第百二段 杜若
むかし、男ありけり。今も男あり。
その男、「伊勢物語」の八橋の段のゆかりの
知立に縁得て住みけり。
毎年の五月、ゆかりの杜若の花を賞でけり。
ある年の花の盛り、安保親王の第五子の在五中将の
在原業平を偲びて歌を
むらさきの 花群れ咲けば いにしへの
貴人浮かびぶ かきつばたかな
知立とは 湿地の意味の アイヌ語の
「チリップ」に拠ると いふをうべなふ
と詠みて、平安の御世のこのあたりの
様子を思ひ浮かべけり。