第二百七十一段 母より聞きし戦時の思ひ出
昔、男ありけり。 今も男ありけり。
その男、平成四年十一月二十七日に母を亡くしてをり。
爾来、折々に母を思ひ出しけり。ある時、戦争当時の事を
聞きしを思ひ出し、歌に
豊橋の 夜空焦がしし 空襲に
をののきしこと 幾度と聞きし
まつぶさに をののきながらも 焼夷弾
雨と降りしを ながめゐしとぞ
幾たびも 母より聞きし 泉岳寺
いくささなかも 線香絶えずと
戦中に 叔父を訪ねて 東京へ
行きたる訳は 聞かざりしかな
と 詠みて 母の昭和十九年当時、十九歳の写真を
見入りけり。