新聞がなくなる日 | A Day In The Boy's Life

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とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

アメリカの新聞の没落、加速中 @ TechCrunch Japanese


ただ、新聞がなくなることは(恐らく)無いでしょう。

専門家の意見がまとまって読める新聞という媒体は便利なものだし、紙というのは持ち運びに優れていて、さらに人間にとってもっとも読みやすいものでしょうから。


「その情報はネットにもある」というのは確かにそうで、ある時の情報までしか紙面に載らない新聞と違って、ネットではリアルタイムに情報を得ることができます。

しかし、内容の濃さは新聞の方が勝る場合が多いですし、PCを通してしか情報が得られないネットの特性に対して新聞は手元にあればそれを何時でも読み解く事ができます。

例えその情報が少し古くとも、じっくりと内容を理解したいという場合には新聞の方がよいとも思います。


ここまで書いておいてなんなんですが、私は新聞を読みません。

それは、先ほど書いたようにその情報はネットにあるという考えからですが、もう一つあるのはその情報の専門家の詳しい意見を理解するのを諦めているからです。

つまり概要だけを知りたいと思ってしまっています。

興味があるのであれば、詳しい内容を知りたいと思いますが、新聞のようにあれもこれも詳しく書かれても、そのどれもが読みたいわけではないと思ってしまうのです。

まずは、興味があるニュースがあるのかどうか。詳しく知りたいと思うのはその次にあるのです。


新聞が没落している理由の一つには、本来新聞が必要なかった人が顕著化してきて、新聞が本当に必要な人の数に収束しているからではないかと思います。

私の学生時代にも経験しましたが、販売員の人が来て半ば強引に新聞を勧めてきました。

読んでおいた方が勉強になるからと。

親にもそのように進められ、新聞を取る事にしましたが、案の定テレビ欄以外ほとんど見ることがありませんでした。

確かに世の中の動きには興味がありましたが、私にとっては(まだ当時はそれほどネット上でニュースコンテンツが配信される事が少なかったため)テレビのニュースを見るだけで十分でした。


今でもそのような考え方はあまり変わっていませんが、年を取ったせいか少しだけ色々なニュースにも突っ込んだ興味を持てるようになっています。

しかし、世の中の全てのニュースに興味があるわけではありません。

いや、実際世の中の全てのニュースに興味を持ってしまうと時間が幾らあっても足らないため、追うことを諦めています。


そんな考えを持つ人は多いのではないでしょうか。

新聞を隅から隅まで読んでいるという人は少数だと思います。

興味が無くとも、そのニュースに触れる事で自分の新しい考え方が生まれたり、興味がわいてくる場合もあるのでそれが無駄だとは思いません。

仕事でもプライベートでも色々な情報にさらされて、日々取捨選択していく中で世の中の全てのニュースに興味をもてるほど今の人たちは時間に余裕がないとも思えます。


もし仮に、自分の興味のあるコンテンツだけをピックアップしてくれる新聞があったら、私は購読すると思います。

しかも、それはネットでは見ないと思います。

先ほども書いたように熟読したいなら紙の媒体を通した方が読みやすいので。

ですから、新聞社のサイトで興味のある記事の概要に触れ、それが本当に興味を持ったのであれば、CMでよくある「続きはウェブで」の逆バージョンである「続きは新聞で」という流れでも私はありかなと思うのです。


新聞はもう古いメディアだという事はないはずです。

ただ、テレビ同様に大衆化したニュースを一斉配信をしているところに問題があるのではないかと。

万人が興味を持つニュースはありません。

新聞社はその優れた情報分析が行える組織を活かしつつ、個々のニーズに沿った情報配信を考えなければならないときに来ているように思えます。