闇の時期って

誰にもあるんじゃないかと思います。


わたしの言う闇の時代とは…

自分らしく生きられていない時代。


自分らしく生きられないと言っても、

どちらかといえば、


生きるために、自分を守るために演じてきた、我慢してきた麻痺だらけの闇の時代を抜け、


ここから本来の自分に戻りたいと思ったはずなのに、どうしたもんか、宙ぶらりんで、いったい何が真実か、どうしたらいいのか、全てにおいて「わからない」としか言えないような時期。


それが私にとっては闇時期の認識です。



作ることもできず、

ちゃんとすることもできず、

もう頑張れない。


なんとなくザワザワが続いていて、

なんとなく鬱々としていて、

どうしていいのか分からない。


でも、命が叫んでて、

ここにいるーーーって叫んでるのが

闇期だと感じています。


叫んでいるのに、どうしてあげたらいいのか分からないから、本当につらいんだよ…。






何がしたいの?

…そんなこと聞かれてもわからない。


何か好きなことは?趣味とか?

…それがわかればいいんですけど…教えてください。



自分が分からなすぎてガッカリ…

自分らしいって、意味がわかりません…

そんな時期。





わたしは、この時期が

ほんとーーーに、キツかったです。


頑張れていたあの頃にはもう戻れない…

でもどう進んだらいいかもわからない…

死にたいけど死ぬわけにもいかない…

どーしろというのーーーーゲッソリ




そして、この時期に、

(今となってはいらんことしたと思えるんですが、あの時は必死でした)

スピリチュアルな分野の発信や、書籍などをインプットしてしまったのは、ちょっと拗らせるきっかけになったなと。笑



今だからわかるけど、

なんとなく満足できて、何かをしている感覚になれていたので、多少精神的には救われたのですが、問題をすり替えていた感もあり、変な知識だけが増えてしまい、頭でっかちになりますので、正直、おすすめするかどうかは迷います。


スピリチュアルの難しさって、いろんな段階があるもんで、理解できるものもあるけど、訳分からんものもあって、ぐっちゃぐちゃになる可能性があるよね。生き方が合っていないと、何もできない理論バカになるよ。(過去経験ありw)



この闇期にいる人が、一番必要なのは、

ただただ、今の自分の現状をリアルに受け入れること。


何もしたくない。

もう頑張りたくない。

自分の無価値観。

休みたい。

こんなにポンコツか…。


もしそう感じているなら、それが真実。


カラダはどう?

どこが張ってる?どこに緊張がありそう?

自分の体って感じてみたことあるかな??



今までマヒさせてきていたら、特に

そのマヒさせ具合に気づけるようになるまでは

休ませてあげる必要があるんです。


マヒしてたのは、きつい事実を感じたくなかったからマヒさせてたんですよ。


それだけ、感じたくないことを感じる環境だった訳です。そうしないと、自分自身を守れなかった。だから身体がマヒさせて守ってくれてました。そんな身体にごめんねとありがとうを伝えながら、休めてあげて、大切にしてあげてほしいです。



大人になって、本来の自分に戻っていこうとした時、そのマヒした身体や感覚を休ませてあげて、過度な緊張状態をといてあげる必要があります。


危険な状態からの回避でマヒを選んでたんですから、もう危険じゃないよって、お伝えして、戦ったり逃げる準備はしてなくても大丈夫だよって、無意識層にも、身体にも教えてあげなきゃいけない。


ファイトポーズを自分がとっていたことさえ、気づいてない人もいたりしますから。



少し時間が必要です。



この、宙ぶらりんの闇時期って、

今まで親や世間などの他人軸で、受動的に生きてきたことに気づいて、なんとか自分に力を取り戻したいって、ザワザワしながら整える時期です。


力を蓄えて、自分自身と共に、この先の人生を歩き出す決意を固めるための大切な時間です。



この時期の方には、とにかくゆっくりしてほしい。


自然の中を散歩したり

草花に触れたり

動物にふれたり

旬のものを食べたり

何か好きなことがある人はそれをしてみてほしい


今までの自分をとにかく褒めてあげてほしい



何もできない、とか

どうしてこんななんだろうとか

そういう想いに支配されたら、

死なない程度に落ちてみたらいい。

(死んだら人生終わっちゃうから死ぬな。死にたい人は、人生ここで終わったほうがラクだと思うだろうけどさ、自分に与えられた命、舐めたらいかんよ。私も死にかけた。死ななくてよかった。それでも死にたいと思うことは仕方ないと思う。否定しない。でもわたしは、あなたに生きてほしい。)


落ちたいとき、

自分の無力さにもうなにもできない白旗あげるしかないとき、そういう時ってある。


そんな時はただ受け入れるしかない。

無力さを受け入れて、

泣いてみて

悔しがってみて

自分を笑い物にしてみたらいい


落ち切る方法を知ったら、

その後の上がり方に驚くと思う。


自分の中にあるエネルギーにびっくりするよ。



死にたいは

生きたいだからね。



「生きたい」の方向に針が振れて

「生きたい」が発動するだけの

エネルギーをためる期間がいるんだよ。


だから、大事な時期。


ゆっくりさせてもらったらいい。

仕事から少し離れたり

人間関係から離れたりしながら

自分のペースを取り戻していこう。



あなたらしさを封じてきたから

命が息苦しく感じてた。


だからゆっくり深く呼吸させてあげて。





闇の中で見出す美しさをわたしは知ってる。


闇に入ってくれて、

美しい命を守ってくれてありがとう。


私はわたしで在りたい!

そう思ってくれてありがとう。


たったひとつのあなたの命、

しっかり休んで充電してから

今度は存分に表現していってください。




人生で暗い所を経験してるとね、

ちょっとの明かりがすごく明るく思えて、心の底から感謝ができる。

感謝できるって、すごく大きなこと。

当たり前じゃないんだよー。











こんにちは。

ラマトの森 山本陽子です。


子どもはもちろんですが、

大人たちもみんな

それぞれの個性や特性があります。


持って生まれているものです。


それをピッカピカに輝かせて生まれてくる。


赤ちゃんたち見てたらわかりますよね。


命の尊さ

純粋さ

あの小さな小さな身体に、

おっきな奇跡を感じます。


生育環境だったり、

人間関係だったり、

教育だったりを通して、

いいものも悪いものも獲得して

分厚く成長していきます。



普段の生活を、

ただ何の変化もない中で

受動の姿勢で送っていくのであれば

そこまで負担や不自由を感じることはなく進んでいけると思います。


が、人生に変化が起きるとき、

もしくは自分の人生に変化を起こしていくとき

自分から能動的に掴みに行く時には、その獲得してきたものが足を引っ張ってきます。


子どもが産まれるとか

結婚する、離婚する

何かに挑戦する

移住する、独立する、

など、変化として大きなものですが、


大小に関わらず、

自分自身の今までのパターンを変えていくことは

かなり大きなストレスになります。


慣れていたことを手放して、

新たに構築するのは疲れますよね。



どうやったらそのストレスは越えていけるでしょう?



そのストレスパターンを捉え直すことができたら

どうでしょう?



今までA地点から観ていたものを

B地点からの視点に変えられたら、

同じものを観るのでも、違う面が見えはじめ

今までとは違う感覚で捉えられるようにならないでしょうか?



特に、親子の間で獲得したパターンは

私たちの生活に大きな大きな影響を及ぼします。


いいものも、悪いものも、

どちらも親の影響、親子の関係性の影響を受けるんです。そして、それは世代を超えても受け継ぎます。重ねますが、いいものも、悪いものも、両方です。


大人になるまで

20年30年40年と

その影響下で生活してきて、

現実世界で起こるトラブルや不具合をきっかけに気づいて、その絡まりをほどいていくのは、なかなか自分ひとりでは難しい作業です。


そして、それは逆から見ると、

子どもさんをお持ちの親御さんにしてみれば

子どもたちに対して自分はどんな親であるのか。


親がどれだけシンプルな自分自身として、子どもたちに対峙していけるのかが、こどもたちの未来を決めるということです。



個人セッションをさせていただく中で、

そして子育て中の親子さんに出会わせていただく中で、

「人」の面白さや、

世界の面白さ、不思議さに

感動することばかりです。


みなさんそれぞれに、唯一無二の人生を歩まれている。いろんな経験に苦しみ、悲しみ、でもそれがあるからこそ湧き上がる欲求や目標に向かって歩まれていて。

その本質に触れさせていただくと

本当に美しくて涙が出ます。


絡んだ糸をほどいて、

本来の自分に戻るんだ!と、

もがいていらっしゃる方といると

すごい生命力を感じます。


自分を生きる!とコミットされている様子はすごいパワーで、周りに与える影響も凄まじいんです。




もしも、悩まれていたり、何か引っかかっていることがおありでしたら、ぜひ個人セッションにお越しください。


あなたの持つ悩みや、

ご自分では闇と思っているものを

ひかりに変えるポイントをお伝えします。

どうにかしたい!と思った時にお越しください。




※闇にこもっていたい時はあります。

そう言う時は、セッションはオススメしません。

充電がキレてしまっている時は、下手に動かないのが手です。またこの辺りについては別で書いてみますね。


こんばんは、

ラマトの森 山本陽子です。


自分自身が感じていることを

ちゃんと感じるって

みなさんできているでしょうか?


プラスの感情は

その瞬間に、グワっと幸せになれますので

きっと存分に感じていることと思います。


今日書くのはマイナスの感情についてです。

たとえば、私にとってわかりやすいのは

怒りの感情。


どうしてこうしてくれないの?

どうしていつもそうなの?


大切にされていないと感じる寂しさなどから

怒りが爆発しちゃったりして。

怒りって、エネルギー的にも強いものだから認識しやすいし、本当の願い「大切にされたい」っていう所にも行きつきやすい気がしています。



今日書こうと思ったのは、

ちょっとしたザワッとをそのまんまにしてたりする、そういう爆発するほどじゃないマイナス感情について。


最近、私はこういう、ちょっとしたザワッとをたくさん感じるようになりまして。


で、ひとつひとつ丁寧に対処していってみてるんですが、これがもう、ため息レベルで多かったんです。自分自身への不義理といいますか、大切にしてあげられてなかった部分を見せつけられた期間でしたね…。


4月はほぼこの対処をしていたかもしれません。


「対処」っていう言葉が本当にぴったりで、

やっちまった感満載な出来事への処理という感覚。


例えば、

腹のそこから求めてはいないけど、お付き合いもあるしなーと思って参加していたコミュニティが、どんどん負担に思えてきて、損得感情が出てきたり、イラッとしてきたり。

元をただせば、本心で必要と思っていないのに参加した自分が悪いんだし、最初参加する時のザワッをスルーした自分へのイラつきなんですよね。


とか、

お約束期限がとっくに来たはずなのに、何の音沙汰もなく、その後、日だけはどんどん過ぎて…みたいなのとか。

最初に「あれ?過ぎたな…」って思った時にすぐ連絡しとけばいいのに、向こうの都合もあるのかも、とか仏心が発動してみたり、そうこうしてると、そこから少し拗れてきて、このまんま放置して、先方の申し訳ないっていう心理的負担をしっかり感じてもらうか…みたいな教えモードになってみたり…汗


結局、堪忍袋の緒がキレて、私からどうなってるのメールをするっていう。

さっさと対応してスッキリしといたらよかったのにね。先方との間のザワザワがその分蓄積されるじゃんね汗

(友達だったら笑って終われることかもしれないけど、仕事関係だと、もうここで終わり…)

これも、自分の不快感を早い段階で丁寧に除去してあげなかったからなってる。


もっともっと、大小いろいろだけど、こういう感じのものがたくさん見つかった。


もとをただせば、私が外側の軸で行動してるからそうなってるだけなんだよね。


どう思われるかな

悪く思われるのはいやだな

向こうにも事情があるんだろうし

知らなかったんだろう、きっと


そんな風に、相手や世間を上に置いて

自分の感覚を鈍らせてる。


いや、自分の感覚はきてるのに、

それを選択することを躊躇して、相手に合わせたり寄せたりして。


それが相手のためになるみたいに思ってる。

けど、それは違って、

そうした方が

自分が悪く言われなくてすんで、

いい人に思われて

後でプラスになって

みたいなのがあるんじゃないかな…



大切にしなきゃいけないのは

自分自身なんだよ。


お金も時間もエネルギーも。

無駄遣いしてるのバカみたい。


こうやってエネルギー漏れを起こしてるから、

本当にやりたいことに向かえなくなる。



どんどんこういうことに気づいていく。


今まで何してたんだろうって思うほど。


例えばだけど、

目上の人と外でコミュニケーションとるときの言葉選びにしても、ハッとした瞬間がある。


正しい言葉遣いはしたいし、

尊敬をあらわす喋り方をしたいけど、


自分の意見を、微妙にオブラートに包んで

当たり障りのないものに変形させてるのに途中で気づいた時には、「うわーーー」って叫びそうになった笑


途中から軌道修正できる部分はしてみたけど、

ちょっと変に思われたかもしれない。


気づき出したら、止まらなくて、

疲れ果てるほどに、エネルギー漏らしてる場所が特定されていった。


もしかしたらまだ出てくるかもしれない。


でも、この流れで、できる限り特定して

自分の悪しき習慣は手放したい。


ハートがざわつくこと

潜在意識的に心地悪いと感じ始めたこと

とことん手放していこう。








ラマトの森 山本陽子です。

こんにちは、お久しぶりです。


前の記事を見て、びっくり!!

1カ月半ほど経っておりました。


日々の生活を丁寧に、感じきる!となると、

ブログに後で何かを書くことに、エネルギーが乗せられなくなって、とまっていました。


コツコツ淡々と、毎日投稿を、

と思う時もあるのですが

今は、全くこのまんまでいい!と思う心境です。



というのは、

ビジネス系のYouTubeを拝見していた中で、


自分がその商品を購入するまでに、

または

その師事する人に会いにいくと決意するまでに

どれだけの時間をどこに費やしたか?

という質問があったんです。


その動画内のクライアントの方々は、

YouTubeで100時間ほどみました、とか

50時間はゆうに越してます、とか答えていらっしゃいました。



で、です。

私自身がどうやって決めてきただろうかと思い出してみました。


キネシオロジーに出会うきっかけは

ブレインジムの個人セッションでした。

それは、血縁関係からのご縁でやってきて、

私が悩んだのは半日。

悩んだといっても、子どもの世話を確約とったり、実家に夜ご飯のお願いをしたりの作業込みで半日を要しました。

当時は完全な専業主婦で、うろ覚えですが、当時7500円だった個人セッション料金を先生に支払うことにも、かなりのドキドキがありました。

料金を聴いてもいなかったし、個人セッションなんて初めてだったので笑、数万円を財布に入れて、これで足りるのか分からずドキドキしながら行ったのを覚えています。


その後ブレインジムの公式講座を受けると決めたのは直感。

かけた時間も何も、開催予定の記事をみて、瞬間的にメッセージしていました。そこからは、考えることはなく、インストラクター取得のゴールまで駆け抜けた感覚です。

(もう手放しちゃいましたが…)



そんなに大きなお金をかけたこと

多くはないんだけど、


ビジネス系のコミュニティに属した時、

その方の講座も受けました。

久しぶりに大きなお金を使ったかも。


その方いわく、受講生さんたちは、それこそ10年単位でブログなどを読んでから来られる方が多いのだそうですが、私はその方のブログを見つけて、数日間読んで、ピンときてすぐ申込をしていました。

1記事に5分かけていたとしても、多く見積もっても所要時間は1時間ほどだと思います。

ピンときた感覚で。


自分の感覚のあとは、入り口のセミナーか何かでリアルで(zoomで)自分の感覚に対する答え合わせをしたら、もうGOサインでした。


直感と、この会った時の感覚が異なることほぼありません。それは見てるっていうより、感じてるから。



他にも思い出してみても、

大きな決断ほど瞬間で、感覚で、していて


迷ったり、考えたり、相談したりしたものほど

途中でやめているし

自分の感覚を無視していることがほとんどです。

(中には自分を確認するために、意図的に逆に触れに行ったなと感じるものもあり、自分のヤル気に驚きますw)



ということで、

私に感しては、やはり感覚の人なんだなと思うし、

同じように、直感や感覚でキャッチしてくださる方々の目に、感覚に、とまればいいのだろうと思ったのです。


とにかく私自身が澱んでいないことが大切で。


清らかでいられることが大切で。


エネルギーそのまんま

文字にしてる感じで書くことが大切。



でも、それが当たり前になっていて

かつ、淡々とたくさん投稿できている方がいいのは歴然としているのでね。


自分を整頓しよう。

手放し、整えることを常にしていこう。


習慣化の筋トレにも取り組んでみよう

と思った次第です。




みなさまは、

どんな行動によって意思決定していますか?

意思決定までにかかる時間はどのくらいでしょう?





【 結論や解決策をスパッと出したい 】
【 白黒つけて終わらせたい 】
 
みなさまは、そう聞くとどう感じますか?
自分の事のようですか?
いかがでしょう?
 
 
自分自身との関わり、
子どもとの関わり、
夫や妻、パートナーとの関わり、
職場の仲間との関わりなど
 
時や場所、関係性などによっても

どのような対応をするかは変わるかもしれませんね。

 

 
少し、振り返ってみていただきたいんです。
 
 
 
わたし自身は、
白か黒か
0か100か
ハッキリ答えがほしい人間として
長年生きてきた過去があり、
 
ありがたいことに長男を出産して
発達グレーの診察 → テスト → 診断書  の経験から、
(だからなに?て今は特に思ってますけどもw)
 
 
本当に私の当たり前を
とことん壊してもらう育児期で、
育児ではなく
育自をさせていただいてきました。
 
 
彼のおかげで、
ずいぶん曖昧なものも
需要する力ができたし、
 
自分の固定概念を
とことん炙り出されて、
苦しかったからこそ
中庸を取れるように
見つめてきたんですね。
 
 
が…
 
 
やはり癖とか概念というのは
気づかないほどに日常化していて。
 
昨夜家族で話をしているときにハッとしたんです。
そう、冒頭の、
【 結論や解決策をスパッと出したい 】
自分に気づいてしまいました。
 
そして、自分が基本全部仕切ってる。
話合いを誘導しとる…
誘導のエネルギー半端なかった
 
_:(´ཀ`」 ∠):
 
気づきたくもなかった
こんなわたし…笑
 
 
仕事では「対話」なんて単語を使ってるもんで、
意識してやっているけど、
 
家庭となると、できてませんでしたー
 
残念(´ー`)
    
 
 
 
わたしにとってはなによりも家庭は大事!
わたしの安心のベースであり
夫や子のベースでもあります♡
 
ーーーーーーーーーーーー
↑↑
意識しているからできる。
意識しないと誘導したくなるっていうのは、
私的にはまだ腹に一物「ある」んですよね…
 
意識しなくてもできる状態まで
持っていくために
日々気づいておく地道な修練が始まるのです。
 
成長幅、まだまだありますね…わたし。笑
ーーーーーーーーーーーー
 
とにかく、
素直に感じていること、思っていることを伝える。
わたしが結論を出す必要性はない。
(仕事の立場によってはトップダウンで必要な場合もあるでしょうが…)
 
みんなが公平に
思っていることを口にできる
横のつながりの場なら、
結論は勝手に出るでしょう。
 
解決策も、勝手にそこへ辿り着く。
 
     
自分自身の固定概念に気づくのは
なんとも面白い瞬間です。
 
無意識を意識化する。
それは丁寧に生活すること。
 
 
無意識も意識もつながっているし
同じところにありますから。
 
 
どうありたいか。
どんな自分であることが
心地よいのか。
 
いつも基準は「そこ」ですね。
 
 
この方は喋らずとも、
薄目で言いたいことを伝えてくるので…