第1774段 コロナ禍に余生を思ひて
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、令和3年2月7日
刈谷市は東刈谷市民センターにて毎月開催の
千草会短歌会の月例歌会に
次の歌
コロナ禍に あれども時を おろそかに
過ごさで生きむ 老い先(いのち)短し
を事前に提出し臨みけり。
歌の心は昨年の秋に或る日 或る翁より
言はれたる「九十歳までは生きられる」との
お墨付きを給はり、さすれば逆に言へば
余生はあと二十年少々と思ひての叙情なり。
而して、歌会にては「老い先短き」仲間多ければ
共感を頂き過半数の得点にて珍しくトップ賞となりけり。
その「老い先短し」のルビの【いのち】の訓には
一つの言葉に二つの意味を持たせるのはずるい!
または普通に【命短し】または【老い先短し】と
字余りになれども改作すべし
との意見を聞き再考の余地ありとぞ肯ひけり。
読者子なれば如何にや?
御意見をお聞かせ願ひ申し上げ奉る。
されど最高得点は、めでたし!めでたし。