「先日は、とてもありがたい書物や新聞をお送り下さいまして本当にありがとうございました。本光寺さんの事を知るたびに感謝しております。
いろいろな有り難いニュースも身にしみて本光寺さんの素晴らしさをつくづく知らされます。
京都にもそんな立派なお寺があったらといつも思っております。」
京都に住む「ここのえ」の店主にお寺の新聞などを送ったら上記のようなファックスが届いた。嬉しいとともに、懐かしい思い出が蘇った。
京都での学生時代も終わり頃、友人のH君が紹介してくれた割烹で、この主人は興が乗ってくるとお経のテープをカセットテープで流し、一緒に称えながら仕事をするのである。
そして、酔っぱらったわれわれも唱和する。
まあ、それは私たち坊主がいた時だけだったのかもしれないが・・・。
しかし、最初はここの店主は私たちに喧嘩をふっかけてばかりいた。上記の文章「京都にもそんな立派なお寺があったら」でもかいま見れますが、親鸞聖人が大好きで、仏教に熱心なあまり、お手次の住職とけんかばかりしているようでしたし、「最近の坊主はあかん!」というのが口癖で、お店に行くたびによく議論しました。店主はほとんどけんか腰で、わたしたちがなだめる方なのですが、口の悪いおやじさんの言葉につい熱くなって、こちらが怒ると「まあ、まあ、坊主が怒っちゃあきまへん」と急にニコニコしてなだめるのです。
ひとつ悩みがあり、それは
「親鸞聖人は、占いはアカンと仰りますけど、わしゃ人を励ますきっかけになれば、それもエエ思いますんや」
という悩みなのだ。
店主は四柱推命のプロ、つまり占いがもう一つの職業なのだ。
仏教は占いを否定してますから、店主はその矛盾に本気で悩んでいました。
大学を出て京都を去った後も3度ほど店を訪れたことがあります。ただし最後の二度ほどは、おやじさんのからだもとっても細くなり、大病を何度か経験して体も小さくなっていた。
しかし気の強い所はそのままで「医者は飲むな言うけどかまいまへん!」と私たちと同じペースで飲み、その度に議論→激論→なだめあうを経て最後のあたりになると「き~みょ~む~りょ~」と節をつけながら大合唱
するのが定番だった。
そして私たちが帰るときは、泣いてお別れを言ってくれるのでした。
ここ3・4年お店には行っていない。久しぶりにお会いして「最近の坊主はアカン!」と説教されたいな~
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