と玄関に入ったら、背の高い老年の方が寺務所から出て来た
「なんのようですか」と目をぎょろっとさせながらちょっと怖い雰囲気。
「面接に来たイズハラという者です」
と応えると。
急に表情が一変して優しい顔になって。
「ああ~ 待っていましたよ。どうぞ中に入って下さい」
と紳士的な物腰でお寺の中に招いて下さいました。
今思えば、本光寺 に来て一番はじめに言葉を交わしたのが荒田さんだったのかもしれません。
荒田さんは、かつてのお仕事の技術を生かし、本光寺の歴史を詳しく調べたり、『葬送の知恵袋 』という本光寺オリジナルの本、また季刊誌の「光雲(こううん)」を制作しておいでになりました。
私がであった頃はすでにお歳をお召しでしたが、いつもおしゃれで、ダンディーな方でした。
言いたい事ははっきりズバリという反面、情に厚い方で。
私も「 さみしいから?」 というエピソードを坊主日記に書いています。
先に亡くなった奥さんとは、お休みになると一緒に近江町市場に買い出しにいって、一緒に料理を作っていた愛妻家でもありました。
活気にあるお寺には、かならず世知に通じていて、かつお寺の事を理解し応援してくれる方がいます。
私の生まれたお寺でも昔個性的な事務のおじちゃんがいました。
私達には優しいのですが、お寺に妙な事を言ってきたり、無理難題が降り掛かって来たら、いち早く前に出て守ってくれるような人です。
お寺の門の脇に、仁王さんの阿吽像がありますが、ちょうどそんな感じなのかも知れません。
世知に通じていて、地域や地域の人間関係に詳しく、筋が一本通った人。お寺には付き物のような気がします。
荒田さんはそのような要素を全てをもっている方でした。
子供の頃からそんな人に可愛がられていたからでしょうか、
初めて本光寺に入って、何者~? とばかりにギョロッとした目で
「どなたですか?」
と言われた時、ちょっとビビったけど、なにか感じるものがありました。
そして寺務所の中に入ってもう一人の事務方である、鈴木さんの顔を見た時に立派なお寺に来たな~
と肌で感じた事をずっと忘れません。
そして、その第一印象は本光寺を退職するまでずっと変わりませんでした。
私がブラジルに行く前も電話でですがお話をして励ましを下さった事です。
その後2度電話があったのですが、研修中で出れず、今あの時無理して出ておくのだったと、それが残念です。
本光寺をやめる前に一度食事会が出来たのがいい思い出です。
荒田さんは先日の4月29日に亡くなり、お浄土に旅立ちました。
荒田さん、ありがとうございました。
合掌 南無阿弥陀仏
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