます。4月にはプレイノ校(仮)を開校しますが、次はサン・ディエゴかサンノゼあたりに開校します。どうしてそこを選んだか。マーケティングとかそういう難しいことはよく分からないので、ニジヤがお店を出してるところなら日本人がいるんだろっていう考えです。

そんな感じで私はいい加減ですが先生達は優秀ですので、これからも優塾をよろしくお願いします。

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先日日本に一時帰国した時、今から25年以上前、私が優塾に講師として入った時にすでに生徒だった、つまり私より古くから優塾にいた元生徒、大志君に会いました。彼のことを簡単に紹介します。

アメリカ生まれの彼は、小学1年生から、Peninsula High School(以下ペンハイ)を卒業するまでずっと優塾に通ってくれ、主にMath系教科と国語を取っていました。どんな子供だったか。勉強が嫌いでそれよりも友達と遊ぶことが大好きで、勉強に対してはそれほどやる気がなく、宿題もやってきたりやってこなかったり、それほどできるわけではなく、でもできないというわけでもない、まあ、普通の男の子でした。

彼は大学でBusinessの専攻を考えていて、お父さんのアドバイス「UCLAは全米レベルで有名だけど、LAでビジネスするならコネクションを考えて絶対にUSCに行け」に従い、USCに願書を出しました。しかし、GPAが3.5ではUC San DiegoやUC Irvineには合格したものの、USCは残念ながら不合格でした。

USCに行きたかった彼は2年間、MCU(Marymount California University)に行きました。彼曰く、「ペンハイでの勉強がけっこう大変だったため、MCUでの2年間の一般教養は高校の延長という感覚で、そんなに難しいと感じなかった」。

私は、小学5年生から高校卒業まで彼を見ていましたが、最後まで勉強に対してスイッチが入るということはなく、相変わらずやる気があるのかないのか分からないような感じでした。しかし、彼がMCUでの宿題か何かで私にアンケートを聞きに来た時に、高校時代とは明らかに違う彼の態度、勉強に対する熱心さに驚き、「あれ? 変わったな。すごく成長したなぁ」と思いました。

MCUでほぼオールAの成績を収め、3年生になるときに無事USCにトランスファーできました。MCUに在籍中に4大会計事務所(Big Four Accounting Firms)の1つであるデロイトでインターンとして働きました。そのインターンでの面白いエピソードをご紹介します。最初は、同期のインターンの学生が十数人いたのですが、「きみは今月いっぱいで来なくていいよ」とどんどん切られていくそうです。そして大学卒業時に残っていた学生は5人。彼はその中に入っていました。

私が「なんで残れたの? どういう基準? やっぱり仕事ができるとかかな」の問いに彼は、「いや、学生なので仕事なんかみんなできないのが当たり前で、結局は社員の人が一緒に働きたいと思うかどうかですかね。そのためには上長やチームのメンバーとのリレーションシップ作りが重要だったんだと思います。例えば、社員が『今週末、引っ越しなんだよ。手伝ってくれない?』とか『今日はうちでホームパーティーやるからおいでよ』等には積極的に参加していたのが良かったのかもしれません。そう言えば、残った学生はみんなそういうことに参加した人だったし」。

これって、新しい形式の入社試験かも。こんな仕事に関係ないことが採用不採用の目安になるなんて日本っぽいですが、そういうことがアメリカでも大事なんですかね。

無事USCを卒業した時その会社に誘われたそうですが、彼はアメリカ生まれなのに日本に行きたいという気持ちが抑えられなくなり、その誘いを断りました。そのときに「うちを断った学生は初めてだ」と言われたそうです。

彼は、アメリカの学生が日本での就職先を探すメッカであるボストン・キャリア・フォーラムにも行き、日本でも就職活動をし、最終的に日本にある外資系のコンサルタント会社に就職しました。その会社はグローバルな企業なこともあり、月に一度はニューヨークに出張し、世界中から集まった社員を相手に仕事をしているようです。英語が話せることから結婚式の二次会の司会を頼まれることも多く、英語が話せるというメリットを日本で公私ともに活用しているようでした。最近女の子が生まれたんですが、娘にはぜひともバイリンガルになってほしく、どのような教育をしようか悩んでいるところでした。

そんな彼に、「優塾に通ってる子供たちにアドバイスをお願い」と頼みました。

以下が彼のアドバイスです。常体(だ、である調)で書いてあるところがそうです。

 

日本で仕事するなら、日本語はほぼ完璧に読み書きできないとだめ。たとえお笑い芸人の厚切りジェイソンくらい日本語が流暢でも、仕事メールの漢字や文法が間違っていたら日本人には信用されない。(これは2016年10月の教育通信に書いた元塾生の浜田さんも言っていましたね) だから日本語はしっかりやっておいたほうがいい。

大志君は優塾だけで日本語を勉強していたのですが、小学校低学年の頃は来るのが嫌で仕方なかったそうです。それを、「優塾に行ったら、(テレビ場組の)ビデオ借りてあげるから」という親御さんが出すニンジンにつられて来ていました。それが今ではすごく役に立っているそうです。

彼の会社では慣習的に会議で決まったことをボードに書くのが新人の役目で、彼が最初にその役になった時、漢字を書くのが苦手だった彼はホワイトボードに「ようかくにん」、「さとうさんにれんらく」、「けっていじこう」などとものの見事に100%ひらがなで書き、上司や先輩社員に笑われました。その暖かい環境に励まされ、本人も言っていましたがすごく努力し、今では漢字の書きもまったく問題なくなったそうです。でも、「優塾に行ってて良かった。行ってなかったら日本語は諦めてた」と言ってくれました。子供が嫌だと言っても、通わせた親御さんの教育の賜物ですね。

アドバイスの2つ目。日本での就職を希望する人でも、大学はアメリカの大学に行った方が良いと思う。アメリカの大学を勧める理由は3つ。

·         ダイバーシティ(多様性)があること。いろいろな国から学生が来ていて様々な考えに接することができるので、これからのグローバルな時代への適応力を養うことができる。

·         大変なこと。かなり勉強しないと卒業できないので勉強する癖がつくし、忙しいことに慣れる。もしかして、ブラックな企業に行っても何とも思わないような耐性がつくかも。実際成長している会社はある程度はブラックなんだし。

·         グループ・プロジェクトが多いこと。USCでの2年間は、とにかくグループ・プロジェクトばかりだった。数人で一つのプロジェクトをこなしていくんだけど、みんなで話し合って役割を決めてプロジェクトを完成させるんだ。いい加減にやるやつがいてそのフォローをしたり、先に終わったやつにフォローしてもらったり。これってまさに今仕事でしていることそのもので、今考えるとすごく仕事の練習になった。日本の大学はよく知らないけど、講義形式の一方通行の授業が多いんじゃないかな。アメリカではその点、自分からどんどん動かないといけないので積極性もつく。

以上からアメリカの大学が良いそうです。

そして、アメリカの大学に進学するうえで、高校時代に大切なことは、

·         勉強だけやっていればいいというものではない。GPAやSATはもちろん大切。一方、勉強以外の活動もアメリカの大学では重要視されるのも事実で、部活動やバイト等を通して、いろんな人と交流しながら、価値観の視野を広げることに努めるべき。

·         高校時代から大学卒業後になにをしたいかを意識して探しておくべき。アメリカの大学では基本的に Majorを決めて入ることが多い。つまり「この Majorに入りたいからこの大学に行く」というマインドセットを持っており、卒業した Majorはそのまま、ネットワーキングなどを通して就職の機会にも繋がってくる。高校卒業時点で4年後の自分をイメージすることは難しいかもしれないが、高校から意識しておくだけでも違う。たとえ、その通りに進まなかったとしても。

·         やりたいことが決まっているなら妥協しないこと。将来に向けた明確なヴィジョンがあり、それを実現するために行きたい大学があるなら諦めないことが大切。行きたい大学に落ちたなら最初は別の大学で過ごし、一般教養を終えてからトランスファーで行けばいいし、お金がないなら Financial Aidなどに応募したり、Community Collegeを利用したりすることで、学費は抑えられる。強い意思と努力を惜しまなければ、どの大学でも行けると私は今も思っている。

 

力強い言葉ですね。日本の大学に行く子にも参考になると思います。彼の言葉を参考にし努力して、そしていつか君も、ここで後輩たちにアドバイスができるようになってほしい。がんばれ!

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この疑問、誰もが一度は思ったことがあるはず。先生も子供の頃はしょっちゅう思った。お父さんもお母さんも、子供の頃に思ったことがあると思うよ。ほんとにねぇ、なんで勉強しなきゃいけないんだろうね。

授業中に子供たちがよくする質問に、「これ、将来使うの?」ってのがあるんだよね。特に数学を教えているとよく聞かれる。たしかに、方程式、三角形の合同証明、三平方の定理、三角関数、対数(ログ)、数列、微分積分などなど、中学以上で習う数学を、大人になって使ってる人なんてあまり聞いたことない。たまにいるけどね。先生の大学時代の友達で機械の設計をやってる人がいるんだけど、「高校数学は仕事の基本だよ」って言ってたし、10年以上前の生徒に今年の夏日本で会ったとき、彼が「対数(ログ)って本当に使うんですね」なんてしみじみと言ってるんだよ。中学のときに勉強教えてたけど、それこそすごく数学が苦手で、方程式解くのも四苦八苦してたのに。今じゃそれを使って仕事をしてるみたいだよ。

でも正直に言うと、そんなふうに大人になってから数学を使う人って、100人に1人いるかどうかなんだよね。中学以上の数学はもちろんのこと、ほとんどの人は小学校で習う分数・小数や三角形や円の面積だって使わないんだよね。以前、生徒のお母さんに電話で「先生、子供の宿題でわからないところがあって。通分(小5で習う)ってどうやるんでしたっけ」って聞かれたときは、ちょっとびっくりしたけど軽く教えたら、「あー、そうでしたね」って無事終わったんだ。でも、そのお母さんみたいに通分を受験が終わってから使ったことがないって人は、ほぼ全員じゃないかな。

理科もそう。二酸化マンガンとオキシドール混ぜると酸素ができるって、そんなこと習ってもなんの役にも立たないし、電流回路とかも習ったけど、家の配線は危なくて触れないから電気屋さんにお願いしちゃうし。細胞壁がどうだとかミトコンドリアがなんだとか、そんなのなんの役に立つのかさっぱりわからないよね。これも、数学と同じで100人に1人くらいしか将来使う人がいないんだよね。

社会だって、中には覚えるべきこともあると思うけど、サツマイモの特産地とか、フィヨルド海岸・リアス式海岸とか、歴史だって何百年も前のこと覚えても、何に使うのかさっぱり分からない。先生も、鎌倉幕府が1192年に開かれたって覚えてるけど、その知識をどこかで使ったことないし。

日本に帰る子にとって国語はまだ使うかも。でも、中学以上の漢字となると、大人になって書けなくてもまったく困らないんだよね。例えば、「いろう会で一人のしゅくじょこんせつていねいな説明を受ける」なんて、どれも中3で習う漢字だけどすべて書ける大人はそれほどいないんじゃないかな。でも書けなくても問題ないよね。今じゃタイプすれば全部漢字に直してくれるんだから。同音の字がいくつか出てきちゃっても、ググればすぐわかるし。君たちが大人になるころにはもっと科学が発達していて、もしかしたらドラえもんの道具みたいに、しゃべれば勝手に動いて字を書いてくれる鉛筆なんかが発明されているかもしれない。しかもその字は最初に登録しておいた自分のハンドライティングの字で、ある程度汚くて、わざわざ消した後まで残したりしてるんだ。題して「自動手書きペン」! だから漢字なんかは覚える必要がなくなるかもしれない。

アメリカ永住の子にとっての英語もそうで、今だってコンピューターが勝手にミススペルや文法の間違いを直してくれるんだから、いちいち細かいスペルや文法まで覚える必要もない。だいたい将来文章を書く仕事に就く人もほとんどいないだろうし。

というわけで、今君たちが勉強していることは、将来ほとんどと言っていいほど使わないんだ。特に数学・理科に関しては、100人中1人いるかどうか。その1人のために99人が将来まったく使わないことを勉強しているんだよね。

では、何のために勉強するのか。

以前、「プロ野球 戦力外通告を受けた男たち」って番組を観たことがある。どんな内容かって言うと、その年に球団から戦力外通告、つまりクビを宣告されたプロ野球選手たちに密着取材して、その後彼らがどんな仕事に就くか、家族がどうやって彼を支えていくかってこと紹介する番組なんだ。

そんな選手やその両親がよく言う言葉に、「今まで野球しかしてこなかったから」ってのがあるんだ。だからいきなりプロ野球チームをクビになっても、何をすればいいのかわからなくて途方にくれるんだ。でもって、工場で働いたりセールスマンになったりレストランを経営したり、いろいろな仕事をするんだけど、あまりうまくいかないんだよね。実際、元スポーツ選手がラーメン屋や喫茶店を始めても、うまくいくケースってほとんどないよね。

その番組に出た人たちは、一時はプロ野球の選手になったって人たちだから、そりゃすごい運動神経が良くて、人並み以上に努力したと思うよ。でも、野球しかしてこなかったら、野球じゃない仕事をする時、その才能とか必死に努力してきたこととかってほとんど役に立たないんだよね。野球だけじゃなくて、他のスポーツでもそう。指導者、コーチになれる人もごく一部だし。何か一つに集中して一生懸命頑張ることはすばらしいことだと思うけど、それが万が一ダメになった時、つぶしが効かないって言うか、他の分野ではほとんど活かせないんだよね。

じゃあ、勉強はどうだろう。勉強はスポーツと違う。だって、「今まで勉強しかしてこなかったから」って言葉を聞いたことがないんだよね。「勉強しかしてこなかったから、これから何をすればいいのか分からない。どうしよう」って言葉を。不思議だよね。将来ほとんど使わない勉強をやっておくことが、将来仕事をするときに役に立つって。

なんでかって言うと、勉強ってすべての仕事の基本になってるんだよ。今やっているほとんどの勉強は将来まず使わない。でも勉強すること、つまり本を読む、資料を調べる、メモを取る、記憶する、問題を解く、解答を書く、要点をまとめる、わかりやすく書く、レポートを書く、宿題をする、期日を守ってプロジェクトを提出する、発表する、じっと座って集中する、好きなことを我慢する、好きじゃないことを我慢してする…。これらのことは、将来どんな仕事に就こうとも、絶対に必要なことなんだよね。

ある人が言ってた。「勉強は裏切らない」って。そう、勉強ってやったらやっただけ、ちゃんと返ってくるんだ。しかも利子までついて。スポーツや芸術では10努力したことが大人になってから、イチローや錦織圭みたいにとてつもなく才能があれば1000くらいになって返ってくるけど、そこそこの才能だと0や1になっちゃうこともあるんだ。例えば生徒に以前、高校時代にサザンカリフォルニアでホームラン王になってプロを何人も輩出している野球で有名な大学Cal State Long Beachに行った子がいたけど、結局レギュラーにもなれなくて1年で野球を止めちゃったし、テニスで全米3位だった子は今ではテニスとはまったく関係ない仕事をしてるんだよね。もちろん、野球やテニスで努力したことがまったく無駄になったとは思わないけど、でも努力した分が返ってきたとは言えないんじゃないかな。もちろん、「だからスポーツをやる意味はない」なんて言わないよ。先生も学生時代にテニスをやってたけど、テニスコーチやってけっこう稼がせてもらったし、いい思い出もたくさんできたし。

でも勉強は10努力すれば、才能に関係なく誰でも大人になったときに20にも30にもなって返ってくるんだ。それは、上にも書いたように勉強をすることが将来仕事をするときの練習になってるからなんだ。今勉強していることは仕事ではほとんど使わないだろうけど、その勉強したという経験が仕事をするときにすごく役に立つんだ。だから子供は勉強する必要があるんだ。

それが、子供が勉強をしなきゃいけない理由なんだよ。わかった?

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