第三百七十六段 伊勢の金剛証寺の庭の池
昔、男ありけり。今も男ありけり。
その男、平成二十八年のある日、十数年前に訪ねし
伊勢の金剛証寺の庭にて眺めし光景を思ひ出し
歌を
水面より 飛び跳ね出でし 大鯉は
蓮の葉に載り 戻れずにをり
と、詠みけり。何故、十数年を経過して浮かびしかは
不明なれども、その情景にひとり笑ひけり。
その後、鯉の運命は如何なりしかと、問はれなば
鯉も命懸けにて悪戦苦闘の末、元の水中へと戻りけり。
鯉の心中を察すれば、愚かなる遊びせしと思ひしかは
さだかならざるなり。