第五百六十五段 自殺の一考察
昔、男ありけり。今も男あり。
一般に自殺は悪だといはれけり。しかしながら、日本では、年間に約三万人が自殺を遂げてゐる。その個々には百種の理由があるであろう。そして、何故止められなかったのだろうか。
死ななくても良いのにと否定的に捉えられる。
しかし、本当に自殺は悪いことなのであろうか。
その男、その考へ方に以前より少なからず疑問を懐きけり。
日本人は古来より、結末の着け方を知ってゐる民族であることに疑ひの余地はない。万葉歌にも官僚の過労が原因と思はれる自死を悼む歌がある。
源義経によって滅ぼされる平家の最後の武将平知盛は「これの世にて見るべき程のものは見つ、今は自害せん」の辞世を遺し入水せり。
生ある者は必ず死が訪れる。古来不変の真理ならば、自らが決めることも不条理とは言ひ得ず。
かかる思ひをいだきつつ
自らを顧み、歌を
自殺者は 年に三万 わが生命
維持装置なほ 機能するらし
と詠み 自らは自らの持つ、
生命維持装置の機能を願ひけり。