第百六十二段 黄金堤の桜
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、平成二十八年の陽春、花便りに誘はれ
吉良の庄は黄金堤へと行きけり。
黄金堤は別名「一夜堤」。
かの吉良上野介義央公が度重なる洪水に苦しむ領民の声を聞き入れ西尾藩と掛け合ひ「一夜にて築き、決壊せししかば、再びは築かぬ」との約束の上に築きし堤なり。
その後、昭和の御代に入りて染井吉野あまた植えられけり。
満開の花を見上げ、歌を
吉良殿の 黄金堤の 桜花
仰げば元禄の 春が浮かぶも
吉良公の 善政伝へ 語るがに
黄金堤の 桜咲き継ぐ
と詠み、『仮名手本忠臣蔵』にては悪役なれど地元にてはこの黄金堤の功績などにより、今も賞賛され吉良小唄に
「吉良の殿様 良いお方 赤いお馬の見廻りも浪士に討たれて それからは仕様がないではないかいな♪」
と歌に唄はれ人気の吉良上野介義央公の徳を偲びけり。
なほ吉良小唄の作詞は、吉良の出身の小説『人生劇場』の作者でもある尾崎士郎大人なり。