ロサンゼルス「優塾USA」の塾頭のブログ

ロサンゼルス「優塾USA」の塾頭のブログ

カリフォルニア州において生徒数1位の学習塾「優塾USA」の塾頭による教育と子育てに関するコラム


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この教育通信に何回も書いてきましたが、私(井沢)は小学生のときから高校まで、歴史が大嫌いでした。高2の三学期期末試験において日本史で6点(100点満点)を取ったとき、先生に「なんで終わったことを習うの。未来を見ようよ、未来を」と歴史の先生に楯突いたことがあります。(なんて嫌なガキ!)

 そんな私でしたが今では歴史が大好きで、司馬遼太郎の本はかなり読んでいますし、吉川英治や山岡壮八も何冊か読んでいます。日本の歴史だけでなく、中国やヨーロッパの歴史も好きになりました。なんで、あんなに嫌いだった歴史がこんなに好きになったのか。思い返してみると、きっかけは学生時代の行きつけの喫茶店で読んだ漫画でした。その喫茶店には漫画が何冊も置いてあり、たまたま暇な時に普段なら絶対に読まないようなマイナーな漫画、「徳川家康」(山岡荘八原作、横山光輝画、全23巻)を読んだのです。ふーん、徳川家康ってこんな人だったんだ。と初めて知り、次にそこで読んだのが同じ作者の「三国志」(全60巻)。読み終わったときは歴史のとりこになっていました。それから原作を読んでみたくなり、「三国志」から始まって、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、武田信玄などの戦国時代の英雄もの、そして「項羽と劉邦」、「竜馬がゆく」、「坂の上の雲」、「十八史略」など様々な本を読んでいきました。

「寺田屋事件」、「三国干渉」などの教科書で習った言葉が出てくるたびに、「そういうことだったのか! なんで、学校じゃぁこういうふうにおもしろく教えてくれないんだよ」と恨めしく思いました。いえ、もしかしたら先生は話されていたかもしれませんが、歴史が嫌いな私が聞いてなかっただけですね。それにしても、大学生になって歴史を教科としてまったく習わなくなってからが好きになるとは・・・。なんでもっと早くあの漫画を読んでおかなかったんだろう。あ~、悔やまれる。もうちょっと早く、せめて高校1年生くらいでこれらの本を読んでいれば、あのテストで6点なんか取らずに済んだかもしれないのに。

子供にはそんなふうにはなってもらいたくない。できれば中学生くらいのうちから歴史を好きになってもらいたい。そこで、歴史に興味がない子に歴史を好きになってもらうためにも、いくつかお勧めの歴史の漫画をご紹介します。

 

学習漫画「日本の歴史」「世界の歴史」

集英社や小学館から出ている20冊くらいのシリーズです。学習漫画ですので普通の漫画ほど細かい面白いエピソードまでは描いていませんが、それでも教科書よりははるかに興味が持てるように描かれています。例えば、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が曾我(そが)氏を倒したところなど、教科書では2人の出会いなどは一切書かれておらず、「中大兄皇子は中臣鎌足らとともに曾我氏を倒した」とたったの1行で終わっていますが、この漫画では、2人の出会ったあの蹴鞠のシーンから曽我氏を倒すところまでを20ページにわたって描かれています。歴史ってやっぱりこうでないと。起こった事実だけではなく、なぜその事件が起きたのか、その事件にまつわるエピソード、その事件がどんな影響を及ぼしたのか、などを書いてほしいものです。書いてないと無味乾燥で終わってしまいますよね。

残念ながらこのシリーズには「アメリカの歴史」はありません。「世界の歴史」の中にちょっとだけ出てきます。現地校で世界史やアメリカ史を習う子は、学校で習う前に読んでおいた方が良いでしょう。

 

「徳川家康」 横山光輝

上にも書いたように、私が歴史を好きになるきっかけとなった本です。徳川家康の偉大さがよく分かります。また他の戦国大名や武士や庶民の生活など戦国時代のことがよく分かります。家康は長男を信長によって切腹させられているんですね。この本で初めて知りました。横山光輝の歴史漫画は他にも「織田信長」、「豊臣秀吉」、「武田信玄」などもありますが、この本に信長も秀吉も出てくるので、とりあえずはこの家康を読みましょう。さらに歴史に興味が沸いたら、同じ作者の中国の歴史の「項羽と劉邦」や「三国志」も面白いです。いずれも小学高学年以上向け。

 

「風雲児たち」 みなもと太郎

幕末の風雲児たち坂本竜馬、西郷隆盛、吉田松陰、高杉晋作などの活躍を描こうとし、それら風雲児たちがなぜ土佐・薩摩・長州の三国からばかり出てきたのか、その原因となった関ケ原の合戦の場面から漫画は始まります。関ヶ原が終わった後は幕末に行く予定だったようですが、描いているうちにそのまま江戸時代に突入し、平賀源内、杉田玄白、伊能忠敬、高野長英、果ては遠山の金さん(実在したんですね)などの江戸時代の英雄が様々なエピソードと共に描かれています。江戸時代なんか、これと言った動きもなく退屈な時代かと思ったら、そんなことはまったくなく、教科書には出てこないような英雄がキラ星のごとくこの本には出てきます。

結局このシリーズは幕末には行かず20巻で完結し、幕末に関しては「幕末編」として新たにスタートし今も連載中、現在30巻まで出ています。この漫画は本当におもしろく勉強にもなります。子供を歴史好きにするにはこれ以上の本は無いのではないか、学校で副教材として採用すべきだ、とすら思います。大人も十分に楽しめます。騙されたと思って、とりあえず1巻を買われてみてはいかがでしょう。これも小学高学年以上向け。プレイノ校には置いてあります。

 

「はだしのゲン」 中沢啓治

原爆投下前後の広島を舞台に、明るく元気に生きる少年の話。戦争、原爆の悲惨さを教えてくれます。戦争中に生まれなくて本当に良かったと痛感し、今の平和の時代に感謝します。

ただ後半で、戦争に反対するためには殺人をも肯定する発言まで出てきて、イデオロギー色が濃くなるので、お勧めは4巻までです。

 

「戦争論」 小林よしのり

戦争はおもしろいと、言いきってしまうところがすごいです。「とにかく日本は悪かった」という歴史教育を受けてきた私達には、その当時の日本の追い詰められた状況、日本に戦争をさせようといろいろ画策していたアメリカのことなどが描かれており、いろいろ考えさせられます。昔の日本のおじいちゃんたちに感謝する気持ちになるでしょう。中学生以上向け。

 

ベルサイユのばら 池田理代子

ナウい世代には懐かしい、ご存知「ベルばら」。勉強になるのは2点あります。一つは革命前後のフランス社会、そしてもう一つは敬語。貴族社会が描かれているので、敬語がたくさん出てきます。日ごろ敬語に接する機会のないアメリカに住んでいる子供たちには、良いテキストになると思います。

 

面白い歴史漫画は他にもまだまだありますが、上に挙げた歴史漫画は史実にも忠実で(ベルばら以外)、面白いだけでなく勉強にもなります。ぜひとも子供に買ってみてください。子供がそれで歴史が好きになってくれるんだったら、1000ドルだって投資する価値はありますよ。


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以前(いぜん)、イチローの名言集(めいげんしゅう)をご紹介(しょうかい)しましたが、今月(こんげつ)はスポーツ選手(せんしゅ)名言(めいげん)子供(こども)たちに(おく)ります。子供(こども)()めるようにルビをつけます。

さすがにその(みち)(きわ)めた(ようとしている)人たちの言葉(ことば)だけに参考(さんこう)になるものがたくさんあります。ぜひ勉強(べんきょう)に、そして人生(じんせい)役立(やくだ)ててください。

 

(だれ)よりも練習(れんしゅう)すること。それが(かなら)自信(じしん)になる。

中村俊輔(なかむらしゅんすけ)(サッカー選手(せんしゅ))

勉強(べんきょう)もそうです。自信(じしん)は、(おや)先生(せんせい)()めてもらってつくものではありません。そんな自信(じしん)は、ちょっとしたことですぐになくなります。『自信(じしん)』とは、()んで()のごとく「自分(じぶん)(しん)じること」。自分(じぶん)(しん)じるですから、()(ひと)があなたを(しん)じてくれても、それはあなたの自信(じしん)にはなりません。自信(じしん)をつけるのは自分(じぶん)にしかできないのです。自分(じぶん)努力(どりょく)して漢字(かんじ)をたくさん()いたり、問題数(もんだいすう)(おお)くこなしたり、そうやってちょっとずつつくのが自信(じしん)なんです。(ぎゃく)()うと、努力(どりょく)していない人間(にんげん)自信(じしん)なんかつけるべきではありませんし、力以上(ちからいじょう)自信(じしん)がつくことは百害(ひゃくがい)あって一利(いちり)なしです。

 

(おれ)ってすごくポジティブな性格(せいかく)だけど、(うら)(かえ)せば、(じつ)はすごく不安(ふあん)性格(せいかく)なんです。

不安(ふあん)だから努力(どりょく)しようと(おも)う。

本田圭佑(ほんだけいすけ)(サッカー選手(せんしゅ))

上のセリフと(おな)じです。(さき)自信(じしん)をつけるのではありません。自信(じしん)がないから不安(ふあん)だから努力(どりょく)するのです。その努力(どりょく)結果(けっか)がテストに(あらわ)れ、そして自信(じしん)がついていくのです。

(さき)自信(じしん)がつくと努力(どりょく)をしなくなりもちろん()びもありません。優塾(ゆうじゅく)でも、それほど経験(けいけん)がないのにもかかわらず、なぜかやたら自信(じしん)のある(ひと)採用(さいよう)したことがありますが、そういう(ひと)(かぎ)って努力(どりょく)をしないので、こちらの要求(ようきゅう)するレベルには(たっ)せず結局(けっきょく)()めてもらうことになるのです。

 

(はし)った距離(きょり)自分(じぶん)裏切(うらぎ)らない

野口(のぐち)みずき(マラソンランナー)

(みじか)言葉(ことば)なのでさらっと(なが)してしまいそうですが、勉強(べんきょう)()()えて言えば、「(おぼ)えた英単語(えいたんご)(かず)漢字(かんじ)(かず)問題(もんだい)()いた(かず)自分(じぶん)裏切(うらぎ)らない」、となりますかね。英検(えいけん)がすごくいい(れい)で、やはり先生(せんせい)()した宿題(しゅくだい)単語(たんご)(おぼ)えてくる()は、合格(ごうかく)する可能性(かのうせい)がぐっと()がります。2倍努力(ばいどりょく)したら2倍合格率(ばいごうかくりつ)()がるではありません。2倍努力(ばいどりょく)した()は3(ばい)も4(ばい)合格率(ごうかくりつ)(たか)くなるのです。

 

()けた(とき)自分(じぶん)のどこがダメ(だめ)だったかを(かんが)える(ひと)は、(かなら)成長(せいちょう)できる。

三浦知良(みうらかずよし)(サッカー選手(せんしゅ))

スポーツの試合(しあい)()けたとき、審判(しんぱん)相手(あいて)のファールを()らなかったとか、(あつ)すぎた、(かぜ)(つよ)かったなどと文句(もんく)()()がすごく(おお)い。もしかしてそんなことがあったのかもしれません。でもそう()っている(かぎ)り、その(ひと)絶対(ぜったい)成長(せいちょう)しません。その()(とど)まっているだけです。

 

一生懸命(いっしょうけんめい)努力(どりょく)すればするほど、(うん)味方(みかた)する。

( )ーリー・プレーヤー(ゴルファー)

努力(どりょく)しない(ひと)は、(うん)にも見放(みはな)されるということです。(うん)(わる)人生(じんせい)(あゆ)みたいですか。いやでしょう。だったら努力(どりょく)しましょうよ。

 

(らく)(もと)めたら(くる)しみしか()っていない

野村克也(のむらかつや)(野球選手(やきゅうせんしゅ))

さすが、プロ野球(やきゅう)にドラフトではなく入団(にゅうだん)テストで(はい)った(おとこ)努力(どりょく)大切(たいせつ)さをわかっているんですね。日本(にほん)会社(かいしゃ)経営(けいえい)をしている(わたし)友人(ゆうじん)が、こんなことを()っていました。「(おれ)(なま)(もの)なんだよね。いつも(らく)したいと(おも)ってるんだ。だから(あと)(らく)するために、(いま)これをやっておこう、としょうがなく(さき)にやっとくんだ」って。

うーん(たし)かに。(あと)(らく)するために今努力(いまどりょく)するんですね。(いま)(らく)をするとその(とき)(らく)ができても、(あと)倍以上(ばいいじょう)大変(たいへん)さが()っているんです。勉強(べんきょう)をサボってテストで(わる)点数(てんすう)()ると、課題(かだい)()さないといけなくなったり、補習(ほしゅう)()けなきゃいけなくなったり、お(かあ)さんやお(とう)さんにぶつぶつ()われたり、かえって(くる)しみが()っているのです。

 

(かべ)(さき)には(かべ)しかない

羽生結弦(はにゅうゆづる)(スケーター)

前回(ぜんかい)のオリンピックで(きん)メダルをとった羽生選手(はにゅうせんしゅ)が、2014(ねん)シーズン途中(とちゅう)怪我(けが)()()全日本選手権(ぜんにほんせんしゅけん)優勝(ゆうしょう)して記者(きしゃ)に、「(かべ)()()えたと(おも)いますが」と()かれたときに()ったセリフです。そうなんです。人生壁(じんせいかべ)連続(れんぞく)です。みなさんもこれからいくつもの(かべ)にぶち()たるでしょう。その(とき)にそれを()()えるべく努力(どりょく)するか、(まわ)(みち)するか、()げるかによって人生(じんせい)()まるでしょうね。

 

(きず)ついた、と(おも)うだけで、人間(にんげん)(きず)つかないものなのかもしれません。あれも()(がた)い、これも()(がた)い、と(おも)うだけで、この()()えられないことなどないのかもしれません。

蝶夫人(ちょうふじん)(テニスプレイヤー)

スポーツ選手(せんしゅ)と言えるかどうか。子供(こども)()らないでしょうけど、漫画(まんが)『エースをねらえ』の登場人物(とうじょうじんぶつ)一人(ひとり)です。この(ひと)夫人(ふじん)」なんてあだ()()いているけど、女子高生(じょしこうせい)です。さすがお蝶夫人(ちょうふじん)、たかが17(さい)くらいで人生(じんせい)(さと)っています。一方(いっぽう)で、最近(さいきん)我慢強(がまんづよ)くない()(おお)い。しょっちゅう文句(もんく)を言っている。もう、勉強(べんきょう)大変(たいへん)だとか、宿題(しゅくだい)(おお)いとかブーブー文句(もんく)を言わない! 勉強(べんきょう)しすぎて()んだ( )はいないのだから。

 

以上(いじょう)です。勉強(べんきょう)参考(さんこう)にしてください。まだまだあるので、またいつか紹介(しょうかい)しますね。


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今月は印象に残っている子供たちについて書きたいと思います。

彼は今から20年ほど前にいた生徒で、優塾には中2から2年間ほど通っていました。今はありませんがその当時、生徒が100人以上いた『ロサンゼルス国際学園』という全日制の日本人学校に通っていました。日本人学校に通っていたとはいえ、小学生の時にイギリスに住んでいたので英語はほぼ完璧でした。

彼の最初の授業での会話をよく覚えています。

「手品のグッズを売ってるお店、知ってます?」、「あー、デラモのモールにあるよ」と私。「いや、そういうおもちゃっぽいものじゃなくて、本格的なものを探してるんですけど」、「そういうのか。知らないなぁ」。その当時はまだインターネット・ショッピングが一般的ではありませんでした。

手品が趣味の私は対抗心を燃やして「手品、得意なの? あ、そう。じゃあ、これできる?」と、手振りでトランプを掌の後ろに隠す手品を見せました。そうしたら「あ~、これですよね」と彼がやったのが、掌の後ろにトランプを隠し、その次にトランプをうまく隠しながら掌をひっくり返して手の甲を見せ、さらにまたトランプを隠しながら掌を見せ、と何回も掌をひっくり返すというはるかにレベルの高いものでした。がーん、負けた。

その他にも後日彼が見せてくれたのは、トランプを空中から次から次に出す手品や、トランプを口から出す手品、選んだカードをデックの中に入れたらそれが一番上に上がってきている手品、などマジシャンがステージでやっているような本格的な手品でした。

生徒がみんな驚いてくれる私の取って置きの手品を彼に見せたときも「あ~、はいはい。そういうことね」とあっと言う間に見抜かれてしまいました。

彼はすごく勉強ができる子でしたが、勉強に対してやる気がある方ではありませんでした。帰国子女受験で楽々と慶應湘南藤沢の高等部に入り、大学は内部進学で慶應大学に進みました。それを聞いた時に私は「もったいない。彼の才能だったら東大やアメリカの有名大学だって行けたのに。勉強好きじゃなかったからなぁ」と思いました。ただ大学に入ってからは勉強が好きになったとのことで、大学時代に1年間アメリカの大学に留学していました。

今では夏に私が日本に帰ったときに、会って飲む仲になりました。

いつか彼のことをここで詳しく紹介したいです。

次に紹介する高校生の男の子はヘアカットが趣味でした。ただの趣味にとどまらず、髪の生えた人間の頭の像(そんなの売ってるんだ)を使って髪を切る練習を何回もしていたくらいのめり込んでいたようです。その子に聞いて初めて知りましたが、あれは髪を切っていくとどんどん短くなってそれで長い髪のカットから短い髪のカットに切り替えていき、短くなってもうこれ以上カットできないというところまで何回も練習するそうです。「なんだったら先生の髪で練習していいよ」と言ったのですが、長さが3ミリで数百本しかない私の頭を見て、「はぁ…」と愛想笑いしていました。

お母さんは帰国子女枠を使って大学受験をしてほしいと考えていましたが、本人はもちろん美容の道に進みたかったようです。お母さんからある時「子供を大学に行くように説得してほしい」と言われました。私自身としては、そこまで好きだったら美容の道に行ってもいいのではないかと思ったのですが、親御さんの気持ちもわかるので、彼には「美容の道に行きたいのはわかる。でも、とりあえず大学に行ってみたら? もしも大学に行ってもどうしても美容の道が諦められないなら、その時に大学を中退してから美容の道に進んでも遅くはないと思うよ。でも、今美容の道に進んだら、後で大学に行こうと思ってもなかなか難しいと思うよ」みたいには言いました。最終的に彼は帰国子女枠で大学を受け、早稲田大学に進学しました。来年大学を卒業しますが、物事にとことん熱中する性格だったので、大学にそのまま通っても美容の道に進んでもどちらでも成功すると思います。

 

3人目に紹介する子は、それほど勉強のできる子ではありませんでしたが、話していると頭の回転の良さを感じました。あるとき、テストの点数があまりにも低かったので、将来、机の上でやるよりは体を動かす仕事の方がいいのではないかと思い、「お前さ、将来介護とかの仕事はどう?」、「はぁ」、「老人ホームとかでどんなことすればいいかわかる?」と聞いたら、「はい。楽にしてあげればいいんでしょ」ときました。

アメリカ生まれでしたが日本の大学を志望しており、優塾の他にもLAの受験塾にも通っていて、そこで受験直前に受けた模試の国語のテストが38点。しかしそれで慶応に合格し、その受験塾で過去の慶応合格者の中で国語の点数は断トツで最低点とのことで評判になっていたようです。運も持っているのかもしれません。

彼には、とにかく人を惹きつける魅力がありました。彼は話が面白く、彼が話していると自然にみんなが耳を傾け話を聞こうとします。また、妙に説得力があるのです。12年生のときに取っていた教科は、正確には覚えていませんが、たしかセラミックとかPEとか、どうでもいいような教科ばかりで、塾で他の生徒に「なに、そのクラス! ちょー簡単じゃん」と言われていました。ある日カウンセラーに「こんな教科ばかりじゃだめだ」と言われたようなのですが、彼は、日本の大学に行くので受験勉強が大変なんだということを丁寧に説明し、最後にはそのカウンセラーも説得され、「そうだったのね。あなたも大変なのね。よく頑張ってるわね」と逆に励まされたようです。

卒業後はある専門商社に入り、そこで営業成績が同期で1番になったとか。その営業の方法をちょっと聞いたのですが、注文を取りたい相手の会社の担当者の奥さんの誕生日に花を送ったり、子どもの卒業祝い、入学祝を送ったりとなんでもしたそうです。そしてある日、彼に発注したいからとその会社に呼ばれ、額の大きさに部長同伴で行ったら、その担当者は部長の方を一切見ずに彼だけを見て注文を入れたとのこと。

彼に「お前が起業するなら出資するからいつでも言えよ」と伝えていますが、今の会社で十分に満足しているのか、まだ起業していないようです。

 

最後に紹介するのは、トーランス・サウス・ハイ・スクールに通っていたアメリカ生まれの女の子です。私が優塾で今までに見てきた子供-おそらく2000人くらいでしょうか-の中で一番度胸のある子でした。

あるとき学校の先生が彼女に「あなたのレポート出てないわよ」と言ってきたそうです。彼女は出したはずだと言い、その先生はいや受け取ってないと言い合いになり、元々好きでなかったその先生にムカつき、次の瞬間、先生の顔面にグーパンチを食らわせ、見事退学。近くの市のレベルの低いN高校に転校することになりました。その子は「I like N high~.」、私「なんで?」、(英語で)「だって、サウス・ハイだと、もめた時『やるか、おい?』、『あぁ?』なんて言ってる間に別の生徒が『まあまあまあ』なんて仲裁に入って来ちゃって喧嘩ができないけど、Nハイだと言葉よりも先にすぐにワン・ツーで手が出るから楽でいい」だそうです。これが16歳の女の子のセリフだから恐れ入ります。

2つ上のお兄ちゃんはすごく優しいおっとりした子でした。まだ彼女がサウス・ハイにいたころお兄ちゃんが付き合っていたガールフレンドに二股をかけられフラれてしまいました。お兄ちゃん思いの優しいその子は、すぐにそのガールフレンドに電話をかけ(英語で)「お前、明日学校で覚悟しとけよ」と脅したそうです。その子の怖さを知っている元カノは次の日からしばらくは一人では行動しなかったとのことです。

私の授業で一度、彼女の態度が悪かったか何かで私が激怒したことがあります。そのクラスには、その子の他に高校生の男の子が2人いたのですが、その子たちは私が激怒したところを見たことがなく、後日聞いたらかなりビビっていたそうです。私が激怒して部屋を出て言ったら、すぐにその子が部屋から出てきて、「ミスター・井沢、私が悪かったです。すみませんでした」と謝ってきたので、私も「あんなことしちゃだめだろう」みたいなことを言って、本人も反省していたようなので、それっきりそのことは終わり。それ以降はまた普通に授業をしました。ただ、後日、一緒にいた高校生の男の子たちから聞いた話では、「先生があんなに怒ったの見たことなかったからかなりビビったよ。でも先生が出て言ったらあの子が『ドン・ウォーリー、前にもあったから』って言ってたよ」、だそうです。がーん、全然反省してなかったのかよ。ちなみに、私が怒った後に部屋を出たのには理由があります。すごく腹を立て机を蹴っ飛ばしたらそれが何かの拍子に私の足の上に倒れてきて、めちゃくちゃ痛く、だけど怒った手前「いてー」なんてかっこ悪くて言っていられず、部屋から出てって外で足をさすっていたのです。

高校卒業後2年くらい経って、街でたまたま彼女に会ったら赤ちゃんを連れて両腕にびっしりとタトゥーを入れていました。10代での出産や腕にびっしりのタトゥーが絶対に良くないとは言いませんが、行動を制限されてしまうことは確かでしょう。

彼女みたいなタイプは、会社勤めは難しいかもしれませんが、度胸もあって、頭の回転も速く、人を惹きつけるものがあるので、起業したらきっと世間の話題になるような会社を創れるだろうなと思います。いつか「元ギャング」のキャッチコピーとともに有名になる気がします。

 

以上です。またいつかこんな子どもたちをご紹介しますね。


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優塾に入ってから学力がすごく伸びる子がいます。その伸びる子に共通して見られる要素が2つあります。

1つ目は、先月の教育通信に書いた通り、優塾で出す宿題を確実にやってくることです。先月は書きませんでしたが、以前紹介した浜田千尋さんは、どんなに忙しくても必ず完璧に宿題をしてくる子でした。以前、金曜日の午後9:35に終わる最後の授業で出した小論文の宿題を次の日の土曜日の朝9時の授業までにやってきたことがあります。まさかやってくると思っていなかったので、「いつやったの?」と聞くと、彼女「朝早く起きてやりました」。朝6時に起きてやったそうです。それだけ頑張る子ですから成績が悪いわけがなく、高校4年間ストレートA、東大に行きました。

優塾の先生が出す宿題は、その子の学力に合わせていますが、多少無理目なものも出します。「ちょっとこの問題は解けないかもな。これだけの単語を覚えるのは難しいかな」という感じです。それは、難しい問題を解こうとする努力をしてほしい、テストでいい点数を取るためには単語をこれだけ覚えないとダメだということをわかってもらいたいという先生のメッセージが込められています。ですから、優塾の宿題はしっかりやってほしいですし、解けないとしても解く努力をしてほしいのです。また、優塾の先生が出す宿題の量は、生徒一人ひとり違います。しっかりやってくる子には「じゃあもうちょっとできるかな」とどんどん多めの宿題を出しますし、やってこない子には「うーん、あまり出してもやってこないし、簡単なのにしてちょっとならやる気を出してやってくるかも」とレベルを下げて量を減らしてしまうのです。だからやらないと、あたかも水が低いところに流れていくようにどんどんレベルが下がっていくのです。

宿題をやってこないと、塾の授業が始まったらまず宿題をやることから始めることになります。せっかく塾に来てもったいない。しかも、習ったところを1週間まったく復習していないので、忘れてしまっていることが多く、また一から説明をする必要も出てきます。まったくもって時間の無駄。月謝の無駄でもあります。本当にもったいない。ですから宿題は絶対にしてくるようにしましょう。

2つ目、自分から積極的に取り組む姿勢があるということです。

8年ほど前、一人の女子高生が現地校Mathのサポートのクラスを優塾で取っていました。ある日の授業の最初に、その子がMathのテキストを机の上にどさっと置き、テキストを開いて「こっからここまで全部わからない。教えて」と、言ってきました。そのあまりにも受け身な態度に呆れ、「80分の授業で全部教えられるわけないだろ。学校で習ったときに自分で理解しようと努力したのかよ! 『塾で聞けばいいや』、って思って学校の授業聞く気なかっただろ!」と叱ったところ、彼女が恥ずかしそうに「はい。その通りです。すみません」。その子は、これで反省してくれたのか、それからはわからないところをピンポイントで聞いてくるようになり、それからは成績も上がりました。

現地校の宿題をサポートするクラスに入っている場合、積極的な子は自分で単語を調べていたり、問題文を全部読んでいたり、線を引いていたり、学校の宿題を自分で解こうと取り組んだ跡が見られるのです。だから優塾の授業でも時間が足りなくなるようなことはなく、余った時間を英語力の強化に使うことができるのです。日本から来たばかりの子が学校の宿題を独力でするのはまず無理で、たいていの場合はできないかほとんど間違えてしまいます。しかし極論を言ってしまえば、その子の答が正解か不正解かなどどうでもいいのです。自分で解こうとするその姿勢が、解こうと努力をしているその過程が大切であり、そして学力の向上につながるのです。これは、現地校の勉強だけでなく日本の勉強についても当てはまります。算数の難しい文章題をすぐにわからないと諦めるのではなく、なんとかして解こうとすること。文章が書けなくてもなんとか作文を書こうとすること。そうすれば、確実に学力が上がっていきます。喩えれば、腹筋が1回もできない人でも、起き上がろうと努力していればいつか1回できるようになり、2回、5回、10回とできるようになるのです。

「ゆとり世代」は受け身的だと言われています。今の若い人達がそうなのかわかりませんが、私の友人からは定番の「最近の若いもんは…」という話をよく聞きます。受け身では、仕事でも絶対に伸びません。上司の指示を待って言われたことだけをする、そんな人が伸びるわけがない。自分から積極的に動かないとだめです。その仕事を積極的にするための予行演習を勉強でするのです。

物事に対して、受け身で言われたことだけを忠実にしているだけでは伸びない、という経験は私自身にもあります。以前、私はアメリカでブラジリアン柔術を10年ほど習っていました。習おうと思ったきっかけは日本でチンピラに絡まれたことがあったので、「日本って危ないなぁ。護身術でも身につけておこうか」と思ったからです。しかし、もともと格闘技をそれほど好きでもなかったので、クラスに行ってもクラス中は先生の言うことを聞いて一生懸命練習しますが、クラスが終わったら「今日も一つ技を習った。よかった、よかった」とさっさと帰っていました。一方で格闘技ラブな連中はクラスが始まる前と終わった後にスパーリング(取っ組み合い)をしています。格闘技が好きで先生から習った技をさっそく授業の後でも練習したいという彼らと、クラスで習ってそれで満足している私とでは、上達の速度がまるで違いました。彼らはどんどん上達し、私はなかなか上達しませんでした。

余談ですが、格闘技に受け身な私でも、日本からも選手が来るような世界的に大きな大会で準優勝したことがあるんです。私の参加したスーパーフェザー級にはマッチョなアメリカ人はまったくおらず、参加者は私ともう一人アジア人の2人だけだったんですけどね。そして、その次の大会では私の階級では参加者が私一人だったので見事優勝しました! それって優勝って言えるのかって気がしないでもないですが…。

話がだいぶそれてしまいましたが(すみません、字数を稼ぐためです。へへへ)、いかに自分から積極的にやるのが大切かというお話しでした。

以上、宿題をやってくる、積極的にやる、が伸びる子に見られる2つの要素でした。簡単なことですよね。これら2つを忠実に実行し、優塾で学力をどんどん伸ばしていきましょう。毎月、高い月謝を払っているんだからそれに見合うだけの成果を出しましょうよ。

ちなみに、上に紹介した「全部教えて」と言った女の子は、23歳くらいになった先月、親御さんを頼ってテキサスまで来たときに、わざわざ優塾プレイノ校に寄ってくれて、真っ先に「先生覚えてる? 私が『これ全部教えて』って言ったら、すごく先生が怒ってくれたこと。あれで私は変わったの」と言ってくれました。教師冥利(みょうり)に尽きます。


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1993年の教育通信でこんな話を書いたことがあります。

NHKで、ある特集番組を放映していました。東京都の伊豆諸島の一つのとある離島に、周囲の村から『天才村』と呼ばれている村があります。人口200人ほどの小さい村ですが、その村の出身者で現在、東京で博士として大学などで活躍している人が6人もいるのです。その村には、マグロの頭を丸ごと煮込んだ郷土料理があり、特に妊婦にはマグロの目玉の部分を優先的に食べさせるそうです。その部分にはDHAという脳を活性化させる物質が豊富に含まれており、結果、頭の良い子が生まれるというのです。

当時は教育通信をタイプライターで打っており、記録が残っていないので、記憶を元に書きました。もしかしたら伊豆諸島ではなく、五島列島か奄美大島あたりだったかもしれません。グーグルで、「天才村 離島 マグロの目玉」などと打ってもまったくヒットしないので、確認もできません。ただ、200人の人口で6人の博士という数字は覚えています。どこかの大学とか企業の研究所というならいざ知らず、それが離島の村だというのですから、その数字は驚異的です。

この放送を観て、すぐ次の日にDHAというものを薬局に買いに行きましたが、その当時、そんなものはどこにも置いてなく、何度もDNAと間違えられて、それこそDNAなんて売ってないだろう、「じゃあ天才のDNAください」って言ってやろうか、と思った覚えがあります。

何軒か回ってやっと見つけることができ、生徒のお母さんにも興味を持たれた方がいらしたので、その方にお教えしました。その方は早速買われ、子供に飲ませるようになりました。なにしろ200人から6人もの博士を生み出した魔法の栄養素です。さぞ効果があることだろうと、その子のことを注意深く興味を持って見ていました。だけど結局、1年経っても効果はまったく感じられず、その普通児天才化実験は終わってしまいました。お母さんは「きっと妊婦のうちに飲まないとダメなんでしょうね」とおっしゃっていました。私もその言葉に賛同し、何を隠そう、妻が妊娠したときにDHAを買ってきて飲ませましたが、なんの効果もなかったように思えます。どうやら天才を作るのは一朝一夕にはいかないようです。

普通の子が天才になるのは無理だとしても、努力なら誰でもできます。その努力に関して、今までの生徒の中で印象に残っている子を紹介します。

8年生で優塾に入ったその子は、すごくのんびり屋でした。現地校の成績はC、Dばかり。アメリカ生まれなのに英文法がほとんど分かっておらず、仕方なく日本の英語のテキストで基礎から復習を始めました。過去形から始まって、比較級、関係代名詞、現在完了などなど。しかし、現地校もどんどん進んでいくため、早く追いつかなくてはいけません。ですから必然的に宿題も多くなります。宿題を出すとき、ちょっときついかな、と思いながら「こんだけ、できる?」と訊くと、「はい。できます」 私の方が、「え? こんなに?」と思いながらも「じゃあやってきて」。彼は一度たりとも、「多い」とか「できません」と言ったことはありませんでした。それで伸びないはずがなく、9年生で英語力が学年相応になり、いくつかの教科でAを取れるようになりました。そしてそのまま順調に高校生活を送り、イースト・コーストの大学に進学しました。

もう一人の女の子は中1で優塾に入ったときは数学が苦手教科だったのですが、入って半年ほどですぐにできるようになり、数学が得意教科になりました。私は、優塾の指導が良かったと言いたいのではありません。彼女もどんなに忙しくても宿題を必ずやってきたのです。高校に入ってからは現地校のMathに移行しました。彼女はファッションに興味があったので大学には進まず、日本の服飾の専門学校に行くことにしていました。

12年生でCalculus(微分積分)を取っていたので、優塾でもその勉強をしていました。現地校の成績はAでしたが、その専門学校には成績を提出する必要はなく、専門学校の入試は小論文だけなので入試には関係ないし、専門学校に入ってからもその仕事についてからも絶対に使わないであろう難しいCalculusを、彼女は一生懸命勉強するのです。正直、私の方が、「もう二度と使わないだろうし、学校の成績も関係ないのに、よくそんなに頑張れるなぁ」と思ってしまいました。数年前に彼女は専門学校を無事卒業したそうですが、あれだけ努力する子ですから、いつか必ず成功するだろうなと思います。将来が楽しみです。

次に紹介する男の子は、小学生のときはどうしようもないくらい、宿題はやらないし授業にも集中しませんでした。中学に入ると多少は宿題をやってくるようになり、高校に入るとさらに努力するようになりました。ただ、成績がそこまで良くなかったので、4年制大学ではなく2年制のコミュニティー・カレッジに進みました。彼はそこで2年間努力を怠らず成績は常に上位でストレートA。2年後にUCバークレイに編入しました。現在は、みなさんが一度は聞いたことのある世界的に有名なコンピューター関係の会社に勤めています。たまに会うのですが、話し方もしっかりしていてずいぶん大人になった印象を受けました。彼を小学5年生からつい最近まで見ていて、人間ってこんなに成長するのかとつくづく思ったものです。

今上に挙げた3人は、いわゆる頭の良い子では決してありませんでした。飲み込みも悪く、物覚えもどちらかと言えば悪かったのです。しかし、共通していたのは、宿題を完璧にやってきたことです。(3人目の子は、小学生のときはほとんどやってきませんでしたが)

最後にもう一人紹介します。その子は数学の才能がそこそこあり、ほとんど勉強しませんでしたが小学校のときのMathやAlgebraでは常にAを取っていました。しかし、難しくなるAlgebraⅡの後半から様子が変わってきました。才能だけでは解ききれない、ある程度の努力をしない分からない問題が出てきたのです。そこで、彼の成績はどんどん下がってしまいました。優塾に入ってきたのはそんなときで、成績はある程度は戻りましたが、彼の持っている才能を考えると満足できるものではありませんでした。

今、「一人」と書きましたが、実はこういう子は非常に多いのです。Mathにある程度の才能があって、小学生のときはアメリカのMathは簡単なので努力しなくても楽にAが取れ、Mathまたは勉強自体を舐めてかかり、高校生のAlgebraⅡの後半あたりになってから急にできなくなり、初めてMathでCを取り、あわてて塾に来る子です。

こういった子達を見ていると、日ごろの努力の大切さがよく分かります。特にアメリカの大学入試制度は、入学試験しか考慮しない日本と違って、現地校(特に10、11年生)の成績やボランティアなどのアクティビティも見るので、いっそう大事になってきます。日本のように高校3年生になってから心を入れ替えて猛勉強、では遅いのです。

生まれついての天才になることはできませんが、努力することなら誰でもできるでしょう。今月のタイトルの「努力に勝る天才なし」は、まあ綺麗すぎる言葉であり、やっぱり努力だけではいかんともしがたいものがあるのも事実で、努力していても成績が今一つ伸びない子もいます。しかし一方で、成績の良い子は例外なく努力しています。人生もまさにそんな感じです。

「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!!」 by鴨川会長『はじめの一歩』

子供たちは勉強を通して人生の練習をしているのです。子供が勉強しなければいけない理由の一つでしょうね。


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4.レポートを出させる

会社を経営されているお父さん。長女が「4年生になったから、お小遣いを増やしてほしい」と言ってきたので、「学年が上がったからって、なんで小遣いが増えなきゃいけないんだ。理由を作文用紙2枚に書きなさい。納得できる理由だったら増やしてあげよう」と言ったそうです。最初の作文には「友達も上がってるから」などと書かれていたので、即座にでっかくバツをつけて突っ返しました。子供は何回も書き直しようやく納得できる作文を書いてきたので、無事お小遣いを増やしました。

ちなみに、その子が「ピアノを習いたい」と言ってきた時も、「なぜピアノを習いたいのか。習うことによって何が良いのか」を作文を書かせたそうです。子供はいろいろな理由を挙げて自分がピアノを習う理由を書いてきました。その理由に納得がいったから習わせたところ、どんなに大変でも練習を怠らず、自分から「止めたい」とは決して言わなかったとのことです。

長男が信州大学に合格したとき、実際に大学まで行かせ近辺の家賃などを調べさせ最初にいくらかかるのか、月の仕送りがいくら必要なのかを、レポート用紙に書かせました。表計算ソフトのエクセルなどを使って。

これって、将来会社に入って何かを購入するときの稟議書を書く時や、プロジェクトを立ち上げて上司を説得する時や、自分でビジネスを興すのに銀行に融資を依頼しにいく時など、そのための素晴らしい予行演習になっていると思います。

これは我が家でもやりました。勉強に集中するためにずっとやっていたスポーツを止めさせようとしたとき、子供が続けたいと言ってきたので、「なんで続けたいのか、その理由を紙に書け」と言いました。それがまあまあ納得できるものだったのでそのスポーツを続けさせました。大学に入る時のお金に関するレポートもさせる予定です。

ちなみにそのお父さんは、お母さんがガレージに車を入れるときにぶつけて車をへこましてしまったことに対しても、なんでぶつけたのか理由と状況をレポートを書かせたそうです。これはちょっとお勧めしません。

 

余談ですが、私が大学に入った時にある教授が言った印象に残っている言葉があります。

「君たちは大学で何を学ぶのかと言うと、それはただ一つ。レポートの書き方なんだよ」。確かにレポートを書いて上司に提出することは、ものすごく重要ですもんね。私は日本で社会人としては1年しかいませんでしたが、それでもレポートを書かされました。大学で勉強したことはまったく使わない仕事だったのですが、レポートの書き方だけはすごく役に立ったのを覚えています。その点でも、子供のころからレポートを書かせるのはいいかもしれませんね。

 

5.朝6時から家族みんなで勉強

勉強がよくできた子がいました。そのお母さんに聞いた、子供に勉強を習慣づける方法です。そのご家庭では朝6時に起きて、お父さんとお母さんも一緒になって家族みんなで毎朝1時間半の勉強をするそうです。毎朝です。すごいですよね。

これ、我が家でも実践しました!

効果ですか? さあ? 1日で終わったんで、よくわかりません。

 

6.宿題を手伝わない

そのご家庭では、宿題を一切手伝わないのです。どんなに子供が悩んでも絶対に手伝わないそうです。「下手したら留年する」とお母さんが心配しても、お父さんは、「もしこの宿題をしないことで留年するなら、それが彼の実力なんだから仕方がないだろう」くらいにしか言わないで、絶対に手伝おうとはしなかったようです。

その子はアメリカの学校の成績は悲惨でしたが、SATとTOEFLの点数がすばらしく、そして小論文がよく書けたので京都大学に入りました。こんな子が社会に出たときに強いんでしょうね。将来大物になりそうで楽しみです。

ただこの子はアメリカ生まれなので何とかなったということも言えます。日本から来た子に対してこれをやるのはちょっと無理があるでしょう。

 

7.子供の話を最後まで聞く

これは、参考になった育児法ではありませんが、優塾の先生ほぼ全員が思っていることですので、書かせていただきます。

すごくはきはきしてしっかり話すお母さんの子供が、話しを文の途中で止め最後まで言わないことが多々あります。もしかしたら、ご家庭で子供が話しているのを先回りして、そのお母さんが「あー、だから、○○なのね」などと言ってしまっているのではないかと想像してしまいます。子供の話って要領を得なくて、回りくどくてじれったいですよね。でも、子供には最後まで自分で言わせるようにしましょう。

 

8.親が家でも仕事をする

最後は、私の話です。

私の父は仕事がかなり忙しい人で、元日も午後から仕事場に行っていたくらいです。晩ご飯を一緒に食べたという思い出はほとんどありません。家族で旅行したという思い出はゼロです。でも、父が家で仕事をしているのを横で見ていたという思い出はたくさんあります。

父はよく仕事を家に持って帰ってきて、会合の準備や書類作成をしていました。そんな父の横で「これはどういうこと書いてるの?」、「なんの発表?」などとよく質問したのを覚えています。

「家庭に仕事を持ち込まない」はよく聞く言葉ですが、子供に、親がどんな仕事をしているのかを見せることも大切だと思うのです。親が子供に仕事の一部でも見せて、子供に「お父さん(お母さん)が家族のために働いてくれているんだ」と実感させるのも良いことではないでしょうか。

 

以上です。

2か月にわたって挙げたものはどれも、子供の教育にとっては良いものだと思うのです。ただし、継続してできれば。我が家が実践した「朝6時に起きて勉強」も、「家にテレビを置かない」も素晴らしい育児法ですが、継続してできなかったので我が家にとっては何の意味もありませんでした。ダイエットと一緒で、腹八分目、甘い物を控える、毎日腹筋30回やること、1キロ走ればいいのも誰でわかってますが、3日坊主では意味がないのです。

参考になさって、ぜひ実行し、そして継続してみてください。もちろん、自分で良いと思う教育法を考えて、それを実行するのもいいです。本に書いてあるものを真似するのもいいでしょう。あくまでも継続すること。それが一番大事です。


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何人かの親御さんが、12月の『勉強の才能があった子供たち』を読まれて、「その子たちの育った家庭の教育法を知りたい」とおっしゃっいました。ですので、今月はそれについて書きます、と思ったのですが、実はこれと言って目から鱗が落ちるような教育法、共通する育て方がないのです。

親が子供のためになると思う参考書や問題集を買ってきたり、勉強の助けになるような本を買ってきたり、子供を塾に行かせたり、いい学校区を選んで住んだり、夏休みにどこかの大学などでやっているコースに入れたり、テレビやゲームを制限したり、どれもこれもほとんどの親御さんがされていることなんですよね。

子供が勉強ができるようになる、勉強が好きになるような「これだ!」というような万人が使える子育ての方法などないように思うのです。しかしそう書いては身も蓋もないので、今月は私が今までに見聞きしたご家庭の育児法のなかで、個人的に「良いな」と思ったものをご紹介します。

なお、ご紹介するのは私が独断で良いと思ったものなので、これらの育児法についてのご判断は各ご家庭にお任せします。

 

1.子供に質問して考えさせる

20年前の生徒で、勉強がすごくできた子がいました。その子のご家族が優塾のイベント、今ではなくなってしまいましたが、「梨狩り」に参加したときのことです。農場に着いて、「さあ、梨を採ろう」という時に、その子のお父さんが、「真之介、一本の枝にたくさんついてる梨よりも、枝に1つか2つしかついていないやつを選べよ。なんでかわかるか?」、子供が分からなかったので、お父さんは「たくさんついてるのは、養分を取り合ってるから、あんまり甘くないんだ」。なるほどねぇ。それを横で聞いてて、私も枝に少なくなっている梨を採ったのは言うまでもありません。

家族で車で旅行しているときにも、「サンフランシスコまであと200マイル。今時速60マイルで走ってるけど、あと何時間何分で着く?」、「なんで、冬は太陽が低いんだと思う?」などとよく子供に質問をしていたそうです。

この質問ですが、どちらかと言うと、お父さんがした方が良いような気がします。いつも一緒にいるお母さんがすると子供も疲れちゃうでしょうし、それよりは子供と接する時間がより少ないお父さんがした方が緊張感が出て良いと思うのです。

 

2.男の子には厳しく

次は、以前にも教育通信で紹介したことのある子です。

今から15年ほどまえ、サッカーをやっている小6の男の子がいました。試合の次の日「試合どうだった?」と聞くと、「負けちゃった。ったく、うちのチーム、へたくそばっかでさー。俺にボール集めりゃいいんだよ」とふてぶてしく言う、お世辞にも“良い子”でも“かわいい子”でもありませんでした。しかし、私はそのふてぶてしさを頼もしく思い、うちの子もぜひこうなってほしいと思ったものです。

その子が小5の時に、家族5人でカナダへ行ったそうです。その子には弟と妹がいました。

ホテルに着いて夜いざ食事に行こうという時に、その子がおなかが痛くなって動けなくなってしまいました。お母さんは、「じゃあ、私たち食べに行くから、あんた留守番しときなさい。お腹すいたら、冷蔵庫にフルーツがあるから適当に食べてて。じゃあね」そう言い残して、4人で食事に行ってしまったという話です。携帯電話などまだない時代です。

その子は「鬼だよ、あの親」と言っていました。それを聞いて私は「ほんとだなぁ」と軽く言っていましたが、内心「外国で、病気の小学生を一人ホテルに残して食事に行くことができるか。そこまでしなければ、こんなたくましい子にはならないのか」とショックを受けていました。

一方で、女の子にはあまり厳しくすることは良くないように思います。男の子に比べて女の子はずっと大人でしたたかで、厳しく躾てもプラスの方に行くとは限らないからです。女の子が親の前だけでいい子で、陰で他の子を虐めているなどということを聞いたことが何回かあります。

また、ある女子生徒がこんなことを言っていました。その子「親なんか泣いちゃえば簡単」、私「だけどウソ泣きなんか、すぐばれるだろ」、その子「わたし出したいときに涙流せるもん」。コワーー

 

3.テレビや動画をいっさい観せない。親も観ない。

今から15年ほど前、Highly Giftedの学校に行っている生徒がいました。その親御さんに聞いた話ですが、家にテレビを置いていないそうです。まだYoutubeなどありません。夜、それほどやることがないので、本を読むくらいしかないそうです。

現在に置き換えれば、テレビは置かない、ネットで動画は観させない、ということになりますか。これは子供だけではだめで、親も動画を一切観ないようにすべきです。

子供に、ある程度の我慢を要求するなら、親自身もそれを身を持って示すべきだと思うのです。じゃないと、口だけで「早く宿題しなさいよ」とか言いながら、自分はテレビやネットでバラエティを観て、「大人は良いの」なんて言っても子供は心からは納得できません。

家に最初からテレビがなく、子も親が動画というものを一切観ないのだったら、いつも本を読んでいるような環境だったら、学力にプラスになる可能性は大きくなると思うのですが、いかがでしょうか。

それとは別のあるご家庭では、子供が勉強をしているときは一切テレビをつけない、とおっしゃっていました。

井沢家ではテレビを捨てることができなかったので、テレビを裏向けました。ただ、私も妻も2週間でギブアップしました。テレビ無しの生活、きついです。勉強に最適な環境を作るのって難しいですね。

 

来月に続く


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あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願いします

 

去年の10月に「作文を書くコツ」について書きました。今月は、入試作文について思うところを書ききます。

今から20年ほど前、帰国子女入試で高校受験を考えている中3の男の子がいました。入試は作文のみ(800字以内)でした。しかし、彼はアメリカ生活が8年ほどと長かったこともあり、あまり国語力がある方ではなく、漢字は小学校3年生レベルで作文は最後まできちんと書いたことがなかったのです。しかも塾に入ってきたのが入試2カ月前で、あまり時間がありませんでした。

入試作文(論文ではなく)はすごく乱暴に言うと、主に過去のこと、現在のこと、未来のことの3つのうちのいずれかを聞かれます。例を挙げると、過去のことでは『今までに一番印象に残っていることは何か』、『一番うれしかったこと』、『一番努力したこと』など、現在のことでは『自分が大切にしているもの』など、未来のことでは『学校に入ったら何がしたいか』、『将来の夢』などです。

テーマがある程度絞れるとは言っても、作文をまともに書いたことがない彼にはどれもハードルの高いものでした。最初は、『努力したこと』もよくある「英語を勉強したこと」、特に「英検準1級を受けたときのこと」などにしましたが、長い年数アメリカにいたからリスニングで点数を稼いで受かったようなもので、本人がそれほど努力したという自覚がなかったので、良いものはまったく書けませんでした。将来の夢に関しても「英語を使った仕事をしたい」とか、「アメリカと日本の懸け橋になるような仕事をしたい」などと定番を書いても、本人にその気がないので綺麗ごと過ぎて説得力がまったくありませんでした。それに、語彙は少なく漢字で書ける言葉はもっと少なく、とても中学生が書いた作文とは思えないようなものしか書けません。「一生けんめい」くらいならかわいいのですが、「英けん」、「まい日」などと書くレベルでした。

そんな彼に2か月で入試作文を書くのはほぼ不可能で、どうしようかと考えていましたが、彼には一つ素晴らしい趣味と経験があったので、それを活かす方向で作文を書くようにしました。

彼の趣味とはラジコン飛行機です。その飛行機も、モーターで飛ぶおもちゃみたいなものではなく、エンジンのついたガソリンを入れて飛ばせる本格的なものでした。そして経験とは、大人も参加したある大会で3位になったことです。それがわかってからは、どんなテーマでもそれに結び付けて書くことにしました。

授業では、私が「ラジコン飛行機の操縦ってどうやるの?」、「一番大変だったのは?」、「どんな努力をした?」、「大会でどうやって勝ったの?」、「その時の気持ちは?」などと質問しまくり、それに彼が答えてそれが使えそうだったら、「いいね、それ書いといて」とメモらせて、実際の作文を書かせてからも「うーん、こういう表現のほうがいいかな」などと修正しまくって作文を完成させました。

『アメリカ生活で一番印象に残っていることは何か』では、こんな感じでした。

 

アメリカ生活で一番印象に残っていること

アメリカ生活で一番印象に残っていることは、大人も参加したラジコン飛行機の大会で3位になったことです。

ぼくのしゅみは、ラジコン飛行機です。初めは父にラジコンカーを買ってもらってそれを操作して楽しんでいましたが、父の知り合いにラジコン飛行機がしゅみの方がいて、その方にお古をもらったことからラジコン飛行機の魅力にとりつかれました。2次元の車と比べて3次元の飛行機ははるかに難しくやりがいを感じました。

 ―その後、操縦についての話で字数を稼ぎ、

 ―大会に出るようになり、毎日練習した話を書き、

―大会前には朝早く起きて学校に行く前に練習した話を書き、(多少誇張)

 ―大会の準備で飛行機を改良した話を書き、(実際はお父さんがしてくれた)

 ―大会の話で盛り上げ、見事に3位になったことをちょっと大げさに書き、

 ―最後に結論として、

ですので、ぼくがアメリカ生活で一番印象に残っていることはラジコン飛行機の大会で3位に入ったことです。

 

そして、他の過去を書く『一番努力したこと』、『苦労したこと』、『楽しかったこと』などは、最初と最後の文を「一番努力したことは…」、「一番苦労したことは…」、「楽しかったことは…」と変えるだけで、真ん中部分は何も変えません。

現在を書く『一番大切にしているもの』では、3位に入った時にもらったメダルにして、これも真ん中部分はあまり変える必要はありません。

未来を書く『高校に入ったら何をしたいか』は「高校でラジコン部に入りたい。もしなかったら創部したい」、みたいなことを書き、『将来の夢』は「ラジコンではなく本物の飛行機を操縦したい」として、それもラジコン大会の話をメインに書くようにしました。

作文がほぼ完成してからは、宿題でも授業でもとにかく何回も書いて覚えてもらうようにしました。おそらく100回以上書いてもらったと思います。

実際の入試では『高校生活の抱負』というテーマで出されたそうです。その「抱負」という言葉の意味が分からず5分くらい考えたそうですが、高校生活についてはこれしか書けないと、高校でやりたいことを書いて見事合格しました。

彼の場合は、趣味と実績(とは言っても一つの小さな大会で3位になっただけですが)が作文が書けるものに向いていたことが幸運でした。もしも彼にその趣味がなかったら、書くのにかなり苦労したでしょうし、2カ月ではとても満足できるものが書けなかったと思います。

彼の作文を指導して、課外活動って大事だなぁと実感しました。作文が好きな子、書ける子はいいのです。でも書けない子は、課外活動をすべきだと思います。作文を書くために課外活動をするというのも本末転倒でしょうが、やっておいても損はないでしょう。それも、できればマイナーなもののほうがいいかもしれません。以前の生徒にボウリングを本格的にしている子がいて、その子に聞いた話では、大会でいい成績をとることは比較的簡単だとのこと。また、大会によっては優勝すると200ドル、準優勝で100ドルなどと額は大きくないものの、大学に行った時のための奨学金がつくそうで、なかにはそういう大会でコツコツと稼ぎ、高校卒業時に数千ドル貯めた子もいたとか。こういった材料があると作文も書きやすいですよね。

今回は、作文を書くために課外活動はお勧めというお話ですが、そんな理由からだけではなく、課外活動に打ち込めば、そこから得られるもの、人間関係の広がりや将来につながる出会いなどもあるでしょう。学校側も、学力が同じだったら課外活動に一生懸命打ち込んでいる子をより入れたいと思うのではないでしょうか。その意味でも課外活動をお勧めします。


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先月の続きですが、タイトルを変えました。

 

その子は日本で中学に入ってから不登校になってしまい、親戚を頼って中2の2学期にLAに引っ越してきました。最初の授業で、英語を教えたときにはhaveとhasの違いも何も知りませんでした。勉強してこなかったのですから当然なのですが、今までに勉強が遅れている子は多くいてもまったく知らない子を見たことがなかったので、ちょっと驚きました。

教え始め、1週間に1度の授業でもどんどん吸収していく様にも驚きました。それが英語だけではなく国語も数学も、理科・社会もそうだったのですからさらに驚きです。あっという間に自分の学年に追いつき追い越し、中3の夏休み以降は受験問題をひたすら解いていました。正直言うと授業は楽でした。宿題を出さなくてもその子が自分でやろうと決めたことをやってきて、たまにわからない問題を教えるだけで、後は塾に来ても一人で黙々とやっているだけでしたから。

その子を指導して、「才能のある子が本気を出すとここまで伸びるのか」と愕然としたと同時に、「俺ら凡人はどうすりゃいいんだよ」と軽くいじけました。

大学は医学部に行きたいとのことで、理由を聞くと曾祖父が『〇〇医科大学』の創始者で、祖父も父親も医師という由緒正しい家系でした。高校は志望校に合格し、そのあと日本では知りませんが、きっと今ごろは医師になっていることでしょう。もしかしたら曾祖父が建てた大学の教授になっているかもしれません。

 

その子はとにかく算数が好きでした。日本で大病を患って入院しているとき、お母さんが暇だろうからと『力の5000題』というタイトルを見ただけで気が遠くなるような分厚い算数の問題集を買ってあげたところ、入院中にすべて解いたような子です。

それからアメリカに来て、優塾に入りました。6年生でしたが、入院していたため遅れているとのことで、5年生から始めました。しかし教えることがまったくなくあっという間に5年生が終わり、6年生もたしか数カ月で終わりました。

授業中、机の上には常にその本『力の5000題』が置いてあり、ちょっとでも時間が空くとその問題集を開いて問題を解いていました。聞くと、1回すべて解き終わって今2回目だとのこと。計算問題さえももう一度やっているのです。ロールプレイングゲームを全クリした後、またさらにじっくり楽しみながらやる。そんな感じでしょうか。

なんでもじっくり丁寧に解くのが好きで、こんな子が研究者になるのかと思ったものです。

そのころ優塾にはパズルクラスと言うものがありました。パズルは数独のような理詰めで解くもので順位を競わせていましたが、そのクラスでもその子は常に1、2番を競っていました。その子と競っていた子もとてつもなく算数が得意な子で、10年生の時にColliculus(12年生で習う)を終わっていたため、12年生の時は取るものがなかったので大学の数学を通信教育で受けていました。

 

もう1人。そのアメリカ生まれの子は、高校生のときにお母さんと優塾に来ました。お母さんが私に小声で「娘がAlgebraⅡで、Cを取ってしまいまして、それでなんとかならいないかと…」。私が「あー、Cを取ったんですね」と普通の声で言ったら、お母さんが「あー、そんな大きな声で言わないで」ととんでもなく恥ずかしいことをばらしてほしくないかのように慌てふためいていました。Cを取ったのが人生初だったようです。

入塾し1回目の授業で分かっていないところがすぐに見つかって、それを教えて数回授業をしただけで、すぐにAになりました。それ以降はまったく指導することがなくなり、塾に来てもほぼ自習状態でしたが、1年くらい通ってくれました。学校の成績は申し分なく医師になるのが夢で、プリンストンの医学部が第一志望で、ハーバードが第二だったか第三志望でした。受験の神様のような子で、大学受験に有利になるためならなんでもやっていました。そのいくつかを紹介します。

当時の2400点満点のSATで2360点を取り、それでもなお不満でもう一度受けていました。

学校のカウンセラーは、多くの生徒を担当しているのでなかなかアポが取れなかったりします。彼女はカウンセラーを学校で見かけるたびに「ハ~イ、○○」と声をかけたり、日本に行くたびにお土産を買ってきたりと、カウンセラーにひいきにしてもらうためにいろいろ工夫していました。その結果、いつも優先的にアポが取れていたり、推薦文なども簡単に取れていたようです。

大学に出す申請用紙にリーダーシップがあることを書くために、自分で歴史研究だったかなにかの部を作って部長になり、友人何人かに名前だけ入ってもらい、先生にも顧問になってもらい、週に何時間か活動した記録をつけていました。ちなみに、その部員になってくれた子たちもそれぞれ部を作っていてお互いに部員になっていたようです。

ボランティアもかなりしていました。主に病院でしていたので塾の授業にも医療関係者が着るあの青い服で来ていました。高校4年間でやったボランティアの時間はなんと1800時間。

大学は無事第一志望に受かりましたが、大学在学中に恩師の「君は医者になって1人の命を救いたいのか。経営者になって成功すれば、稼いだお金で病院を建設したり、薬を作る研究所に寄付するなどして、何万という人を救うこともできるかもしれない」という言葉で方向転換し、大学卒業後に輸入関係のビジネスを始め、それがとんとん拍子にうまくいき、今ではエステサロン、IT企業、宇宙関連ビジネス、医療関係と様々な会社を立ち上げてそのすべてが順調にいっているようです。

私はSNSでつながりがあるのですが、今では恐れ多くて声をかけることもできません。そのSNSには、彼女の会社で内装をホテルのスィートルームのように豪華に改装したビジネスジェットのCMビデオや、プライベートの写真では自家用ジェット(20~30人乗り)でLAに来ているものや、ドバイでスーパーカーに乗っている写真などもアップされていました。彼女の誕生日パーティーの写真もアップされていたのですが、ハイライズのマンションっぽい自宅のリビングに豪華な料理が並んでいて、後ろにシェフが何人も控えているという、よく話に聞くセレブなお誕生日会でした。

昨年の熊本地震では、大学の恩師の言葉にしたがったのか、物資輸送用のジェット機を政府に無償で貸していました。

いつか優塾にも無償でなんか貸してくれないかなぁ。子供送迎用のヘリコプターとか。

なお、彼女の名前はネットで簡単に検索出来てしまうため、ビジネスに関しては多少フェイクが入っています。

 

いかがでしょう。2カ月にわたり才能あふれる子たちについて書きました。もしかしたら、あなたの子供にもこういった才能があるかもしれませんよ。今は隠れているだけです。そして、その才能を引き出し伸ばすことができるのは親しかいません。そのためには、

・愛情をたっぷり注ぐ。

・子供の好奇心を育てるためにいろいろなものを与える。

・子供がやりたいと言ったことは何でもやらせる。

・褒める。自信をつけさせる。認めてあげる。

これらのことが大事です。

と、よく子育て・教育の本に書いてありますよね。でもなかなかねぇ。どの親御さんも(私も)ある程度はやっていることなんですよね。むしろ勉強が苦手な子の親御さん(私も)の方が、一生懸命やってるんですよね。

親として書きますが、子供が3~4歳の時は「この子は天才じゃなかろうか」なんて思って、その「才能」を伸ばそうといろいろ試しましたが、今では「そんなこともあったなぁ」(遠くを見る目)って感じです。

で、最近子供に言うセリフで一番多いのが、「いいからさっさとやれよ!」なんです。

 

ま、子供が思い通りにならないのは世の常。親が子供に小言をまったく言わないのは良くないと思いますが、あんまり毎日ガミガミ言ってもどうせ思うようにならないんだし、家庭の雰囲気が悪くなるだけだし、いいことはあまりありません。それよりは子供がちょっとずつ成長するのを温かく見守りましょう。そして、子供自身がやる気になるのを忍耐強く待ちましょう。

2か月にわたって挙げた子たちは勉強ができる子ばかりでしたが、勉強ができなくてもまったく違う才能がある子がいます。例えば、すごく優しい子、人の気持ちがよくわかる子、手先が器用な子、人を惹きつける魅力がある子、度胸のある子、話が面白い子などなど。いつか、勉強以外に才能があった子たちについても書きますね。そっちの方が共感が持てるかも。


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筑波学園都市というものをご存知でしょうか。茨城県筑波市(現つくば市)に国や企業の研究機関を集め、そこに博士号取得者などの研究者を数多く集めた研究学園都市です。1970年ごろに始まったのですが、1985年ごろから本格的に拡充したようです。

その学園都市に関して、こんな話を聞いたことがあります。

1980年代、筑波市のある小学校で1学期の終業式の後に、小学生が職員室に行列を作りました。子供たちの言い分は、「通知表の成績に3がついている。こんな成績をもらったことがない。これでは家に持っていけない。何かの間違いではないのか」というものでした。今まで5しか取ったことがない子たちが4や3を取ってしまい、間違いではないかと先生に抗議するために職員室に来たのです。

なぜそんなことが起こったのか。その当時、小中学校の通知表の成績のつけ方は5段階の相対評価であり、例えば40人学級では5が4人、4が10人…、などと各成績の人数が決まっていました。そしてある年、国や企業の研究機関において優秀とされる博士や研究者が筑波市に集められ、その遺伝子を引き継いでいる子供が地元の小学校に通うことになり、上に書いたような状況になったのです。

この話を私は学生時代に家庭教師先の親御さんから聞きました。本当に起きたことなのか気になって今までに何回かネットで調べたのですが見つけることができないので、都市伝説の一つだったのかもしれません。ただ、優塾で一度これに似た経験をしたことがあります。

その生徒は中2の男の子で、私は数学を教えていました。よくできる子で中2はあっと言う間に終わり、塾では中3を教えていました。お父さんは京大卒お母さんは東大卒で、お2人とも理学博士でした。お父さんは何かの研究でこちらにいらしていて、お母さんはある医薬品企業のお仕事をされていました。

9月のある日の授業の時に、彼が「夏休みにお父さんが買ってきてくれた数Ⅲ(高校3年生の数学)のテキストを読んだ。おもしろかった」と言ったので、私は「え? 夏休みの間に読み終えたの?」と聞くとなんと7日間で読んだとのこと。「内容理解したの?」と聞くと「うん、わかったよ」。

中2の子が数Ⅲのテキストを7日間で読んで理解するなんてことはあり得ない、と思い、試しにボードに問題を書いて「じゃあ、『この座標を通って、この3次式に接する直線の式を求めよ』って問題、どうやって解く?」と聞くと、「あ~、それはこうでしょ。まずその3次式を微分して、次に接点の座標を○○とおいて…」。正解でした。高校で数Ⅲを勉強するのは理系の子です。数学がある程度得意な子です。そんな子たちでも1年苦労して履修するものを、中2の子が7日間で理解し、私が問題を出した時には解き方が頭の中に残っていたのですから、驚異的としか言いようがありません。元々の脳細胞の数が違うのかシナプスとかいうのが違うのか質が違うのか…。彼の解答を聞きながら、遺伝子の力を見せつけられたような気がして、どんなに努力しても追いつけない天才というものがこの世にいるのか、と虚しく感じました。

なお、彼のご両親の出身大学や仕事に関しては、以前ご自宅に先生数人で昼食会に招かれたときに伺っていました。

この子は、アメリカに来たばかりの中1のとき、「トイレに行きたい」が英語で言えずに、なんと教室でうんちを漏らしてしまったのです。中1でそんな経験をしたら相当な心の傷が残りそうですが、彼がそれを話したとき普通に、「うんち漏らしちゃったんだ」と、あたかも自分一人だけ忘れ物しちゃったかのように軽く言ったので、それに驚きました。

ノーベル賞を取るのはこんな子なんですかね。

 

次の子は、優塾の生徒ではありませんが、私が現地校でボランティアでMathを教えていた時に出会った子です。

10年ほど前、私は現地校の小学校で授業前の1時間ほど、Mathが得意な子を対象に、今優塾でも授業の合間にしている『面積ブロック』などの理数パズルをしたり、Mathを指導したりしていました。私が教え始めてから4カ月後くらいにMath Olympiad という大会があり、私が指導したチームの一つがサウスLA地区で準優勝でした。でもこれは、私の指導法が良かったからではありません。私が指導していた子のなかに、日系ハーフの5年生でMathがとてつもなくできる子がいたのです。この大会は5人チームの団体戦で5人で数問を解くのですが、1人でもMathができる子がいれば、チームの成績は上がります。私はその子に焦点を当てて、その子が伸びるような指導をしました。それに何人かの子がついて来れて結果的にチームとしても伸びたのですが、大会自体はやはりその子1人の力が大きかったようです。

その子に一度、口頭でこんな問題を出したことがあります。「百角形の対角線の数は何本ある?」。その子は2~3秒考えて「Σ(シグマ)を使うの?」と言ってきました。百角形の各頂点から線を引いていくとどんどん引ける線が減るので、数列に関係するということからシグマ(日本では高校2年で習う)を使うことを思いついたのでしょうが、5年生がそれを数秒で思いつくその知識と洞察力に舌を巻いたのを覚えています。ただ、シグマを使うとちょっと計算が面倒で、算数で解いたほうが簡単に出せます。(3年生の算数で解けます)

彼は数年後に何かのMathの大会でカリフォルニアで2位になったと、風の便りに聞きました。その子に一度、塾で使っているSATのMathのテキストをあげたときに、「Yeah! Thank you!!!」と跳びあがって喜んでいました。それこそ、子どもにゲームをあげたときのような喜びようでした。テキストをあげて喜んでくれた生徒が今までにいたかなぁ、と考えてしまいました。

この子は、学校のすべての教科の成績は悪かったです。宿題をほとんどしていなかったので。それに、他人の気持ちをまったく理解しないでなんでも言いたい放題に言っていたので友達もいませんでした。

自分の興味のあることしかやらない、人の気持ちを考えない、スティーブ・ジョブズのような人物になるかもしれません。スティーブ・ジョブズは結婚した時、ベストマンになってくれる友達が一人もいなかったと聞いていますし、1カ月風呂に入らなくても平気で、一緒に仕事をする人が閉口したらしいので、その子もそんな風になりそうです。もしくはただの嫌われ者か。

 

来月に続く

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