第六百九十三段 旅ゆくは
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、旅を好む男なり。
して、普段は独り暮らしなり。
朝ごと、仏壇に回向するが習慣なり。
困りたるは旅の折に回向が出来ぬ事なり。
しかして、或る日 思ひたちたるは
御先祖様のみ魂を率て旅ゆくことなり。
本尊の釈迦牟尼には留守役を依頼し
一族郎党の霊魂を引き連れて旅へと出でけり。
その折に、歌を
旅ゆくは 独りにあらず み祖らの
み魂ぞろぞろ 引き連れてゆく
と 詠み 個性豊かななるご先祖の団体を
引率して行く大変さを知りけり。