第二百三十七段 海の翁
昔、男ありけり。 今も男ありけり。
その男、平成二十八年の盛夏、三河一色の漁港近くに住む
友の案内を得てセリの様子を取材しにけり。
活き良き魚介類 次々と仲買人の威勢良き掛け声に売り買ひ
成立の様は面白かりき。しかして、背の曲れるに因りて
「海の翁」ともいはれる伊勢海老の動きゐる様、哀れに
思ひて歌を
売らるるに 抗がひ動けど 勝ち目なく
海の翁は 運ばれゆきぬ
と 詠み 活き造りと大皿に盛られ
食べられゆく運命、想像しにけり。