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春はあけぼの

趣味の話をつらつらと

今日はこれに行ってきました。



だいたいこの界隈を3時間半、歩き続けました。



津田って、隣町なんですが、子供たちが小さい頃、海水浴に行ったきりで、あまりよく知らなかったのですが、立派な神社やお寺がたくさんありました。


なんとなく、志度にいると高松の方ばかりに関心が行きがちですが、津田も昔はたいへん栄えた町だったということがよくわかりました。


情報がたくさんありすぎるので、少しずつ紹介したいと思います。





「津田の松原」と呼んでいましたが、正式名称は

「県立琴林公園」というそうです。


広い松林が続いていますが、

公園内の岩清水八幡宮が現在地に遷った1600年に防風林として植えられたのが始まりで、数千本もあるそうです。


今日は足のメンテナンスをして、早めに寝ます。



今日は、さぬき市大川町富田にあるみろく公園内の歴史民族資料館に行きました。

 

 

 

 

昔の人が使った暮らしの道具が、たくさん展示されています。

 

ここには、県内最古の民家と言われる

「旧恵利家住宅」があります。

 

 

 

 

残念ながら改修中で近づけませんでした。

 

 旧恵利家住宅(国重文)が建てられたのは17世紀末と考えられ、もとは、津田川の最上流部、新名(現、さぬき市大川町田面)

にあった長百姓藻玉氏の住宅であったが、安政年間(1854~60)の頃、沢氏(のちの恵利氏)の所有となった。

保存のため、一時、大川ダム畔に移築されたが、その後は現在地に移された。

 桁行7間・梁間3間半の寄棟造で、屋根は茅葺き、軒先まで葺きおろすツクダレである。

 内部は土間・広間・座敷納戸の三間取りで、納戸の奥に角屋(つのや)とよぶ拡張部がある。

材はおもにクリの木で,大黒柱の下部には、縄を編んだときに磨り減った跡がついている。

 天井は、丸竹を敷きつづらで編み、その上に藁を敷き詰め土壁を塗りつけたもので、「大和天井」という。

 

 

資料館の庭にはこんなものが……。

 

「川東の五輪塔」というそうです。

 

志度寺の海女の墓に似ているなあ……と思っていたら、

やはり、鎌倉時代後期の古いものだそうです。

 

 

 

 

 

先日の記事の続きです。

長尾寺の門前町の中に、「森屋」という屋号の

酒屋さんの建物があります。

今は廃業していますが、「登門」というお酒を

醸造していたそうです。


ここの、赤いポストの横の手水鉢に山頭火の句が

掘ってあります。



「酒のうまさ

   とろとろ虫鳴く」


山頭火は酒好き、というか、お酒に溺れた人だった

ので、お酒に拘る句もたくさんあるようです。


森屋さんのdisplay windowの中にも



「歩く飲む作る

   水を飲むやうに酒を飲む」


「歩く 飲む 作る」


は、放浪の旅を続けて、酒に溺れて、句を作り続けた

山頭火の生き様を表す言葉。


森屋にはもうひとつ、


「雪ふるひとりひとり行く」


 という木彫りの句板(?)があったらしいのですが、

見つけられませんでした。


長尾寺の駐車場の向かいにある細い路地を

入ったところに、「つぼみ荘」という建物

が残っていて、



「歩々到着」という句碑があるらしいのだが、



たぶんこの草の中にあるのだけれど、写真ではよくわからない。

この「つぼみ荘」には、他に


「人生即遍路」

「こんなにうまい水があふれている」

「うれしいこともかなしいことも草しげる」


という句碑があるらしいのですが、見つけることは

できませんでした。




つぼみ荘に句碑ができたのは、平成7年のことなので、28年の間にはいろいろあったのでしょう。


まさに、


「うれしいこともかなしいことも草しげる」


私も28年後、草の中かも……😓


今回の種田山頭火の句碑探しは



この本を参考にさせて頂きました。

「おへんろつかさの会」の大先輩、木村秀雄さんの

手作りの本です。

 志度図書館や寒川図書館でも閲覧できます。


長尾寺に行ってきました。

明日のお焚き上げの準備をされていました。



長尾寺には何度も来ていますが、今日は

種田山頭火の句碑を探しに来ました。



まずは、静御前の剃髪塚の前



「水ちろちろ柄杓もそへて」



次は、今は閉まっているけれど、

休憩場所「静」という茶店の横



「春風のちょいと茶店ができました」


長尾寺の茶店ができたのは、平成6年らしいですけどね。



次は、山門をくぐってすぐの、大クスノキの根元に

「人生即遍路」

「人生すなわち遍路」

と読むようです。


愛知遍路同行ニ人会の久保長造さんが四国四県に

一基ずつ道標の「遍路石」と山頭火が使っていた

行李に書かれていた「人生即遍路」の5字の文学碑

を兼ねて建てました。


香川県は87番長尾寺、徳島県は14番常楽寺、

愛媛県は46番浄瑠寺の網掛堂、

高知県は24番の最御崎に建てられているそうです。


長尾寺には更にもう一つ。



大師堂そばのお寺の東門脇の植え込みの中にあります。


「てふてふひらひらいらかをこえた」


この句は永平寺三句のうちの一つで、

山頭火が悟りを開いたときの句としても有名。


句碑を探して街歩きするのも楽しそうです。



 

古代氏族研究会公認HP 

 

というものを見つけました。

 

志度寺の縁起物語に出てくる海女や凡園子尼の一族である海人族(?)が

何者なのかを、ずっと追っています。

 

まずはこちらを読むことから

 

上古史の流れの概観試論

 

それから、最近になって、三木町に和爾賀波神社というものがあることを

知りまして、

 

古代から続く氏族の和邇氏  と関係があるのか気になるところです。