「故郷は浄土」の意味を知りたいという方が、お二人おいでになったので説明します。
浄土=安らぎの場=故郷=浄土という事になります。人生には沢山の苦悩があるが、悟りの世界である浄土は、この世の中の苦悩から私を解き放ってくれる場所である。楽しい旅に出ても、家に帰ってくると「ああ~ やっぱり家が一番!」という安らぎの場所が故郷であり、浄土の世界を表現する時、浄土は安らぐ場所であるとして浄土は故郷であるという表現がされます。
よく「わたしの居場所がない」という表現がされます。会社での居場所がない、定年を迎えてみたら夫としての居場所がなくなっていたとか、妻としての立場が
ないとか、お母さんとお父さんがけんかばかりして、家に帰っても居心地が悪くって、コンビニで友人とたむろしていた方が落ち着くなど。
そう悩む事になった場合。たとえ生まれ故郷にいても、実家にいても、そこは安らぎの場所しての故郷ではなく、「地獄」となってしまいます。
もし家庭や生まれ故郷が安らぎの場にならない場合、「俺の本当の故郷は何処へ行ってしまったのか」と嘆くことになってしまいます。その時どんな人でも本当の安らぎの場所が欲しいと思うとおもいます。
仏教は死後の事をテーマにしているのではなく、生きて死んでいく人生をどう生きるかをテーマにしています。ですからここで「浄土」というのは死後の世界の事ではなく、「やすらぎの場所」
としての浄土という意味なんです。
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その時はビックリしたけれども、嬉しくなったのは。坊主か、結構お歳を経た熱心な聞法者(仏教の話を聞く人)でないと通じないと思っていた言葉を。同い年の(しかも坊主でない)友人の口から「浄土があるじゃろ」と聞いたから。ということもあるけれども、きっとそれだけではない。
言い出すタイミングや、少し照れたような言いっぷりが良かったのだと、気がついて来た。
言葉という物はそういうもので、どんなにいい言葉でも心が入ってなかったり、タイミングが白々しかったりすると伝わってはこない。
私も普段お説教をしていて、ひしひしと感じる事がある。
つまりその時彼が言った言葉には一つの嘘のない響きがあったので、それが私を嬉しくさせたし、驚かせたのであって、単に仏教用語を使ったから驚いたという事だけではなかった。
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仏教用語を知らない人が、「帰る所がないんじゃ」と言った時に、友人や知り合いから「浄土があるじゃないか」と一言いわれたらどんな気持ちになるか、人それぞれでしょうが私が推測するに
「浄土」=「あの世」
つまり、あまりいい風には受け取らないと思います。
だから「浄土」に言葉に込められた「感情」を知っている人でしか、「帰る所がないんじゃ」という人に対して「浄土があるじゃろ」とは絶~対、言えないのです。
何度も書いている内に気になって来ましたが、私は別に「故郷は遠くにありて思うもの そして悲しくうたふもの」と悲しげな気持ちで言ったわけではないのですよ。
次男なので、跡継ぎでないからそうそう帰れって言われても帰る場所(就職先)がないんだよという、軽い気持ちで言ったのです。でもこうやって書いていると、なんか悲しくなって来ました。秋だし・・・(笑)
お参りに行って来ます~\(^_^)/
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