第百八段 信夫文字摺
むかし、男ありけり。今も男あり。
その男、奥州は福島の歌枕の地
「信夫文字摺」へと行きけり。
「信夫文字摺」は百人一首の河原左大臣 源 融の作「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに」の舞台なり。
当地の伝承によれば、陸奥出羽の按察使として赴任せし、源 融と恋仲になりし虎女、都へひとり還りゆく源 融と泣く泣く別れ、岩面に恋ひしき人を偲びしといふを思ひて
歌を
面影は 岩のおもてに 顕れて
恋しさつのる 鏡岩かな
と詠み、源 融を想ひ息を引き取りし虎女の女ごころを
哀れ深しと思ひけり。