選挙は民主主義の根幹だが選挙に問題意識がなく投票しない人がここ数年増加傾向だどうしてだろう、我が家でも全く投票に行かない人が居る、長男は住所変更しないままで他県へ仕事に行って居る戻って来るのはお盆だけだ。

高齢になり家から出られない人、また入院して外出できない人、特老ホームの人などはやむを得ないだろうが若者で投票しない人が多いようだ、選挙に興味が無いというか日本国民としてこれからの暮らしはどうでも良いのだろうかとおもう、有る人の一言「俺の一票でどう変わる」と言う全く困ったものだ。

 ある県の知事選挙は36%の投票率で当選決定している、それで良いのだろうか、だからと云って文句無いかと云うと文句たらたらで、言って見れば陰口だ。 

私はある団体に加盟して居る、Aは体育団体、Bは趣味の会ての会合には総会、親睦会、など有るが参加するのは3割位だ、Aは総会で委任状を取るがBは参加した人数で会の運営が決めて良い事になっている、それに文句があれば退会するという事になるが住民にはだからと云って以後は選挙権はく奪とは行かない。 

 町内会でも委任状で賛否を決めるが委任状も出さず「我関せず」の家もある。民主主義は「個人を尊重する」事だがそれは「個人の勝手気まま」を許している事ではなかろうか、と言って強制は不可だから問題意識の教育が必要に思う。


私は都市から地方市に越して終の場所となるであろうとおもう。

その県も市も人口減少傾向は早足で進行している感がある、増える事はないであろうと思うし県の統計局でも20年先には老化現象は他市よりも進行して若者は減少して老人が40%にも成るだろうという。

安倍首相は女性の活用と地方創生を推進するというが、それは相反する事では無いかと思った。

女性の働く所は地方には少ないから都市に行って働く事になる、そして能力の発揮した女性は管理職(安倍首相の推進項目)になる事により能力の劣る男性は寄せられる事になり次次と能力順に寄せられて能力希薄な者は無職になる事は明白だ、現在の日本では働く場所が少ないから女性が進出した分だけ男性は寄せられてしまう。 そしてその女性達は地方へは戻る事は無いだろう。

地方地域では若い女性が少ない事が大問題だ。若い女性が都市で活躍している事は素晴らしいが、その女性達は結婚を望まず優雅な生活を満喫しているという、またそのように女性に結婚を迫る男性は少ないという、男性は働く場所を取られ所得も低くなり結婚出来るような環境が狭められている。

よって子供は減少する(東京都)若い女性が多いが子供は少ない変な現象だ。

幾ら安倍首相が叫んでも地方に残る女性は少ないから地方人口減少は続くだろうそれは若い女性の働く場所が少ないからだ。


会社を定年退職して十数余年になるが会社勤務での事が夢に出てしまった。

「夢」とは未来志向の事柄で目標としてこれからそれに向かって努力する若者の事柄が多いと思って居たが、今朝は過去の事でこれからは実行不可の事柄だった。 自分に取っては問題未解決のままに経過してしまった事柄でその事がが頭の片隅のポケットに仕舞込まれて居た事なのだろうか、ひっこり出て来たのだろう、その事柄が自分に取っては進行角度を変える切っ掛けになっている事も事実だ、明確な答えが出せない事柄でその時はかなり悩んだのだったから未解決として仕舞込まれていたのだろうが今となっては過去の事だ。

今の自分にはそれを解決したとしてもどうしようも無い事だが脳はまだ働いているのか、忘れ得ぬ事として。 ご苦労さんと感謝したい。


何だか良く私は理解出来ない。

月に1500万円稼ぐ人から確実に50万円は稼げるというふれ込みで主要都市でセミナーを開催している。その講師に寄り参加費2000円から1万円のもの又は1年会費で40万円位のものからかなりの人が行って居るようだ。

その講師が参加者募集の為に無料のインターネット配信講座を30分くらいの時間で配信している、私は少し興味を持ち4人程の無料講座を聞いた、(人により画像配信もある)その講師は皆年に1億以上の稼ぎ実績があると言って、私の言う通りにすれば「貴方も私のようになれる」と云うのが皆同じだ。

じゃどうして稼いでいるのかと云う事だが、少しは話しているのだがその話だけでは理解出来ない、確実に稼げる事を伝授するという、それは各都市で行うセミナーに参加してほしいと云うことだ。

皆が言う事は、セミナーに参加したがその後は知らないとは言いません、貴方が現実に稼げるように成るまで指導致しますと力説している。

このネットビジネスは約10年程前から始まり5年位前から盛んになり始めたというが私はよく理解出来て居ない。


「しきたり」というと何か昔からの良くない事そ思って居る人が多いという。

先日新聞の「相談」の欄に「孫が左効きで箸や文字を書いたりしているが直さなくて良いものか」という事が掲載されていた。 その返答は「それは持って生まれた個性だから直さなくても良い」とのことだ。

 我が国では「慣習」や「しきたり」「地域伝統」などは守った方が良いと「道徳」で教えていると聞いて居るがそれとは別に個人の「個性は尊重」されることは現在では当然だが箸を持ったり文字を書く事は「我が国の文化」だと思う、漢字は左手では書き難いのではなかろうか、漢字は「左上から書き右下で終えるのが筆順だから左効きの人は書き難いと思うので、その昔の家庭では文字は右手で書きなさいと、子供の左効きを直したものだ、先の投稿者は孫の事といっているから多分にその昔の「しきたり」を思っての事だろうと思う。

「しきたり」や「慣習」は良いから継続されて来た事だ「挨拶」も行わないよりも行った方が良い感じを受ける、我が国では「右手文化」が継続されて来た「慣習」だからいろいろな所作方は右手で行った方が良い、例えれば「お酒を酌する」ときに左手でどうぞと言われると何か違和感を感じるのは私だけだろうか、我が国には右志向の事柄や道具等が多いからそれを「しきたり」という事だがそれを無くしても不自由ではないが在った方が受ける感じが良い事だと思う。

 無いより有った方が良いものの代表は「花」だ、無くても良いが有ると気が休める、訪ねた家の玄関先などには有っても無くても良いが有った方がその家の人情味が覗われる。これも家庭の「しきたり」で親がその様にしていればそこで育った子供は別途に家庭を持った時には花を置く事と思う。

インターネットで「レベルアップ講話」を聞いた。

レベル1の人がレベル10に上げるにはどうするかと云う講話。

それは「朱に交われば赤くなる」と云う内容だった、レベル1の人がレベル3の人とコミュニケーションして次は5、次は7と段階を進む時間は無駄だから一気に10に進み時間の無駄がなく成るという講話だった。

それは人間の頭脳の問題だから一気に把握できる人もいるかも知れないが講師は自分レベルで話しているように思う。 私はテニスをしているが始めた頃は上手な人の話を聞き理解しようとしたが思い通りに打てないのだから言われている言葉は判るが現実とは程遠かった、高齢の事もあったが3年目くらいからは「何かと言われた事は理解出来た」が現実には無理があった。

サーブに於いてはフラットサーブ、スピンサーブとの違いを理解してラケットの振りとラケットの角度を身体で覚える事は大変に難しかった、言われている事を実行することは大変だったか理解は出来たがいつの間にか自分流になっていたが、言われている事は良く理解出来るが現状は出来ないだけだ。

その様な事だから基本形の無い者が一気に朱に交わっても無理が有るように感じたが自分はその講師の内容のレベルでは無い事も判った。

先月に干して置いた干し柿が先週から食べ頃になった。

完全に乾く前に冷凍すると甘味が加わると聞いていたので50個程冷凍した、その後食べたて見たら成る程甘味が増しているように感じた。

残りはその都度食べることにして日に家内と2づつ食べている。

当地の柿は干して食べ頃になると小さくなり二口で食べてしまう程な大きさに成っている、今年初めて干し柿を作ったが良く出来たと思って居る。

家内がこれ「天ぷら」にしたらどうだろうと云うので「試してみたら」と云う事で試したら結構な感じだ、家内は「これはイケる」と思ったのだろう、10個程作り兄と娘に呉れたら喜ばれたと云う。

これは何と言うかおかづでは無い 「お茶の友」として良いと思う食事の折に食べるよりは「菓子のように」食べた方が良いと思った。

結婚出来ない男性、何時からかは判らないが30歳を過ぎても独身男性が多くなっている、一方結婚しない女性も多く成っている、これでは子供の数が減少するのは当然だ、よって高齢者を支える人はいずれ肩車になり一人では耐えられなくなるのは明確だ。 その昔というか数十年前は男性が働き一家の生計が成り立っていたのだがいつの間にか男性一人では家計が成り立たなく成ってまった、企業の経営がそのようにさせたのか、または世界的に一人一人の働き方が変化して人間が必要無くなり機械と同様にパーツになってしまい必要な時だけ動くという事になったのだろうか。 その昔経営者セミナーに何度か参加した折に講師が力説した事を覚えている、それは「必要な時に必要な労働力を確保することだとそれはパートタイマーの活用だ」と。

言って見れば働く人間パーツである、だから単価が安いから経営効率が良いのは言うまでもない事だが、また時期を同じくしてその人間パーツを斡旋する企業か現れそのパーツを確保して企業に売り込んだことにより女性のみならず男性もパーツになってしまった。 よって企業は能力のある者のみを社員として他はパーツで間に合わせている。 だから男性と言いどもパーツになった者は所得が少なく家計が成り立たなく成ってしまったのではないだろうか。

一方能力ある女性は男性を抑えて正社員となりマンションを購入して家庭に束縛されない優雅な生活だから結婚は望まないという。

私は思う、女性は子育てと云う本能を無くし男性は闘争心が薄く成り生存競争をあきらめているから次の世代を担う子供が少なく成ってしまったのではないかと。

皆何かのコミュニティに関わっていると思う、そのコミュニティには必ず軸になっている人又は事柄があるから集うたがその事柄を守る人とそれを発展させようとする人がいる、硬しなに守ろうとする事柄にはその伝統がある。

また発展させようとする事柄には伝統よりも競争に勝つ意識に関係する事柄が多い、現代は相手に勝たなければならない時代だ、我が国は自然資源が少ないから人間資源をいかに掘り起こすかである、その様なことで若者向けの有料セミナーが静かなブームのようで有る。我が日本は成熟社会と言われているから、これから発展されるであろう事柄をいかに見つけるかが、これから生きて行く若者は必死に思わなければならないとセミナー講師は言って居る。

それで勝つ為のコミュニテーに関わらなければならないと云うがそれが判れば悩まなくて済むのだが、それを教えるのがこのセミナーだと云うセミナーが多いからまた判断が難しい。

「いィッ、やっー」と飛び込んでしまうのも方法かも知れないが引き返しが難しい

から悩むところだ。

人間高齢になるとからだのあちこちに皴が現れて来る、これはやむを得ない事だろうか、多分にやむを得ないかも知れないが、我思う所がある、それは人間は植物と同じく水分がかなりの比率で占められている生き物だ、水分が不足すれば植物に見るようにしなびて来る事により水分が欠如した所から表皮が皴になるのではないだろうかと思う。

何故水分が欠如するかと云うと動く事が少ない事から水分を身体が要求しなくなる事と、水分多く摂取すれば汗を出さないから尿となりトイレ回数が多く成るので、それが面倒だから水分を取らなくなることにより徐々に水分が少なる事により皴が自然と出て来る事に成る。

静岡県掛川市の高齢者は1日に1500cc~2000cc以上のお茶を飲んで居るという、だから高齢者でも元気にしているという、お茶の効用も有るかも知れませんが、水分は体内を洗ってくれる事によ元気が出るように思う。

働いたりスポーツをしたりして身体を動かしている人は高齢でも若々しく皴も少ないように感じるのは、その様な人と接する度に思う。