くだらな い唄
今日は極普通、何もない一日で済んでしまった。或いはこれから何か面白いことが興るかもしれないけど、特に期待しちゃいない。
この間本当に色んなことがあって、やっと落ち着いたら省みたり考えたりする余裕が出てきた。勉強しながら考え方を変えてみたり、気分転換しようとしたりするが、何か良い解釈に至ったと思ったらどれもこれも結局糠喜びに過ぎない。落ち込んではいないが、元気でもない。勉強は順調に捗っているのに・・・これはなかなか珍しいことだ。
こういう時は、俺の好きなBUMP OF CHICKENはぴったり。人生が滅茶苦茶で何が何だか分からなくなってしまうと、何故か歌詞も旋律もいつもより新鮮に聞こえる。最近モーツァルトも結構気に入っている。
ウフフフ~★
天王洲アイル、再び
ぶつぶつ言いながら早く起きて区役所へ。今度ちゃんと地図をプリントしておいて、元気がないものを、すたすたと歩き出す。気分なんかどうでもいい。気持ちに負けたら、今日は日本での最後の一日になってしまったのかもしれない。
区役所で外国人登録所証明書の更新。この間入国管理局で在留資格の変更を申請した時、住所がまだ滋賀県として登録されていた儘だと指摘されて、すぐに役所に行って更新してくださいって言われたが、流石俺のことそれをギリギリまで延長して、今日在留資格の取得の締め切りと同じ日にすることにしてしまった。更に、持参している現金は550円。出発時間、午前10時。入国管理局は午後4時までで、その間引き出しをしないと歩いて帰るしかない。引き出しって一言で言っても、俺のカードを取り扱ってくれる銀行は殆どない。今迄こういう時に日本で開いた口座から引き出しをするんだが、今迄「こういう時」と何度も遭ったので、その残高とは600円位の程度だ。という訳で、起きた瞬間から猛ダッシュ。
区役所迄問題はなかったが、それから新宿での銀行に行ったらトラブル発生。引き出ししようにも、ATMから残高不足ってメッセージしか出ない。残高を確認すると俺が求めていた額の10倍以上が表示されるくせに、何故か出てこない。窓口で訊いてみようと思っても時間がなくて、仕方なく要求していた金額を逓次に減らしてみて、或る程度に至ったらやっと金が出てきた。多くはなかったが、少なくとももう少し生きていける位で、そして何より入国管理局迄の往復が出来る程だったので文句なしに早速天王洲アイルへ。
初めて天王洲アイルに行った時から、約1箇月後。前とそっくりの晴れた青空と広い海。緑に包まれた都会の島に、強い魅力を感じた。今の俺、自信なんてちっともないが、何故か良い気分になってしまった。前と同じく道を歩いて河を渡る。管理局に着いたら用件を素早く片付けて、ストレスがふっと飛ばされてしまった。案ずることはもう一つしかない。勉強することしか、何も考えなくて良い。勉強ならできるさ。それしか何も出来ないんだもの。
管理局で待ちながら読みかけた「棒になった男」を、陽当たりの良いところに座って読み終えてから写真を撮りながら駅まで歩いていった。本当に綺麗なところだな、東京って。この街に来て2箇月も経っていないのに、何故かいつの間にか1年間も過ぎてしまったような気がする。
未練
自分の気持ちでも、よく分からない時もあるんだね。それって、馬鹿みたいだね。
今迄何度も何度も考えてたことと正反対のことを言ったりしちゃって・・・もう本当に馬鹿みたい。今なるべく素直になるように頑張ってるんだが、自分の気持ちが分からない時は、無理だね。
過去の欺瞞者の自分と、現在一人前になろうとしている自分、その二人の傍に居てくれた、大事な人。人生の大切な時期を一緒に過ごしてくれた人を切り捨ててしまえば、それで幸せなのか?答えようにも答えられなくて、途方に暮れる。やっぱり、その大事な人のことは、忘れられない。掛け替えのない人なんだ。
一度、友達と話して、前向きでやって早く思い出にしたいって、言ったことがある。それはいいけど、二人でいたのは幸せだったってことだけは忘れてはいけないと彼女が返事した。
確かに、幸せだった。それでも別れたのは、流石に辛かった。辛くて辛くて何度も間違えてしまったじゃないかと思った。弱気になって、ついあの人のことを考えてしまう。すると、その人に対する気持ちが、愛情であれ憎悪であれ、強く、熱くなってしまう。
愛と憎しみは、紙一重だ。とにかくその人に対する気持ちが強いとしたら、それはどの方針に向いているかとは一瞬で変わるものだ。
だから余計に切ない。あれほど好きだった人を、突き放そうとしてもなかなかできないし、それ位しないと寧ろ複雑で微妙な関係になって困る。友達でいようと思っても、その気持ちがもう遥かに友情を越えているからうまくいかない。
もっと素直になろうにも、それは人生が簡単になるとは限らないし、自分の判断を疑うことがなくなる訳でもない。少なくとも、正しいと思うことを、徹底的に貫かなくてはいけない。
初対面
昨日はとっても長い一日だった。
話は火曜日の夕方に遡る。鳴らなくなった携帯が突然暗い部屋の沈黙を砕く。酷く落ち込んでいた俺が笑顔を装って電話に出ると、今回のホストファミリーの戸主だった。この間J大から今回のホストファミリーの住所や家族構造等の情報がアパートに送られてきて、ご挨拶の変わりに早速手紙を出した―ご一緒にお食事でもしませんかと。返事は暫く来なかったが、8月上旬の或る日、元彼女と夕飯を食べていた最中に電話が来て、今奥さんが少し病気なので残念ながらご招待には応えられませんと、懇切丁寧な、でも少し冷たい様に聞こえた口調で説明した。あれから一切連絡がなかった為、今度の電話で結構びっくりした。奥さんの具合が良くなったらしくて、来る日曜日に一緒に昼御飯を食べることになった。電話を切って、流石にこんなことを予想していなかった俺、慌しく部屋を見回して、日曜日迄やらなければいけないことを考え始めた。強引的な気分転換。
そして日曜日が来た。嫌な程長くなってきた髪と、元彼女に貶された眼鏡の儘。お金は片道ならギリギリ足りるだけだが、向こうに着いたら引き出しをしないと帰れない位だった。自信が殆どなくて、緊張していて、そしてその上電車の中で「友達」を読んでしまった。大変悲しませてしまったが、読むのを止められなかった。最低な気分。
駅に着いたら電話して、旦那様が迎えに来てくださって、お宅まで歩きながら話をしていた。其処に着いたら家族に歓迎してもらって、早速食卓で座らせた。食べたり話したり家をツアーしてくれたりした挙句、4時間も経った。話の話題は日本語、英語、政治、9・11、日本政府等、初対面なのに随分暗いお話よね、と奥さんが2、3度も言った。相変わらず大変多く褒めてもらって、長い間対話していないのに余り遜色がなくてほっとした。
後で読み返して比較するのが楽しみなので、此処でM家との初対面の印象を筆記しておく。
1)旦那様のM。60歳。髪が短く、親父に良く似ている太鼓腹の御爺さん。優しい人のようだが、俺が郵政の民営化に賛成だったってことが聴いたら些か苛立ったらしい(今どんな気持ちでいるだろうね)。政治の話は余りしない方が良いかも。それでも二人とも気が合うみたい。ニューヨークについて話をしていた時、黒人が危ないだなんて口を滑らせたことに対して、俺が取った態度に感心したらしい。特に大したことじゃなかったが、それから何度もしっかりしているって言ってもらった。俺が料理が出来ないことが分かったら、彼が通っているクッキングスクールに一緒に来ないかって誘ってくれた。本当に色んなことやってるなと思って、どんなに親父に似ているか改めて感じた。
2)奥様のK。58歳。韓流ドラマが大好きな、典型的な御婆さん。この間胃の調子が悪かったみたいで、まだ完全に回復していないがもう大丈夫なようだ。俺のことを余り心配しないで早く元気になってくれたら良い。とても温かい人みたい。少し話してからJ大のスピーチコンテストに出るように促してくれた。ヨン様だ~い好き!って聴いたら俺が一緒に「四月の雪」を観に誘った。
3)令嬢のE。20歳。大学3年生。高校はオーストラリアで留学、帰国してから大学のクラスは全部英語で行われているという。趣味は飲酒。賢いじゃないかと思う。バイトもしているし、家の中より図書館で勉強するので、二人会う機会は多分余りないと思う。仲良く出来たら良いけど、無理をするつもりはない。
M家と別れて、貸して貰った傘を差して雨の中で帰って行った。電車の中で「友達」と読み終えた。そもそも落ち込んでいた所為か、本が非常によく書かれていたか、充実した憂鬱を味わった。帰ってから食べ過ぎて、散歩して、酒を飲んで寝てしまった。今日もだらだらしていて、更新することにさえも集中できなかった。
ホストファミリーと会えて一安心が出来たが、まだまだ色々と面倒なことを片付けないといけない。
頓馬
今日早めに起き、折角時間的にゆとりがあったので区役所へ歩いてみた。とはいえ、そこまで歩いてみようと思いきや、なかなか思う壺に嵌らず、見事に道に迷ってしまった。来た道を逆戻りしようにもそれはどの道なのか分からなくなり、結構大変だった。漸くアパートの前に辿り着いたところ、出発から3時間も経過した。方向音痴でいるのはどんなに面倒なことを改めて痛感した俺。
朝飯を食べ、音読に取り組んだ。最近は塾の先生に薦めて貰った、安部公房の作品を読んでいる。俺には文藻もなければ隻眼もないので、批評を述べる資格はとてもないけど、取り敢えず彼の本がすっかり気に入っている。英語の文章ならば高校に入ってからクラスで読まされた本以外全然読まなくなり、日本語にしても全くの初心者だから、読む時は本の構造や作家の個人のスタイル等を客観的に評価できない。勿論作家各人の独特に気付くものの、その特徴が良いか悪いかさっぱり分からない。そういう風に本をぼんやりと読み、その挙句一冊残らず好評を挙げる。唯唯引き出される感情を満喫しながら読書と云う勉強に取り組む。昨日「笑う月」を読んで爆笑させて貰い、今日「友達」に憂鬱を覚えさせた。
単純だけど、安部が同音の漢字を書きかえたりするところも好き。刺戟、旋廻、云々。渋い。そう思う俺は、本当にとんでもない馬鹿だ。
勉強の上なんの効果もなかったとしたら、それでも未だ読むかどうかと云う疑問に、答えが見つからない。或いはそうかもしれないけど、英語の文章には殆ど興味がないことから見ればちょっと微妙であろう。それ以上推論するのは趣味じゃない。