第3343段 コロナの湯にて思ひ浮かぶ事は
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、令和7年9月の上旬の或る日
安城市のコロナの湯へ行き、露天風呂を楽しみ
歌を
ゆつたりと いで湯に時を 過ごしつつ
ウクライナはた ガザの子等思ふ
と詠み、一向に終息の兆しの見えぬ2地域の
悲惨なる状況下にある児童の身を案じけり。
特にイスラエルによるガザ地域へのジェノサイドは過酷にて
かってユダヤの民がナチス・ドイツより受けた歴史を鑑みれば
被害者→加害者となりたる現実を見直すべきとぞ訴へけり。
而して、その男の出来る事はといへばほとんど無く
願ひは妄想と等しき事とぞ覚えけり。