第百四十九段 石と岩と巌 信夫文字摺
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、平成のある年、奥州は福島の歌枕の地「信夫文字摺」
へと行きけり。「信夫文字摺」は百人一首の河原左大臣
源 融の作「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
乱れそめにし われならなくに」の舞台なり。
当地の伝承によれば、陸奥出羽の按察使として赴任せし、
源 融と恋仲になりし虎女、都へひとり還りゆく源 融と
泣く泣く別れ、岩面に恋ひしき人を偲びしと伝はりぬ。
そを思ひて、歌を
面影は 岩のおもてに 顕れて
恋しさつのる 鏡岩かな
と、詠み 源 融を想ひ息を引き取りし虎女の女ごころを
哀れと思ひけり。