第五百七段 荘川桜(前編)
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、平成二十九年の四月の下澣、飛騨の国 荘川の里なる
荘川桜を観むと行きけり。荘川桜は日本最大級の
ロックフィルダム「御母衣ダム」建設に伴ひ湖底に沈む予定の
集落にありし東彼岸桜の巨樹二本を、時の電源開発公社の
初代総裁である高崎達之助氏の意向により、不可能といはれた
難工事の末、移植され根付きし名桜なり。
夜明け前に到着し、ゆっくり観賞し、歌を
日出づるに 合はせ来にけり いままさに
射し初めさくら 匂ひ輝ふ
光輪寺 照蓮寺とよ けふ来れば
荘川桜 いま咲き競ふ
ふたもとの 荘川桜 共に老い
共に見事の 花咲かせけり