「そこは野生の王国だった」アルゼンチン・パラグアイ 花祭巡回にて 2 | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

shirakawaさん宅の お内仏です。

各家庭のお内仏はこの様に手作りの仏壇がよくありました。
また、阿弥陀如来も古いものが多かった。

約100年前より移民された時、日本から名号やお内仏を船ではこんだ方が多かったと聞きます。
今よりも、渡航が困難だった時代に信仰を大切にする心構えが現れているエピソードです。

自分だったら、仏壇は持っていかなかったでしょうね。
(カズさんに頂いた「仏心」の看板は持って来ましたが(笑))





今よりも貧しい時代に、心のよりどころを何よりも大切にしてこられた、証のような気がします。





↑shirakawaさんは中野陸軍学校での後輩に,
あの小野田さんもいたそうです。

かなりIQの高い人たちが集められ、満州で諜報活動をしていたそうです。
それゆえ戦後は恩給も貰えず(兵隊である事を隠しているから)
国は何もしてくれなかった! と憤っておいでになりました。

とはいえ、「最近NHKが写らなくって」と日本情報に触れれない事が寂し様子でした。 
今でも憂国の士ここにありという感じでした。

その経緯を詳しくは聞いていませんが、日本を出たのですね~

ブラジルにおいでの方のほとんどは、日本を出たのです。
理由のほとんどは、貧乏だから「ブラジルでもうけて帰る」です。

ほとんどはそう上手くはいかなかったのです。






shirakawaさんにしてみれば、二度国に裏切られた気分かもしれません。

現在ブラジルのお孫さん達にあたる沢山の人々が日本に出稼ぎに行っています。

かって、出稼ぎに夢やぶれた自分、その反対に日本でお金を儲けに行く若者たち姿を見て、
さらに寂しい思いをしておいでの人も多いようです。





ちなみに、前回の動画に写っている若者たちは、日本に留学しているお孫さんたちです。

ほんとにたまたま、日本からアルゼンチンへ戻ってきていたのです。






年代物の薪がたオーブン?

shirakawaさん同様、風格があります。

勿論現役です!

その点でも同じ


言葉に尽くしがたい移民の歴史を見てきたのでしょうか。


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