小松の向本折の墓地で門徒さんと待ち合わせて、読経を始める。
子供たちはほとんど大人しくしている事はなくて、お参り中にお墓の通路を走り回ったりしている。
走り回るのはまだ良いとして、隣の墓に敷き詰められている玉砂利をすくって隣のお墓に移動させたりすると、さすがに親も見過ごす事は出来ず子供を引き寄せたりしている。
子供はイヤイヤしてすり抜けてすぐ同じ事をし始める。
そんな子供を横目に見ていると私の方も昔の思い出がよみがえってハラハラする。
実家のお寺には墓地が隣接してあり、そこは格好の遊び場になっていた。ある夏休み、幼なじみのしげる君とかくれんぼをして遊んでいる時。お墓に隠れた私は大きなお墓の石灯籠の陰に隠れようとして、その石灯籠を乗り越えてお墓との隙間に入ろうとした。
すると、ちょうど石灯籠を乗り越えようと足をかけたとたんにグラグラと揺れた。
マズい!
石灯籠もろともバランスを崩し倒れてしまった。子供にとっては大変大きな石灯籠が私の上に乗る形で。すこしも身動き出来なくなった。私は仰向けに空をあお
ぐ形で灯籠は私の上にしっかり乗っている。しかもお墓の隙間に閉じ込められる形になっているので、左右に体を動かすことも出来ない。すこしでも動こうとす
ると、右のあばらに重みが食い込んで痛い。
かくれんぼ的にはバッチリ隠れていることになる。命がけのかくれんぼになって来た。
すぐに、呼吸をすることさえ辛くなる。大きな声も出せない状態になる。
「しげる君!たすけて~」と言えない。
かくれんぼをして、こんなに「早く見つけてほしい」と心の底から思った事は後にも先にもこの時だけだ。
しばらくしてしげる君が見つけてくれた!
「しゅうちゃん、どしたん?」と尋ねるしげる君に
蚊の鳴くような声で「おかあちゃん、呼んで来て」とだけ言う。
しげる君はきびすを返して向こうへ行った。これで安心だ!
ところが、いつまでたっても母親も、助けを呼びにいったはずのしげる君も来ないではないか。
私は仰向けのまま、空に流れる雲を見ているしかない。
青空に浮かぶ真っ白な雲の色がだんだんと紅色に染まってくる。
ああ、普段から「あぶないから墓で遊ぶな」といっていた親の言葉の重みがまさに言葉通りに身にしみてくる。
それでも石の重みがだんだん体に馴染んでくる、痛くない呼吸のしかたも習得した頃
「しゅうちゃん」と母親がまっすぐこちらに歩いてくる。
「あんた、ここでなにしとるん」と、私の姿を見ても全く動じない母親。
さすが!こんなピンチの時に動じない母親の姿は何とも頼もしくて、こちらまで安心する。
内心は我が子の危機に母の心臓もドキドキしていたに違いない。
私も落ち着いて「石灯籠が落ちて来た」と言える。
「早くどかしんさい」と全く動じない母親。
私はすこし不思議な感じがした。
なんで動じない?と、
動じなさすぎる。と
しかし、そんな疑問を母親にぶつけている暇はない。
「どかすことが出来ん」と答える
「あら?そうなん」と言ってヒョイと灯籠を持ち上げて、それでやっと解放された。
後で母親に尋ねたところ、しげる君は来なかったらしい。
それでは、なぜ母は墓に来たのか?「なんとなく」という答え。
何故ビックリしなかったかというと。
「あんた普段から、よく墓で寝てるから今回もそうだと思ったんよ」と笑う母親。
心の中で苦笑いする幼い頃の私。
後日、これはず~と後日。しげる君にも何故助けを呼んでくれなかったのかを聞いてみると
「まあ、ええじゃん」(笑)
との返事。
おそらく、子供の頃の事だ。恐ろしくなって家に帰ったのだと思う。
ちなみにしげる君とはその後も今も親友です(笑)
現在しげる君は広島で広告会社の社長をしている。(立派になったな~)
年に一・二度広島に帰った時は一緒に飲みにいくのが楽しみ。
今年も会えるかな?
と、いう事で、お墓で走り回ったり、かくれんぼしたりするのはやめましょうね。子供にも「お墓が降ってくるよ」などと脅してやめさせましょう。
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