こんにちは! さくますです。
先日、姉と実家に行きました。
実家で、両親と食事をしたり、話をしながら
父と母の言動や、様子を見ていて
改めて感じました。
しあわせそうじゃないなぁ
って。
もちろんね
今はもう、二人とも高齢で
身体の自由もきかなくなってきて
いろいろ、不便だったり
不安だったりもあると思うから
元気でしあわせ!
というふうになれないとは思います。
でもね
思い返してみると
昔から
私が子どもの頃から
しあわせそうには見えなかったんですよね。
特に母が。
夫は、妻がしあわせだと自己肯定感が上がるので
母がしあわせそうだったら
父は全然違っていたと思います。
母はいつもなにかしら不満そうだったし
父に対して文句や嫌味をよく言っていたのでね。
今でもそうですけど。
母は視力が弱っているし
身体の調子も悪いので
父が家のことを全部やってくれているんですけど。
母は
「お父さんがいないと何もできない」
と言いながら
感謝ではなくて
嫌味ばかり言ってる。
母自身は
嫌味を言ってるつもりはないと思います。
無自覚です。
でも
母は、心の欠乏感により
『ない』ばかりが目につくので
どうしてもそうなってしまうんですよね。
自由のきかない自分の身体に対しても
「こんな身体、どうしようもない」
と責めてばかり。
歳取ってるんだし
仕方ないのにね。
長年頑張ってきてくれた
身体に感謝して、いたわって
『ある』ところを見れば
しあわせが感じられるはずなのに。
まぁ、
何を言っても
母の耳には入りませんが。
母は、とても真面目で、愛情深くて
仕事にも情熱を持っていたし
私たち、子どもに対しても
何不自由なく育ててくれました。
でも
なんていうか
いつも
外側のこと
なんですよ。
趣味にも打ち込むタイプで
仕事を引退してからは
絵画の個展をやったりとか
踊りの名取りを取ったりとか
打ち込むものがいつもあったんだけど
でも
楽しそうには見えなかったです。
次の個展はどうしようとか
次の発表会は、とか考えていて
いつでも
次の何かを目指してる感じ。
そして
私たち子どもに対しても
旅行に連れて行ってくれたりとか
一緒に過ごす時間はあったけど
もちろん楽しい時間ではあったと思うけど
母自身が楽しんでいたか、っていうと
どうなんだろう、って感じ。
もし、母に聞いたとしたら
楽しい、とは言うでしょうけどね。
おそらく
母は
今、この瞬間の
自分自身に
意識が向いていなかったのだと思います。
昔から
そして
今もなお。
仕事とか、いろいろなことについて
この先、こうしよう、ああしなきゃ、とか
子どもたちのこと
ああしてあげよう、こうしてあげなきゃ、とか
結局ね
今の自分が、お留守なんです。
いつも、意識が
先のこととか、外側に向いていて
今の自分に向いていない。
「今、ここ」
を感じられていない。
味わえていないんです。
母は、病気になって
目が不自由になって
打ち込んでいた趣味もできなくなって
何もできなくなってしまって
皮肉だけど
やっと
自分自身に意識が向くようになった。
でも
やっぱり
自分のマイナス面
『ない』部分しか
見えてこないんですよね。
だから
自分の身体に対して文句ばかり。
そもそもの
意識が
『ない』
だから。
(もちろん母は無自覚ですけどね)
母のことを愛しているし
感謝もしています。
でもね
こんなふうに
自分がお留守の人に育てられたら
どんなに大切に育てられても
そりゃあ
私も、心が満たされず
漠然とした不安感や
欠乏感を抱えて当たり前だよなぁ、って
改めて、思いました。
そして
私も
自分がお留守のまま
息子に対して
こうしてあげなきゃ、ああしてあげなきゃ、って
先のことばかり考えて
育ててきたよなぁ、って。
そりゃあ、息子も
満たされないし、安心できないですよね。
このままの自分でいいって
思えるわけがない。
だって、お母さんが
「今、ここ」
にいないんだもん。
なにかしなきゃ!って
いつも先走ってて
今この瞬間の
自分の存在を、ちゃんと見て、感じて
受け入れてくれていないんだもん。
お母さんが
「今、ここ」
にいて
この瞬間を味わって
しあわせでいることが
心から笑ってくれていることが
子どもにとって
どんなに嬉しくて、安心で、満たされることか。
本当に実感します。
うちの母を見ていて。
相変わらず私たちの身体の心配をする母。
私たちのことなんかいいから
心配なんていらないから
全然大丈夫だから
頼むから
自分がしあわせになりなよ。
自分が機嫌良くいられる努力をしてくれよ。
やってることが
全然
お門違いなのよ。
子どものためになってない。
マイナスなのよ。
奪ってるの。
そう思うと同時に
私が
息子にできる最善のことは
私が、自分に意識を向けて
今、この瞬間を味わって
しあわせでいること。
これから
私が心から楽しんでいる笑顔を
何回息子に見せられるかなぁ
なんて思いました。
息子に関することで喜ぶんじゃなくてね
息子に関することでしあわせを感じるんじゃなくてね。
それじゃあ
子どもに乗っかってるってこと。
奪ってますよね。
子どもから。
子どもは
無意識だけど
お母さんを喜ばせなきゃってなっちゃう。
お母さんの期待に応えられない自分はダメ
ってなっちゃう。
子どものことで喜んじゃダメ
とは言ってません。
でも
大前提として
お母さんが
自分だけで
子どもに関係なく
しあわせでいられること。
今、この瞬間を
自分一人で、味わえて
喜びを感じられること。
それが
子どもにしてあげられる
最善のサポートだし
そうなると
子どもから
エネルギーを奪うのではなく
安心を与えられる
お母さんになれるのです。
今では
こんなエラそうなことを言ってますけど
私も、息子にどっかり乗っかってましたから。
でも、変われるんです。
自分一人で
今、この瞬間を味わって
しあわせを感じられるようになる。
ただ
自分といるだけでね。
そうなると
しあわせになるのって
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