いままで、「言葉」を色んなモノに例えてきましたが、
今回は「地図」に例えて
話を進めていきたいと思います。
「言葉」は「地図」に似ています。
「地図」は、初めての場所へ訪れるときや、
自分がどっちに向かって進めばいいのか
分からなくなった時に役立ちます。
「言葉」も同じです。
自分が初めて何かをする時、人生に迷ってしまった時、
やはり「言葉」は便利です。
しかし、「地図」は必ずしも正しくありません。
まして、「古い地図」などあてになりません。
「古い地図」を見ながら例えば「コンビニ」を探しても、
以前あった場所には
もう「コンビニ」は無いかもしれませんし、
以前なかった場所に新しい「コンビニ」が出来てるかも
しれません。
「地図」を鵜呑みにする人は
自分の目で「コンビニ」らしき建物を遠目に見つけても、
「地図に載っていないから、あれは違う」といって
「自分の目」を信じないかもしれません。
「言葉」を鵜呑みにする人も同じです。
直感的に「何か、おかしい」そう感じているのに
「言葉」の方を信用してしまい「自分の心」を疑ってしまう。
冷静に考えれば滅茶苦茶な話です。
(勿論、自分の「直感」を信用できるモノにするには
ある程度、人生の過ごし方に「工夫」が必要ですが、
それについては、また別の記事に書こうと思います)
「地図」も「言葉」も信用しすぎてはいけません。
まず、現実がどうなのか
それを「自分の目」で見て「自分の耳」で聞き
「自分の心」で感じる事の方が、ずっと大切です。
そして、ここからは少し踏み込んだ話になります。
不快に思う人も、いるかもしれません。
世の中は「古い言葉」だらけです。
時代と共に「地図」が変わるように、
「言葉」も変わるべきだと僕は思います。
例えば「過去の偉大な人物の言葉」を
現代においても「そのままの形で信じる人」が多くいますが、
僕は少し違う気がします。
(勿論、今でも「そのままの形で通用する偉大な言葉」は
数多く存在しますが)
仮に、その「偉大な人物」が現代に蘇れば
こう言う気がします。
「いやいや、違いますよ、皆さん!!
僕は、その当時の人間に合わせて、この言葉を残したんです。
現代においてなら、もっと違う言葉を残しますよ!!
そんな古い言葉、いつまでも
ありがたがらないで下さい!!」って。
そして、その人物が本当に偉大であるのなら
「自らの古い言葉」を訂正し「より時代に合った新しい言葉」を
提案してくれる様に僕は思います。
(もう一度あえて書きますが、「古い言葉」が
全て「時代遅れの言葉」と言っているのではありません)
僕は「言葉」は「地図」に似ていると思います。