第百六十一段 吉良邸の桜
むかし、男ありけり。 今も男あり。
その男、三河生まれにて、吉良上野介義央公の
領地である吉良の庄の近くに住みけり。
ある年の晩春、東京に用ありて行きけり。
所用を終へ吉良邸跡を訪ねけり。
その跡地の八重桜いと面白く花咲かせをれば
元禄の世を偲び歌を
吉良邸の 館の跡の 八重桜
盛りに昔 偲び咲きゐむ
と詠み、仮名手本忠臣蔵にては、悪役なれど
地元にては、善政を施し 小唄に「吉良の殿様 良いお方
赤いお馬に跨りて…」とうたはれ今も慕はれ続ける
殿様の心情を慮りけり。