4ー3当時世上の御文 Bom dia Rito matinal do Templo em Marília. ブラジル🇧🇷お寺から朝のお参り中継
おはようございます。今日は午前中にいわゆるコロナ助成金を受け取りに銀行に行きました。妻のファビアが困難な手続きをずっとしてくれていて、様々な手続き上のシステムエラーを乗り越え、最後には人力で助成金の一回目を受け取ることができました。
日本でもネットでの申請で不具合が起こっているようですね? ブラジルではスマートフォンのアプリで申請できるんですよ!
すごいなー と感心していたのですが、ハックして他の人の助成金を横取りする輩が登場したり、システムエラーがおこったり混乱しているようです。 私の場合も最後にお金を受け取るパスワードを受け取る携帯電話の番号が他人の電話番号にすり替わっていて、それでなかなか受け取れなかったのでした。 結局銀行に行ってファビアが交渉してやっと受け取ることができました。
ブラジルの場合3回にわけで受け取れます。 現在無収入なので、大変助かります。
さて、今日は正信偈のお参りです。
こちらからお勤めの本をダウンロードできます。 (無料です)
正信偈は29ページからとなります。動画内でもページ数をアナウンスしております。
感想や質問などありましたら書き込みしてくださいね。
4ー3当時世上の御文
それ、当時世上の体たらく、いつのころにか落居すべきともおぼえはんべらざる風情なり。しかるあひだ、諸国往来の通路にいたるまでも、たやすからざる時分なれば、仏法・世法につけても千万迷惑のをりふしなり。これによりて、あるいは霊仏・霊社参詣の諸人もなし。これにつけても、人間は老少不定ときくときは、いそぎいかなる功徳善根をも修し、いかなる菩提涅槃をもねがふべきことなり。
しかるに今の世も末法濁乱とはいひながら、ここに阿弥陀如来の他力本願は今の時節はいよいよ不可思議にさかりなり。さればこの広大の悲願にすがりて、在家止住の輩においては、一念の信心をとりて法性常楽の浄刹に往生せずは、まことにもつて宝の山にいりて手をむなしくしてかへらんに似たるものか。よくよくこころをしづめてこれを案ずべし。
しかれば諸仏の本願をくはしくたづぬるに、五障の女人、五逆の悪人をばすくひたまふことかなはずときこえたり。これにつけても阿弥陀如来こそひとり無上殊勝の願をおこして、悪逆の凡夫、五障の女質をば、われたすくべきといふ大願をばおこしたまひけり。ありがたしといふもなほおろかなり。これによりて、むかし釈尊、霊鷲山にましまして、一乗法華の妙典を説かれしとき、提婆・阿闍世の逆害をおこし、釈迦、韋提をして安養をねがはしめたまひしによりて、かたじけなくも霊山法華の会座を没して王宮に降臨して、韋提希夫人のために浄土の教をひろめましまししによりて、弥陀の本願このときにあたりてさかんなり。
このゆゑに法華と念仏と同時の教といへることは、このいはれなり。これすなはち末代の五逆・女人に安養の往生をねがはしめんがための方便に、釈迦、韋提・調達(提婆達多)・闍世の五逆をつくりて、かかる機なれども、不思議の本願に帰すれば、かならず安養の往生をとぐるものなりとしらせたまへりとしるべし。あなかしこ、あなかしこ。
[文明九歳九月二十七日これを記す。]
感想
今回の御文も吉崎のお寺を退居して大阪のいまの枚方市へ引っ越した時の御文です。戦乱の世で、今のコロナ騒ぎのように疫病が流行って、飢饉も起こり世の中が乱れに乱れて人心もみだれている時代の中で書かれたお手紙です。
私たちの今の状態と同じではないでしょうか? そういう世間の中で何が人生において大切なのかを説いてくださっています。阿弥陀仏の本願を褒め称えています。すべての人が平等に助かっていく道に立つことこそ浄土の道であるとお経を通じて説かれています。 時代はまさに自分の命を自分の家族の命を優先していく時代の真っ只中で説いています。
現代の私たちも人を責め、自分優先になりがちですが、その自分優先の心が帰って自分の幸せを売り渡しているのと同じである「宝の山に入っているのに何も取らずに帰っていくのと同じ」と指摘されています。 本当に自分が幸福になる道は悪人とともに助かっていく道しかないのです。 その教えが念仏の教えで。今回は特に『観無量寿経』をひいて教えてくださっています。
ご質問コーナー
今回は「釈愚猿」さんがライブ中に二つの質問(疑問)を投げかけてくださいました。
一つは『涅槃経』に舎利弗は登場しているのか? ですが。舎利弗とはお釈迦様の10人の代表的なお弟子さんの一人です。
ネットで検索した情報ですが、『大般涅槃経』には登場してないようです。舎利弗はお釈迦様より年上でお釈迦様より早く病気で亡くなったそうです。目連尊者と同じく次期教団のリーダーと目されていた素晴らしい方だったそうです。
涅槃経はお釈迦様がいよいよお亡くなりになる時のお話なので出てこないのかな? と思いました。
次の質問は 『法華経』と日蓮宗の題目である「南無妙法蓮華経」の関係ですが、釈愚猿さんがおっしゃっているように、『法華経』自体には書いてないそうです。 ただし、「南無」は帰依する、大切にする、尊敬するという意味がありますので、お経に書いてある教えに帰依しますという意味で中国の時代から「南無妙法蓮華経」と唱えることがあったそうです。ただし、日蓮上人はお題目を唱えることそのものが一番大事で功徳があるとおっしゃった事に特徴があるそうです。
それではまた明日! 一緒にお参りいたしましょう。 質問、感想などなどお待ちしております。
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