ただ愛する以外には何もいらなかったのに | 不登校の子どもが動き出す魔法

不登校の子どもが動き出す魔法

子どもの不登校は問題ではありません。
もし問題だと思うなら、それはお母さんに向き合うべき問題があるよとお知らせしてくれています。
お母さんが本当の自分の人生を生きるチャンスをくれているのです。
お母さんが変わると、子どもが魔法がかかったように動き始めます。

 

 

こんにちは照れ

 

 

 

 

 

 

息子は今、スマホゲームに夢中です。

 

 

今日もフリースクールはお休みするようです。

 

 

今通っているスクールは午後から始まるので

 

朝がゆっくりできていいです。

 

 

不登校の子どもの生活リズムに合わせて

 

そうしているんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

息子は、また夜中に

 

かさぶたになっている

 

頬の肌荒れをこすってしまったようで

 

朝起きたら枕にリンパ液がたくさんついていて

 

肌荒れも悪化していたので

 

かなりショックを受けていました。

 

 

 

昼間は全くかゆくないらしいんですけど

 

どうしても夜中になると掻いてしまうみたいで。

 

 

 

 

掻いても大丈夫なように

 

全ての爪にばんそうこうを貼ってみたり

 

いろいろ工夫してはいるんですけど

 

なかなか難しいですね。

 

 

 

 

今は、介護用の

 

お年寄りが点滴を引き抜いたりしないための手袋

 

(わかります?)

 

私も今回いろいろ探してみて初めて知ったのですが

 

その、うちわみたいになっている手袋を

 

はめて寝ています。

 

 

 

でも、それでも寝ながら

 

その手袋ごしにこすってしまうようです。

 

 

 

 

こうなったらもう

 

両手を縛って寝るしかないか!?

 

なんて、今朝話していたところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

息子の肌荒れがまた悪化してきてから

 

一緒に頑張って治そう

 

と話し合い

 

 

 

まずは生活リズムを整えよう

 

ということで

 

息子は、夜中のスマホをやめて

 

早めに寝るようになりました。

 

 

 

 

 

でもやっぱり、ついつい

 

もう少し、もう少しだけと言って

 

起きていたくなっちゃうんですよね。

 

 

 

 

 

なので、夜寝る時に

 

布団に横になって

 

私が息子の足をマッサージしてあげることにしました。

 

 

 

 

私がマッサージしてあげている間

 

息子は本を読んでいます。

 

 

 

 

息子は、その時間が心地良いらしく

 

それをしてもらうために

 

時間を守って寝るようになりました。

 

 

 

 

 

 

私もね

 

マッサージしている側なんですが

 

とっても心地いいんです。

 

 

 

その時間がとても好きです。

 

 

 

 

 

かつての私だったら

 

こんなふうに思えなかったと思います。

 

 

 

 

「なんで、私がこんなにしてあげなきゃいけないの!?」

 

と思っていたと思います。

 

 

 

形だけマッサージしてあげたって

 

息子も私も

 

心地良いとは思えなかったと思います。

 

 

 

 

 

私の

 

息子に対しての

 

心配や不安や、期待の気持ち

 

 

さらに

 

ちゃんと育てられなかったという罪悪感や

 

なんでこんな目に合うの?という被害者意識

 

 

 

 

そういったのものを全て手放して

 

 

 

自分からとめどなく溢れてくる

 

息子への愛情を

 

ただただ感じている時間。

 

 

 

 

なんというか

 

自分の愛に包まれているような。

 

 

 

 

 

 

ああ

 

 

私にこんな無償の愛があったんだなぁ

 

 

って感じます。

 

 

 

 

それを感じるのがとても心地いいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年間、保育補助の仕事をしていたことがあって

 

 

朝7時〜9時までの2時間だけ

 

お子さんを迎え入れる時間帯ですね。

 

 

 

 

その頃

 

短時間勤務で気が楽でしたし

 

子どもたちが本当に可愛くて

 

とてもしあわせな時間だったのですが

 

 

 

 

 

ただ

 

時折

 

お子さんを送ってきたお母さんが

 

お子さんと別れ際に

 

 

 

 

お子さんを

 

ただただ愛おしそうに

 

ギューッと抱きしめるのを見ると

 

それを見ている私の胸のあたりが

 

キューッと締めつけられるように

 

一瞬苦しくなる感覚がありました。

 

 

 

 

 

 

もちろん

 

それぞれの親子にはそれぞれの事情があり

 

あくまでも私から見ての印象なのですが

 

 

 

 

そんなふうに

 

ただただ子ども愛おしむこと

 

 

 

 

心配や不安や

 

いろいろなフィルターをかけることなく

 

 

目の前の子どもを

 

自分から湧き出る愛情で

 

ただただ包み込むこと

 

 

 

 

そして

 

その時の

 

お子さんとお母さん双方の満たされた表情。

 

 

 

 

 

それを見て

 

「ああ

 

私はこんなふうに息子にしてやれなかった。」

 

 

という

 

 

後悔や罪悪感

 

悲しみや絶望などの感情が

 

一瞬にして押し寄せてきて

 

 

胸がキューッと苦しくなったのだと思います。

 

 

 

 

 

 

ちょうど

 

その頃

 

息子は部屋に引きこもって

 

荒れている時期でしたしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

息子が幼い頃

 

私は精神的に全く余裕がありませんでした。

 

 

 

ちゃんと育てなきゃ。

 

ちゃんとしたお母さんにならなきゃ。

 

 

 

この子の才能を、可能性を

 

私が伸ばしてあげなきゃ。

 

 

 

 

そんなふうに

 

いつも何かに追い立てられるように

 

子育てしていました。

 

 

 

 

 

息子はずっと目の前にいるのに

 

いつも息子を見ているようでも

 

ちゃんと息子の心と

 

向き合えていなかったと思います。

 

 

 

 

 

 

それは

 

私の

 

「役に立たなきゃ価値がない」

 

というブロックや

 

「いい子でなければ愛されない」

 

というブロックにより

 

 

 

 

いいお母さんでなければならない

 

いい子に育てなければならない

 

 

 

という

 

なんとも曖昧で

 

 

 

でも

 

私を確実に縛りつけていた

 

 

 

 

 

それは

 

自分で自分をがんじがらめにしていた

 

私の思い込みのせいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの記憶の書き換えをして

 

勘違いに気づき

 

ブロックを解消し

 

その思い込みから解放された今

 

 

 

 

 

 

「私は私であるだけで愛されていた」

 

 

「私は私であるだけで価値がある」

 

 

 

そう腑に落とすことができた今

 

 

 

 

 

 

 

目の前の息子を

 

ただただ愛しいと思える。

 

 

 

 

 

 

もうそれだけで充分です。

 

 

 

 

 

 

 

 

息子の足をマッサージしながら

 

とめどなく

 

自分から湧き出てくる

 

息子への愛情を感じることで

 

 

 

息子も嬉しいのだとは思いますが

 

 

 

 

 

私も

 

 

ずっと苦しかった

 

 

自分の心が癒されていくのを感じるのです。

 

 

 

 

 

 

それは

 

同じように

 

 

心配や不安のフィルターに邪魔されて

 

受け取れていなかった

 

 

 

 

私の母からの

 

私への愛。

 

 

 

 

ずっと抱えてきた

 

 

その欠乏感も

 

 

同時に満たしてくれているような

 

 

 

 

そんな気がしています。