第六百二十九段 忘れ得ぬ味・蕎麦編(其の弐)
注文し 日本一早く 出できたる
岐阜「更科」の 冷やし狸蕎麦
鴨と葱 相性良さを 改めて
味はひたぐる 鴨南蛮蕎麦(刈谷市「天手古舞」)
越前の 「森六」とふ店の おろし蕎麦
評判聞けば 寄らずに帰れぬ
蕎麦談義 かつて交はしし 上司いま
何処に暮らし 何食しをらむ
忘れ得ぬ 蕎麦の味なれ 今日来れば
雀羅張りゐる 店前なりき
-
五首目の【雀羅張りゐる】の雀羅とは
あまり聞きなれぬ言葉なれど
その「雀羅」とは雀を捕る網の事にて
出典は中国の古典「史記」の「汲鄭伝」。
由来は「或る裁判官が現役の時は訪問者が門に
あふれてゐたが、罷免されると
門前には訪ふ人はなく、居るのは雀ばかりにて
その雀を捕る網が張れるほどであった」に拠る。
つまり、かっては人気の蕎麦店なれども
或る日、訪ねると閉店してゐたといふ
よくある話なり。
因みにどこの何といふ店かは
その店の名誉の為にあへて伏せるなり。