富山へ ー亀の毛ー | 新・坊主日記

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2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

今日は午後からお休みをもらい、富山へ延塚先生 のお話を聞きにいく。
延塚先生は私の大谷大学 時代の先生で、私が所属していたクラブ「伝道部」(仏教系の大学らしい部活でしょ?)の顧問でもありました。

むむ!時間がないので続きは後ほど!!

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帰りました~\(^o^)/
さて、延塚先生 は既に書いたブログの鴨川カップル・等間隔座りの謎「京大生ボート部、琵琶湖失踪事件」 の内容をお話しして下さった、あの先生です。

誤解しないでほしいのですが、↑のような話しばかりを先生はしているのではありません。私は小学生の時から勉強が嫌いで、授業中肝心な話しは聴かずに、ジャポニカ学習帳の隅に書いてある、まめ知識のコーナーばかり読んでいた癖?が大学時代までおよび、授業中の「おもしろ話し」しか記憶に残らないのです。ご了承ください。

それで今日、印象に残ったお話は亀毛(きもう)のお話。
亀は万年というから、昔の人は亀がそれだけ長生きしているから、ながーい毛が生えていると勘違いした。
というか、想像した。
だから、浦島太郎の乗った亀には毛が描かれている。


しかし、それは昔の人の想像ではなく、本当に亀に生えていた。
でも、生えていたのは髪の毛ではなく、こけだったのです。寿命の長い亀の甲らほどコケが多く付き、それが髪の毛のように見えたのです。

つまり見間違えだったというお話。

これはたとえ話で、
亀の甲らのコケを髪の毛なんだ。と思い込む人間の愚かさを表現しているんです。
無いものをあると勘違いして自己主張する人間の執着心を表してる。
勘違いを主張して、かえって自分で自分を苦しめているだよ。と教えてくれる。

「お金があれば何でも出来て、幸せ」とか
「健康であれば何でも出来て、幸せ」などと勘違いしていたり。

「彼女が出来たらハッピーライフが待っている!」イヤ、これは絶対勘違いじゃない~

おおきな勘違い?

とか

仏教用語を使うと「空」の思想、さらに「南無阿弥陀仏」の働きを表現してます。一番大切なポイントは、この話しを聞いて、「明日から勘違いしない人間になりましょう」と自分を励ますのではなく「私っていっぱい勘違いして生きているんだね、その勘違い人生には大きなメッセージが託されているんだね」と知る事なんですね。

勘違いしない立派な人間にならなくてもいい。元気よく勘違いしまくって生きていきましょう!

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