デニムの国から -9ページ目
始めて泊まったケイコさんの家は 代々
教員家庭のようで、兄妹5人と父母 祖父母
の大家族だった・・・
皆が忙しく家を出入りしていて 全員で食事
をしたわけではないが、翌日彼女の両親が
運転してくれて 島の南部を観光案内してくれた
旅行をするときは 毎回行き当たりばったりで
その地を愉しむのが 私とトモヨのやり方で
つい 今回の南国旅行も ノープランで
やって来たため、それに驚いたケイコさんの
両親が 気遣ってくれた
びっくりするほど 本土に比べ 暑かった・・・
学生時代に部活で真っ黒になって以来
日焼けが嫌だった私は 海に遊びに行くことも
しなかった為 この南国の暑さは強烈だった
激戦地だった南部地域を廻って 私の目と心は
資料館で釘付けになった・・・
当時の出来事がまとめられた文章を隈なく
読んでしまったため、外で待っていたケイコさんの
両親は かなり心配していたらしい・・・
実際は もっと 深く 色んなことを知りたかったが
待たせている手前 後ろ髪を引かれながら
次なる観光所へ連れて行ってもらった
広島 長崎の原爆資料館より、なぜか深く
私の心に残った・・・
いよいよ 明日からはゴロウさんが案内して
くれることになっていたため・・・
ケイコさんのアドバイスで 今までのイメージ
とは違う 南国らしいワンピースを買ってみた・・
タオル地のピンクのストライプ 何とも私らしくない
可愛らしいスタイルで 出かけたのであった
つづく
友人ケイコさん宅で 泊まらせてもらうこと
にしていたが、どうやら 忙しい家族のようで
私の相手をしてくれたのは 耳の聞こえない
おばあちゃんだけだった・・・
それでも筆談で楽しく会話ができ、終始
愉しんでいたのを見た 友人はかなりホッと
した表情を浮かべた・・・
実際、祖父母が近くに住んでいなかった為
じいちゃん・ばあちゃんとのお話は 嫌いでは
なかった・・・
始めて 空港に降り立った時の感情や
本土とは違った風景や お店の様子など・・・
あっという間に時間が過ぎていった
御仏壇があった場所に入ると
飾られている遺影を見て さらに度肝を抜かれた
なんと父方の本家に飾られている我が先祖の
顔とそっくりだったのである・・・
確か、私の父の祖父で、私からすると
ひいおじいちゃんになるが・・・・もちろん私は
写真でしか見たことはない
それでも 親戚でも何でもない こんな
遠方の地で 偶然出くわした 意外な一致
もしかすると どこかで繋がっていたのかも
しれないが、その後 その謎が解明した
わけでもない・・・
しかし、その後の私の人生を変える 一つの
要因になったことは言うまでもない
つづく
ツネコさんが相談してくれたところ、
偶然にも 私が旅行する期間に ゴロウさんも
帰省する予定だと判明した・・・
もちろん私がお願いした訳ではないが
社交的に では5日間のうち 3日間は
私が 観光案内しましょう!と
いう成り行きになり、
ドタキャンした友人宅に2泊、残りの
2泊は ゴロウさんが融通してくれた
お母様所有のリゾートマンションを利用させて
もらうことになったのである・・・
友人も自分がおいでと誘った手前
かなり 心配して申し訳ないと言っていたが
それよりも 飛行機代を無駄にするのは
もったいないと判断し、さほど交流のなかった
ゴロウさんに観光案内してもらうことで
南国旅行を決行した・・・
それまでの経緯から、伊丹空港まで
出発時に ゴロウさんが私を送ってくれる
こととなり、「では のちほど 向こうにて」と
なんとも紳士的な態度で見送られ
初の南国旅行がスタートした
空港についたとたん、一瞬 経験したことも
ないほどの モワッ~という 生ぬるい空気が
常夏の島を想像させた
迎えに来てくれた友人ケイコさんは
本当に申し訳ない・・・・といいながらも
ついた初日に 出かけないといけない用事が
できたようで、彼女の実家に同居する
耳の聞こえないおばあちゃんと 筆談で
会話を楽しんで過ごし 彼女の帰りを待った
つづく

