第二百七十二段 母のこと、思ひ出づるままに
昔、男ありけり。 今も男ありけり。
その男、平成四年十一月二十七日に母を亡くしてをり。
爾来、折々に母を思ひ出しけり。ある時、遠き日の事を
思ひ出し、歌に
いはけなく 母困らせし 遠き日よ
なほわが胸に 消えずありけり
世話好きの 母にてありき 人の世話に
ならず逝きたる 母なりしかな
久々に 煮味噌作れば 母の味
しじに恋しき 夏の暮かな
恙無く 母ましし頃の 思ひ出の
百日紅の花 咲き盛りゐむ
と 詠みて 母の昭和二十年 戦争最中にて
貴重なる二十歳のお見合い用の写真を見入りけり。